織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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遅れましたがエピローグ。
今後の伏線やらコメディやら。



骸の九

 此処は伊賀の国。

 伊賀の国と言っても近江に程近く、物流などは近江に頼っている為人々の感覚ではほぼ近江の国だと思っている場所。

 そんな村の外れを流れる小川の傍に二人の男が腰を下ろし言葉を交わしていた。

 一人は二十代半ばの長髪の男。

 幻灯館主人である。

 そしてもう一人は白髪交じりの髪をオールバックにした四十前後の作務衣姿の男。

 名は森宗意軒。

 二人はにこやかに穏やかに会話を繰り返す。

 

「主殿(ぬしどの)、体調の方はずいぶんと良さそうですな。」

 

 その言葉に幻灯館主人は「主殿はよしてくれよ。」と言いながら、呼び方は相手が決める物だと言う諦めから深く否定せずにいた。

 

「主殿、一つ聞いてもよろしいかな?」

 

 突然の宗意軒の質問に

 

「問題ないさ。遠慮せずにどうぞ。」

 

 まるでその言葉が宗意軒から発せられるのが解っていた様に幻灯館主人は言葉を返す。

 

「主殿はどうして儂の号を、森宗意軒と言う号をお分かりに?」

 

 やはりそれかと内心思いながら

 

「以前話に聞いた事があってな。河内出身で西村三佐衛門と言う名医がいると。」

 

「その時に儂の号も?」

 

「そう言う事だ。」

 

「しかし儂は誰にも自分の号を喋った覚えが無いのだが。」

 

 幻灯館主人は宗意軒の言葉に内心焦りを覚えながらもポーカーフェイスを崩さず会話を続ける。

 

「喋った覚えが無くとも誰も知らないと言う理由にはなるまい。」

 

 宗意軒は幻灯館主人の言葉に怪訝そうに眉をひそめるが、幻灯館主人は構わず言葉を紡ぐ。

 

「宗意軒殿が号を授かった時一人だったかい? 違うはずだ。最低一人、号を授けてくれた人物がいたはずだ。立会人がいれば宗意軒殿の他に二人、三人と人は増えて行く。それに、号は文字にしなかったかい? そう言う事だ。人の口に戸板は立てられない。」

 

「いや、しかし……」

 

 宗意軒はまだ疑問を口にしようとするが幻灯館主人はそれを遮る様に口を開く。

 

「確かに疑問はあるだろう。河内国出身、男、西村三佐衛門、医者、森宗意軒。これらを一つ一つ聞けば何て事無い言葉だ。そうだろう。」

 

 宗意軒は黙って頷く。

 

「だがこれらの言葉を三つ四つと組み合わせればおのずと形が見えて来る。」

 

「形。」

 

「そう、形だ。河内出身で男の医者がいる。西村三佐衛門は医者である。森宗意軒は河内出身。西村三佐衛門は河内出身。森宗意軒は医者である。などの組み合わせが出来る。それを組み合わせ紐解き推理する。」

 

「成程。」

 

「そして最後は……」

 

「最後は?」

 

 宗意軒は話に引き込まれて行く。

 

「ハッタリとカンだな。」

 

 幻灯館主人は悪戯っぽく笑いながら言う。

 宗意軒もつられて笑みを浮かべる。

 しかしすぐに表情を引き締め

 

「今度は俺からの質問だ。宗意軒殿、医術はどこで? やはり南蛮の地で?」

 

 質問を受けた宗意軒はキョトンとした表情になり

 

「何を良いなさる主殿。儂は南蛮どころか海にも出た事はありませんぞ。」

 

「!」

 

 幻灯館主人は驚きのあまり声が出なかった。

 歴史上、森宗意軒は幼少期に海難事故に遭い助けられた船で南蛮の地に渡り医術を学び、その後明を経て日本へと帰国したはず、それなのに宗意軒は海に出た事が無いと言う。

 幻灯館主人は考えを巡らせる。

 しかしいくら考えても答えは出なかった。

 解らなければ聞けば良い。

 

「宗意軒殿、改めて聞くが医術はどこで?」

 

 この質問に宗意軒は眉をひそめしばし悩む様な仕草をした後

 

「主殿、これは他言無用でお願いしたいのだが……」

 

「無論。」

 

「では。とても信じられん事でしょうが、儂が医術を学んだのは駿河。正確には富士の風穴。」

 

「そんな所で?」

 

 幻灯館主人の問いに宗意軒は頷きで応える。

 

「儂が幼き頃、そこで一人の人物と出会いましてな、濃い緑の見た事も無い着物を着た御方でしたな。」

 

「そこで輸液なども?」

 

「おお、主殿は輸液をご存じか! これはまさしく儂が望んでおった御方!」

 

 宗意軒は手放しで喜びを現すが幻灯館主人の表情は硬く強張って行く。

 

 

 

 

 富士の樹海、その風穴に住み、濃い緑の見た事も無い着物……服を着たこの時代に無い知識を持った男。

 認めるしか無いのか?

 しかしそれしか答えは無い。

 宗意軒に知識と技術を与えたのは俺の様な……

 

 

 

 

「宗意軒殿、その方は日ノ本の御方で?」

 

 まさかこのような質問が来るとは思ってもいなかった宗意軒は目を一瞬見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し

 

「さすがは主殿、その御方は日ノ本の者では御座らん。南蛮の御方。」

 

 幻灯館主人は「ふむ」と相槌を付き

 

「特徴とか名前とか知っている限りの事を教えてくれ。」

 

 焦りの為か乱暴な言葉遣いで詰め寄る、が

 

「主殿、申し訳御座らん。我が師の名前は明かす事が出来ぬ。それが儂とその御方が交わした最後の約束ゆえ。」

 

「最後? と言う事は……」

 

「左様、我が師はすでに土に帰っておられます。」

 

「そうか。」

 

 そう言って幻灯館主人は空を見上げるが、宗意軒は言葉を続ける。

 

「しかし主殿、我が師の遺言で墓碑銘を読む事が出来た者に全てを渡せとも仰せつかってもおります。」

 

「全て?」

 

「そう、全てで御座います。」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「楽しそうに話されておるのう。」

 

「ホントですねー。」

 

 幻灯館主人と森宗意軒が会話を楽しんでいる場所から少し下流、その場所では扇情的に着物を捲りふとももをあらわにした姿で川の流れに足を浸し涼を取る有脩とブリュンヒルデの姿があった。

 二人とも涼しげな浴衣姿。

 有脩は白地に淡い色で染付されたアサガオの模様、ブリュンヒルデは水色の生地に可愛らしい金魚、もしくは緋鮒の染付。

 髪型は自慢の黒髪を頭頂部でお団子にし、幻灯館主人が最近お気に入りの小さな鈴が付いたかんざしを拝借して縫いとめた形、一方ブリュンヒルデはいつもは纏めている真っ赤な髪をストレートに降ろしている。

 いつもの二人があべこべになった髪型をしていた。

 そんな可愛らしくも涼しげな二人の他にもう一人、額に汗をにじませながら労働に勤しむ少女が一人。

 それは涼を楽しむ先輩幻灯館従業員の二人を一生懸命団扇で扇ぐ宵闇。

 

「手が止まっておるぞ、キリキリ扇がぬか地味娘。」

 

「そうですよ。サボっていると御給金貰えませんよ仄暗い名前の人。」

 

 有脩は目を細め皮肉げに、ブリュンヒルデは朗らかに言う。

 

「そう言えば地味娘よ、綿埃はどうしたのじゃ? 姿が見えぬようじゃが。」

 

「ホントですね。ふんわかさんがいません。」

 

 二人の問いにおずおずと宵闇が口を開く。

 

「あのー。」

 

「なんじゃ?」

 

「なんですか?」

 

「地味娘でも綿埃でもいいんですが……いや、良くは無いですけど、ですけど! 呼び名は統一して貰ってもよろしいでしょうか。」

 

 必死に、切実に宵闇は願いを口にする。

 その言葉に有脩は頬に手を当てながら悩む仕草を見せ

 

「そうじゃのう。地味娘、仄暗、ヤマダ、ガンエデン好きなのを選んではどうじゃ?」

 

 にこやかに、優しげに、悪意なく有脩は言い切る。

 

「有脩殿、さすがにそれは可愛そうですよ。」

 

 すかさずブリュンヒルデが助け船を出す。

 それがよほど嬉しかったのか宵闇の瞳は潤んでいた。

 だが、そこは有脩様

 

「そうかえ? 里には僕っ娘涙目ヘルメットと言う名の娘が居るでは無いか。それに比べれば地味娘なぞ。」

 

「それ言っているの雫様だけですよ。」

 

「犬も言っておったぞ。」

 

「それでもさすがに……」

 

 などと宵闇にはさっぱりな会話を二人は続けるがその最中ブリュンヒルデに神の啓示が降りる。

 言葉を言いかけ口を開いたままフリーズするブリュンヒルデに有脩、宵闇は?な表情を作るが、当の本人はフリーズの後、両手を胸の前でパンッ!と勢いよく合わせ

 

「閃きました! 南蛮風はいかがでしょうか。」

 

 と代替案を発表した。

 有脩は眉をひそめるが、宵闇は妙に乗り気な態度を示す。

 

「南蛮風………カッコいいです! 賛成です! どんなですか! どんなですか!」

 

 身を乗り出し宵闇はブリュンヒルデに詰め寄る。

 ブリュンヒルデは身と気を若干引きながら

 

「えーと、ですね。………………そうだ! ジミーと言うのはどうでしょうか?」

 

「じみー?」

 

 有頂天から急降下、宵闇は微妙な表情を浮かべ、ブリュンヒルデの言葉を復唱する。

 恐らく十人が聞いたら十人が微妙な顔をする提案である、だが、だがしかし、此処には常人とは少しばかりセンスがズレている人物がいる。

 そんな人物が口を開いた。

 

「ジミーか? 良いではないか。いや、しかしのう、何か歯切れの悪さも感じるのう。」

 

「「は?」」

 

「歯切れが悪いと言うておる。」

 

 唐突な有脩の発言に残り二人は怪訝な顔を示すが、当の有脩はそんな事意にも留めず話を続ける。

 

「後に何か付けた方が良くないかえ? たとえば……」

 

「たとえば?」

 

 ブリュンヒルデが言葉を返す。

 宵闇は固唾を飲んで成り行きを見つめる。

 僅か数日の付き合いだが自分は有脩には逆らえないと宵闇は悟っていた。

 一体どんな無慈悲な言葉が出て来るのか、自分は一生何と言う名前で呼ばれるのか、もう宵闇の中には恐怖と後悔しかなかった。

 この宵闇、いや楓と言う少女、雑賀衆の次期頭領孫市の候補にもなった少女。

 だが雑賀衆の頭領にはなれず、孫市と言う名も名乗れず、自暴自棄の状態で名乗った名前、それが宵闇、それがこんな悲劇を生み出そうとは。

 こんな事なら地味娘のままで良かったのに、そんな数々の思いが宵闇の頭の中を駆け巡る。

 そして、時は来た。

 

「ジミーヤマダと言うのはどうじゃろう。」

 

「「はぁ?」」

 

 可笑しな事を言い出す有脩。

 その言動に宵闇おろかブリュンヒルデもついては行けない。

 しかし有脩の提案は続く。

 

「ではジミー地味娘、ジミー仄暗、ジミーガンエデン、ほれ好きな物を選べ。」

 

 どうやら言いながら飽きて来たらしい。

 しかし此処で諦めれば宵闇の呼び名はジミー某に決まってしまう。

 宵闇は勇気を振り絞って抗議の声を絞り出す。

 

「ダ、ダメです!」

 

「どうした地味娘よ。」

 

「な、何ですか?」

 

 いきなりの大声に驚きの声を漏らす宵闇とブリュンヒルデ。

 だが、大声は出したものの次の言葉が出てこない。

 宵闇は必死に言葉を探す。

 何でも良いこの事態を好転させられる言葉を。

 

「有脩さんの提案はダメです!」

 

「なぜじゃ?」

 

「それは~………………そうだ。ジミー地味娘も、ジミー仄暗も、ジミーガンエデンも私の名前が一字も入っていないじゃないですか!」

 

 悩んだ結果、こんな言葉しか思いつかなかった。

 しかし引く訳にはいかない、今後の人生がかかっているのだから。

 だが、侮ってはいけない。

 有脩の真の恐怖はこれから始まる。

 

「成程のう。ならば地味娘よ、宵闇と楓、どちらの方がよいかえ?」

 

 この言葉に宵闇は安堵する。

 なんだ、話が通じるではないかと。

 思えばこう言う楽観的な性格だから宵闇は孫市に選ばれなかったのかも知れない。

 良く言えば純粋、素直。

 悪く言えば粗忽、考え足らず。

 最悪な表現を使えば、ぽんこつ頭脳。

 だから安心した、安堵してしまった。

 幻灯館特有の意地の悪さに。

 その安心しきった無防備な状態で宵闇は口を開く

 

「そうですねぇ。楓は過去の名ですから、今の私は宵闇なので、宵闇で。」

 

「うむ、ではそなたの呼び名はヤミー地味娘できまりじゃな。」

 

「いーやーーーーーーーーー!」

 

 静かな農村に宵闇の絶叫がこだました。

 




エピローグも次回で終了。
次回は雫、芽衣、道順編です。

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