織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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お待たせしました。
物作りラッシュの始まりです。

前話の最後に一行加筆致しました。


探求の五

~雫里の里・美奈都の鍛冶場~

 

「言われた通り一斗ほど集めたけど、これで何をするの?」

 

 源内が黙々と準備に取り掛かっている美奈都に質問を投げかける。

 

「そうじゃん。大体このくっさくてドロッとした物はなんじゃん?」

 

 花梨も源内に続けとばかりに質問を口にする。

 

「これ?これはねー、黄泉ヶ沼の素。」

 

 そう言って一斗ほどの黄泉ヶ沼の素が入った桶の隣に一回り小さな桶を置く。

 

「そんな事は解ってるじゃん。」

 

 美奈都のはぐらかす様な言葉に花梨は声を荒げる。

 美奈都は此処まで花梨が声を荒げるとは予想していなかったため、少々慌て気味に「ごめん、ごめん」と陳謝した後

 

「これはねー、油だよ。」

 

 簡潔に答えた。

 

「あ、油?」

 

「油じゃんか?」

 

 驚きの声を上げる二人に美奈都は何度も頷きながら

 

「うん油。油ってね菜種何かとは別に地面の下にもあるんだって。すごいねー。知ってた?」

 

 言いながら自身が持ってきた桶の上部に布を張り採取された黄泉ヶ沼の元を注ぐ。

 この行為を見て源内と花梨はキョトンとした表情を浮かべる。

 それはそうだろう、黄泉ヶ沼の素は自分達が既に濾過しているからだ。

 

「ねえ美奈都、何してるの?」

 

 源内が問いかける。

 花梨も隣でうんうんと頷いている。

 この問いに美奈都は一度天井を見上げた後口を開いた。

 

「あのね、さっき花梨ちゃんが言ったけどドロッとしてるでしょ。」

 

 言って黄泉ヶ沼の素を柄杓で掬い上げる。

 この光景をじっと見つめながら二人はコクンと頷く。

 それを確認し美奈都は説明を再開する。

 

「この状態だとちょっと使いづらいからこれがトロッとするまで濾過を続けるんだよ。」

 

美奈都の説明を受け二人は一応の納得の意を見せるが疑問点が無くなった訳では無い。

源内は自身で正解を導きだそうと首を傾げながら思案するが、花梨は率直に疑問を口にする。

 

「使うってなんじゃん? 何に使うんじゃん?」

 

問われた美奈都は、“あせんなよ”と言わんばかりに二度ほど首を縦に振りゆっくりとした動作で自身の鍛冶場の隅に置いてある物を指差す。

 三人の視線が一点に注がれる。

 視線の先にある物、それは、筒、正確に言えば鉄で出来た四本の筒である。

「創るの大変だったんだよ~」と美奈都。

 だが、源内と花梨には全く?だった。

 

「これは、何じゃん?」

 

 問いかける花梨だったが美奈都の答えは「ひ・み・つ、完成したら教えてあげる」だった。

 花梨はさらに追及しようとするが、その行動は源内によって止められた。

 

「その方が面白そうじゃないですか。」

 

 源内のこの言葉にそれもそうかと花梨も納得し二人は鍛冶場を去る事にした。

 

 

 

 

 すぐに完成するだろうと花梨は思っていたが美奈都の製作は難航を極める。

 数々のトライ&エラーを繰り返し最後には源内を巻き込んで知恵の出し合いによる製作と相成った。

 そして約二か月、艱難辛苦を乗り越えてそれはついに姿を現す。

 

 

 

 

「ただの筒じゃんか。」

 

 

 

 

 それが世紀の大発明を前にした花梨の発した第一声。

 それはそうだろう、お披露目された大発明は以前鍛冶場で見た物とあまり変わりが無い物だったからだ。

 いや、少々だが違う所がある。

 二本の筒の上部は金属で塞がれ、もう二本の横には細い棒が付いている。

 そして二本それぞれが一対であるかの様に紐のような物でつながれていた。

 ただそれだけ。

 違うと言えば違うのだが、大きく変わったと言うほどの事では無い。

 

「で、これは一体なんなんじゃん?」

 

 改めて根源的で根本的な問いかけを口にする。

 花梨の問いに美奈都は「これはね~」と少々もったいつけるようにゆっくりとした言葉で焦らしながらも大発明 の正体を告げる。

 

「これはね~、じゃっきとぷれすだよ。」

 

「じゃっきにぷれす? ……じゃんか?」

 

 繰り返す様な花梨の問いに美奈都は腕を組みながら「そうだよ」と短く返す。

 しかし花梨は眉間にしわをよせながら考え込む。

 それはもっともだった。

 目の前にある二体の大発明品、それはどこからどう見ても全く同じ物で、どっちがジャッキでどっちがプレスか 判別不能だからだ。

 考え込む花梨。

 その表情を見て美奈都が声を掛ける。

 

「どうしたの花梨ちゃん。」

 

「わからんじゃん。」

 

「なにが?」

 

「どっちがぷれすで、どっちがじゃっきじゃんよう。」

 

「「こっちがぷれすで、こっちがじゃっき。」」

 

 源内と美奈都それぞれがジャッキとプレスを指差すがお互い正反対の物を指差す。

 

「はぁ?」

 

 花梨から間抜けな声が漏れる。

 それに呼応するかの様に源内と美奈都はお互いの顔を見つめた後再び

 

「「こっちがぷれすで、こっちがじゃっき。」」

 

 再び正反対の物を指差す二人。

 そして再度顔を見合わせ

 

「こっちがぷれすで、こっちがじゃっきなの!」

 

「違うでしょ! こっちがぷれすで、こっちがじゃっき!」

 

 言葉の後、三度視線を交わし

 

「こっちがぷれすで、こっちがじゃっきでしょ!」

 

「ちがうの! こっちがぷーちゃんで、こっちがじゃっくんなの!」

 

「ぷーちゃん、じゃっくんって何よ!」

 

 姦しく言い合う飛騨っ子二人。

 もはやどっちがどっちと言う事よりどっちが男の子でどっちが女の子かと言う議論に事は及んでいる。

 無機物相手に意味は無いのだが、開発者二人にとっては我が子の様な物なのだろう。

 そんな喧騒の中、花梨は一つため息を吐き騒動の終息に向け行動を開始するべく小石を投げ込む事にする。

 

「男の子、女の子はこの際どうでもいいじゃん。結局、どっちがどっちじゃん? あたしには違いが分かんないじゃんか。違いがあるじゃん?」

 

「「?」」

 

「だからぁ、この二つの違いは何じゃんか。それが解れば見分けがつくじゃん。」

 

 もっともだ。

 二つが酷似しているからこそ見分けが付きづらく間違いが起きる。

 だからこそ花梨は疑問を提示する。

 違いが解れば問題解決。

 だが、美奈都の口から帰って来た答えは意外な物だった。

 

「ないよ。」

 

「は?」

 

「ないの。この二つは同じ物だから。」

 

「なんじゃんそれ!」

 

 花梨のイライラは頂点に達した。

 それはもうしょうがない、誰だってこうなる。

 全く同じ物をどっちがプレスでどっちがジャッキだとさんざん言い合っていたのだから。

 この事実を突き付けられ花梨は頭を抱えた。

 今までの寸劇は一体何だったのか。

 そう思わざるえなかった。

 だが、花梨のこの苦行にも一筋の光明が射す。

 その光を照らしたのは他でも無く平賀源内その人だった。

 

「まあ、今は見分けが付きませんが付属品を付ければ嫌でも解りますよ。」

 

「ふぞくひん?」

 

「ええ。じゃっきはこのまま使用可能だそうですが、ぷれすには専用の付属品と言うか、外装がつくそうです。」

 

「それはねー、今、師匠の鍛冶場で製作中なの。」

 

 二人の解説に花梨は「そうじゃんか」と納得の意を示すが、そこで根本的な疑問が浮上する。

 

「そもそもじゃん。これは何に使うものじゃんよう?」

 

 そう、それが一番重要な事だった。

 プレスだのジャッキだの言ってはいるが、創っていた二人も製作にかかわった職人達も何に使う物かは全く解らなかった。

 ただ、機構を説明され動作を説明されただけだった。

 普通なら疑問に思うのだろうが、ここは雫里の里、幻灯館のお膝元である。

 幻灯館主人直々の注文は普段から意味不明、使用法不明の物が多数あり、職人達はどうせ後で解るからと対して不思議がらずに注文を正確に創る事を心がけている。

 美奈都、源内などはその筆頭だ。

 だからこそ花梨の質問にも

 

「「さあ?」」

 

 この一言である。

 さりとて花梨も幻灯館の一味。

 二人の言葉に「そうじゃんねぇ」と納得の意を表した。

 とりあえず黄泉ヶ沼探検隊の使命は終わり後は幻灯館主人達の帰りを待つのみ。

 そう結論づけようとした三人の下へモルジアナが駆け寄って来た。

 かなり急いで来たのだろう豊かな胸は大きく上下し艶っぽさを醸し出す顔は上気していた。

 

「ど、どうしたんじゃんか!」

 

 その慌てた行動をみて花梨が興奮気味に言葉をかける。

 問われたモルジアナは「ハア、ハア」と息を整えながら手に持った手紙を三人に差し出した。

 源内が受け取ろうと手を差し出すが、モルジアナの様子から只ならぬ物を感じた花梨が源内よりも先に手紙を受け取った。

 手早く外の包み紙を外すと源内、美奈都から隠すように手紙を確認する。

 手紙の差出人は雫、そしてその内容は驚きの物だった。

 花梨は自分の心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けるが、この手紙を源内が一番に読まなかった事に安堵する。

 ゆっくりと手紙を畳みどうするかと思案しながら一言一言確認する様に言葉を紡ぐ。

 

「まずは手紙の要件じゃん。それは、おチビからの特殊な製作依頼じゃん。」

 

「雫ちゃんからの?」

 

 美奈都の問いに花梨はゆっくりと一度頷く。

 事のあらましを知るモルジアナは花梨に全てを託し沈黙を守る事にした。

 

「ここからが重要な事じゃんか。全てを聞き終えるまで発言は許さないじゃん。いいじゃんか?」

 

「う、うん。」

 

「ええ。」

 

 花梨の迫力に押されたのか源内も美奈都も短く返事を返すにとどまる。

 

「五十鈴さんが……旦那様が重傷を負ったじゃん。」

 

「だ、だんなさま……」

 

 花梨の言葉を聞いた源内の顔色が一気に青ざめ地に膝をつく。

 気を失うのは何とか阻止した源内だが足に力が入らず地面に座り込む。

 

「話は最後まで聞くじゃん。この手紙が出された時には意識も回復して今は静養中との事じゃん。」

 

「じゃ、じゃあ旦那様は……」

 

「無事、と言う事じゃん。」

 

 ほっと胸を撫で下ろす源内。

 美奈都は源内に近寄り「よかったね」と言葉をかけるが、美奈都も源内同用顔色は青ざめている。

 

「それでじゃん。無事は無事なんじゃんけど……」

 

「「けど?」」

 

「……左目を失ったらしいじゃん。」

 

 この花梨の発言を聞いた瞬間、源内は意識を手放した。

 花梨は左手で源内を抱き止めると視線を美奈都へと向ける。

 

「お前は大丈夫じゃんか?」

 

「う、うん。なんとか……ね。」

 

 言葉ではそう答える美奈都だが、足には力が入らず地面にへたりこんでいた。

 ショックが大き過ぎた二人に対し、気丈に振る舞う花梨にモルジアナが声をかける。

 

「あなた様はどうなのでしょう? 大丈夫で御座いますのでしょうか?」

 

「あたしは……あたしは海賊の娘じゃん。周りに何人も目を無くしたり手足を失った人がいたじゃんから多少は耐性があるじゃん。」

 

「そうで御座いますですか。」

 

 簡潔に理由を述べた花梨は手に持つ二枚の手紙の内一枚を美奈都に渡す。

 

「何か図形と説明が書いてあるけど、美奈都は解るじゃんか?」

 

 美奈都は手紙を受け取り目を通す。

 青ざめ委縮していた表情も読み進める度に本来の美奈都の物に戻って行く。

 

「これ、雫ちゃんからだよね。」

 

「そうらしいじゃん。」

 

「これは……私一人じゃ無理だよ。」

 

「え! そうなのじゃんか?」

 

 花梨は驚きの声を挙げる。

 それはそうだろう、今まで美奈都はどんな無理難題を出されても決して無理、出来ないなどの言葉を発した事が無かったからだ。

 花梨は美奈都が無理ならどうするべきか頭を働かせる。

 その時、美奈都の口が開いた。

 

「だから、だからモルさん、手伝って。」

 

「わたくしが、で御座いますでしょうか。」

 

「うん。」

 

 美奈都は二パリと笑って手にした図形の描かれた手紙をモルジアナに手渡す。

 モルジアナはそれを受け取り目を通すが表情は曇る。

 その理由は単純な物だった。

 図形に添って描かれた説明文、雫によって記された文章、その文字が達筆過ぎて異国の人であるモルジアナには サッパリ読めなかったからだ。

 モルジアナが文字を読めないと言う訳では無い、通常幻灯館で使われている文字は、幻灯館主人の発言により、崩し文字などの達筆と言われる様な文字の書き方は禁止されている。

 それは帳簿などを後に検証する時読めなくては意味がないと言う事象からだった。

 従ってモルジアナの普段扱っている文字は現代の国語に従った様な文体である。

 そんなモルジアナに雫によって書かれた達筆中の達筆、KING OF 達筆の文字が読めるはずが無かった。

 と言うよりも、それが読める美奈都、花梨がすごいのだが。

 そんなモルジアナが手紙を見つめながら眉間にしわをよせていると

 

「その図形の材料、ギヤマンなんだよ。それも色付きの。」

 

「色付きのギヤマンの玉。つまりはビードロ玉、で御座いますのですね。」

 

 美奈都の補足にモルジアナは理解したと頷く。

 

「うん。でもね、通常のビードロ玉ではダメみたい。かなりの精度を持った真円で表面の処理もかなりのとこまで持っていかなきゃ。たいへんだよ。」

 

 なかなか困難な物になると言う美奈都の発言の元、雫嬢発注物件の製作が開始された。

 

 




さて、このお話も残すところあと一話。
サラッと作ってサラッと終わるはずでしたのにかなり長くなってしまいました。
最後までお付き合いいただけると幸いです。

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