運命は神の考えることだ。 人間は人間らしく働けばそれで結構である。
夏目漱石
深海棲艦の進攻により、海岸沿いの建物の値段は安い。
各市町村に居を構える提督は、艦娘の住居もかねて海岸沿いに建てられたマンションなどを鎮守府として使用している。
もっとも横須賀、呉、佐世保などの千名以上の提督が常駐する大規模鎮守府は、万を越える艦娘と共に新市街を形成している。
海鳴鎮守府は、世界最古の艦娘提督が司令官を勤める鎮守府であるが、その存在は機密であり。
日本中にいる、地方艦娘提督に紛れるように小規模鎮守府を構えて故郷防衛に努めていた。
一階に居酒屋『鳳翔』、食事処『間宮』の店舗を構えた七階建てのマンションが現在の海鳴鎮守府である。
二階に作戦会議室、提督執務室などの鎮守府機能を備え。
三階から上は十畳一間、風呂、トイレ、台所つきの艦娘寮となっている。
短いポニーテルに作務衣、下着にスキューバーのインナーのような服を着た女性が二階の提督執務室を訪れる。
提督在中は緊急連絡もあるため執務室に鍵はかけられていない。
戦闘中であるが故にノックも無く執務室の扉を開けると、提督が待ち受けているであろう報告をする為に女性が口を開く。
「超弩級戦艦『伊勢』(いせ)入室します。
提督ぅ、なのはちゃんを無事保護しました。
安心した?安心した?」
部屋の通信機の前では黒髪ロングで冷静沈着を絵に描いたような軽巡洋艦娘『大淀』(おおよど)が出撃艦娘に命令を伝え。
提督と呼ばれた白い軍装姿の青年はコの字型の政務机に腰掛け空中に投影したモニターで戦況をチェックしている。
「そうか、今は何処に?」
「間宮で、第六駆逐隊と一緒に甘味を食べてもらってる。
電や暁とは、かなり相性が良いみたいだね。
今は精神的にも落ち着いているよ」
知り合いの無事にホッと表情を緩めながら20代前半程の若い提督は息をつく。
「そうか、恭也のやつに切られずにすむな。
士郎おじさんには、天龍(てんりゅう)や龍田(たつた)達もお世話になってる。
艦娘には翠屋のファンも多いしな」
「ああ、恭也さんと一緒に海岸線掃討戦に出ていた天龍と龍田もすぐ戻ってくるってさ」
伊勢の報告を受けているとヘッドホンを外した大淀が終息宣言をする。
「提督、第3波の沈黙を確認。
海鳴海岸に押し寄せてきた深海棲艦36隻の殲滅を確認しました」
「よし、警戒レベルを一つ下げる。
今日と明日は海上護衛及び哨戒任務を厳とせよ。
青葉(あおば)と那珂(なか)は夕張(ゆうばり)と共に戦況レポート動画の編集を何時ものサイトにアップせよ」
終息宣言に笑顔を浮かべる伊勢が茶々を入れる。
「ソレ、よく続くよね。
テレビでも専用チャンネルがあるよね。
各地の戦況実況とか艦娘の歌番組とか」
「広報は必要だし、スポンサーの意向とかファンの陳情とか色々な。
ああ、大淀。
提督の着任書類と艦娘の建造資格証の用意を頼む」
提督の言葉に艦娘の二人が驚いたような声をあげる。
「それって、なのはちゃんの?
確か、中学卒業後で本人の意思確認をしてからって話じゃなかった?」
「そうです、提督!
小学生で提督というのは早すぎます」
提督は、一枚の書類に目を落とし艦娘二人に目をあわせる。
「そうも言ってられなくなった。
私としても、恭也、忍さん、スポンサーの海自、バニングス海運も、そうしたかったんだが」
提督が見た書類には、こうある全国一斉魔力値検査表。
「魔力値、130万オーバー。
管理局基準だとAAAクラス。
艦娘を100名維持するのも余裕の魔力量だ」
深海棲艦が現れ世界中で制海権が奪われていく中、地球という世界に一つの接触があった。
時空管理局。
略して管理局とだけ呼ばれることもある。
とりわけ、次元世界の崩壊を招きかねないロストロギアについては、最優先で対処する。
なお、魔法が確認されていない世界は、本来なら管理局の管理外だ。
そのような管理外の世界で魔法を悪用しようとする者がいないかを監視するのも、管理局の任務の一つである。
「次元世界をまとめて管理する、警察と裁判所が一緒になったところ」で、
他に「各世界の文化管理とか、災害救助とか」を行う場所であり、
「他に細かい仕事は多くあるものの大筋はそれ」らしい。
地球で例えるのであれば、PKOなどで派遣される多国籍治安維持軍が、それに近い。
地球で発現したロストロギアである深海棲艦の性能を見るに数が多いが人類が滅亡するほどでは無い。
ロストロギアの性能も多次元まで影響を及ぼすものでは無く最悪、地球全土が占領されるだけですむ。
故に対処も場あたりてきなモノである。
『我々には支援の用意があり、
次元世界加入条件は次元憲章の厳守、質量兵器の破棄、年会費の納入、管理局の設置が条件である』
受け入れられる訳が無い。
現行の軍隊を解体して、次元世界からの治安維持軍を受け入れて次元世界連盟の決定に従う国になってくださいと言う事である。
自国の銃規制すらまともにできない国が多い中で、そんな事を実行できる国は皆無に等しい。
そも、軍の解体となれば下手をすれば国民の一割から二割は路頭に迷う。
支持母体に軍がらみを持つ政治家も多く彼らの強行な反対は想像に難くない。
軍とは国を護る剣であり盾、国民にとって最後の拠所とすべきモノである。
普段は縮小や予算削減を主張している政治家も解体となれば反対するだろう。
次元世界としても、提案が拒否されるなら御勝手にと言う所だ。
自分達は手を差し伸べたという事実が欲しいリップサービスにすぎない。
自分達にたいした被害が及ばないのに手を突っ込もうとするほど次元世界も暇では無い。
次元世界間をまたぐ大規模戦争の終結を宣言してから65年。
次元世界平和維持活動(PKD)は「破綻国家」「脆弱国家」と呼ばれる国家機能が破綻、
もしくは脆弱な地域に投入されるケースが増大している。
戦争による傷が癒えず膿む。
弱い者を踏み台にして力をつける者など枚挙に暇がない。
ある意味、管理局ですら、そうした事象を利用して力を増大させてきた勢力の一派だ。
彼らの違いは、踏み台を補強して新たな階梯へと登るか?踏み台を潰して新たな踏み台への跳躍を成すか?
膿は、様々な犯罪を生み出し。
それを糧に成長した犯罪者は病を広げ、正常な経済活動を取り戻した地域にまで侵食してこようとする。
こうした場合、本来その国の治安維持部隊が果たすべき役割を多次元国家社会の側が果たさなくてならなくなる場合が多い。
戦後に物資が困窮するとテロ活動が無くても治安は悪化し、脆弱な治安組織では対応できない事態が増加する。
当然、戦争をしていたのだから軍隊は残っている。
だが、軍というものは、他国の軍隊と戦う為に組織された集団である。
一般市民が暴動を起こした時、なるべく一般市民を傷つける事無く群集を沈静化させる術など訓練していない。
敵を殲滅する為の装備はあっても、無傷で沈静化させる装備が無い。
そして、護身用の武器など荒れ狂う暴徒の群れに対するには、あまりにも非力。
だからこそ、非殺傷魔法で暴徒を鎮圧し、独自法によって本来裁くのが難しい支配者層も平等に裁く事のできる管理局は忙しい。
治安維持機能が生きていて暴動も内乱も起こってない非加盟世界に手を出すほどの余裕は無い。
せいぜい、魔力資質を持つ優秀な人材に目をつけて移民を進めつつ。
現地政府が崩壊後を見計らって目をつけていた人材とその家族友人の確保で次元世界に抱え込もうというのが基本方針である。
そうした事自体は、遥か昔から行っており。
主要都市であるミッドチルダなどでもナカジマやホンダなどの日本名を見ることができる。
国家間に友情は無く、国に頭は二つも要らない。
あるのは、ただ利害のみである。
故に現在の日本の状況は、全世界的に見ても想定外である。
「現在、250万いる艦娘提督の中でみてもトップ10に入る程の魔力量。
他国、及び管理局に渡す事など絶対にできないビップだ。
公的検査で発覚してしまった以上、青田刈りをしようという勢力を掣肘する必要がある」
「今や艦娘提督は、日本でもトップランクのなりたい職業ですからね」
「ああ、三年前に青葉と那珂に海鳴防衛戦の動画を大型動画サイトにアップさせて以来。
集え力ある者達よ。
古の戦船の魂を宿せし少女達と共に戦い世界を護るのだ。
この煽り文句に釣れる釣れる」
大淀の答えに提督は窓から見える海に視線を移しながら遠い目をして答える。
艦娘に関して批判が集まる事は目に見えていた。
いかに力を持っているとは言え、駆逐艦娘など、見た目小学、中学生くらいにしか見えない。
人間と同等の知性を持つ美少女(重要)を使い魔として『建造』すると言う点にも突っ込みどころは満載だ。
「批判が集まる前に数を増やす必要があった。
士郎さんの伝手で海自に建造管理デバイスである提督バッチをばらまいたとは言え世論を巻き込むには数は力だからな」
管理局で言う所のCランク程度でも二艦隊12名程の艦娘は保持できる。
艤装の主機である缶で燃料を使い防壁、移動の為の術式を動かす魔力は確保できる。
攻撃はベルカ式カートリッジと呼ばれる魔力を込めた弾丸で補う。
艤装に彼女らの体を構成する魔力を制御させるコアを仕込む事でさらに省エネ化を進めるという。
魔導師の常識から見れば、無茶を成して道理を引っ込めているのが艦娘という存在となる。
艤装ごと轟沈してしまうと再生が効かないが大破重症を負っても艤装さえ直せば再生可能という点でも狂気の沙汰である。
「艦娘の人口は日本の総人口にも匹敵するようになった。
彼女らもたらすシーレーンの確保と労働力は、無視できない領域まで食い込んでいる。
最早、多少の批判は鼻で笑える」
日本人の人口は、一億二千五百万程。
人口の十分の一が魔力を持っているとして1250万人程。
その中でも高校生以上でCランク以上が五分の一で250万人程になる。
世界人口リストにおいて第十位、ロシアとの人口差が二千万人しかいないという超人口過密地帯が日本という国である。
管理世界平均においては、一つの世界につき。
せいぜい10億人程度しかいない彼らからみれば狭苦しい島に世界の十分の一を詰め込んだような狂気の沙汰であり。
米と豆と魚、卵と鳥、乳牛と豚に生産力をガン振りすれば食料もギリでどうにかなってしまいそうなチート島である。
「確か、提督のお爺さんが海軍工廠に勤めていた頃に計画していた艦娘計画が私達の元だったかしら」
そんな島であるので艦娘計画が順調に実行されていればガチで世界と喧嘩して。
世界も核で島ごと消滅させにきたであろう事は想像に難しくない。
「ああ、百年くらい前の幕末開国あたりに紛れ込んできたベルカの落ち武者だったらしいな。
二次大戦時の戦力の不足を艦娘で補おうとしていたらしい。
爺さんが途中で正気に戻って研究所を破壊して逃げたらしいが……」
伊勢の質問に答える提督の肩から水兵帽子をかぶりセーラー服を着た握りこぶし程の少女が顔をのぞかせる。
艦娘製造管理デバイスの管制人格、通称『妖精さん』である。
妖精さんの頭を指でグリグリしながら提督は続ける。
「まぁ、他国にもベルカの落ち武者は一定数いるみたいだがウチほど侵食の早い国も早々あるまい」
ノリの良さと民族としての意思統一と伝達の早さ。
流行に乗り遅れるのを何よりも恐れる民族という特性。
銃のような自衛の武器を全く持たない国民というのは世界的に見ても非常に珍しい。
サブカルチャーに染まりきっており。
ある日、特別な力に目覚めて外敵と戦うという類の作品は山のようにある。
故に規制が行き届く前に魔法と使い魔というシステムは古い雑巾が水を吸うように瞬く間に広がった。
管理局としても250万の魔導師がわずか三年で誕生したというのは寝耳に水である。
彼らから生まれた一億を越える使い魔達がロストロギアと戦い始めた。
という続報に「え?」としか返せなかった管理局高官を誰が攻められよう。
訓練に時間のかかる戦闘は戦闘艦の戦闘経験をパッケージした艦娘に完全依存。
提督に必要とされるのは艦娘を維持する為の維持魔力と資材と出撃撤退を管理する事務能力だけである。
そして、義務の教育の行き届いている日本では義務教育終了程度の学力さえあれば最低限の管理業務が可能。
「あまりの応募の多さから、高校生以上。
自衛隊の入隊試験に準拠した試験に合格した者のみという制限を設けたからな」
ロマンに燃えるオタクというのは凄まじい。
最低限の魔力を持っている事が確認されたオタクどもは自分を鍛えなおし次々と提督資格をもぎとっていた。
「故に、未だフリーの提督候補は各所に狙われる。
提督となれば艦娘の護衛がつくし絆を結んだ艦娘と離れようとする提督はそういない」
何人かは艦娘ごと次元世界に行ったそうだが、政府公認の密航という訳のわからない事態が発生している。
他国の大半が混乱としている中、
自分の所は戦力の魔法化がスムーズにいったからといってフライングぎみに管理世界化してしまうと他国のバッシングが痛い。
「それでも批判は出ると思うけど仕方ないか」
「ああ、護衛くらいつけとかないと他国の拉致が一番怖い。
本人に一番価値があるんだ交渉などできないと思ったほうがいい」
溜息をつく伊勢に提督が答える。
自らが魔力を供給する艦娘であれば互いの位置を知るのは容易い。
GPSを仕込んだ携帯を持たせるより確実に護衛も救出もできる。
「深海棲艦の根は絶てず。
悪党が世に幅をきかせて、小悪党は懲りることを知らない。
騒動は絶えず世間を騒がせて、今日も世は事も無し」
深海棲艦の登場によって、世で言う処の過激派が急速に力をつけている。
衣食足りずして礼節を忘れる。
深刻な資源不足は国家間の小競り合いに発展して海のみならず地上でも争いは絶えない。
他国の干渉が無くなった為、独立を掲げるテロ組織が国をたちあげ混乱を助長する。
故に高レベルで治安と戦力を維持増大させ管理世界との取引で物資を確保して穴熊を決め込んでる日本に批判は多い。
自衛隊所属の艦娘は色々と国際協力の名目で海外で活躍しているのだが……。
それすら、他国の嫉妬をあおっているらしい。
「政治って難しいねぇ」
伊勢の言う言葉に全てが集約していた。