ポケモンと嫁と地方の果て   作:南方

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第十六話:VSハヤト②

 ハヤトの出したポケモンは、まずはポッポ。順当だろう。

 しかし出すのは三体まで、というルールだ。ゲームではコイツの他にはピジョンしか見なかったが、もしかしたらそいつら以外に別の奴がいるかもしれない。

 一番来てほしくないのはエアームドだ。ここジョウトで初めて生息が確認された鋼タイプの入った飛行ポケモンで、俺の手持ちの主力たるココロの技が全て完封されてしまう。

 ワニノコの水鉄砲、ゴースのナイトヘッドで太刀打ちは出来るだろうが、ポッポやピジョンと比べてまずポケモン自体の能力値が違う。序盤で太刀打ち出来るような敵ではないのだ。

 しかし今は戦闘に集中することにする。もしかしたらオニスズメのような奴かもしれないし、ヨシノシティで最近確認されたって父さんが言ってたスバメかもしれないからな。

 

「ポッポ、すなかけだ!」

「クロル、水鉄砲!」

 

 フィールドの下は地面で出来ている。

 なるほど、自分の手持ちの有利になるようなフィールド形成もジムリーダーの特権ってことか。

 そうはいっても、挑戦者は入れ替え出来るからプラスマイナスで見るとどちらでもないんだがな。

 クロルの放った水鉄砲は直線的に飛んでポッポに命中した。まるで消防車のホースから噴き出る水のような、細い激流がポッポを包み込む。

 ポッポもポッポで、水鉄砲が当たる前に砂を下側から砂を巻き起こしていた。少しは水に含まれて防いでいるものの、全てが全て巻いた砂を除けるわけではない。

 舞った砂を目障りそうにしながら、クロルは目を擦り始める。

 

「続いてポッポ! かぜおこし!」

「にらみつけるんだ、クロル!」

 

 ポッポがふわりと空中に舞う。狙いをクロルに定めていざ羽を振ろうとした――まさにその瞬間、体をぶるっと震わせた。

 こちらからでは目視出来ないが、ただならぬ雰囲気を感じることが出来る。ジムリーダーのハヤトもなんだかギョッとしているように見える。

 いつも後ろからだから確認はしてなかったのが……。

 ああ、見てはいけない顔をしている。俺はそう悟った。

 だがいつまでも怯えている訳にもいかないポッポはかぜおこしを開始する。轟ッっと大気を震わせ、クロルに風撃を浴びせた。

 しかし鋭い風を受けようともびくともせず、依然として立ち尽くすクロル。

 その姿に恐れおののいたのか、ポッポは中途半端にかぜおこしをやめてしまった。

 

「ポッポ! なぜやめるんだ! もう一度だ!」

「クロル、かみつくだ」

 

 動作が鈍っている。まるで蛇睨みされたようにポッポの挙動一つ一つが遅く感じられる。

 ポッポより素早さが遅いからって、ここまでギクシャクした行動をとるならばクロルの方が速い。

 かぜおこしで起こされる風も、若干威力が緩んでいる。クロルはめげることなくその中に突貫し、続けて素早く跳躍。

 大きな顎を開き、すれ違いざまにポッポに噛みつく――!

 すさまじい咬噛力に加え、にらみつけるの効果によって防御力の下がったポッポは、そのまま小さく唸り声を出してバタリと倒れた。

 反撃など許さない、圧倒的な一手。

 先ほどと形は変わらない。だが命中率を低くしようとしたりと、相手が如何にクロルの攻撃を避けようとしていたかはよく分かった。

 

「ポッポ、戦闘不能! ハヤトさんはポケモンを入れ替えてください」

「……なるほど。小細工は通用しないようだね」

 

 シンジさんの指示に頷きつつ、ハヤトはそう言ってポッポをボールに戻した。

 ボタンを押してボールを小さくし、袴の裾あたりに突っ込む。そこから続け様に出てきたのはスーパーボール。

 ……えっ! ジムリーダーってモンスターボールオンリーじゃないの!?

 俺が驚いたように目を見張る中、ハヤトは意気揚々と言葉を放つ。

 

「次の奴は僕が捕まえたポケモン。これで君のワニノコを倒して見せる!」

 

 そうしてスーパーボールを放った。弧を描き、地面にコンコンとバウンドして着地すると、ライトエフェクトを放ってボールが開かれる。

 中から出てきたのは――予想は違えど、ここジョウトで初めて見つかったポケモンたるハネッコだった。

 ……相性は最悪だ。そしてなおかつ、あちらの方が素早さが高いから先制されるのは必須。

 ただクロルはここまで来るのにかなりの戦闘を重ねて、体力自体残っていない。ここで一回入れ替えたとしても、その替えたポケモンが出てくると同時に攻撃される。なおかつ体力の低いコイツを残しておくのも得策とは言えない。

 入れ替えるのは、現状では考えられなかった。

 

「すまない、クロル。最後まで戦ってくれるか?」

「……ワニ」

 

 俺の言葉に、小さく肯定を示す声を出したクロル。

 言ってみれば、俺はクロルに対して負けて来いと仄めかしているのと変わりない。それほど、残酷な言葉を投げかけている。

 でもクロルはそんな俺の言葉に異も唱えず、ただ従順にしたがってくれた。

 ……絶対に負けられない。

 もう一つ、絶対に負けることの出来ない理由が出来た。コイツの頑張りを、無駄にすることなんて出来ない。

 

「勝負再開!」

「クロル、にらみつけるだ」

「やどりぎのたねを植え付けろ!」

 

 シンジさんの発言を聞いてすぐ、俺とハヤトさんは各々のポケモンに指示を出した。

 クロルの睨みつける攻撃に、若干体を震わせたハネッコだが、すぐに命令通りにやどりぎのたねを放った。

 命中率は高くはないものの、なかなか外すことの少ない技の一つでもある。ポポッコの草の付け根部分からツタついた種のようなものがクロルに飛来し、彼の体にまとわりついた。

 瞬間、種が開かれてツタが展開される。そのままクロルの全身をしめつけるように絡まっていく。

 そして数秒後――ガクッと、クロルはこらえ切れず膝をついた。

 もう既に限界が近かったのだろう。息は途切れ途切れだ。これでは『かみつく』行動を取らすこと自体難しそうだ。

 

「ハネッコ、しびれごなだ」

「かわせ、クロル!」

 

 それを喰らっては完全に勝敗が決する。避けるように指示するが、体力が少ないせいなのか、動きが先ほどより鈍い。

 風と共に舞ってきたしびれごなを避けることが出来ず、思わず吸ってしまうクロル。次の瞬間、ビクッと少しだけ痙攣して体を大きく固まらす。

 続いて寄生木の種がツタをつたい、クロルの体力を吸っていく。再び膝をついたクロルはなんとか踏ん張ろうと努力するが、今にも崩れ落ちそうだ。

 

「……シンジさん。もう戦闘不能で構いません。ポケモンを入れ替えてもよろしいでしょうか?」

「そのポケモンはもう出せなくなりますが、構いませんか?」

「はい。勝敗はもう決してますので」

 

 これ以上何をやっても悪あがきだろう。素直に俺はクロルの負けを認めた。

「ワニノコ、戦闘不能!」という言葉を聞いてから、ハヤトはハネッコに指示してツタを外させた。

 解放されると、そのままドシャっと地面に倒れ込んだクロル。最早根性で地面に立っていたのだろう。

 可愛そうなことをさせてしまった。悔やみつつも、今はボールに戻す。言い訳なら後でまた出来る。それで許してもらえるかは分からないが。

 

「ココロ。クロルの(かたき)、取ってくれるか?」

「……ブイ」

 

 俺の問いかけに冷ややかな声を出して返事したココロは、後ろから俺の横へと歩み出る。

 ちらっとこちらを見る。表情からはやる気のようなモノを感じ取れるが、実際はそうじゃない。

 相手をいかにして叩き潰すか。それのみを思う、悪女のそれになっていた。

 俺も初めて見た。しかし俺の驚きには反応を示すことなく、そのままバトルフィールドへと躍り出る。

 俺の心の機微すら分からないほど、余裕がないのか――

 ――いや、実際には気付いているのかもしれない。ただ隠すことを躊躇わなかった。

 ココロはそれだけ、今目の前にいる敵に怒り心頭している。

 

「試合再開!」

「ハネッコ、やどりぎのたね!」

「躱せ、ココロ」

 

 命令すら無視するぐらい頭に血が上っているのかと思っていたが、俺の指示通りに飛来してくるツタのついた種を華麗に避ける。

 冷静に、なおかつ怒っているということか。

 一番怒らせたくないタイプだ。

 

「ココロ! 一気に距離を詰めてたいあたりをお見舞いしてやれ!」

「ハネッコ、タネマシンガンで迎撃だ!」

 

 まだ技を二つしか出していなかったハネッコが、初めて攻撃技に移る。

 ハネッコは頭についている草の付け根辺りから、やどりぎのたねと同じ要領で種を飛ばす。

 しかし量や速度が桁違いだ。直進するココロ目掛けて、容赦なく、技の名前通り種の銃弾を降り注がせる。

 

「……」

 

 そんな中でも、ココロはよく見ていた。

 簡単な体の動きで高速で飛来する種の数々を、ぎりぎりで避けていく。

 スピードはそのまま。軽やかなステップで全ての種を避けると、一気にトップスピードになり、距離を詰める――!

 

「避けろ、ハネッコ!」

「逃がすな! 上に飛ぶだろうから先回りしろ!」

 

 ふわふわ浮いているハネッコだ。こうして回避行動は上に昇るのが得策だとハヤトも思っているのだろうが……甘い!

 木々が複雑に生い茂った、足元の悪い土地で生きてきたココロ。その脚力は並みではなかった。

 ふわりと浮かび始めるハネッコを遥かにしのぐ勢いで跳躍したココロは、悠々と敵を上回る距離まで跳躍する。

 思わず目を見張ったハヤトの顔が、何とも滑稽だ。

 びっくりしているのか、動きが泊まったハネッコ。ココロは体を前かがみにし、ゆるやかにハネッコ目掛けて落下する。

 可憐に舞うココロに誰もが目を――刹那。

 当たる直前に尻尾をハネッコに向け……一気に叩きつけるッ!

 

「……すげぇや」

 

 ポツリと声を零した俺。

 鈍い音がバトルフィールドに木霊した。その後、ハネッコが大きな音を響かせて地面に叩きつけられた。

 続いてココロが音もなく地面に着地する。そしてくるり、とハネッコに一瞥もくれずに、静かに俺の近くまで戻ってくる。

 一撃だった。ハネッコは目をぐるぐると回して地面に倒れたままだ。

 こえぇぇぇ……。ココロさん、こえーよ。お主やりおるな……。

 久しぶりだよ、こんだけ背筋凍えたの。

 てか『たいあたり』じゃなくて、『たたきつける』になってませんでしたか? まあいいんですけどね、倒すこと出来たし。

 意見を出す気にもなれない――ていうか、出来ない。

 

「は、ハネッコ戦闘不能! ポケモンを入れ替えてください」

「チィ! 戻れ、ハネッコ!」

 

 ポカンとなっていたシンジさんの指示を聞いて、ハヤトさんはハネッコをスーパーボールに戻した。

 その顔はなかなかに歪んで見える。まあ確かに自分が捕まえて育てたポケモンが、これほど簡単に打ちのめされちゃ、たまったものではないでしょうね。

 まあ俺自体、かなり驚いてるんですけど。

 ここまで強かったとか。今まであれで手加減してたのね……。

 

「いけ、ピジョン!」

 

 ハヤトが最後に出したのは、予想通りのピジョンだ。

 ここはかなりいきり立っている――傍からはそう見えないだろうが、俺に分かる ――ココロを出しとけば勝てるだろうが、少しクールダウンさせたいのもやまやまだ。

 あまり良い感情で動いているわけではないのに加え、いつ暴走して厄介なことになるか分からない。これからの旅でも、こうした場面に遭遇する可能性は十分にある。同じようなことをされては、大きなミスを犯す羽目になってしまうだろう。

 と、なると……。

 

「ココロ、少し下がれ。ビビを出す」

「……」

 

 俺の指示に従おうとせず、バトルフィールドから離れようとしないココロ。

 あくまで戦闘の意向には従うか、下がることはもってもほか、ということか。

 ココロらしくない、な。

 

「――――下がれ。俺は、そう、言っているんだ」

「……っ!?」

 

 自分でも驚くぐらいに底冷えした声。

 びくっと体を震わせて、ココロは振り返って俺の表情を見た。

 どんな顔をしているかは分からないが、ココロが少しおどおどしているのを見ると、あまり見せられないものになっているのかもしれない。

 しかし引くことはなく、俺はココロの目を凝視した。

 結果、その後すぐココロは俺の元に帰ってきた。そしてすぐ、後ろの方に行こうとする。

 

「今は俺の隣にいろ」

「……ブイ」

 

 かなり気落ちしたような声を出して、俺の近くにトコトコと歩いてきた。

 それを確認したのち、ボール入れの左端に入れてたモンスターボールを展開。放り、ゴースのビビを出した。

 ビビの姿を見た瞬間、少しだけハヤトがニヤッとしたのを確認した。俺が属性のことを知らない、甘ちゃんだと思ったのだろう。

 しかしそれはそれで、こちらに有利なことではある。

 

「いいですか? ……それでは、試合再開!」

「ピジョン、かぜおこしだ!」

「ビビ、のろいだ!」

「ゴォオォオオオオ!?」

 

 え? 私をここで出すの!? みたいな声を出すビビだが、すぐさま行動を開始する。

 素早さは圧倒的にビビの方が高い。何やらガス状の槍を作り上げると、それを自らの頭上に突き刺した。

 小さく声を漏らすビビ。そんな中、ビビの元にピジョンのかぜおこしが発動した。

 凄まじい風に流されそうになるビビ。しかし奴は、こうした逆境に強いことを俺は知っている。

 ある程度風を流した所で、ピジョンのかぜおこしは止まった。

 ……いや、止めざるを得なかったというのが正解か。

 ピジョンは小さく呻いて地面に降り立ち、体の痛み我慢するように目を細めた。

 

「ピジョン!? ……なぜだ。ゴーストタイプの技は通らないはず!?」

「残念ながら、この技は少々特殊なんだ」

 

『のろい』はポケモンシリーズにおいてもなかなか稀有な技だ。ゴーストタイプとその他のタイプで能力ががらりと変わるからだ。

 ゴーストタイプが使えば、それは『呪い』になる。しかしその他のタイプなら『鈍い』……つまりニブい、というものになる。

 この技のタイプ属性はそのため???だ。分類することは出来ない。

 だからこうしてピジョンに通る。『くろいまなざし』や『にらみつける』などの能力変化やその他に関係するものも、意外に攻撃では通らない相手でも技が通ったりする。

 まあ『にらみつける』は、どんな奴だって効果あるように思えるしな。『なきごえ』も然り。

 

「ビビ! 辛いだろうが、頑張ってくれ! さいみんじゅつだ!」

「……ゴ、ゴォォォオオ!」

 

『のろい』によって減ったHPに加えかぜおこしのダメージも蓄積しているが、ビビはここぞで発揮する気力をもって、催眠術を発動した。

 動きが鈍っている相手に催眠術は見事に成功し、そのままうずくまる形でピジョンは眠る形になった。

 

「なっ!? ピジョン、目を覚ませ!」

「ご苦労さまだビビ。戻ってくれ」

 

 ハヤトが必死に声をかけて起こそうとするものの、痛みに堪えるような形で眠るピジョンを起こすことが出来ないでいた。

 

「ココロ。後はアイツをやってこい」

「ブイ……」

 

 ひどく落ち込んだような声でココロは従った。

 交代して前へ出るも、ピジョンは未だ起きる気配がない。交代を確認したシンジさんを見て、俺は「たいあたり」を指示した。

 動きはぎこちないものの、動けない相手に当たらないことはない。

 ココロの体当たりは見事にピジョンに命中し、そのままうずくまったままピジョンは地面に倒れた。

 

 初めてのジム戦。

 勝つことは出来たが、心残りが一つ出来てしまった――

 

 

 




※エアームド・ハネッコがジョウトで初確認、と書いてありますが、それは二世代目のここジョウトで初めて出たポケモンなのでそう書かせてもらいました。
※のろいとか実際そうだったかうろ覚えです。間違えてたらご報告を。
※作者は基本、ちょっとした仲たがいは必要だと思ってます。にゃんにゃんするだけがいいんじゃないんです!(反論は認めます)
※初めて6000字いきました。分割しようと思いましたが、もったいないのでこのままでいきました。

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