織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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いつもの通り本編前に一騒動。


番外三 それいけ!黄泉ヶ沼探検隊
探求の一


 幻灯館主人達が伊賀へと旅立ったその日の夕暮れ。

 絶対的な人数が減った件の人物の屋敷で怪しげな行動を取る白い影があった。

 場所は洗濯場。

 通常洗濯などは外の小川でする物なのだが、この屋敷では小川の水を屋敷内に引き屋内に洗濯、食器洗い用の水路と炊事用の水路を設けていた。

 前日に洗濯物をこの場所に出しておけば翌日係りの者が洗濯をしてくれる仕組み。

 当然その者も給金が発生しており簡単に言えば屋敷内にクリーニング店が存在すると言う事だ。

 そんな汚れ物置き場で白い影は怪しげに蠢きニヤリとほほ笑む。

 

「ありましたありました。」

 

 そう言って一着の着流しと帯を取り出し大事そうに愛しむように抱き締め

 

「すーぅ。旦那様の香……」

 

 着流しで顔を包み胸一杯に匂いを堪能しとろける様な表情を浮かべた後

 

「えへ、えへへ、だんなさま~。はっ! いけないいけない、第一の目標確保! さて次は……」

 

 誰かに聞こえない様に小声で自分を叱咤し白い影は足早に洗い場を後にする。

 一度自分の部屋に戻り着流しを置いた後再び別の目標に向け行動を開始する。

 次の標的の場所、そこは………………幻灯館主人の部屋。

 

「おじゃましまーす。誰かいますかー。いませんねー。」

 

 と再び誰にも聞こえない様な小声で確認を取りとある部屋への侵入を試みる。

 試みると言ってもそこは日本家屋、障子を開ければ侵入成功。

 ゆっくりと音を立てない様に障子を閉め、これまたゆっくりと音を立てない様に押入れの襖を開ける。

 そこには……一対の蒲団があった。

 白い影は掛け布団には目もくれず敷布団を取り出し顔を埋め深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと見つから無い様に敷布団と共に自分の部屋への帰還を試みる。

 

「ふー。何とかなりましたね。」

 

 額の汗を拭いながら白い影は戦利品を眺めうっとりとした表情を作る。

 ひとしきり眺めた後自身の頬を両の手でパッン!と叩き気合いを入れ戦利品の帯をつかむ。

 

「うふっ、できました~。」

 

 とろけるような表情で目の前の物体を抱きしめる。

 白い影が抱きしめている物、それは敷布団を丸めその上から着流しを着せ帯で固定した物。

 現代風に言えば抱き枕。

 その全てが幻灯館主人の身に付けた物で造られた抱き枕。

 いや言い直そう、その全てが幻灯館主人の匂いが染みついた物で造られた抱き枕。

 そんな幻灯館主人(代理)を白い影は力一杯抱きしめ喜びの余り畳の上を転がり回る。

 

「うっにゅ~~! だんにゃさま~、だんにゃさま~。」

 

 言葉にならない喜びを口にし何度も何度もその香を胸一杯に吸い込み恐らく顔があるであろう位置に何度も接吻を繰り返し抱きしめる。

 その時白い影は気付かなかった。

 幸せの余り周りへの注意を怠った。

 

「何してるじゃんよう。」

 

 背後から声がかかる。

 障子を開け放ち太陽を背に少女は立つ。

 その姿は威風堂々と言った言葉が良く似合う。

 日焼けした肌に勝気な性格を現した様な少しつり目気味な瞳、そして後頭部に生えるチョコンとした小さなポニーテールがチャームポイントの村上花梨その人。

 いつもは元気一杯で笑顔が良く似合うそんな花梨が悲しげな憐みを込めた眼差しで白い影を見つめる。

 白い影はゴロゴロと転がっていた動きをピタリと止めゆっくりと立ち上がり花梨と視線を合わせながら部屋の中央に正座する。

 そして……

 

「おはようございます花梨さん。」

 

 言ってニッコリ優雅に朝の挨拶をした。

 白い影、お解りだろうが一様の紹介を。

 白い影の少女、名は平賀源内。

 幻灯館名代兼番頭の平賀長五郎の養女にして長女。

 前髪は眉の辺りで一直線に切りそろえられサイドは耳の中央辺りまで。

 バックは逆に腰辺りまで伸ばした髪型。

 いわゆる現代風に言えば姫カットと呼ばれる髪型。

 しかしその髪色は白く銀髪では無く白髪、肌の色も病的な白さ。

 瞳の色は赤く、幻灯館主人曰く紅玉の瞳。

 現代で言う所のアルビノと言われる色素を持たず生まれて来た少女。

 以前は儚げでいつか消えてしまう様な雰囲気を醸し出していたが、現在は日焼けすると肌が赤くなってしまう事を悩む元気一杯の少女。

 そんな源内が姿勢を正し礼儀良く朝の挨拶を行う。

 挨拶をされた側、花梨はそんな源内を見つめると胡散臭そうな瞳を源内に向け

 

「何してるじゃんよう。」

 

 再度言葉を繰り返す。

 しかし相手は源内、胆の太さと腹黒さなら幻灯館五本の指に入る者。

 

「なにがですか?」

 

 にっこりと優雅に首を傾げすっとぼける源内。

 

「それは何じゃんよう。」

 

 しかし花梨の追及は緩まない。

 

「………なんの事やら。」

 

 しらばっくれる事に徹する源内。

 

「おまえの後ろにある簀巻きのふとんは何だって聞いてるじゃんよう!」

 

 花梨のその言葉に源内は目を逸らしながら

 

「さぁ。花梨さんは目が悪くなったのでは? 私には何もみえませんがぁ……」

 

「わかったじゃんよう。じゃあ美奈都やモルさんに聞いてみるじゃん。こんな幻覚を見ましたって。」

 

 この言葉に源内は敗北を悟り頭を下げる。

 

「申し訳ありません花梨様。どうかそれだけは……」

 

 実に奇麗な土下座だった。

 花梨は自身の勝利に気を良くし最初の質問を再び投げかける。

 

「で、それは何じゃんよう。」

 

「これですか?」

 

 花梨の問いに源内は幻灯館主人(代理)を抱きしめながら

 

「これはですね、旦那様の香りが染み込んだ布団に旦那様の香りが染みついた着流しを着せた旦那様(香)と言う物ですよ。これを抱きしめて眠ればいつでも旦那様の香りに包まれて幸せ一杯極楽浄土な一品です。」

 

「はぁ?」

 

 花梨は眉をひそめる。

 

「旦那様のぉ香りが染み込んだぁお布団にぃ、旦那様のぉ香りが染みついたぁ着流しをー着せたぁ旦那様(香)と言う物ですよぉ。これをぉ抱きしめてぇ眠ればぁいつでもぉ旦那様のぉ香りにぃ包まれてぇ幸せ一杯極楽浄土なぁ一品ですよぉ。」

 

「ゆっくり言わなくても理解は出来てるじゃんよう!」

 

「そうですか。」

 

 しかし花梨はそうは言った物の首を二、三度傾げながら再度口を開く。

 

「いや、違うじゃんよう。その物体は………」

 

「物体じゃありません! 旦那様(香)です!」

 

 いつもと打って変わり激しい言葉遣いで花梨に詰め寄る源内。

 その迫力に面食らいながら花梨は自身の言葉を訂正し話を続ける。

 

「その旦那様(香)は認識出来るじゃん。」

 

「はい。」

 

「でも、残念ながらお前の行動は理解出来ないじゃん。」

 

 源内は絶句する。

 何故に理解出来ない!

 自身と幻灯館主人の愛と言う名の下に行われる行為が何故目の前の少女には理解出来ないのか。

 少女達は舌戦を繰り返す。

 果てしなき戦い。

 白き少女は愛を解き、日焼け少女は常識を語る……なんて事は無い。

 ただただお互いへの罵倒が続く。

 

「お前のやっている事はただの変態行為じゃんよう!」

 

「この崇高な愛がわからないんですか!」

 

「わかるわけないじゃん!」

 

「愛が解らないなんて……尼寺へ行きなさーーーい!」

 

 喧々諤々口論は続きついには

 

「ハァハァ、花梨さん、今日は何用で私の部屋に?」

 

「ゼイゼイ、そうじゃんよう、あたしに手紙がきたじゃん。」

 

「手紙……ハァハァ、ですか?」

 

「ゼイゼイ、そうじゃん。」

 

 そこまで話した時、源内は右手を突き出し待ったをかける。

 

「とりあえず……ハァハァ、息をハァハァ、整えましょう」

 

「ゼイゼイわかったじゃんよう。」

 

 二人の少女は互いに背を向け、源内は胸に手を当て、花梨は大きく深呼吸して息を整える。

 ほどなくして落ち着いた二人は再度向き合い会話を再開した。

 

「それで手紙がどうしたのですか?」

 

 源内が口火を切る。

 その問いに花梨は恥ずかしながらと口を開く。

 

「いやぁ~恥ずかしい話なんじゃんか、あたしの姉ちゃんのことじゃん。」

 

「あら花梨さんお姉さんがいらしたんで?」

 

「いるじゃん。あと兄ちゃんが二人。」

 

 あらまあと驚きながらも源内は話を進める。

 

「それでその残念なお姉さんがどうしたんです?」

 

「それがじゃんよう……」

 

「あら? 残念と言う事は否定しないんですか?」

 

 花梨はその言葉にうんうんと何度も頷き

 

「本当の事じゃん。ウチの姉ちゃんは残念で恥ずかしい姉ちゃんじゃん。」

 

 何のためらいもなくキッパリと言い切った。

 

「その残念で恥ずかしい姉ちゃんがしでかしたじゃん。」

 

「はあ。簒奪(さんだつ)をですか?」

 

「その方が良かったかもじゃん。」

 

 そう言った花梨は事のあらましを源内に説明した。

 かいつまんで言うとこう

 

 

 

 

 花梨の父、村上武吉は瀬戸内の海賊である。

 瀬戸内には数々の島があり、その一つ能島を本拠地として活動していたのが花梨の父、村上武吉。

 俗に言う能島村上。

 いくつかの島にはそこを根城にした海賊衆がおりそれぞれ○島村上と呼ばれていた。

 それぞれの島の村上家が一堂に会し方針を決める場が年に何度かあり、その場で花梨の姉はやらかしたと言う。

 

 

「あたしは海賊にしか輿入れしない!」

 

 

 そんな事を各党首の前で宣言した。

 暗黙の了解と言うか、内々的にどこかの大名の息子に輿入れさせようともくろいんでいた各島の党首達はこの宣言に上を下への大騒ぎになったそうだ。

 父である武吉の説得も聞かず当然兄や弟の言葉など露にも解さず我が道を行く。

 そこで最後の希望として妹である花梨に白羽の矢が立った次第。

 簡単に言えば、何とか説得してくれである。

 

 

 

 

 話を聞いた源内は眉をひそめる。

 ハッキリ言って全く興味が無い。

 それでも人が良い源内は一つの提案をする。

 親友である村上花梨を救うために。

 

「解りました。お姉さんは海賊にしか輿入れしないんですね。」

 

「そうじゃん。」

 

「武吉さんは武家に嫁がせたいんですよね。」

 

「そうじゃん。」

 

 改めて今までの話を確認する源内。

 そこで源内は口を開く。

 

「解決方は一つしかありません。お姉さんは海賊に嫁げばいいのです。」

 

「はあ? 何言ってるじゃん。それじゃあ武家には誰が嫁ぐじゃん。」

 

 花梨が言い終わるや否や源内は一人の人物を指差す。

 

「あなたですよ花梨さん。おめでとう御座います。」

 

 言って深々と頭を下げる。

 この言葉に驚いたのは花梨、まさか自分に降りかかって来るとは。

 

「いやいやそれは無理じゃん。あたしは五十鈴さんの妻になるじゃん。」

 

 慌てて花梨は訂正にかかる。

 しかし相手は源内。

 

「それこそいやいやですよ花梨さん。旦那様の奥さんは雫ちゃんです。」

 

「早くも敗北宣言?」

 

 この花梨の発言に源内はニコリと極上の笑みを浮かべながら

 

「私は側室と言う名の正妻ですから。ですので花梨さんは後顧の憂い無くどこぞの武家に嫁いで下さい。改めましておめでとう御座います。」

 

 言って再度礼儀正しく頭を下げる。

 

「なんじゃんそれは! あっ! お前、恋敵を一人葬るつもりじゃんね!」

 

 花梨の的確な突っ込みを聞き源内は頭を下げながら

 

「ちっ!」

 

 舌うちをした。

 聞こえるか聞こえないかの小さな舌うち、だが花梨の耳はその音を聞き逃さなかった。

 

「だああああああああ! お前に相談したあたしが馬鹿だったじゃんよう! やっぱり白いのは見かけだけじゃん! この腹黒白狐!」

 

 頭を搔き毟りながら絶叫し転がり回る。

 源内は頭を上げしばし花梨を見つめていたが

 

「花梨さん、そんなに転げ回ると埃が立ちますよ。やるなら外でやってもらえませんか?」

 

 にっこりと優しげに毒を吐く。

 そう言われても花梨の行動は止まらない。

 さらにスピードを上げさらには手足をばたつかせながら転げ回る。

 自分の部屋でバタバタと暴れ回る花梨に対して源内の堪忍袋の緒が切れた。

 

「あーもう! 解りました! 解りました! 私がお返事を書いてあげます! それを送れば万事解決、これでいいですね!」

 

 この言葉に花梨はピタリと動きを止める。

 

「本当じゃん?」

 

「本当です。」

 

「絶対本当じゃん?」

 

「絶対本当です。」

 

「解決するじゃん?」

 

「解決します。」

 

 念入りに確認すると花梨はむくりと起き姿勢を正すと

 

「お願いするじゃん。」

 

 礼儀正しく頭を下げた。

 源内は机に向かい墨を擦りながら花梨に細かい確認を取る。

 

「花梨さん、解決策としてお姉さんの輿入れどうこうよりも丸投げされた案件をどうにかすれば良いんですよね?」

 

 花梨は少し考えてから

 

「そうじゃんねぇ。あたしに火の粉がかからなければ取りあえずそれで良いじゃん。」

 

「解りました。」

 

 そう言うと源内は白紙の巻物に筆を走らせる。

 数分と待たずに手紙は完成しひらひらと振って墨を乾燥させた後、丁寧に包んで花梨に渡す。

 受け取った花梨は丁寧に礼を言うと満面の笑みで源内の部屋を後にする。

 鉢屋衆の一班、主に飛脚業を行っている者達の下へ急ぐ花梨だがふと手紙の中味が気になり封を切って見る。

 ドキドキしながら親友が自分の為に書いてくれた解決案の内容を読む。

 内容はとてもシンプルだった。

 普段源内が書く細かく丁寧な文体と違い、太い筆で乱暴に描かれた手紙。

 その文字はたったの五文字

 

 

 “しらんがな”

 

 

 花梨はため息を一つ吐くと

 

「ま、これが最善じゃんねぇ。」

 

と言葉を漏らし再度封をして飛脚に預ける為に預かり所へと歩を進めた。

 

 

 

 

 一方花梨と言う天災が去った源内の部屋では部屋の主、源内が筆や硯を片付けながらため息を漏らす。

 

「ふーぅ、まぁあんな所でしょうね。村上のお家の方には悪い気もしますが……あちらはあちら、こちらはこちら。あちらの問題はあちらで解決して頂きましょう。ね、だんなさま~。」

 

 言って幻灯館主人(香)に抱きつくとゴロゴロと転がり出した。

 

 




次話からは平賀源内探検隊が始まります。

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