織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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お仕置きタイムの開幕です。


骸の七

 道順が遅れて到着した宿、そこには未だに拘束されたまま地面に寝転がっている宵闇と何をするでも無く立ちすくむ兼相の姿があった。

 

「どうしたんですか~?」

 

 道順は気軽な感じで話しかける。

 が、それに意を唱えたのは宵闇。

 

「何であなたは自由になっている訳?」

 

「うん? 私? 金色の女の子にほどいてもらった~。」

 

「何で? ちょっと私のも解きなさいよ。」

 

「え~。やだよ~。」

 

「何で!」

 

「こっちのお姉さんってば怖そうじゃん。」

 

「……まあ、確かに。」

 

「それで、何やってるの?」

 

 道順は最初の質問に戻る。

 宵闇も先ほどの自身と部下に向けられた有脩の怒りを思い出したのか拘束を解く事は諦めた様子。

 

「いやあ、姐さんの言いつけでね。」

 

 横から兼相が答える。

 兼相は雫や芽衣とは違い仕方が無いし当然なのだろうが、宵闇達に良い印象は持っていないためどこか余所余所しい話し方で応えた。

 

「はあ。それで何やっているんですか?」

 

 道順もその事に気付いたのか丁寧な物言いに変え再び質問する。

 

「姐さんが……有脩殿が用意があるとかで、夕方まで待てだと。」

 

 めんどくさそうに兼相は答えるが、道順はそれも仕方の無い事だと諦め話を続ける。

 

「夕方……おひさまの感じだと後一刻程ですね。」

 

「そうだな。」

 

 それ以降の会話は無く、一同は有脩が宿から出て来るのを待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

「待たせたのう」と言う言葉と共に有脩が姿を見せたのは本人の予告通り日が西に傾きかけた頃だった。

 有脩が声をかけるが兼相、宵闇、道順からは返事が無い。

 その理由は有脩の服装にあった。

 三人が、いや、幻灯館主人以外誰も見た事が無い姿。

 黒で染め上げた陰陽師の服装。

 手に持つ大きめな袋を兼相に預け有脩は

 

「なんじゃ? 何を驚いておる。これが妾の正装じゃぞ。」

 

 声色は平坦な物だったが僅かに揺れる表情は「見惚れたか?」だった。

 いざ行かん!とばかりに一歩を有脩は踏み出すが何かに躓く感触を覚え下に視線を向ける。

 するとそこには

 

「なんじゃ地味娘、まだそんな事をして遊んでおったのか。馬鹿な事をしとらんでついてまいれ。」

 

 バッサリと言いきって一人歩き始める。

 その姿を見つめる三人は慌てて宵闇の拘束を解き後を追うのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ふむ。ここらで良いじゃろう。」

 

 腰に手を当て有脩は言う。

 辺りはすっかり夜の帳が落ち、漆黒の闇が覆っていた。

 四人が今いる場所、それはがしゃどくろの怪異譚のあった墓地と先の茶が出た村の真ん中程の場所。

 有脩は兼相から袋を受け取ると中に入っていた二つの小さな葛篭(つづら)以外の物を袖に納めて行く。

 納め終わると葛篭の一つを開く。

 中に入っていたのは面だった。

 猿を模した顔の全面を覆う面を兼相に渡し、鉢屋衆が付けている鳥を模した面を宵闇、道順に渡す。

 

「これから少々悪さをするのでな、顔バレ対策じゃ。」

 

 言ってニヤリとさも愉快と言う表情で有脩は笑う。

 

「姐さんはどうするんで?」

 

「妾か? 妾は……」

 

 言うや早いか有脩は葛篭の底から面を取りだす。

 いや、面と言うよりも仮面と言った方が良いかも知れない。

 それは大きなアゲハ蝶を模した様な仮面だった。

 有脩は満足げに仮面を見つめた後、装着し

 

「妾の様な美しき者の付ける面は三国志の時代からこのような物らしいぞ。」

 

「その情報はどこから?」

 

 兼相の素朴な質問に

 

「子狐じゃが。」

 

 有脩はキッパリと答える。

 とても誇らしげに。

 兼相は「お嬢の言う事真に受けるととんでもない事になりますぜ」と言いたかったが自身の身を守るためあえて口を塞ぐ。

 だが、世の中可笑しな人間は居る物で

 

「有脩さん……素敵です! カッコいいです!」

 

 宵闇は感動の声を挙げる。

 表情や声色を聞いている限り本心の様だ。

 まあ、自身で有脩曰く宵闇と言う仄暗い名前を付けるほどの人物なのだから多少厨二病が入っているのだろう。

 そんな事情も気にせず有脩は得意げに村の入口目指して歩を進める。

 村の入口に到着すると有脩は最後に残った葛篭を開ける。

 その中には一寸(約三センチ)四方の小さな紙がびっしりと入っていた。

 その数、およそ五百枚。

 良く見るとその小さな紙には何やら文字が書き込まれていた。

 有脩はその紙をむんずと掴むと花咲爺さんよろしく空中へばら撒く。

 紙はまるで雪が降る様な光景を作り出した。

 そして

 

「顕現せよ。舞え金色の写し身。」

 

 印を結び力ある言葉を有脩は口にした。

 その瞬間、宙に舞う紙は黄金の蝶に姿を変える。

 周囲を煌く金色に照らしだしつつ蝶は舞う。

 有脩を中心に半径十メートルの範囲を黄金の輝きが支配した。

 その明りに気付いた村人が一人、二人と自身の家から外を伺う。

 有脩は蝶の仮面の下から人々を確認し袂(たもと)を探る。

 先ほど袂に入れた物の一つ、素焼の盃(さかずき)を五枚ほど取り出し前方へと放り投げ

 

「顕現せよ。祖は力ある者。叩いて砕けごらいあす。」

 

 再度力ある言葉を唱える。

 すると、盃を中心に地面が盛り上がり2メーター以上ある巨人の姿を作る。

 肌は鉛色で筋骨隆々の巨人。

 その瞳には光が無く意志を感じない。

 だが五体の巨人は有脩を守る様に前後左右に位置し歩みを有脩に合わせ村の中央へと向かう。

 村の中央、そこにはこの村の村長の屋敷があった。

 有脩は屋敷の戸口からやや離れた場所で足を止めると袂から一本の鉄で出来た杭を取り出す。

 杭と言っても大きな物では無く長さは三十センチほど。

 その杭を無造作に投げ捨てると三度力ある言葉を口にする。

 

「顕現せよ。煉獄の七姉妹が長姉るしふぁー。」

 

 言うや否や放物線を描いていた杭は落下を止め一直線に屋敷の玄関に向かって突撃して行く。

 パスンと言う軽い音を立て戸口を突き破り杭は屋敷の中に消える。

 消えた後も屋敷の中でパスン、パスンと音がする。

 恐らく襖を突き破りながら屋敷の主、村長を探しているのだろう。

 しばし軽い音が続き音が止む、それから僅かな後

 

「居ないわよ!」

 

 戸口をスパーンと力一杯開け、苛立ちと共に赤と黒の炎の様な模様のミニスカ風小袖を着た十六、七の黒髪ストレートの少女が顔を出す。

 兼相、宵闇、道順は顔を見合わせ首をかしげる。

 その心情は一つ “誰?”。

 三人はしばしの間どうするか考えていたが、最初に焦れたのは兼相だった。

 

「姐さん、その娘(こ)は?」

 

 その問いに有脩は振り返りつつ

 

「んん? こ奴か? こ奴は……」

 

「こ奴って言わないで! 私には名前があるの。名前で呼んで。さあ呼びなさい。ほら呼びなさい。ささっと呼びなさい。ほらほら」

 

 黒髪ストレート少女は苛立ちながら有脩に詰め寄る。

 が、有脩にそんな態度で接すればどうなるか、宵闇、道順は知っていた。

 兼相にいたっては嫌と言うほど知っている、嫌だと言っても知っている。

 有脩は兼相から視線を外すと黒髪ストレート少女に向き直り、にっこりと優雅な笑みを浮かべた後黒髪ストレート少女の顔面をガシッ!と掴み力を込める。

 簡単に単純にサラッと言えば黒髪ストレート少女はアイアンクローに捕らわれた。

 有脩の細腕になぜこれだけの力が有るのか不思議だが、ギリギリと万力の様に黒髪ストレート少女の頭部を締め上げる。

 

「なんじゃ? 妾に何か言いたいのかえ? 言うてみよ。さあ言うてみよ。ほら言うてみよ。ささっと言うてみよ。ほらほら。」

 

「ご、ごめんなさい。」

 

「はぁ?」

 

「ごめんなさい。」

 

「はぁ?」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさーい。」

 

 黒髪ストレート少女の必死の謝罪に有脩は力を緩め「ふむ。」と一息ついた後

 

「こ奴もその巨人も辺りの蝶も妾の式神じゃ。」

 

「じゃ、じゃあ、この蝶はさっきの紙で、あの巨人は杯で、それでこの娘は……」

 

 宵闇が興奮ぎみに口を開く。

 

「こ奴はこれじゃ。」

 

 言って有脩は袂から杭を一つ取りだす。

 

「これはのう、先日堺から届いた逸品でな、古き世で南蛮の地にて聖人を貫いたと言われておる杭じゃ。」

 

「聖人? ですか。」

 

 道順が呟く。

 その言葉に有脩は大きく頷き

 

「そうじゃ。聖人。日ノ本で言えば仏かのう。」

 

「そんなオドロオドロしい物なんですか!」

 

 道順が驚きと共に言葉を繋ぐが有脩は満足そうに頷くと

 

「そうじゃ。カッコいいじゃろ。」

 

 自慢げに得意げに素敵な笑顔で。

 

「はい! カッコいいです!」

 

 宵闇が続く。

 この二人、案外気が合うのかもと道順は思うが口にはしなかった。

 その時、有脩の袂が引っ張られる。

 

「なんじゃ?何か用かえ。」

 

 黒髪ストレート少女がおどおどとした態度で

 

「あのー、私の紹介は?」

 

「忘れておった。こ奴はるしふぁー。七本の聖人殺しの一本。煉獄の七姉妹が長姉じゃ。」

 

「七姉妹ってことは……」

 

 兼相が問う。

 有脩は満足げに頷き

 

「そうじゃ。杭はあと六本ある。さあ行くぞ。目当ての輩は全員あそこじゃろう。」

 

 有脩は手に持った杭で山の中央、村に隣接する寺をさす。

 その言葉を引き金にきらびやかで怪しげな集団は再度移動を開始した。

 




戦国乱世に現れた一匹の蝶、その名は華蝶仮面ブラック!

この物語には魔女も魔法少女もダンジョンも出ては来ませんのであしからず。
有修の式神については次回の後書きで。

さて、いよいよこの章も終幕へ向かいます。

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