織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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いよいよ伊賀へ。


骸の二

~伊賀の国~

「……いまいちだったな。」

 

「そうじゃの。」

 

 俺のつぶやきに雫が答える。

 伊賀の国に入って最初に立ち寄った村で話を聞いたのだが……結果は上の通りだ。

 この後二つ程の村を回ったが目立った情報を得る事は無かった。

 だが、その中でも一つだけ有益な事があった。

 俺達は伊勢側から伊賀に入り北上していたのだが、北上、つまり、近江に近づくにつれ徐々にだがもやもやしていたがしゃどくろの情報が形になっていった。

 道すがら休憩を兼ねて腰を降ろしていた時、俺は顎に手を当てながら口を開く。

 

「これは………面白い事になるかもな。」

 

 俺のボソリと言ったその言葉に皆は驚きながら視線を向けて来た。

 

「どう言う事じゃ? 主様。」

 

 有脩があんこで汚れた雫の口元を拭きながら全員を代表する様な形で問いかけて来た。

 それを受け俺は皆を見渡しながらとぼけた様な口調で言葉を紡ぐ。

 

「面白くないか?」

 

 その質問を質問で返す様な返事が気に入らなかったのか有脩は目を細め

 

「だから………どう言う事じゃと聞いておるのじゃがな。妾は。………妾は!」

 

 有脩の有無を言わせぬ迫力を感じたのか雫は僅かに腰を引きその場を離れようとする。

 しかし有脩は雫の後頭部をがっちりと左手でホールドし右手に持った手拭いで雫の口元を拭う。

 いや、擦りつけると言った方が正しいかもしれない。

 有脩のいらつく様を俺はニヤニヤと悪党の笑みで見つめていたが、痛みのためか涙を浮かべた雫の敵意のこもった視線とぶつかった。

 その視線は「いいかげんにしろ!」「わらわを犠牲に何を遊んでおる!」「姉様はそいう遊びに耐性が無いのじゃぞ!」と雄弁に語っている。

 俺はその涙で濡れた雫の瞳を憐みの表情で見つめ

 

「面白くないか?」

 

 言った瞬間、雫の頭部からビキリ!と言う音と、「ヒィッ」と言う声がした。

 まあ、そうだな、これ以上遊んでいても仕方がない。

 雫の頭部もそう長くは持たないだろうし。

 話を本題に移そう。

 

「俺達は街道沿いに歩いて来ているな。」

 

 その問いかけに全員が頷く。

 

「この街道は近江から伊賀を抜け伊勢に繋がる商用としても使われている街道だ。」

 

 再び全員が頷く。

 

「その点を加味して考えれば……怪異譚の拡散が少なすぎる。」

 

「っ!」

 

 数名の息を飲む声が聞こえて来た。

 感の鋭いヤツには俺がこれから何を言おうとしているかが解った様だ。

 

「ここまでの事を総合すると、がしゃどくろの怪異譚は局所的でなおかつ隠ぺいされている可能性があると言う事だ。」

 

「隠ぺいって、そんな事して誰が何の得をするんです大将。」

 

 兼相は素直な疑問を口にする。

 

「誰が何の得をするか、か。それは俺には解らん。解らんが………」

 

「解らんが?」

 

 有脩が後に続く。

 

「隠す理由があると言う事だろう? 善意か悪意かそれとも両方か。」

 

 言ってニヤリと笑みを浮かべる。

 それにつられてか皆も悪そうな笑みをこぼした。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「そこは罪人の墓所なのですか?」

 

 休憩がてらの推理をした次の日、俺達は次の村へと進み、そこの村長の家で話を聞いている。

 村長の家に上がり込んでいるのは俺一人で、後のメンツはおのおの村を見て回っている。

 そこで出たのが上記のセリフだ。

 この村では今までの村とは違いがしゃどくろの怪異譚が随分と具体的になっていたからだ。

 かいつまんで言うと

 

 

 

 

 “三年程前からその現象は起きた。

 村で死人が出ると老若男女問わず三日の内に墓に異変が起こるという。

 異変とは朝、墓に花を手向けるなどの理由で赴くと新しい墓だけ土がへこんでいると言う。

 棺桶が朽ち果てるには早すぎると土を掘り返してみると、中の遺体が煙の様に消えているのだとか。

 そして遺体が消える前の晩、決まって墓の方から“コツコツ”と言う何かを叩くような音がするという。

 此処までなら墓暴きや遺体泥棒、はたまた異常性欲者の仕業と思えるが…………遺体が消えてから二日~三日後、暴かれた墓が奇麗になっているのだそうだ。

 不思議に思い再度掘り返してみると、まるでたった今埋葬されたかの様な奇麗な遺体が棺桶に収まっていると言う。

 死人返り、そう言えば良いのだろうか?しかし、先ほどの“コツコツ”と言う音、そして死者、それを踏まえて旅の僧に聞いて見た所、それは“がしゃどくろ”と言う怪異だと教えられたらしい。

 村長などは消えるのは遺体であって白骨化はしていないと話したそうだが、その僧は「今まで “がしゃどくろ” を見た者は一人もおらん。その姿がしゃれこうべなのか遺体のままなのかは確認のしようがない。」と言い切ったそうだ。

 そして墓から“コツコツ”と言う音がして遺体が消えればそれは “がしゃどくろ” で間違いないと言っていたと。“

 

 

 

 

「そこは罪人の墓所なのですか?」

 

 以上の話を聞いて俺の口から出たのが先のこの言葉だ。

 

「失礼な事を言いなさるな。」

 

 村長は俺の発言に憤慨した様子だ。

 

 俺は右手でしてやったりとニヤける口元を隠しながら

 

「これは失礼。しかしそれだと先ほどの話と食い違いが出てきますな。」

 

 この発言で村長は僅かに顔を歪ませる。

 上手い具合に獲物が針に掛った様だ。

 俺は努めて冷静に話を進める事にする。

 

「先ほどのお話に出て来た旅の僧、どこから参られたので?」

 

 その質問に村長は一瞬目を泳がせ

 

「たしかー………………そう! 大和とか。」

 

「ほう。大和、ですか。」

 

「ええ。」

 

 俺は言葉を切りながら確認する様に言う。

 

「それで、此処を旅立った後、どちらに?」

 

 村長はゆっくりと返される言葉のラリーに若干の汗を滲ませながら

 

「い! 伊勢と……申しておりましたかな。」

 

 言ってぬるくなった茶を一息で飲みこむ。

 村長のその行動を見つつ視線を自分の膝の前方に移す。

 そこには村長が飲んだ物と同様のぬるくなった茶が。

 

『………………お茶ねぇ。』

 

 頭を回転させながらこの場での最後の質問に移る。

 

「伊勢と言うと、目的地は伊勢神宮、ですかな?」

 

 視線を今度は天井に向けながら口を開く。

 

 茶を飲み終わるか終らないかのタイミングでの俺の言葉に村長は少しむせながら

 

「え、ええ。そう言っておられましたな。確かに。」

 

 魚は釣れた。

 今は生簀で生かしておくとしよう。

 上手い料理方が見つかるまで。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「で、どうじゃったのじゃ?」

 

 丁寧に頭を下げ、件の村長の家を出、次の村へ向かう道中での雫の言葉がこれだ。

 

「まあ、上手くいった方だな。なんせ、餌もついて無い釣り針にそこそこな物がかかってきたんだからな。」

 

「なるほどのぉ」

 

 言って雫がニヤリと笑う。

 

「それで、どんな物がかかったのじゃ? と言っても解り切ったことか。」

 

 横から有脩も会話に加わる。

 俺は雫から有脩に視線を移し

 

「有脩、件の墓地は罪人の墓地では無いそうだ。」

 

 俺の言葉に有脩は目を細め興味深げな表情をすると

 

「ならばがしゃどくろでは無いということか……」

 

「いや、がしゃどくろだそうだ。伊勢神宮へ行くと言う旅の僧から言われたそうだ。」

 

「伊勢神宮へのう。」

 

 俺は一言「ああ。」と頷き

 

「あと……茶が出たな。」

 

 言ってニヤリと悪党の笑みを浮かべる。

 

「ほう、茶とな。」

 

 有脩もニヤリと狐の笑みを漏らした。

 

「あのー。お二人でお楽しみのところ申し訳ないのですがぁ。」

 

 今まで沈黙を守っていたブリュンヒルデがおずおずと会話に加わってきた。

 俺と有脩、そして雫の三人はブリュンヒルデの方に視線を向け「どうした?」と言う表情で向き合う。

 ブリュンヒルデは照れたのか顔を少し赤くしながら

 

「言っている事がぜっんぜっん解りません! もう少し丁寧な解説を要求します!」

 

 人差し指をビシッと突き出して抗議の意を告げる。

 それに続いて

 

「そーだよー! わっかんないよー!」

 

 と言う芽衣や

 

「俺は解りますよ。………少しですが。」

 

 と兼相が続く。

 俺は有脩と雫に視線を移した後、「ふむ」と一息ついてから話を、解説を開始する。

 俺達の進んでいた方向とは逆、つまりは後を振り向き

 

「何が見える?」

 

「むらだよー。」

 

「先ほどまで私達が居た村ですね。」

 

 ブリュンヒルデと芽衣が答える。

 しかし表情は?と言ったところだが。

 

「そう村だな。それじゃああれは?」

 

 言って俺は村から少し離れた場所、方角的には北を指差す。

 

「やまだよー。」

 

 芽衣が呑気に答えて来る。

 その答えに一度頷き

 

「山の上には何がある?」

 

「Temple。お寺ですね。」

 

「そうだ。お前達、最後に寺を見たのはどのあたりだ?」

 

 言われてブリュンヒルデ、芽衣、兼相、そして雫が首を傾げる。

 そして

 

「はっきりとは解らんが随分と前じゃのう。伊賀へ入ったばかりの頃じゃなかったかや。」

 

 代表して雫が答える。

 皆は思い出したかの様に首を縦に振った。

 それを確認し三番目の場所、村の西側を指差す。

 

「最後にあれは?」

 

「墓場、ですよね。がしゃどくろの怪異が出ると言う。」

 

 今度は兼助が答える。

 

「ああ、そうだ。だが、おかしくは無いか?」

 

 俺の問いにまたしても三人は?な顔だ。

 

「何故墓が離れた場所にある?周りを見てみろ、田も畑も無い。不便すぎないか? こう言う物だと言われればそうなのかも知れんがなあ。どう思う?」

 

「そうですね、先ほどマスターの言われた様に罪人の墓ならともかく………」

 

 ブリュンヒルデの言葉に納得いったのか皆首を縦に振る。

 

「それにのう、主様に出された物が茶だというのものう。」

 

「茶だと何かあるんですかい姐(あね)さん。」

 

 最近兼助は有脩の事を姐さんと呼んでいる。

 何があったのかは知らないが、何かがあったのだろう。

 それに関しては触らぬ神に祟り無しと言う事だ。

 

「周りを見てみよ。ふらっと現れた旅の者に茶など出せるほどこの村が裕福に見えるかえ?」

 

 おどける様に有脩が口を開く。

 

「そう言われれば……では」

 

「何かがあると言う事だな。がしゃどくろに関しては悪い方に……」

 

 俺はここで言葉を切り皆に合図を送り次の村へと歩きだした。

 




いかがでしたか?

がしゃどくろの怪異譚、果たしてどうなるのでしょうか?
彼らは真実にたどり着けるでしょうか?

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