織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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探検隊は真実を解き明かす事ができるか?


探求の三

「で、ついたじゃんか。」

 

「ええ。艱難辛苦を乗り越えて私達はついに辿りつきました。」

 

 ガッツポーズで勇ましい事を言う源内だが花梨の表情は冷ややかだった。

 

「四半刻かかってないじゃんか。」

 

「ええ、ええそうですね。道は普通にあるし、山を分け入る事も無かったし、蛭なんて影も形も出ませんでした。」

 

 せっかく気分を盛り上げようとした行為が邪魔された源内は少々気分を害した様だ。

 唇を尖らせ丁寧な口調で花梨に喰ってかかる。

 二人のやり取りを黙って見ていたモルジアナだったが、またもや寸劇が始まりそうだったので助け船とも呼べる言葉をかける。

 もちろん二人にとって。

 

「私達にとっては短い距離でもお子様達にとっては冒険なので御座いますですのよ。それに何も無くて良かったではで御座いますですのよ。」

 

 この言葉に源内、花梨の寸劇コンビは成程と同意の意を示す。

 そしてやっとの事源内が本題へと話を進める。

 

「黄泉ヶ沼はこの近くなんですよね?」

 

「ええ。お子様達のお話を聞く限りこの藪の向こう辺りなので御座いますですのよ。」

 

 モルジアナが右手側に視線を移しながら次の行動を示す。

 源内、花梨も同様に視線を移すが藪を直視したとたん二人はフリーズする。

 視線の先には………………原生林と呼んでも良い程の森が鎮座していた。

 

「…………藪じゃ、無いじゃん!」

 

 花梨の突っ込みにモルジアナはキョトンとした表情を浮かべ

 

「そうなので御座いますのでしょうか? 木を隠すなら藪の中と、ですので木が集まっているのは藪なのではで御座いますですのよ。」

 

「それを言うなら森の中ですよモルジアナさん。」

 

「あらあら。」

 

 源内の冷静な指摘にほんわりと答えるモルジアナ。

 このままではまたもや「ふもっふうふふ」な展開になる。

 これを危惧した花梨は勇敢に森の中に突っ込む………はずなのだが寸前で躊躇する。

 それはそうだろう。

 相手は原生林、小さく鋭い枝や刺のある枝が絡みあっている。

 いくら蛭対策装備といっても生地は薄い。

 勇猛果敢に突っ込めば乙女の柔肌はすぐにでも悲鳴を上げる。

 花梨はゴクリと唾を飲み込むとゆっくり振り返る。

 そこにはジト目で薄ら笑いすら浮かべる源内の顔があった。

 その表情は「ほら花梨さん、早く行きなさいな」と雄弁に語っている。

 二人の視線がぶつかる。

 対応を誤れば世界の終りが………訪れる訳では無いが花梨の立場が地に落ちる。

 暫くの間、源内に頭が上がらない。

 それだけは避けなければならなかった。

 もちろん源内の行動に悪気は無い。

 もともと小さな村しか世間を知らず、同年代の友達も居なかった。

 だからこそ花梨と言う存在は源内にとって大切な宝物なのだ。

 まあ少々度が過ぎていると言えるのだが、親しさの裏返し的な物とも言える。

 そんな二人の間柄の中、花梨の出した答えは?

 

「て、てへっ。」

 

 笑って誤魔化す作戦だった。

 花梨のこの行動に源内はため息を一つ吐き背負っていた風呂敷をほどきにかかる。

 何が現れるのか興味津々な目で見つめる花梨とモルジアナだが風呂敷の中身を見たとたん表情は?となった。

 現れたのは五十センチほどの板きれの両端に一対の荒縄が付いた物。

 想像しやすく言いかえればブランコの両の鎖を途中で切り離した様な物。

 源内はその板きれをうやうやしく花梨に差し出す。

 対して花梨は訳がわからず首をひねるに留まる。

 その仕草を確認した源内は無言で行動を開始する。

 荒縄を両の手で一本ずつ掴み板切れに片足を乗せると足を上下させる。

 つまりは板で地面を踏む動きをする。

 源内のこの行動に花梨はポムと両手を合わせる事で相槌をつくとこれまたうやうやしく板きれを受け取り原生林と対峙する。

 

「よっしゃじゃん!」と気合の叫びを発し、両の手で荒縄を掴み、右足を板に乗せ突撃を開始した。

 と、カッコいい言い回しを使ってみてもやっている事はただの藪こぎ。

「そらじゃん、ほいじゃん」と掛け声も勇ましく少しずつだが花梨は道を造って行く。

 花梨が必死で藪こぎするなか、後から付いてくる源内は声援を送ったりしていたが、モルジアナは微妙な表情を浮かべ鼻をクンクンと鳴らす。

 

「どうしたのですか?」

 

 モルジアナの行動に気が付いた源内が小首を傾げながら問いかけた。

 問われたモルジアナは顎に人差し指を付けながらしばし逡巡した後口を開く。

 

「いえ、香が………」

 

「香ですか?」

 

「ええ。何故でしょう、昔………嗅いだ事がある様な香りがするので御座いますですのよ。」

 

「はぁ。いつ頃の記憶なので?」

 

「そうで御座いますねぇ、いつ頃と言えば海に出る前、で御座いますですのよ。」

 

 モルジアナのこの発言に源内は短く「はぁ」と相槌を返し

 

「でも記憶に残るくらいですからきっと印象深い事柄に関係しているのでしょうね。」

 

 と、源内ながらに推理をして見るがモルジアナの口から出た言葉は正反対だった。

 

「そうでは無いので御座いますですのよ。割りと頻繁に嗅いでいたような………」

 

 小さな声でそう呟きながらモルジアナは記憶の小旅行へと旅立つ。

 旅立った………………のだが、記憶への小旅行は例えるなら駅で見送られた瞬間に終わりを告げる。

 終焉のラッパを吹いたのはこの人、幻灯館の元気印、村上花梨。

 源内、モルジアナの数メートル先で道を切り開いていた少女がいきなり大声を上げた。

 

「くっさ!」

 

「じゃん」も「じゃんか」も「じゃんよう」も無い言葉。

 歯切れ良く感情そのままに言い表した言葉。

 

「くっさ!」

 

 その言葉を連呼しながら道を切り開く。

 何と言う根性。

 何と言うフロンティアスピリッツ。

 だが、物には限度と言う物がある様に言葉にも限度と言う物がある。

 一漕ぎする度に三度「くっさ!」と言う花梨。

 

「くっさ!」「くっさ!」「くっさ!」ストン。

 

「くっさ!」「くっさ!」「くっさ!」ストン。

 

「くっさ!」「くっさ!」「くっさ!」ストン。

 

 さすがに煩わしい。

 いくら気立てが良く、優しい源内でもイラッと来る。

 イラッと来た。

 だがそこは流石の平賀源内、通常の場合、例えるなら美奈都、モルジアナ、ブリュンヒルデの様なタイプの場合「どうしたのですか?」と現状確認を優先するのだが源内は別のタイプ。

 例えるなら………例えざるを得ないのならば雫、有脩と同じタイプに分類される。

 ならばこのタイプ、タイプBSの取る行動とは?

 まず、騒ぎの張本人を黙らせるである。

 早速源内は行動を開始する。

 

「花梨さん! 五月蠅いですよ! まったくあなたは………」

 

 言って近寄って行く。

 近寄りながら口を動かす。

 花梨まであと数歩、今まさに花梨の肩に手を置こうとした瞬間

 

「くっさ!」

 

 源内が顔をそむける

 

「くっさ! くさいです! くさいですよ花梨さん! 花梨さんくさい!」

 

 くさいくさいを連発する源内。

 しかし言い方がまずかった。

 前方のパイオニアがゆっくりと半眼で首だけを後ろに向ける。

 そのジト目で源内を一睨みした瞬間カッ!と開かれる。

 戦士の目だ。

 パイオニアはパイオニア戦士へと変貌を遂げる。

 

「なんじゃん! なんじゃん! あたしはくさく無いじゃん! 花の匂いじゃん! 蜜の匂いじゃん! 海苔の匂いじゃん!」

 

 源内への抗議をまくし立てる。

 しかし抗議の間も藪こぎは忘れない。

 さすがはパイオニア戦士。

 まくし立てられた源内も自身の言葉の失敗を瞬時に判断し

 

「ごめんなさい花梨さん! あなたは花です! 蜜です! 海苔巻きです!」

 

「そうじゃん! それで良いじゃん! あたしは花の匂いじゃん! 蜜の匂いじゃん! のりまき?」

 

 花梨は首を傾げる。

 そして追撃を開始する。

 

「海苔巻きは違うじゃん! あたしは海苔巻きじゃ無いじゃん! ストーンじゃ無いじゃん! 胸もお尻もあるじゃん!」

 

「そですね! そうですよ! 花梨さんは海苔巻きじゃありません! 胸もお尻もしっかり立派にこれでもかと主張しています!」

 

 源内は必死に言い繕う。

 だが、まくし立てる花梨の視線の先、源内の肩越しに立派な人物が垣間見えた。

 

「立派は過言じゃん。」

 

 その言葉を残しパイオニア戦士は再びパイオニアへと帰還する。

 花梨の行動は源内の中に疑問を生む。

 自分の後ろにどんな恐怖が有ったのだろうか。

 意を決して後ろを振り返る。

 納得してしまった。

 納得せざるを得なかった。

 自分と花梨、二人の後ろには胸もお尻も立派な人物が居たのだった。

 彼女に比べれば自分も花梨も海苔巻きだ。

 現実を見せ付けられ失意の中花梨に向け言葉を掛ける。

 

「しかし花梨さん、この匂いは何でしょうか?」

 

「わかんないじゃん。でも前方からじゃんか。」

 

「ええ。」

 

 そうこう言っている中、悠久の時を掛けて道は完成する。

 などと言うほどでも無く一刻程かかり道は完成した。

 まあ、三分の一ほどは寸劇と言う儀式に割かれていた訳だが。

 だが、道は開かれた。

 目的の場所は目の前に広がっていた。

 どんよりと周りの木々の造り出す影が覆う場所。

 その中央に黒くドロリとした水面を虹色の光沢で覆い異臭を放つ水面が存在していた。

 ここが恐らく、いや、間違いなく黄泉ヶ沼。

 源内、花梨は黄泉ヶ沼の放つ異臭に口と鼻を押さえ腰が引けた様子を見せるが、モルジアナはそれが何か理解しているようだった。

 モルジアナは一人黄泉ヶ沼に近寄り黒い水面を見つめると自身の予想と記憶が正しかった事を確認する。

 だが、新たな疑問も沸き出して来た。

 一体幻灯館主人はこんな物で何をしようと言うのだろうか。

 まあ考えても彼の頭の中が解るはずも無くモルジアナは思考を放棄する。

 ほっておいてもじきに解るだろうと期待して。

 一人で考えるのは此処までと言わんばかりにモルジアナはクルリと二人に向き直り

 

「さあ、そろそろ始めるので御座いますですのよ。」

 

「そうじゃんねぇ。」

 

「はい。」

 

 言って三人はおのおの荷物をほどき始める。

 言っても荷解きをしたのはモルジアナと花梨のみ、源内の荷物は先ほど解き終わっていたから。

 僅かの時間で荷解きは終了し三人の前に今回の探検道具が整列した。

 右から手桶、長い棒が付いた柄杓、そして木綿製の布が十数枚。

 これだけである。

 荷物持ちがどうこうと言う物では無かった。

 モルジアナの号令により三人は準備に取り掛かる。

 源内は手桶の上に木綿布を二重にして貼り付け少したるませてから周りを縄で縛り上げ、花梨は柄杓を肩に担ぎ採取の準備に取り掛かる。

 柄杓をズブリと黄泉ヶ沼に突き刺しドロリとした物質の採取を開始した。

 汲み上げた物質を木綿布の上にベチャリと注ぐ。

 何をしているかと言えば、ゴミを取り除き純粋な黄泉ヶ沼の液体を採取しているのだった。

 それが今回幻灯館主人から下されたミッション。

 三人は黙々とミッションをこなして行く。

 だが、それも長くは続かなかった。

 なぜならば

 

「ぜんぜん減らないじゃん。」

 

 手桶の上に貼られた木綿を見つめながら花梨がつぶやく。

 源内とモルジアナは言葉を発しこそしないが、それこそが肯定の証だった。

 黄泉ヶ沼の液体は予想よりも粘度が高く濾過するには相当の時間がかかると思われる。

 源内は沈黙のまま手桶に耳を近づける。

 息を止め細心の注意を持って耳に神経を集中する。

 しばしの後自分の定位置に戻って来た源内が口を開く。

 

「ポトンポトン言ってましたから、濾過はしているみたいですねぇ。」

 

「後は時間、と言う事なので御座いますのでしょうか?」

 

「このままじゃあ、日が暮れるまでに桶一杯になるか疑問じゃん。そもそもどんだけの量が必要じゃんか?」

 

「さあ。」

 

 花梨の問いに源内は両手を広げ、知りませんわとでも言わんばかりに答える。

 この行動にカチンと来たのは質問主である花梨だ。

 

「何で聞いてないじゃん! どうせ旦那様の香りが~とか思ってたに違いないじゃん!」

 

「当たり前です! 旦那様と二人きりの時の私を信用しないで下さい!」

 

 花梨の怒りに堂々と開き直る源内。

 二人はもはや恒例となったがっぷり四つに組み「ウー」と唸りながら対峙する。

 モルジアナは、はてどうしようかと思案するが後からの声に中断を余儀なくされる。

 

「なんだお前らか。何やってるんだこんな所で。」

 

 姿を現したのは少女三人。

 

 一人は長身でポニーテールを結った胸の非常に大きい少女。

 名は柴田勝家。

 

 一人は高い位置でこれまたポニーテールを結った桜色の小袖姿の少女。

 名は池田恒興。

 

 一人は小柄でやや無表情気味な少女。

 名は前田犬千代。

 

 清洲織田家の姫武将達である。

 




織田家の姫武将達も登場しさらに姦しく。

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