織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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ペテン劇の前段階とあの男の復活


第二話

 幻灯館主人と雫が去った部屋では残ったメンバーが宵闇の淹れた茶を飲み雑談を交わしていた。

 その中で少し落ち込んだ様な表情をする者達がいた。

 その者達とは源内、芽衣、兼相、有脩、ブリュンヒルデの五名。

 道順、宗意軒はなぜその様な表情をするのか聞けないでいた。

 しかしこの場所には久しぶりの優しさにふれテンションの上がっている人物もいた。

 宵闇はお茶のお代わりを注ぎながら誰にと言う訳でも無く疑問を口にする。

 

「どうしたんです? 皆さん表情がすぐれませんよ。」

 

 言われた者達は苦笑いを浮かべるのみ。

 その理由はあいまいで抽象的な物だったから。

 その中で有脩が代表して理由を話し始めた。

 

「いやのう、何と言ったら良いやら。主様の表情がの。」

 

「表情、ですか。」

 

「そうじゃ。何とも自信なさげな表情がのう。」

 

「そうっスねー。大将独特の向かい合うと叩き潰される様な覇気と言うか。」

 

 兼相が続く。

 

「げんきないよね。」

 

「らしくないと言いますか……」

 

 芽衣もブリュンヒルデも思いつくことを口にする。

 

「うーん。皆さんの言う事は解るのですが、私的には……」

 

「何じゃ、もうしてみよ。」

 

 言い淀む源内に、有脩が続きを促す。

 

「うーん。何となくですが、悪党っぽく無かったですよね。」

 

 

「「それだ!」」

 

 

 全員が源内の意見に賛成の票を投入した。

 

「酷い言われ様じゃのお前様よ。」

 

「ああ、全くだ。」

 

 居残ったメンツが好き勝手に幻灯館主人の評価を下している中、中座していた本人達が帰還した。

 背中に日の光を受け、影となった正面には紅い瞳が輝いていた。

 その達振る舞いは出て行った時とは違い、堂々とし張りつめた空気を纏っている。

 左目と共に失ってしまったのではないかと思っていた。

 それを見、感じた気落ちしていたメンバーは喜びと共に幻灯館主人に呼び掛ける。

 

「た、大将だ!」

 

「ごしゅじんさま!」

 

「マスター!」

 

「主様!」

 

「旦那様!」

 

 そして

 

 

 

 

「「悪党が帰って来た!」」

 

 

 

 

 そう言って暗い顔をしていたメンバーはハイタッチで本当の幻灯館主人の帰還を歓迎する。

 だが、当の幻灯館主人の反応は

 

「酷い言われ様だ。」

 

「そうじゃの。」

 

 雫は幻灯館主人の言葉を肯定しながらも嬉しそうにつぶやく。

 雫もまた嬉しかったのだ、再び悪だくみをする自分の旦那の姿を見る事が出来て。

 そんな幻灯館メンバーの顔を見て苦虫を潰した様な表情をする幻灯館主人だったが内心は違っていた。

 何故だか胸の内が暖かくなり、自然とワクワクしてくる。

 まるでこれから始まるペテンに満ちた大博打を楽しむ様に。

 

「道順、六角承禎の根城は観音寺城、間違いないか?」

 

「は、はい!」

 

 唐突に話を振られた道順は飛び上がる様に返事を返す。

 

「なら図面を書いてくれ。観音寺城の。どこに何があって、どうなっているのかをな。」

 

「そ、それはさすがに……」

 

 道順は言い淀む。

 それはそうだろう、それを教えれば城攻めなど簡単に出来てしまう。

 もし敵対勢力にでも情報が渡れば明日にでも六角氏はお家断絶、つまりは滅びる事になる。

 六角氏を主と思っていない道順でもそれは出来ない相談だった。

 道順にとっての失敗と成功。

 それはそのどちらも目の前の人物、幻灯館主人と言う人間に話を持ちかけた所だ。

 持ちかけてしまった以上どうにもならない。

 渋る道順、追い詰める幻灯館主人。

 幻灯館主人は道順を追い詰める檻を狭める事にした。

 

「道順。君は俺達が何かの罪を犯すように見ているのだろうが、それは君の勘違いだ。」

 

「わたしの、ですか?」

 

「そうだ、六角氏に弓を引くのは俺達じゃあ無い。君だよ。」

 

 道順は困惑する。

 どう言う事だろう。

 道順自身が六角氏に弓を引く? 何故? どうして?

 

「何故か解らないと言う顔をしているな。それじゃあ教えてあげよう。この話を俺達にもたらしたのは他でも無い君だからだよ。君が首謀者だからだよ。」

 

「そ、そんな!」

 

 道順は驚きを口にする。

 ただ自分は彼らに相談しただけだ、それがなぜ首謀者になっているのだろうか。

 道順の混乱はこれでもかと深さを増して行く。

 ぐるりと回りを見回すが誰も一向に口を開こうとはしない。

 まるで自分と幻灯館主人との会話に割り込まない様に気を使っている様に見えた。

 

「この一件の始まりは君の思いからだ。君はその思いを現実にしようと人を、仲間を集め事を実行しようとしている。その立場の人物を普通は首謀者と言うのではないかい?」

 

 下唇を噛み頷く道順。

 彼女の中で色々な事柄がせめぎ合っていた。

 そんな道順を黙って見つめていた兼相が横の有脩に小声で囁いた。

 

「あのー、姐さん?」

 

「何じゃ?」

 

「大将の言ってることって……」

 

「屁理屈、じゃな」

 

「やっぱりそうっスか。」

 

「うむ。」

 

「そこからが重要ですよ。」

 

 横から黙って事の成り行きを見守っていた源内が会話に加わる。

 

「ああやって網を狭めて行くんです。」

 

「網、とな?」

 

「はい。小魚は自分の意志でそこに居ると思っています。」

 

 源内は人差し指を立てると自慢げに解説を開始する。

 

「ですがそこは、川の流れはあるものの大きく貼られた網の中なのです。」

 

「な、なんと。」

 

「川の上流と下流、岸から岸へと貼られた網は同じ岸どうし両端を結び大きな円となります。」

 

「ふむ。それが今の状況じゃな。」

 

 有脩の問いかけに源内は一度頷き話を続ける。

 

「そしてこの後です。」

 

 声のトーンを一段落した源内が告げる。

 此処からがクライマックスだと。

 ゴクリと有脩と兼相の喉が鳴る。

 一体源内は何を語るのか。

 そして道順の運命とは。

 

「ゆっくりとゆっくりと旦那様は紐を引き網を狭めて行きます。そして……」

 

「そして?」

 

「気付いた時には哀れ小魚は網の中。」

 

「なるほど。」

 

「こうも言い変える事が出来ます。真綿で首を絞める様に。」

 

 言って源内は黒い笑みを浮かべる。

 

「さすがは主様。」

 

 有脩はその表情に同じように狐の笑みで返すが、兼相は背筋に冷たい物が走った。

 そんな兼助の恐怖なぞ知った事かと幻灯館主人と道順の会話は進む。

 

「君には俺が神や仏にでも見えているのかい? もしそうだとしたら、そんな冗談御免被るね。それにね道順、人を救えるのは人のみだと俺は信じたいんだ。解るかい?」

 

 そう言って幻灯館主人は悪党では無い笑顔を浮かべた。

 

『有脩さん、あれですよ、あれ。』

『うむ。そうじゃのう。あれが止めかのう。』

 

 源内、有脩のジャッジは正しかった。

 幻灯館主人の営業スマイルと優しげな言葉によって決意を固めたのか道順は首を縦に振る。

 その行動の為、道順は気付かなかった、首を振る道順を見つめる幻灯館主人の笑顔が悪党のそれに変わって行くのを。

 

「解りました! わたしも腹を括ります!」

 

 そう宣言すると道順は宗意軒から紙と筆を借り、隣室で図面の制作を開始する。

 いそいそと忙しなく動く道順の背中を見て幻灯館主人は腕を組み満足げに頷いていた。

 その姿はまるで「さあ、踊るがいい。俺の掌の上で」と言うセリフが一番似合う光景だった。

 

 

 

 

 しばしの時を以って道順作 “観音寺城見取り図” は完成した。

 その図面を中心に置き対面(といめん)に座る幻灯館主人と伊賀崎道順。

 その幻灯館主人は見取り図に描かれた一つ一つを指で差しながら道順に尋ねていた。

 

「これは?」

 

「そこらは馬屋になっています。」

 

 幻灯館主人は顎に手をやり一言「ふむ」と頷くと見取り図の内唯一赤で描かれた丸印を指差す。

 

「最後に……これは?」

 

「あっ。それは薬泉と呼ばれている泉になります。」

 

「泉? 城内にか?」

 

「いえ。泉と言ってはいますが、形は普通の井戸と変わりはありません。」

 

「じゃあなんで泉なんだ?」

 

 幻灯館主人の問いに道順は「あのですね~」と軽い口調で答えを告げる。

 

「あのですね~、この薬泉はお城の外から地下水道を通って引き込まれているんですよ。」

 

「地下水道! また金のかかる事を……」

 

「そう思いますけどね~。」

 

 呆れ顔の幻灯館主人とそれに同意する道順。

 しかしそんな砕けた会話も僅かな間のみ。

 幻灯館主人の表情は瞬時に真面目な物に変わり会話を再開した。

 

「引き込まれていると言う事は、源泉は?」

 

「えーと、この辺りになります。」

 

 言って道順は観音寺城の敷地外を指す。

 

「源泉が城外に? またえらく物騒だな。」

 

「はい~。わたしも詳しくは知らないんですが、何でも非常に力の強い泉だとかで、昔お城を建城する時にお坊様か陰陽師の方かは解りませんが忠告を受けたそうなのですよ。」

 

「ほう。」

 

幻灯館主人は短く相槌を打つと道順に先を促す。

 

「泉の力、霊力って言うんですか? それが強い為に人の手には余る物なのだそうです。その場、この場合泉ですね。その場を城内に囲うと言う事は人の手に入れると言う事に繋がるそうで、その場合、手からこぼれ堕ちた力は聖邪を逆転してその場の一族、六角氏に災いをもたらすと言われたそうなんですよ。」

 

「成程な。それで城外に。」

 

「はい~。」

 

「ならば、泉の警邏はどうなっている。」

 

 この問いに道順は自身の知る限りの事柄を幻灯館主人に説明した。

 

「ふむ。警邏の統括は蒲生氏が……道順、蒲生賢秀の身内に少女は居るかい? なるべく近しい方がいいのだが。」

 

「少女、ですか?」

 

「そう少女だ。年若い女性、と言い換えても良い。砕けてふざけて言いかえればおこちゃまでもいい。」

 

「はあ。」

 

 道順は困惑する。

 何故今そのような事柄に話が向かうのだろうか。

 しかし道順と言う少女、口調は緩くふざけている様に見えるが根は馬鹿が付くほどの真面目な少女。

 しばしの思案の後口を開く。

 

「あー、ああ。居ます。賢秀様には娘が、鶴千代様がいますが……」

 

 言いながら道順には何が何やら解らない様子。

 しかし幻灯館主人は道順の困惑など意にも解さず次の質問に移る。

 

「そうか。その少女、いや、姫様の事を六角承禎は知っているのかい?」

 

「は、はい。知っています。何やら、元服前に一度顔を見てみたいと言っていたと賢秀様がおっしゃっていましたから。」

 

「その言い方だと蒲生賢秀は城主の申し出を拒否しているのだな。」

 

「のらりくらりと言葉をかわしてはいますが、実質は拒否ですね。」

 

「それは六角承禎の性癖を知ってだな。」

 

「ええ、そう思います。」

 

 幻灯館主人はここで一度言葉を切りニヤリと悪党の笑みを浮かべた後、再び道順に問いかける

 

「道順。件の薬泉はどう言った物なんだい。」

 

 この問いに道順の答えは単純な物だった。

 薬泉、霊泉と呼ばれている物は現代で言う炭酸泉と呼ばれている物だった。

 幻灯館主人はこれで全ての情報が集まったと言わんばかりに立ち上がり、机に向かい筆を滑らせる。

 書き上がった一枚の書状を呼びつけた鉢屋衆の一人に預け急ぎ清洲に送る。

 その後道順を呼び寄せ耳打ちをする。

 「出来るかい?」と言う幻灯館主人の問いかけに「やります」と道順は答えた。

 その内容は二人にしか解らない、今はまだ。

 

 

 そして話は冒頭へ。

 

 




さてさて、次話からは場所を近江、観音寺城に移して大ペテン劇の始まりです。
そしてあの娘の登場です。
はたしてあの母娘は救われるのでしょうか。

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