織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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物語は中盤戦に。


骸の五

「こっちじゃ! 早よう、早ようせい!」

 

 一人の男を引っ張りながら雫は有脩と幻灯館主人の下へ駆け寄る。

 

「お姉さま! どうじゃ、我が旦那様は!」

 

「酷いな。出血は最初程では無いが………」

 

「無いが?」

 

 有脩は視線を雫から幻灯館主人に移し

 

「早く何とかせんと、この暑さと湿気では傷が腐り始めるぞ。」

 

 有脩の言葉に雫は動揺しながらも何とか平静を保ちながら

 

「早よう見てやってくれぬか。」

 

 言って後を見る。

 雫の後ろの男、年は四十前後、肩まで伸びた白髪交じりの総髪をオールバックにし柿渋染めの作務衣姿。

 元の目つきは優しげなのであろうが、今の幻灯館主人を見つめる瞳は非常に鋭い。

 男は幻灯館主人をジッと見つめた後、後を振り向き村の男衆に人出と戸板を持って来るように声をかける。

 その後男は懐から清潔そうな布と小さな陶器の壺を取り出す。

 その布に坪の中身を染み込ませ幻灯館主人の顔に当てた。

 

「それは?」

 

 有脩は鋭い目で男に問う。

 可笑しな真似をしたら承知しない、そんな表情。

 そんな有脩に男は優しげな笑顔を向け

 

「心配めさるな。これは琉球焼酎、これで消毒と言う行為を行うのだよ。」

 

「しょうどく?」

 

 男は大きく頷きながらも手は止めず

 

「傷口などには直ぐに小さな蟲が湧く。」

 

「蟲……とな?」

 

「さよう。とても小さな蟲。目に見えぬ程のな。その蟲が毒を吐く。その毒で傷が膿、腐るのだ。」

 

「そんな物が?」

 

 有脩は信じられないと言った表情を浮かべる。

 しかし男はそれも当然と言った表情で

 

「信じられんのも無理はない。この儂も信じられんかったからな。この話をすぐに理解しうなずける者が居るのなら儂はその者にどこまでもついて行く。この日ノ本で、いや、この世界で唯一儂を認めてくれる者だからな。………まあ、そんな者は居らんだろうが。」

 

 黙って事の成り行きを見ていた雫は男の表情に見覚えがあった。

 それは三年前、飛騨の里で見た初めての友達の表情。

 だからこそ雫は口を開く。

 諦めてしまうにはまだ早すぎると。

 

「おる。」

 

「えっ?」

 

 男は雫の発言に虚を突かれた様に口を開く。

 有脩も雫の発言に納得するかの様に自身の膝枕で意識を失っている男の血で濡れた髪をそっと撫で

 

「そうじゃな。確かにおるな。」

 

 小さくつぶやく。

 

「じゃから、じゃから、この男を助けてくれなのじゃ。たのむのじゃ茶色いおっさん。」

 

 緊迫した場面の中、有脩は吹き出しそうになる。

 

「まったく。この子狐は……」と、どこか落ち着いて行く自分が居る事に驚きながら

 

「そうじゃ。お主の求める者はここにおるのじゃからな。しかと頼む。……茶色いおじさま。」

 

 有脩がその言葉を発した瞬間、自身の下から僅かな笑い声が聞こえた。

 三人は顔を見合わせ有脩の下、彼女が膝枕をしている人物に注目する。

 

「あんたが………医者かい?」

 

 とぎれとぎれに幻灯館主人は言葉を発する。

 男は黙って頷く。

 その姿勢を確認した幻灯館主人はじっと男の目を見つめ

 

「名前を………教えては………くれないか。」

 

「西村三佐衛門と申します。」

 

 名を確認した幻灯館主人は満足げな笑みを浮かべ

 

「そうか………あんたが………そうか。それじゃあ後の事はあんたに全てまかせる。よろしく頼むよ先生。いや、宗意軒殿。」

 

 そう言って再び意識を手放した。

 雫と有脩は幻灯館主人の最後の言葉に?な表情を作ったが、作務衣姿の男だけは信じられないと言った表情を一瞬浮かべた後、両の頬を自らの両手でパンッと叩き気合いを入れたのち

 

「確かにこのお方は儂が求めておった御方。この西村三佐衛門………いや、森宗意軒、我が医術の全てを持って御救い致します。」

 

 これ以上無いと言う真剣な表情で力強く宣言した。

 幻灯館主人が意識を手放した僅かに後、北と南それぞれに散って行った者達が数人を引きずる様に戻って来た。

 有脩はそれを確認すると村の者達が持ってきた戸板に乗せられ運ばれて行く主人へと目線を向け

 

「宗意軒どの、治療はどちらで?」

 

「この村の外れに儂が使っている小屋がありますゆえ、そこで。」

 

 その言葉を有脩は首を縦に振る事で応え山から降りて来た者達に再び目線を向け

 

「聞いた通りじゃ。こ奴らの話、そこで聞くとしよう。」

 

 

 

 

 

 

~村外れ・森宗意軒の小屋~

 

「まずは最初の質問じゃ。お主らの頭は?」

 

 荒縄で手足を拘束された者達の前で足を組み床几に腰掛けた有脩が問う。

 有脩を中心に右側には雫が、左には芽衣が寄り添う様に立って居り、雫の横には兼助が、芽衣の横にはブリュンヒルデ、鉢屋衆は拘束された者達の後ろに。

 拘束された者達は前後を固められ逃げ場がない事を悟ったのかうなだれていた。

 拘束された者達の中心に居た髪の長い少女がゆっくりと顔を上げ口を開く。

 

「私だ。私がこの者達の頭だ。」

 

 少女の言葉に興味無さげに有脩は頷き

 

「二つ目の質問じゃ。苦しみたいか? 凌辱されたいか?」

 

 全員の息を飲む音だけが響く。

 

「何を驚いておる。これが何か解るかえ。」

 

 言って有脩は右手でクルクルと見せつける様に煙管を操る。

 

「解らぬか? 解らぬだろうな。これはのう、お主らが卑劣な手段で傷付けた我らが旦那様の持ち物じゃ。」

 

 有脩は淡々と言葉を紡ぐ。

 その表情は冷淡であり僅かに微笑みさえ浮かべている。

 だが次の言葉を発する瞬間、それは氷の様に冷たい物へと変わる。

 

「何故、襲ったか? その理由は? などと聞かれるとでも思ったか。妾達にとってそんな物はどうでも良い。妾達にとってお主らが妾達が敬愛する我らが旦那様を卑劣な手段で傷付けた、それだけが唯一じゃ。」

 

 拘束された者達の頭、宵闇は背中に冷たい物が走る。

 しかし彼女は意を決め

 

「此度の事、私の預かり知らぬ事とは言え全ての責任は党首である私にある。だが、私の隣に居る道順は我が郎党では無い。ですから、どうか、道順だけは……」

 

 有脩は「ふむ」と自らの主人の様に一息付くと雫と芽衣を後ろに下がらせ

 

「手足を切り落とし舌を抜き野山へ放つ程度にしてくれと?」

 

 にっこりと満面の笑みで言う。

 道順は「ひぃっ!」と言葉を発した後、有脩の視線から逃れる様に宵闇の背中に身を隠す。

 その行動にまずは満足したのか有脩は細かい確認をする事にした。

 

「兼相、向かった現場に居た者は全て連行済みじゃな。」

 

「ええ。そうですよね芽衣殿。」

 

「うん。」

 

 芽衣と兼相の返事に有脩は納得の頷きをしつつ目線は拘束された者達の後へ。

 

「鉢屋の者よ。お主らはどうじゃ?」

 

 尋ねられた鉢屋衆の面々の中で代表である中隊長が口を開く。

 

「いえ。我々が到着した時、生きていたのはこの男一人のみ。後は死体が二つほど。」

 

 有脩は再度「ふむ。」と言葉を漏らし

 

「そこな地味娘(じみこ)。南の山に居たのは三人で間違いないか?」

 

 有脩は問いかけるが拘束された者達は何の事か解らず沈黙を守っている。

 

「地味娘、お主に聞いておるのじゃ。返事くらいせえ。」

 

 有脩はいら立ってくるが拘束された者達は沈黙で応える。

 いらだちが最高潮に立った有脩はつかつかと拘束された者達に近づき

 

「返事をせえと言っておるのじゃ地味娘!」

 

 言って宵闇の頭に煙管をクリーンヒットさせる。

 

「きゃっ!」と可愛らしい声を上げて涙目になる宵闇。

 

「まったく、自分の名前を呼ばれたのじゃから返事くらいせぬか地味娘。」

 

「……地味娘って……私の事だったのですか。」

 

「お主しか居るまい。」

 

 言って有脩はため息をつく。

 

「道順だって居るじゃないですか!」

 

 宵闇は自身が拘束されているのも忘れ抗議の声を上げる。

 

「はぁ? 何を言うておる。そ奴の名前は綿埃(わたぼこり)じゃろうが。」

 

 道順のふわふわした髪型を見て有脩は直感でそう思ったらしい。

 

「わ、わたぼこり………」

 

 道順は少しばかりショックを受けた様だ。

 しかし、有脩はそんな道順にキッパリと無視を決め込み本題へと帰還を試みる。

 

「で、どうなのじゃ地味娘。」

 

「地味娘は止めないんですね……」

 

 宵闇はもはや諦めが勝ち、の心境で質問に唯素直に答える事にした。

 

「いえ。南の山には男四人が居たはずですが。」

 

 有脩は再度「ふむ。」と言葉を漏らし鉢屋衆の中隊長に視線を向け

 

「死んでおった二人の容姿は?」

 

 問われた中隊長は自分達の見た二人の死体の容姿を説明する。

 

「どうじゃ? 誰が足りんかわかるか地味娘。」

 

「地味娘、地味娘と……私の名前は宵闇です! よいやみ! よ・い・や・み!」

 

 言われた有脩はじっと、じっくりと宵闇の瞳を凝視し

 

「嘘じゃな。」

 

「な、なにが!」

 

「自分のややこに宵闇などと言う仄暗い名前を付ける親などおるか。居るなら連れてまいれ。妾直々に説教をしてやる。」

 

 言って有脩はフフンと嘲る様に笑う。

 それと同時に自身のスカートが引っ張られる感触を覚える。

 振り向くと雫が神妙な顔でスカートをクイクイと引っ張る姿が確認出来た。

 首をかしげながら有脩は雫と視線を合わせる。

 

「どうしたのじゃ?」

 

 有脩は努めて優しく語りかける。

 少しでも雫の表情が和らぐ様にと。

 しかし雫の表情はさらに深刻さを増していく。

 

「姉さま、その子をあまり責めんで欲しいのじゃ。」

 

「何故じゃ? こ奴らのしでかした狼藉は解っておろう?」

 

 だが雫は首を振りながら必死に有脩に訴える。

 

「違うのじゃ! そうでは無いのじゃ! この子の名前をこれ以上イジら無いで欲しいのじゃ!」

 

 有脩は雫の行動に戸惑いながらも首を縦に振る。

 

「しかしのう子狐、どうしてそこまで必至なのじゃ?」

 

「この子はのう、心の病を患っておるのじゃ。」

 

「「心の病?」」

 

 幻灯館メンバーだけで無く、捕縛された者達も疑問の声を上げる。

 

「ねーねー雫ちゃん。どういうこと?」

 

 芽衣が全員を代表する様に雫に問いかける。

 雫は腕を組み、どう説明しようかしばしの間考えを巡らせた後、少々長くなるがと前置きし

 

 

 

 

 我が旦那様の生まれた里で言い伝えられておる話じゃ。

 昔、勇敢な戦士がおった。

 その男は勇敢で熱い男じゃった。

 しかしその男には一つ悩みがあったそうじゃ。

 その悩みは自身の名前。

 男の名は“ヤマダ ジロウ”

 

 

 

 

 周りの者達は雫の話にのめり込んで行った。

 誰も言葉を発しない。

 

 

 

 

 そして、その男はある日気付いたのじゃ。

 “ヤマダ ジロウ”とは身体に付けられた名前。

 魂には本来の名があるのじゃと。

 そして、自ら付けた魂の名、ソウルネームは“ダイゴウジ ガイ”

 

 

 

 

「それがどうしたのじゃ子狐。妾にはサッパリ掴めぬのじゃが……」

 

「うむ。姉さま、ここからが重要なのじゃ。つまりは、そうでもしなければ心の均衡が取れぬほどにこの者達は己の名を恥じておると言う事なのじゃ。」

 

 有脩は衝撃の事実を突き付けられ一歩、二歩と後ずさりした後宵闇の前に膝を付き、その顔を両手で愛しむ様に包み

 

「すまんかった。妾とした事がお主の闇を理解してやれんかった。許せとは言わぬ、じゃがもう一度謝まらせてくれ。すまぬ………ヤマダ。」

 

 有脩が最後の台詞を言った瞬間………雫と芽衣、そして有脩の大爆笑の声が挙がる。

 

「なーはっはっはー! ヤマダ! ヤマダ!」

 

 腹を抱えて笑い転げる雫。

 

「ヤマダちゃん! ヤマダちゃん!」

 

 指を差しながらケラケラと笑う芽衣。

 

「これこれ、子狐も小鴉もそう笑うで無い。失礼じゃろう………ヤマダに!」

 

 神妙な顔つきで諌める様な言葉を使いながらもさらに追い討ちをかける有脩。

 宵闇は状況が飲み込めず自身の郎党に視線を向ける。

 しかし郎党の男達は視線を逸らす。

 次は道順に視線を向ける。

 道順はうつむきその表情は見えないが耳は真っ赤。

 そして肩を震わせて………笑いを堪えていた。

 宵闇に絶望が降りかかる。

 もはやこの場に味方は一人もいない。

 そう思うと瞳から涙があふれてきた。

 どうして自分はこんな恥ずかしめを受けているのだろうか。

 宵闇の口から無意識に言葉が漏れて来る。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい。わたし、嘘をついていました。ぐすっ。わたしの名前は宵闇ではないです。ぐすっ。私……わたし……あたし、ぐすっ。がえでっていいまず。」

 

「ガ! ガンエデン!」

 

「違うぞ子狐。こ奴は“がえで”と言う名じゃ。」

 

 有脩は雫に諭す様に語りかけた後

 

「話が進まんな。地味娘、ヤマダ、がえで、好きなのを選ぶが良い。ほれ。」

 

 有脩は優しげにそう言うが宵闇は泣き崩れる一方だ。

 現代で言う所の数分程度有脩はその光景を見ていたが、めんどくさくなったのか苛立ちが頂点に立ったのか後ろに控える二人に扱いを丸投げする事にした。

 

「サル相、ヒルデ、なんとかせい。」

 

 兼相とブリュンヒルデはこうなる事が事前から解っていたかの様にため息を一つ吐き宵闇を慰めにかかる。

 宵闇が立ち直るのを確認した有脩は意気揚々と本題へと復帰を試みる。

 が、その前に。

 

「ほう。本名は楓か。めんどいのう今更、まあよい地味娘、先程の質問に答えよ。」

 

 一周回って地味娘に落ち着く有脩。

 

「誰が足りんかわかるか。」

 

「そうですね……恐らく……いえ、間違いなく足りないのは元志郎と言う男です。」

 

 宵闇が質問に答えた瞬間、拘束された男達の中の一人が声を上げる。

 しかし宵闇は当たり前だとでも言うようにその男を睨み付け

 

「黙りなさい!手違いであったとしても私達はこの方達の大切な人の命を奪ったの……」

 

 

 

 “パシィィン!”

 

 

 

 有脩が宵闇の頬を張った。

 何が起きたのか解らず茫然とする宵闇の胸倉を掴み有脩は殺気を込めた声色で

 

「死んではおらん。死ぬはずが無い。主様は王ぞ、狐に選ばれし御方ぞ、そんな方がこんな所で、お主らの様なチンケな者達の卑劣な手段で命を落とす訳が無いのだ。解ったなら軽々しく口を開くで無い。」

 

「は……い。」

 

 宵闇はそう返事を返すのが精一杯だった。

 

「その通り。命には別状無い。」

 

 小屋の表戸が開き結果と共に宗意軒が出て来た。

 幻灯館メンバーの視線が宗意軒に注がれる。

 

「ホントかや? ホントに大丈夫なのかや?」

 

 雫は宗意軒に近寄り縋る様に言葉をぶつける。

 もっと言ってくれと、何度でも何度でも自分が安心出来るまで。

 宗意軒は膝を折り雫と目線を合わせると優しげな眼差しで話しかける。

 

「大丈夫。大丈夫だよお嬢さん。ただ……」

 

「「ただ?」」

 

 幻灯館メンバーの声が上がる。

 

「左目は……だめだった。」

 

「「!」」

 

「眼球の中に鉛の破片が入り込んでいて左目を摘出するのが精一杯だった。すまない。儂にもっと力があれば。」

 

 そう言って宗意軒は頭を深々と下げた。

 自らの主人が左目を失ったと言う事実が兼相、芽衣、ブリュンヒルデから言葉を奪う。

 雫などは下を向き必死で涙を堪えるのが精一杯だ。

 しかし有脩は毅然とした物腰で宗意軒と向き合う。

 

「何を言う。お主がおらなんだらどうなっていた事か。頭を上げてくれぬか、感謝し頭を下げるのは妾達の方なのじゃから。」

 

 有脩の言葉に宗意軒は恐縮しながら「そう言ってもらえると……」と再度深々と頭を下げた。

 お互いの気遣いも終わり、宗意軒は「そう言えば」と口を開く。

 

「そう言えばお嬢さん……」

 

「有脩。有脩で良い、宗意軒殿」

 

「では有脩殿。先程、主殿の事を王と言っておられましたがそれは一体?」

 




ぬらりひょんと狐の嫁入りと言うタイトルの謎が次回いよいよ明かされます。
皆さんはどう思いますか?
狐は雫一人ではないですよね。

作中で幻灯館メンバーの一部がふざけた様な行動をとっていますが、本人達はいたって真面目です。


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