織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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これにてエピローグも終了。


骸の十

 時間は宵闇が絶叫を上げる少し前、場所は宗意軒の住居兼治療院の小屋の前。

 そこに置いてある長椅子に長い黒髪の少女がチョコンと座り頭を垂れていた。

 そしてそこに金色の柔らかそうな髪をふわふわと揺らしながら一人の少女が近付き座っている少女に声をかける。

 

「芽衣よ、何を落ち込んでおるのじゃ。なにか悩みごとかや? わらわが力になるぞ、話してみよ。」

 

 言われた黒髪少女芽衣は声をかけられてやっと気配に気付いた様でゆっくりと視線を金髪少女に向け

 

「あっ、しずくちゃん。」

 

 ポツリとつぶやいた。

 その瞬間、芽衣の瞳から一粒の涙がこぼれる。

 その一粒が切っ掛けになったのか堰を切った様に次々と涙が頬を伝う。

 芽衣は嗚咽の中、雫に向け途切れ途切れ言葉を向けた。

 それは懺悔の様に。

 

「わたし、わたし、まもれなかった………まもれなかった。わたし………ごえいなのに、それなのに………ごしゅじんさま………」

 

 どこまでもどこまでも後悔が消えないかの様に言葉を続ける。

 自身の未熟を恨み、敵に気付けなかった事に悔み、後悔は尽きず悔しさは消えない。

 雫はゆっくりと芽衣の隣に腰かけるとまるで母や姉の様にポ二テとお面で面積の狭くなった芽衣の頭を優しく撫でる。

 そして静かに声をかけた。

 

「そうじゃな、護れなんだ。お主もわらわも……兼相もお姉さまも苺も。誰も護れなんだ。わらわ達は護られていた。今までも、いつでも、護ってもらって救ってもらっておる。」

 

「うん。」

 

 雫の言葉に芽衣は素直に頷く。

 

「じゃからな、このままではそう遠くない未来に我が旦那様、いや、あ奴は命を落とす。」

 

「しずくちゃん!」

 

 芽衣が怒気を含んだ声で雫をたしなめるが、雫は気にもせず言葉を続ける。

 

「芽衣よ、あれは何度命を投げ出した。いや違うのう。何度命を投げ出し諍いの先頭に立った?」

 

 雫の言葉に芽衣は黙るしかなかった。

 

「兼相との戦い、村上武吉との睨み合い、苺との決闘、そして今回。軽く見積もっても四回。もしかしたらわらわ達が知らぬ所で危ない橋を渡っておるやもしれん。」

 

「うん。でも……」

 

「変わらんよ。あれは変わらん。これからも諍いの先頭に立ちいずれは……」

 

「いずれは?」

 

「戦に身を投じるじゃろう。」

 

「そんな!」

 

 芽衣は立ち上がり驚きの表情で疑問を投げかける。

 

「だって、だってごしゅじんさまはしょうにんだよ!」

 

「芽衣よ、それは違うのじゃよ。我が旦那様は商人では無い。商人なのは 八房美津里じゃ。」

 

「でも!」

 

 芽衣の反論を雫は冷静にかわす。

 

「八房美津里は商人、真中五十鈴は怪異譚の収集家。この二つは我が旦那様であって我が旦那様ではない。……少し違うのう。この二つ、いや、この二人は我が旦那様の一面。二つの側面じゃ。じゃからな、三人目が居ないと誰が言いきれる。」

 

 芽衣は絶句する。

 深くは考えていなかったが雫の言う通りなのだ。

 自分達はあまりにも彼の事を知らなかった。

 驚愕する芽衣に雫はなおも言葉を続ける。

 

「お姉さまの言葉を覚えておるかや?」

 

 雫からの突然の質問に芽衣は一瞬?となるが

 

「きつねにえらばれたおおさまってやつ?」

 

「そうじゃ。白と黒は解らぬが我が旦那様は確かに金色の狐に愛された者じゃ。」

 

 言って雫はゆっくりと被っていたベレー帽を脱いだ。

 その直後ふわふわの金髪からゆっくりと二対の狐の耳が姿を現し、同時に背中にしぼませて隠していたふわふわの尻尾がゆらゆらと現れ揺れる。

 

「芽衣よ、改めて名乗ろう。我が名は雫。そなたの友であり怪異にして白面金毛九尾の姫じゃ。」

 

「しずくちゃん。」

 

 嫌われる、気味悪がられる、冷静な顔で自身の出自を明かした雫だがその内心は恐怖が支配していた。

 だが話を続ける上では必要な事だった。

 芽衣達飛騨出身の三人は雫にとって宝物だ。

 ずっと孤独に生きて来た雫にとって初めて出来た友達。

 嬉しかった、こんなに毎日が楽しいと思った事は無かった。

 だが、それも今日、この瞬間終わりを告げる。

 芽衣の次の言葉によって。

 雫は唇を噛み締め芽衣の言葉を待つ。

 そしてその時は訪れる。

 芽衣が発した言葉は……

 

「しずくちゃん………………………かっわいいーーー!」

 

「はぁ?」

 

「かわいいーー! おみみぴこぴこ! しっぽふわふわー! かわいいー! かわいいー! かわいいー!」

 

「め、芽衣よ。」

 

「なに?」

 

「それだけかや?」

 

「なにがー?」

 

「感想じゃが。」

 

「ほかになんかあるの?」

 

 雫は安堵と共に大きなため息をつき

 

「芽衣は大物じゃのう。ホントに。」

 

 腰が抜けた様に地面にへたり込みながらにこやかに雫は言う。

 芽衣は照れくさそうに頭を掻き

 

「いや~それほどでも~」

 

 本気とも冗談とも取れる笑顔で芽衣は答える。

 芽衣の態度に雫は安心したのか表情を引き締め話を再開する。

 

「芽衣よ、わらわの言葉、妄想や狂言と思うかや?」

 

「しずくちゃんのことばってごしゅじんさまのこと?」

 

「そうじゃ。」

 

 雫はゆっくりと首を縦に振る。

 

「我が旦那様とわらわの願いを叶えるには戦は避けては通れん。」

 

「なんで?」

 

「この日ノ本の、この世界の先を見るためじゃ。誰も見た事が無い世界の先をな。」

 

「せかいのさき? それってやまのむこうをみるほーほー?」

 

 芽衣の言葉に雫はキョトンとした表情を浮かべた後

 

「知っておったのか。」

 

 芽衣は大きく頷き

 

「ななちゃんにきいた。」

 

「白ちゃんにかや、しかし何時じゃろうな? わらわは言っておらんから伝えたのは我が旦那様じゃろうな。」

 

「あのねぇ、おんせんからのかえりのおふねのうえできいたって。」

 

「ほう、あの時かや。わらわが病(やまい)に倒れておった時じゃな。」

 

「そだよぉ。しずくちゃんがしゅうたいをさらしたときだねぇ。」

 

 芽衣の放った一言に雫の狐耳がピクンと反応する。

 

「醜態、とな。」

 

「うん、しゅうたい。」

 

 言って大きく頷く。

 雫はゆっくりと蟷螂拳(とうろうけん)の様なポーズをとり

 

「芽衣よ、わらわは病に倒れておったのじゃ。」

 

 芽衣は腰を落とし右拳を前に出した姿勢で

 

「あれはしゅうたいだよ。しずくちゃん。」

 

「もう一度言うぞ。芽衣よ、わらわは病に倒れておったのじゃ。」

 

 雫の言葉に芽衣は静かにゆっくりと一度まばたきをし

 

「ふなよいはびょうきっていわないの!」

 

バッサリと断言した。

 

「ぐはぁ!」

 

 芽衣の衝撃の言葉に雫は蟷螂拳の構えを解き奇声を上げると顔を伏せ地面に膝を着き敗北を悟る。

 そしてゆっくりと顔を上げ芽衣と視線を合わせる。

 一瞬の沈黙の後、どちらとも無く

 

「「あーはっはっはっ!」」

 

 笑いがこみあげて来た。

 馬鹿みたいに笑い合った後、雫は表情を引き締め芽衣に声をかける。

 

「芽衣よ。我が旦那様は王じゃ。世界を作りかえる力を持ち、古きを壊し新しき世をもたらす王じゃ。」

 

「う、うん」

 

「じゃがの、先ほども言うたが我らが旦那様は遠くない未来命を落とすじゃろう。」

 

「しずくちゃん、なんでなの?なんでそんなこというの?」

 

 芽衣の問いに雫は悔しさを込めた物言いで

 

「止める事が出来んからじゃ。」

 

「とめる?ごしゅじんさまを?」

 

「そうじゃ。物理的な意味での。芽衣よ、我が幻灯館に我が旦那様に勝つ事が出来る者がおるかや?」

 

 芽衣はしばし思案した後口を開いた。

 

「うーんと、おサルさんとかぁ、いちごちゃんとかぁ……」

 

「無理じゃな。サル相や苺では。」

 

「なんでー?」

 

「解らぬか?お主なら解る筈じゃが?」

 

「わたし?」

 

 芽衣は人差し指で自分を指しながら首を傾げる。

 その言葉に雫は大きく首を縦に振り

 

「神側……じゃよ。」

 

「あっ。」

 

「解った様じゃな。」

 

 言う雫の表情はさらに厳しさを増す。

 

「神側を破るのは簡単じゃ。使う者以上の力と速さでぶつかれば良い。じゃが言うは簡単。そうじゃろ芽衣。」

 

 雫は確認を取る様に芽衣に問いかける。

 芽衣は言葉を発せず頷きで雫の言葉を肯定した。

 

「お主と我が旦那様の剣、御影流剣術は剣術と言いながらその実態は体術に近い。正確に言うならば刀を使う、いや違うのう。刀も使う体術じゃな。」

 

 芽衣は再度沈黙しながら頷く。

 それほど雫の言葉は意をえていた。

 

「兼相やブリュンヒルデ、あの者らは武士(もののふ)、騎士としての実力は上の部類に入る者じゃろう。じゃからこそ我が旦那様には絶対勝てん。」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃ。武器を持ってその間合いで戦う事になれた者だからこそ我が旦那様には勝てん。わらわが識っている限りじゃが、御影流の戦い方は滅茶苦茶じゃ。間合いも何もあった物じゃないしのう。」

 

 雫のこの発言に芽衣は何か思う事があったのか一度空を見上げた後に

 

「そういえばそうだね。」

 

 これを全肯定した。

 

「じゃからな、悔やむのも良い、後悔するのも良い、じゃが………強ようなれ。我が旦那様を………我らが旦那様を打ち倒せるほど。あれを止められるのは同じ御影の技を使うお主しかおらんのじゃからな。」

 

 芽衣は雫の発言に目を見開き驚きの意を示すが、すぐに決意した表情になり

 

「うん!」

 

 高らかに宣言する様に頷いた。

 

「あれ?でもさぁしずくちゃん。」

 

「なんじゃ?申してみよ。」

 

「ごしゅじんさまっておおさまになるのかなぁ?」

 

 突然の芽衣による根本的な質問に雫はクスリと年相応の柔らかな笑みを浮かべ

 

「ならんよ。我が旦那様が王などと言うめんどくさい物引き受けるとでも思うかや?」

 

 雫の言葉に芽衣はキョトンとなるがすぐに笑顔を見せ

 

「そだよねー、がらじゃないっていうねー。」

 

 芽衣の言葉に雫は一度頷くと「それにのぉ」と言葉を続ける。

 

「それにのぉ、厳密に言えば我が旦那様は山の向こうが見たい訳では無いのじゃ。我が旦那様が見たいのは……山の向こう側を見せる事が出来る者じゃ。」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「すごかったなぁ有脩さん。もしかしたら有脩さんだったらあの娘の願いを叶えてくれるかなぁ。自分を殺して諦めて泣く事も出来ない囚われの御姫様を。」

 

 そんな独り言をつぶやきながら道順は一人あてもなく村の中をブラブラと歩いていた。

 道順は宵闇達の郎党と言う訳では無い。

 約一年程前に知り合いたまに宵闇達の依頼を手伝う、そんな関係。

 簡単に言えば宵闇達から見れば道順は客将と言う立場にある。

 だが、彼女ははぐれの忍びでは無いれっきとした主人が要る。

 彼女の主人、いや主人と言う言葉は道順の認識とは違う。

 この場合は雇い主と言った方がピッタリと来るだろう。

 その雇い主の下には一組の母娘(おやこ)が居た。

 居たと言う言葉は軽すぎる、この場合は人質として居たと言うのが正しい。

 道順の雇い主は好色な男で特に少女から女性に変わる年代の娘を好む嗜好だった。

 それを知っていた母親は娘が汚されない様に娘に男装をさせ雇い主の目を誤魔化していた。

 だが、娘も年頃になり胸も膨らみ体に女性特有の柔らかさが出始め娘自身もそれを理解しいつ自身が汚されるのか日々恐怖を募らせていた。

 そんなある日娘は弱音を口にした。

 道順はこの時初めて娘の弱さを見た。

 何時も気丈に振る舞い凛としていた自分より僅かに年上な少女の。

 道順は思う、自身の性別を隠し悲しみに耐える少女をなぜ誰も救ってはくれないのだろうかと。

 自身の任務、各地を偵察し不穏な人物や事柄を探り報告を上げる、そんな任務をこなしながら道順は何とかあの母娘を救いだせないかと方法を探っていた。

 だが有益な情報も人物も見当たらず諦めかけていた時に有脩に出会った。

 怖い人だと思う反面、優しい人物だとも道順は思う。

 彼女なら、道順は意を決め有脩が居るであろう場所に向け駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「成程のう。しかし力で何とかなるような話では無いのう。」

 

 道順は有脩達に全てを包み隠さず話した。

 達と言っても有脩とブリュンヒルデの二名だけなのだが。

 実際には道順を除けば三名居るのだが、残りの一人、宵闇は自分達に背を向けた状態で膝を抱え何やらブツブツと独り語をつぶやいている。

 道順は何があったのか尋ねようとしたが、ブリュンヒルデが首を横に振った為諦める事にした。

 きっと聞かない方がいいのだろうと。

 そんな道順の心の内を知ってか知らずか……まあ知らないのだが有脩が陽気に言葉を続ける。

 

「荒事……力ではどうにもならぬ様な荒事なら主様の範疇じゃ。」

 

「そうですね。悪だくみと言ったらマスターですね。」

 

 有脩は「行くぞ」と言う声と共にふさぎこむ宵闇の襟をむんずと掴み引きずりながら幻灯館主人の下へと歩を進める。

 ブリュンヒルデもそれを確認するとお尻に付いたほこりを二、三度払い後を追う。

 道順は二人をしばし見つめた後決意した表情で後を追うのだった。

 

 




囚われのお姫様、いったい誰なんでしょう。

さて、エピローグも終了し次話からは新章開始。
タイトルは、それ行け!黄泉ヶ沼探検隊です。
清州に残った娘さん達と織田家の姫武将達のお話です。

少し間が空きますがお待ち頂ければ幸いです。

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