「……これは駄目だな」
俺はユーグリットに入れさせた紅茶を飲みながら困っていた。
一通り一般のバイトの面接の真似事をしてみたのだがリゼヴィムから一切の覇気を感じられない。
ヴァーリの祖父だからということで幼女の写真を見せてみたが特に反応はなかった。どうやらロリコンではないらしい。
というより女自体にそこまで興味がないイメージだ。まぁ、今は無気力状態だからそれが正確なのかは分からないけど。
今は興味がなくても、昔はアザゼルみたいに女遊びが酷かった可能性もあるし。
性癖が分かれば他の奴みたいに操りやすいんだが難しそうだ。
とりあえず今までの会話から予想されるリゼヴィムの本質的な性格は俺と同じ快楽主義者。だからユーグリットも俺に紹介したのだろう。
だが、これは難しい問題だ。俺の趣味の範囲は一般と比べて桁違いに広い。むしろ桁違いでも足りないぐらいだ。次元が違う、と言ってもいい。
だからこそ逆に何を教えていいか分からない。俺は昔からお菓子作りが好きだけどリゼヴィムが興味を持つとは思えないし。
まぁ、すぐに思い付くようなことでもないし、のんびりと考えよう。こういうのは急に思い付くものだ。
「とりあえずここで働く気はあるのか?」
「働く気は全くないけど仕事はやるよ。他にすることもないし。それにユーグリットくんに土下座までされて頼まれたしね。正直、マジ引いたけど、ここまでされたら優しい優しい俺としては断れないさ」
それは俺もマジで引くわ。
土下座とか……。ユーグリット、どんだけ本気なんだよ。
「じゃあ、漫画置いていくから暇はこれで潰してくれ」
そう言うと俺はリゼヴィムの前に大量の漫画を置く。
すでに読み終えているし、他のメンバーにもちゃんと持ってきてもいいか確認した。
「……漫画ねぇ」
興味なさそうにしながらリゼヴィムは適当に一冊とってペラペラとめくる。
「日本が世界に誇る娯楽文化で、手軽だから暇潰しにはピッタリだ」
「何年か前に読んだことあるけど、大分絵とか雰囲気が違うな」
リゼヴィムは漫画を読んだことあるのか。意外だな。
「人間は悪魔と違って成長が早いからな。漫画だって例外じゃない」
まぁ、成長しすぎた気もするが。
ネット小説を読まないわけじゃないが、俺は基本的に電子書籍よりも紙の本の方が好きだ。本の重みがシックリくる。
後、漫画は電子書籍の場合、コマ割りに特徴がなくなるからな。見開きの迫力のある絵って結構好きなのに残念だ。
「じゃあ、俺はそろそろ戻る。仕事の詳しい説明はユーグリットに聞いてくれ」
さて今日は午後からレイヴェルとのデートだ。その前に他の仕事を片付けないと。
「……何の用だ?」
数時間後、俺はまたユーグリットに呼び出されてプレハブ小屋の外にいた。
今日の仕事を終わらせて、昼食を食べたらレイヴェルとのデートだからユーグリットなんかに付き合っている暇はないんだが。
「少し困ったことになりまして」
「困ったこと?」
「はい。直接見てもらった方が早いので中に入ってください」
俺はユーグリットに促されてプレハブ小屋の中に入る。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
いきなり奇妙な笑い声が聞こえてきた。
一応、聞き覚えのある声だな。
ユーグリットは呆れた様子で入口近くの扉を開けて中に入ったので俺も続く。
「この展開、シュール過ぎるだろ!意味、分かんねぇ!」
リゼヴィムが椅子から転げ落ちそうなほど漫画を読んで爆笑していた。
何、これ?
さっきの生きながらにして死んでいるような姿とはまるで別人だ。
俺がいない数時間の間に何があったんだよ?
「……何があった、ユーグリット」
俺がリゼヴィムを指差しながら聞くと、ユーグリットは困った表情をしながら答えた。
「最初は興味なさそうにしていたんですが段々、興味を持ってきたみたいでしてね。仕事の説明をしたくても聞いてくれないんです」
マジか。漫画一つで復活かよ。何かアッサリしすぎて微妙な気持ちなんだが。
超越者なんだし、復活にはそれなりの理由がいると思っていたのに。
それにしても生きる意味を失っていたオッサンをここまで明るくするとは。漫画は偉大だな。
「お、霧識くんじゃん!ナイスタイミング!この漫画の続きってある?」
リゼヴィムは俺に気付くと顔を上げて漫画を見せながら声をかけてきた。
リゼヴィムが読んでいたのはその漫画か。シュール過ぎて次の展開が読めないと話題のヤツだ。
まぁ、俺には分かるけど。作者と思考が似ているのだろうか?
「その漫画の最新刊は来月発売だからまだない」
「そりゃ残念。まだ霧識くんからもらった漫画はあるし、次はこれでも読むか」
そう言うとリゼヴィムは次の漫画を手を取って読み始める。
もらった、ってあげた覚えはないんだが。貸しただけだ。
何、自分に都合のいい解釈してんだよ。ガキか。
しかも仕事するように見えないし。仮に仕事をしたとしてもサボって漫画を読んでいる姿が想像できる。
「……こいつ、クビだな」
「ちょっと待ってください!その場合、彼女を紹介してくれるという話はどうなるんですか!?」
「当然、次のバイトが決まるまでナシだ」
大人ならちゃんと約束は守れ。
こんな精神年齢がガキのオッサンつれてきやがって。生きる意味を失っていた、ってどうせ中二病患者みたいに変なことで悩んでいただけだろ。
サーゼクス(シスコン)と言いヴァーリ(ロリコン)と言いルシファーには録な奴がいないな。ルシファーって悪魔の中では重要な意味を持つ名前じゃないのかよ。
これじゃあ悪魔の未来が心配だ。まぁ、俺は堕天使側の人間だし、そこまで気にしなくてもいいのだけど。
「そんな!他にこの仕事をこなせそうな知り合いなんてシャルバ・ベルゼブブぐらいしかいませんよ!」
「シャルバは無理だろ。だって、あいつ、俺のこと嫌ってるし」
実力は……まぁ、問題ないか。
ていうか、カテレアもクルゼレイも死んだのにシャルバはまだ生きていたんだな。興味ないから忘れていた。
「だったら私は今から彼女に会って告白してきます」
「……何だと!?」
クソッ!そういう脅しでくるわけか。
確かに今のユーグリットの状況からしたらそれが一番手っ取り早い手段だ。
「今、私がいなくなって困るのは貴方ですよ。フェンリル達の世話をする人がいなくなりますからね。それに代えって私に損はありません」
俺が仲介しなくてもロスヴァイセならユーグリットの告白に間違いなく食い付く。それも凄い勢いで。
確かにユーグリットに損はない。
強いて言うなら給料ぐらいだがそれも大した問題じゃないだろう。俺が買ったレプリカ神器のおかげで金に余裕があるからな。
「……仕方ない。続きは俺がレイヴェルとのデートが終わってから相談しよう。ユーグリットはリゼヴィムに仕事をするように説得しておいてくれ」
「分かりました」
ハァー。何でこんな面倒臭いことになってるんだよ。
とりあえず今はデートに集中して、後で考えるか。
翌日、俺はロスヴァイセを自分の部屋に呼び出していた。理由はユーグリットを紹介するためだ。
つまりユーグリットは昨日、リゼヴィムの説得に成功したのだ。俺が帰ってきた頃には真面目とは言いがたいがリゼヴィムはユーグリットから仕事の説明を受けていた。
ただ、どうやって説得したのかは教えてくれないが。また土下座でもしたのだろうか?
今後、リゼヴィムには漫画の他にも映画のDVDとかも差し入れしなければならなくなったが安いものだ。
しかも代金はバイト代から払ってもいいとのことだ。超越者に対する報酬としては安すぎる。
まぁ、そっちの方が俺は……というより俺に金を毟られる奴等からしたら助かるだろうが。
ちなみに当の本人であるユーグリットはちょっと用事があっていない。ちょっと、と言うには大事すぎる気もするがそこは気にしない。
「……え~と、いきなり私を呼び出してどうしたんですか?しかもこんな密室に二人っきりで……。まさか」
「間違いなく想像していることは起きないから安心しろ、行き遅れヴァルキリー」
ロスヴァイセが頬を赤らめて体をモジモジさせながらも、その目は獲物を狙う獣みたいに鋭かったので強めに否定する。
そうじゃないと襲われそうだったからな。
ロスヴァイセがまたいつものように床に手をついて落ち込む。いつもは面倒臭いだけだが、今回はこっちの方が助かる。
予定の時間はまだだからな。というよりロスヴァイセが呼んだ時間よりも三十分も早く来たのが問題なのだが。
とりあえず俺は何かブツブツ言っているロスヴァイセを無視して読んでいる途中だったラノベの続きを読む。
「ロスヴァイセ、今日呼んだのはお前を紹介してほしい、って言う男がいるからなんだ」
予定の時間になったところでラノベを机の上に置いてそう話を切り出した。
「本当ですか!?」
一瞬で復活したロスヴァイセが凄い勢いで詰め寄ってきた。必死すぎて怖いな。
「ああ、そうだ。でも、その前に落ち着け」
「……わ、分かりました」
ロスヴァイセは一応床に座るがまだ息が荒い。どんだけ興奮してんだよ。
紹介せずに早く帰らせたいが、ユーグリットとの約束があるしそうはいかないよな。もしここで俺が約束を破ったら奴は何をするか分からないが、間違いなく大変なことになるだろうし。
「で、どんな人なんですか?ここにはいないようですが」
「まぁ、見たら分かる」
俺はそう言うとリモコンを取ってテレビをつける。
すると緊急記者会見で生存報告をしているユーグリットの姿が映り出された。
ユーグリットは昨日、俺がロスヴァイセを紹介すると言うとすぐに冥界に行って自分の生存をテレビ局に告白しに行ったのだ。
本人曰く「どうせ後でバレるぐらいなら早めにバラした方が彼女にも迷惑がかからない」とのことだ。俺でも関心するほどの行動力だ。
おかげで冥界はパニックになっているが。俺もあっちで記者として会見に参加したかった。
「これが何なんですか?」
「そこに映っているユーグリット・ルキフグスがロスヴァイセに紹介する男だ」
「かなりのイケメンじゃないですか!」
ロスヴァイセが画面を食い入るのように見る。
幸せそうで良かったな。
「今はフリーターだけど、最強の『女王』グレイフィアさんの弟だからな。数年後には良いポジションに就いているんじゃないか」
俺がそう言うとロスヴァイセは更に目をキラキラ……いや、ギラギラさせる。
さて、これで俺の仕事は終わり。これ以上の面倒事はごめんだ。
でも、この後グレイフィアさんに呼び出されているんだよな。逃げたら殺されそうだし、どうしたものか。
久し振りにシャルバの名前が出たことで、そういえばまだ出番がなかったことを思い出した。
一回ぐらい出したいけど話が思い付かない。
次回はグリゴリの話です。コカビエルが酷い目に合う予定です。
では感想待ってます。