織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

65 / 80
お待たせしました。
第二話の始まりです。


探求の二

 そんな騒動があった翌日の早朝、雫里の里の入口付近に三つの影があった。

 

「集まったじゃんか?」

 

「はい。三人そろっているので御座いますですのよ。」

 

「もふもふ。」

 

 山へ分け入ると言う事でいつもより肌の露出を抑え毒虫対策として首筋や手首に手ぬぐいを巻いたいでたちの花梨とモルジアナ。

 

「これでよろしかったでのでしょうかで御座いますですのよ? 花梨様。」

 

 モルジアナは首筋や手首の手ぬぐいを確認しながら花梨に問いかける。

 問われた花梨はモルジアナの装束を入念に確認すると親指を立て

 

「ばっちりじゃん。あとは……これじゃん。」

 

 言って肩から下げていたカバンから竹で出来た小型の水鉄砲を取り出す。

 

「それは何で御座いますのでしょうか?」

 

「これじゃん? これは霧吹きじゃん。」

 

「霧吹きで御座いますですか。」

 

「ふもっふぃ。」

 

 花梨は水鉄砲の後部にある押し棒をスポンと抜くと鞄から素焼の徳利を取り出し水鉄砲に注ぐ。

 そして改めて押し棒を挿入するとモルジアナの首や手首の手ぬぐいや足袋にシュッシュッと液体を吹きかける。

 

「水? で御座いますので?」

 

「ふもふも。」

 

 モルジアナの問いに花梨は人差し指を左右に振りチッチッと否定の行動をしつつ

 

「これは塩水じゃん。」

 

「塩水? で御座いますですか。」

 

「ふもっふ。」

 

「そうじゃん。おちび達に話を聞く限り山には蛭が結構いるらしいじゃん。」

 

「ヒルで御座いますのでしょうか。」

 

「ふもふも」

 

 異国のそれも乾燥地帯育ちのモルジアナには蛭についての知識が乏しかった。

 その事を理解している花梨は蛭について事細かに説明する。

 説明をされればされるほどモルジアナの顔色は青ざめて行く。

 それほどに花梨の説明は細かく具体的で…………大げさだった。

 

「そんなモンスター、いえ、化け物が日ノ本の山に……」

 

「ふもふも?」

 

「そうじゃん。でも塩水をかけておけばすぐに逃げ出すじゃんよう。」

 

 花梨の言葉にモルジアナは感嘆の声を上げながらも納得の表情で

 

「お塩は凄いので御座いますですのよねぇ。確か南蛮の地でもお塩は魔を払うと聞いた事があるので御座いますですのよ。」

 

「ふもっふ、ふもふも。」

 

「そうじゃんか! 塩は凄い………」

 

「ふも。」

 

「すごい………」

 

「ふふも。」

 

「…………」

 

「ふもっふ。」

 

「さっきからふもふも、ウルサイじゃんよーーーーーーー!」

 

「ふも?」

 

 花梨が雄叫びを挙げる。

 その標的はもちろん平賀源内。

 源内も花梨、モルジアナ同様完全装備なのだが彼女の場合は一つの相違点があった。

 それは日焼け対策。

 山へ行く為の装備の他に源内は日焼け装備も自身に施していた。

 上から行こう、頭は行人包で隠され、目は堺から取り寄せた南蛮製の色眼鏡。

 口元から片口にかけ現代で言う所のマフラーの様な物で覆っている。

 着物自体は普通の物だが、手の平は手袋で覆われ袖口は毒虫対策として手拭いで閉じられて、下半身はカルサオ、現代で言うももひきの様な物を履き足袋との境には手首と同様手ぬぐいで縛られていた。

 毒虫からの攻撃と太陽と言う天敵に対し最強装備、いや、絶対装備のいでたち。

 もはやフルアーマー源内と言ってよかった。

 だが、だがしかしこの絶対装備には一つだけ欠点があった。

 それは言語能力。

 首に付けた守護装備、マフラーの様な物によって口から発せられた源内の小鳥が囁く様な奇麗な声が全て「ふもも」な物に変わってしまう。

 

「まったくお前は何やってんじゃんよ。」

 

「ふも。ふふも。」

 

「完全装備で来いと言ったのは花梨さんでは? とおっしゃっているで御座いますですのよ。」

 

「え! モルさん解るじゃんか?」

 

「ふもふも、ふもっふ!」

 

 花梨は衝撃の事態に後ずさり源内はコクコクと何度も頷き驚きを現した。

 

「もふもふもっふふももふふ。」

 

「あら、そうなので御座いますですか。」

 

「ふもふも。」

 

「あらあら、うふふ。」

 

 現代で言う所の十五分ほど「ふもふも」「あらあら、うふふ」の応酬が繰り返され取り残された花梨の表情は徐々に曇って行く。

 誰だって曇る。

 曇らない者など居ない。

 もし居るとしたら、それは聖人か仙人だろう。

 海外の言語ならともかく、目の前の二人は「ふもふも」と「あらあら、うふふ」しか話していない。

 それを十五分も黙って聞かされている。

 花梨はがんばった。

 この場に短気で意地の悪い陰陽少女がいたなら間違いなく彼女を褒め讃えただろう。

 しかし、努力も限界と言う物がある。

 

「なあ~~~~~! もういい加減にするじゃんか! モルさんも腹黒もあたしにも解るように話すじゃん!」

 

 花梨は頭を搔き毟りながら必死で訴える。

 モルジアナはその必死さに若干引いていたが……

 

「花梨さん、何をそんなに慌てているんです? みっとも無いですよ。それに腹黒だけとは失礼な。」

 

 口を覆っていたマフラーを下にずらしながら努めて冷静に源内が口を開いた。

 源内のこの行動をモルジアナは頬に手を当て優しげに微笑みながら「あら」の一言を漏らすに留まる。

 しかし花梨は違う。

 これまでのイライラをぐっと我慢し花梨は源内に問いかける。

 半眼で。

 じっとりと見つめながら。

 

「……それ、外しても大丈夫じゃんか?」

 

 花梨の問いに源内は目をパチパチと忙しくまばたきしながら

 

「はぁ? 何言ってるんです花梨さん。当たり前じゃないですか。」

 

 源内は「日焼けが気がかりですけど」と付け加えながらも花梨を見る視線は何か可愛そうな者を見る様だった。

 すぐさま花梨は反応する。

 

「紛らわしい格好するなじゃんか!」

 

 この言葉に源内は眼尻をピクリと上げ

 

「完全装備で来いと言ったのは花梨さんでしょう!」

 

「それは蛭対策用じゃん!」

 

「私の場合はお日様も敵です!」

 

 がっぷり四つに組み「う~~」と唸りながら向かい合う源内と花梨。

 いや、白山坊と人魚姫。

 やはり海の者と山の者、相性が悪いのだろうか。

 そんな事を頭の片隅でモルジアナは思っていたが、目の前の二人から急に殺気が消え

 

「さてと、寸劇も此処まで、そろそろ行きましょうか?」

 

「そうじゃんねぇ。体も温まったじゃん。」

 

「へ?」

 

 すっきりした表情の者二人に間抜けな表情の者一人。

 前者は源内と花梨、後者はモルジアナ。

 花梨と源内はじっとモルジアナの顔を見つめ

 

「はあー、モルさんの間抜け顔初めてみたじゃん。」

 

「ホントですねぇ。貴重な瞬間ですよこれは。」

 

 と言いながらニヤニヤ顔で見つめる二人。

 そんな二人に対して少しも憤慨する事もなくモルジアナはいつもの様に頬に手を当て微笑みながら

 

「あらあら、いったいどう言う事なので御座いますのでしょうか。」

 

 と説明を要求する。

 源内と花梨は両の手を組みもっともだと何度も頷き

 

「これはじゃんねぇ、しきたりの様な物じゃん。」

 

「しきたり、で御座いますのでしょうか?」

 

「はい。真面目な行動を取る前には必ずふざけると言うしきたりだそうです。」

 

「だそうです、で御座いますのでしょうか?」

 

 二人の意味不明な説明に混乱が増すモルジアナ。

 しかし二人は言葉を続ける、これからが本番だとばかりに。

 

「そうじゃん。五十鈴さんの故郷に伝わる物じゃん。」

 

「何でも旦那様の故郷に居る偉い詩人の御言葉らしいですよ。」

 

 モルジアナは短く「はあ」と言葉を漏らし二人に続きを促す。

 しかし花梨がチッチッと指を振りながら割り込み言葉を遮った。

 

「違うじゃん。この話をする時はお言葉じゃなく……男場っていうじゃん。」

 

「あー。そう言えばそうでしたね。」

 

 と二人の会話は続くがモルジアナにはサッパリだ。

 唯一解るのは先ほどの寸劇まがいの口喧嘩が幻灯館主人の故郷のしきたりと言う事だ。

 しかし、だがしかし、モルジアナは幻灯館の中核メンバーの中でも数少ない常識人、そんな彼女のごく普通の頭脳がこのバ会話を打ち消す疑問点をはじき出す。

 

「そう言えば旦那様の故郷はいったいどこなので御座いますのでしょうか?」

 

「知らないじゃん。」

 

「美濃の方からいらしたとは聞いていましたが……そこの所は旦那様も雫ちゃんもかたくなに話しませんしねぇ。」

 

 どうやら娘さん達の緩いバカな話は無かった事にするのに成功した模様。

 

「天から降りて来たとかでいいじゃんか?」

 

「ああ、そうしましょう。旦那様の故郷は天の向うです。」

 

 モルジアナは再度スルーを決め込もうかと思ったがふと一つの事柄が脳裏に思い浮かんだ。

 それは自身の目の事。

 自分の目を四色型だと幻灯館主人は言い切った。

 そして、普通の人間が三色型であると。

 彼はなぜ知っていたのだろうか。

 何故言い切れるのだろうか。

 人は光によって物を見ていると。

 光によって見えているのでは無い。

 光を見ていると彼は言っていた。

 もしかすると、彼は本当に天の向こう側から来たのかも知れない。

 だがモルジアナの考えはそこで止まる。

 目の前で無邪気にはしゃぐ娘たちを見て。

 此処には居ない娘たちを思って。

 そして……幻灯館と言う名の下に集まった人々を思い出し。

 

「旦那様が天から来ても……」

 

「どこから来ても五十鈴さんは五十鈴さんじゃん。」

 

「旦那様が存在し私達の前を歩いていてくれている、それだけで今は十分です。」

 

 モルジアナは目を見張った、自身が今この瞬間至った答えに目の前の年端の行かない少女達はすでに至っていたからだ。

 この里で暮らし、幻灯館主人と出会ってからそれほどの時が過ぎていないモルジアナよりも遙かに長い時間を共に過ごしているであろう少女達。

 数々の疑問と疑念を幻灯館主人に持った事だろう、それでも彼女達、いや、幻灯館に集まった者達は言うだろう、疑問も無く、疑念も無く、彼が居るから、彼が居たから自分達は此処で笑っていられると。

 彼が居るから迷い無く前へ足を踏み出せると。

 モルジアナは思う、もし彼が一国の王となったならば一体どんな国を作るのだろうか。

 一瞬浮かんだそんな思いをモルジアナは頭を振り無理やりにでも消し去るといつもの様にニッコリとほほ笑み

 

「さあ、出発なので御座いますのですよ。」

 

 言ってモルジアナは冒険の一歩を踏み出した。

 

 




冒険の始まりと言いつつまだ里でのお話です。
娘さん達は話始めると止まりません。
特に源内と花梨。
この二人は仲良く喧嘩するタイプですね。

次話ではいよいよ艱難辛苦を乗り越えて黄泉ヶ沼に到着します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。