しばらくの間俺はあの空き家の売買手続きや手紙のやりとりで宿屋に籠もっていた。
一方雫は吉の計らいで万千代を付けてもらい清洲見物にいそしんでいる。
その吉は吉で数日おきに俺の出した宿題を届けに六と俺の泊まっている宿屋に来ていた。
清洲に着いて一月半ほど経った頃、俺に客が来た。
「まさかこんなに早く店を出すとは驚きましたぞ、旦那様。」
「大将!たんまり儲けさせてくれよ!」
「何をやらかすつもりだ!」
文珠屋の先代、竹細工職人、革細工職人それに鍛冶職人、木地職人、漆塗り職人、行灯職人、それぞれの家族と奉公人、かなりの人数が来てくれた。
「みんな、取りあえず俺に付いて来てくれないか。」
買い取った店の裏手にみんなを連れて行く。
そこは長屋であった。
店を買った残りの金の大半を使い一区画全ての長屋を俺は買い取っていた。
「職人のみんなは此処に住んで働いてくれ。賃料は要らない。みんなの作った物は先代、いや幻灯館主人“東長五朗殿”あなたに全てお任せする。」
“幻灯館”それが俺が買い取った店の名だ。
『いったい何を作れと?』などと職人達から疑問の声が上がる。そこで
「職人のみんなは店の方へ、家族の方は荷を解いて生活の準備を。」
と伝え幻灯館へと向かう。
店の中、職人達の前で十数本に及ぶ巻き物をみんなに見せる。
その中には行灯や革製品、未来では当たり前の様に使われている様々な雑貨などの図解が書いてあった。 それを見て職人達は『おお・なんだこれは・これまた奇妙な』などと声をあげる。
その声を聞いて俺は職人達に『出来そうか?』と声をかけた。
職人達の返事は『当たり前ですぜ旦那様』と自信たっぷりに答えてくれる。
その返事を聞いて俺は満足し店主長五朗に『後は頼む』と語りかけた。
だが長五朗の返事は意外なものだった。
「いいえ、この幻灯館の主は旦那様でございます。私は旦那様の名代兼番頭としてならこのお役目お引き受け致します。」
といたずらっぽい笑みを浮かべた。
『あんたも欲が無いな』と煙管に火を付けながら俺も悪党の笑みを浮かべる。
そうこうしていると
「お!みんな集まったのかや?」
雫が顔を出した。
あんこが乗った団子を右手に一本、左手に二本持った状態で。
「おお!雫殿。」
と長五朗のじい様が雫を見つけ微笑みかける。
「うにゅ?じい様かや!」
雫も嬉しそうに駆け寄る。
じい様は近寄って来た雫を抱き上げると『少し大きくなったかな?』などと孫を見るような目つきで雫を見ていた。
「まるで孫を抱き上げる好々爺みたいだぜ長五朗殿。」
と俺が声をかけると
「美津里殿は息子も同然、ならば雫殿は孫も同然じゃ。」
そう言ってくれる事に嬉しくなり涙が出そうになった。
この時代に来て俺は初めて人の繋がりの暖かさを知った気がする。
だが、そこは我らがやんちゃ姫の雫ちゃん
「じい様、わらわは孫ではないぞ!なぜなら、わらわはこの男の妻じゃからの!」
そう言われて長五朗のじい様は一瞬驚いた顔をしたが
「そうかそうか!ならば雫殿は孫ではなく、わしの娘じゃな。」
そう言って雫を抱き上げ笑っていた。
雫も楽しそうで『じい様、団子を食べるのじゃ』などとじゃれあっていた。
ふと周りを見ると職人達が雫を見つめて『あの娘が竹と革の言っていた娘子か。ほんにめんこいのう』と口々に言い合っていた。
雫もそれに気が付いたのか改めて職人達の方へ向き直り
「初めての者もおるのう、改めて挨拶をするのじゃ。わらわは雫、よろしくなのじゃ。」
とペコリと頭を下げて挨拶をした後『みんなの分の団子が無いのじゃ、すまんのう』ともう一度頭を下げる。
その仕草を見た職人達は『うおー』と声を上げ悶えている。
つまり未来で言う萌ていた。
そんなやかましい幻灯館の入り口に新たな乱入者が現れる。
「なによ美津里!この騒ぎは!」
吉だった。
「まったく、宿屋に行ったら引き払った後だって言うし、探して見れば大の男が集まって大騒ぎ!あんた何様のつもり!ほら!宿題よ!」
と俺に紙を渡して来る。そこには
〜今の世は古い価値観で固まっている。
山の向こう側に行く為には新しい価値観が必要になる。
でも全てを新しくする必要はない。
古い価値観の中から民の心に必要な物を選び出し新しい価値観に混ぜて伝えて行けば良い。
例えるなら今の寺社である。
本来は民の心を救う場所でありながら今は政治や戦に手を染めている。
その寺社から本来の民の心を救う部分だけを残し後は破壊する。
そのようにして古くて悪しき物を壊し新しい価値観を作り上げる、それが山の向こう側を民に見せる方法である。〜
「どう!」
吉は俺の顔をマジマジと見つめ返答を待っていた。
「75点。」
「えー!一生懸命考えたのよ!一体どこが悪いのよ!」
『少し出て来る』と幻灯館のみんなに言葉をかけ『ついておいで』と吉達を連れ場所を移す。
川原に着き腰をおろし煙管を吹かす。
「一体どこが悪いのよ!」
再度吉は俺を問い詰める。
俺はクスッと笑って吉の頭をクシャクシャと撫でた。
吉は訝しげに、それでいて照れくさそうに『なんなのよ』と不貞腐れる。
「吉、75点では不満か?」
「不満に決まってるでしょ!残りの25点はなんなのよ!」
「残りは25点じゃ無い。15点だ。」
「はあ!100引く75は25でしょう。あんた算術も出来ないの!」
吉は俺をバカにした様な目で見ている。
俺はクスクスと笑いながら『この問題の満点は90点だ』と告げた。
吉も万千代も?と言う顔をしていた、六だけは『あ、でかい鯉がいる』と言っていたが。
吉は『どうにも理解できない』と説明を求めて来た。
「いいか吉、いくら新しい価値観を築きあげようと100点の政治をする事は無理だ。どこかに不満は残る。だがな吉、残りの10点を補う方法はある。」
「どう言う事?」
そこで俺は少し話をそらす。
「明後日にも俺は飛騨に向け清洲を立つ。」
俺の言葉を聞いて吉達は少し寂しそうな顔をした。
「だから15点分だけ教えてやる。お前に足りない15点、それは経験だ。」
「経験?」
「そうだ。だから色々な事を考えろ、休まず前だけを向いて、そして疑問を持て、すべての事に。」
「……考える、疑問を持つ。」
「そうだ、本当に恐ろしいのは立ち止まる事、此処までだと自分で壁を造り諦めてしまう事。足軽は足軽、農民は農民だと、自分はそこまでだと諦めてしまう事。だかそれは非常に難しい事だ。」
「考え続ける事が?」
「ああ。場合によっては人に理解されない事もある、うつけと呼ばれて後ろ指をさされる事になるかも知れない。それでも前に進まなくてはいけない。」
「うん。……ねえ美津里、あなたの知り合いにそういう人がいたの?」
「ああ。知り合いじゃないがな。」
と言って笑って見せる。
さあ頭が痛くなる話は此処までだとばかりに俺は『万千代』と呼んだ。
万千代が『はい』と返事しこちらを向いたので手招きして俺の前に座らせた。
そして、彼女のこめかみの少し後ろあたりに大きめのピンクのリボンを両側に結ぶ。
『これは?』と言う万千代に雫のお守りのお礼だと言う。
『次、六』と呼ぶと『はい』と小さな声で返事をして駆け寄って来る。
六には細く長い真っ赤なリボンをポニーテールの根本に結わえてやる。
『え!私にも?』と言う六であったが頭が良くなるおまじないだと冗談を言う。
『さてと』と言って立ち上がると吉が『わたしには!』とほほを膨らませながら言って来た。
それをニヤニヤ笑い『分かりやすいヤツめ』と思いながらポケットに入っていた携帯電話をポイッと投げる。
「吉、お前にはそれだ。俺の生まれた国の名産品だぞ。あと、次に会うまでに残りの10点分考えておけ。じゃあな。」
後ろで『なにこれ?綺麗ー』なんて声を聞きながら幻灯館に足を向けた。
次の日は幻灯館でみんなに細かい指示や看板の草案などを出して忙しく過ぎて行った。
出発の朝。
「雫、用意はいいか?」
「おうともよ。お前様!」
荷物を持ち二人連れだって清洲の街の出口付近にいくと薄緑色の小袖を着て真っ赤なリボンをつけたポニーテールの少女が待っていた。
「お前様よ。」
「ああ。」
俺達二人は少女に近づく
「六、どうしたんだ、こんなに朝早く。」
「うん、どうしてもお礼言いたかったから。あたし頭も悪いしなんの取り柄も無いのに、あんなに優しくしてもらって、それに贈り物まで。あたし何て言ったらいいか。」
よこで雫が不機嫌になりながら『健気じゃの』と呟いていた。
「おい、六。」
急に呼ばれて驚いたのか少しビクッとしながら『はい』と返事をした。
「六、お前体を動かすのは好きか?」
いきなり質問されて?と言う顔をしながら『はい』と再度返事をする。
「だったら巴御前を目指しな。」
俺はわざとらしくウインクをして『解らなかったら幻灯館の番頭にでも聞け』と言って清洲の街を後にする。
後ろから『絶対理解するからー』と言う声が聞こえて来た。
「これからが本番だ。」
「うむ。サイコロの旅第二弾、略してサイコロ2の始まりじゃ!」
「それだと何処へ行くか分からんのだかなぁ。」
と呆れながら俺と雫は怪異譚の収集のため飛騨へ向け歩きだした。
追記 清洲城にて
「ねえ万千代、あいつ何者だったのかしら?」
「さあ、姿は見えているのに其処には居ない、そんな方でしたね。」
「そう言えば、そんな怪異譚があったわね。」
「たしか……ぬらりひょんでしたか?」
「そうそう、そんな感じ。また会えるかな?」
「姫様、そのような弱気は30点です。」
「なによ、急に点数なんて付けて!」
「点数を付けられると姫様は頑張られますから、この方法は満点です。」
「万千代、あなた自分に甘くない?」
「そんな事はございません、45点です。」
「まあいいわ、それより六は?」
「改名してからこの所、朝からずっと槍の稽古です。自信が無かったあの子が自分から稽古だなんて85点です。」
「残りの15点は?」
「体を壊さなければ満点です。」
「……また、絶対に会えるわよね。」
「ええ、相手は『ぬらりひょん』またふらっと現れますよ。」
後の織田信奈・丹羽長秀・柴田勝家とぬらりひょんと呼ばれる男との最初の出会いであった。
いかがでしたか?
今回のゲストは吉ちゃん、万千代ちゃん、六ちゃんでした。
次話は誰でしょう?
そして点数お姉さん爆誕です。
感想お待ちしております。