東方狡兎録   作:真紀奈

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妖怪

 ダイコク村がオオクニヌシの庇護下に入り約千年。

「彼」は相変わらず壮健であった。最早兎の寿命などどうでも良くなって来る頃合である。

 眷属達は数十回も世代交代を重ねているにも関わらず、長は変わらず「彼」のまま。

 

 ー*ー*ー

 

 千歳に至るか至らぬか程の頃に、「彼」は己の内に何やら「力」があるのを感じた。

 随分と昔に「人間を幸運にする程度の能力」を使った時の感触に似ているので、恐らくは能力に関係した力だと考えられる。

 集中すれば体内で力を動かせそうだったので、村の運営を眷属達に丸投げした「彼」は力を思い通りに使えるよう練習する事にした。

 

 呼吸を整え、体内に散逸する力を体の中心に集める。言葉で言えば簡単な事だが、其れだけでも一月を要した。達成感に刹那身を任せた後、次のステップを考える。

 前世で人間であった「彼」は、気功と呼ばれる技術を知っていた。本で読んだだけだし眉唾ものだと思っていたが、何せ本人が今は異常に長生きな兎である。気功が実在しているとしても不思議は無い。

 この力が気功だとすれば、体の中心に集めて「練気」してから再び体内の隅々まで行き渡らせれば、「内気功」により身体能力を高められる、かもしれない。

 何も判らない現状、定かでない事でも試してみる価値はある。

 そして力の扱いを練習し始めて数か月経った頃、身体能力の上昇が安定したので、続いて「外気功」の模索に入ろうと力が体外に向かうよう念じた「彼」は、己の行為の結果に目を(みは)った。

 

「何この……何?」

 

「彼」の眼前には小さな桃色の球体がふよふよと浮かんでいる。暫し呆然と見ていた「彼」だが、ふと思い付いて「右に行け」と念じると、球体は右にゆっくりと漂って行く。

 どうやら体外に出た「力」でも自分の意思で動かせるようだ。当面の目標はこの球体を自由自在に動かせる事に定めた。

 

 操作を練習し始めて数年後には、桃色の球体を10個ほど別々に動かせるようになった。

 途中で操作を誤りぶつけてしまって気付いた事だが、球体を地面や木にぶつけると軽く爆発して焦げ跡が残った。

 自分で触っても何とも無いので、兎には無害なのかと他の兎を呼んで触らせてみたら、爆発して吹き飛ばしてしまった。幸い大きな怪我ではないが、治療した後、危険なので今後は練習中には近付かないよう周知させることにした。

 

 ー*ー*ー

 

 今日も今日とて謎の力(暫定気功)の修練をしていると、急に辺りが薄暗くなり、遠くから大きな漆黒の球体が近付いて来た。

 警戒して最大限度まで桃色の球体を作り出す「彼」に、漆黒の球体から声が投げ掛けられた。

 

「あら、妖力を感じて来てみたら人型も取れない兎さんだったの?」

 

 声の途中で漆黒の球体は薄れ、中から金髪の女性が現れた。

 すらりとした長身で、物腰は柔らかだが「力」に満ち溢れている事が見て取れる。

 依然警戒したまま「彼」は妖力とは何か尋ねた。

 

「これだけ制御出来るのに妖力について知らないって……完全な独力で此処まで練り上げたなら大したものね。努力に免じて先人として教えてあげる」

 

 そこで言葉を切り、空から降りて来て「彼」の傍らに座った。

 

「妖力は私達妖怪の体内から生み出される力で、妖怪の妖怪たる所以。妖力で攻撃し、妖力で防御し、妖力で変化する。私は闇の妖怪だから、妖力を闇に変化させて苦手な日射しを遮ったりする事も出来る。兎さんは恐らく妖獣ね。年経た獣が妖力を纏い変化するモノ。特に身体強化と変化が得意らしいから、それだけの力があれば人化は容易いでしょう」

 

 話を聞いた「彼」は、早速変化出来るか試してみようとした。

 変化が可能なのだと認識した途端、脳裏になんとなく(・・・・・)どうすれば変化出来るのか浮かんで来る。

 それに逆らわず力を動かす事で、即座に「彼」の兎の体が変化を始めた。

 むず痒いような感覚の後、体から白い靄が立ち上り、人の輪郭を作った。少しして靄が晴れた其処には、白いワンピースを着た黒髪の童女が立っていた。変化に成功した「彼」の姿である。

 

「あら、言ってすぐ出来るとは思わなかった。人型の姿も兎型に劣らず可愛いじゃない。私はルーミア。貴女は?」

 

 ルーミアに名を問われるが、「彼」に名は無い。今世の親兎は言語を解さなかったからだ。

 その旨を告げると、じゃあ私が付けてあげようかと言われるが、折角名を頂くならオオクニヌシ様に頂きたいので断った。

 別れ際にルーミアの行く先に幸運を、と願ったが、ルーミアが人間ではない所為か効きが弱そうだった。




と言う訳で、古代編おなじみEXルーミアさんでした。
妖怪である事を教えるのは妖怪。

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