織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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番外2終了です。


其の三

 酷い目にあった。

 俺はそう言葉をこぼしながら雫里の里の中央道り、水田の中心にある広い道を歩く。

 いずれこの身に降りかかる不幸を想像しながら身震いしていると鍛冶場の方から猪、いや、うり坊が突進してきた。

 

「五十鈴さ~ん!」

 

 喋るうり坊か、珍しい種類だ。

 よほど疲れていたのか声のする方を眺めながらそんな事をつい考えてしまった。

 その瞬間、俺の腹にうり坊がドスンと体当たりしてきた。

 それはもう強力に全力で力一杯。

 俺は吹き飛ばされる様にその場に倒れ込む。

 うり坊を巻き添えに。

 

「いたたー。大丈夫?五十鈴さん。」

 

 俺を労わるうり坊。

 痛みに耐えながらゆっくりと目を開けると、眼前には素敵なふくらみが二つ………たゆんたゆんと揺れている。

 

「………美奈都か。」

 

「そーだよ!美奈都だよ!そんな事より大変なの!大変なんだよ!五十鈴さん!」

 

 一難去ってまた一難、今日は厄日か?

 何を言われても驚かない様に一度空を見上げ動揺する美奈都に努めて優しく語りかける。

 

「一体何があった?」

 

 問いかけられた美奈都は「大変なの!」と騒ぎつつ本題を語る。

 それは驚きの内容だった。

 

「あのね!私ね!呪いの魔剣造っちゃた!」

 

「はあ?」

 

 コイツ今なんて言った?

 呪いの魔剣?

 

「美奈都。」

 

「なに?」

 

「すまないがもう一度言ってくれないか?」

 

 美奈都は何度も頷き口を開く。

 

「あのね、あのね、私、呪いの魔剣造っちゃたの!」

 

「はあ?」

 

「呪いなの!魔剣なの!みんな死んじゃうかもなの!」

 

 ああそうか。

 解った。

 たぶんそうだろう。

 俺は頭に浮かんだ素直な言葉を口にする。

 

「もうすぐ夏だな。」

 

 俺の発言に美奈都は「もー!」と不満の声を挙げながら自分がまたがっている俺の胸をバンバンと叩く。

 

「もー!私の頭は湯だってないの!ホントに創ちゃったの!呪いの魔剣なの!」

 

 騒ぎ立てる美奈都に腹筋を使い上半身を起こしながら向き合い形の良い頭をポンポンと二、三度撫でた後

 

「面白そうだな。見せて貰おうか呪いの魔剣とやらを。」

 

 言って俺は悪党の笑みを漏らす。

 俺の言葉に不満の声を挙げる美奈都を立たせ、魔剣が安置されている美奈都専用の鍛冶場へと足を向ける。

 目的地に到着すると鍛冶場の表戸は開け放たれ数名の人物が何やら大騒ぎをしている。

 

「呪いじゃんよう!あれは絶対に呪いで間違いないじゃんよう!」

 

「そう?確かにまがまがしい見た目でしたけど呪いとは………」

 

「そのまがまがしさが呪いの証拠じゃんよう!」

 

 表戸の前、鍛冶場の外で意見を交わす源内と花梨。

 二人に近づき「お疲れさん」と声をかけ鍛冶場の中を覗き見る。

 呪いの魔剣の眠る鍛冶場の中は………………カオスだった。

 鍛冶場の中央には五十センチほどの高さに木の棒で組んだ小さなキャンプファイヤー風の物に火が点けられ、その前には黒髪セーラー服の少女が術符らしき物を手に何やら真言の様な物を口ずさんでいる。

 その横では雫が最近お気に入りの黒地に白いあみだくじの様な模様を描いた特注の琵琶をベンベラと弾いていて、それに合わせる様に芽衣が踊っている。

 そしてその光景を微笑ましげに壁にもたれながら見つめるモルジアナ。

 

「大変な事になっているようだな。」

 

 目の前の光景を見ての俺の第一声がこれだ。

 

「そうなんですよ。」

 

「呪いを解くには仕方がないじゃんよう。」

 

 俺の両端から一本ずつ腕をからめる様に源内と花梨が鍛冶場を覗き口を開く。

 

「モテモテの所申し訳ないのじゃが祈祷の邪魔はせんでくれるか。主様よ。」

 

 部屋の中央で祈祷をしていた黒髪セーラー服少女、土御門有脩が声を挙げる。

 

「陰陽術に祈祷ってあったか?」

 

 有脩の嫌味混じりの言葉など意にも解さず俺は素直な質問を返す。

 

「有るには有るが、このような物では無いな。これは護摩行との折衷じゃからな。」

 

 折衷って………ハイブリッドって事か?

 

「衣装は良いのか?折衷でも一応は儀式なんだろ?」

 

 有脩は長い黒髪をかきあげながら黒目がちの瞳で俺を見つめ

 

「主様とあろう御方が何を言っておる。衣装など所詮小道具じゃ。示威行為じゃ。それにな、儀式と言う物は手順が重要であって、それが間違っていなければそれで良い。」

 

 なるほど、古来より魔を払うのは火、火を中心としてその上に陰陽術式の祓いを乗せると言う事か。

 

「その事には納得した。しかし、その着物はなんだ?似合ってはいるが。」

 

 俺の言葉に有脩は立ち上がりスカートの端を握り「御機嫌よう」とでも言いだしそうなポーズで

 

「うむ、これか。これはのう主様、先日子狐と揃いであつらえたものじゃ。動きやすうてなかなかよいものぞ。」

 

 と言ってにっこりとほほ笑む。

 それが合図と言わんばかりにベンベラベンベラと掻き鳴らされていた琵琶の音が止まり

 

「商売繁盛!」

 

 言ってビシッとポーズをとる雫と芽衣。

 俺は有脩から視線を外し

 

「雫さんや。」

 

「なんじゃお前様。」

 

「俺のカンなんだが、布袋か?」

 

 雫はポーズを崩さず

 

「うむ。布袋様じゃ!さらば青春の輝きじゃ!商売繁盛!」

 

「しょうばいはんじょう!」

 

 雫に続いて芽衣も声高らかに言う。

 しかし、俺は自信満々の彼女たちに言わなければならない事があった。

 それはそれは残酷な事実を。

 俺は顔を顰め声のトーンを落とし

 

「雫、芽衣。商売の神様は布袋神じゃ無く………恵比寿神だ。」

 

 俺の言葉に雫と芽衣は背中に“ガーン”とでかい擬音を背負いながら地に伏せる。

 その光景を見ていた有脩は二人に近づき膝を折ると二人の頭を両の手で優しく撫であげ

 

「そう落ちこむで無い。二人とも実に見目麗しい舞いと雅楽じゃった。それならば布袋神も方針を変え商売の神となろう。」

 

「そうかや?」

 

「ほんとー?」

 

「妾が保障するぞ。」

 

 有脩は誰もがうっとりするような妖艶で残酷な笑みを漏らしながら

 

「………そしてこう言うじゃろう。『世の中、金が全て!』とな。」

 

「「おおー。」」

 

 二人は感嘆の声を上げ

 

「まるで我が旦那様のようじゃ。」

 

「ごしゅじんさまみたーい。」

 

「そうじゃな。主様のようじゃな。」

 

 頭が痛くなってきた。

 俺、そんな風に見られていたのか?

 横を覗き見ると源内と花梨もうんうんと頷いている。

 諦めの溜息を吐きつつ鍛冶場の隅に目をやると………口元に手をあてて俺から視線を外しモルジアナが笑いをこらえていた。

 行動を見るにコイツも同じように思っているらしい。

 先ほどの茶屋での一件といい今日は厄日か?

 俺は今日と言う日を呪いながら部屋の奥に鎮座している件の魔剣に近寄る。

 魔剣と言ってはいるが、その形状は日本刀だ。

 とりあえずなのだろうか魔剣は簡素な白鞘に納められていた。

 刀身に反りは無く長さは二尺強、約七十五センチほど、以前使っていた小太刀よりも僅かに長い。

 俺は無言で魔剣に手を伸ばす。

 後ろから全員の息を飲む声や美奈都の「あっ!」と言う小さな悲鳴の様な声が聞こえたが俺は左手で制止する様なポーズを取って心配するなとジェスチャーで応える。

 左手で鞘を掴み右手を柄にあてゆっくりとその刀身をあらわにする。

 するすると音もなく滑らかに鞘をすべり魔剣はその姿を現した。

 水面にインクを垂らした様な幻想的な模様を浮かべた刀身。

 なるほど、魔剣か。

 俺は皆の顔をぐるりと見渡した後

 

「美奈都、この刀は誰かの注文か?」

 

 美奈都に声をかける。

 刀身に見入っていた美奈都は急に声を掛けられ焦った様にどもりながら

 

「う、ううん。ちゅ、ちゅうもんとかじゃ……ないよ。」

 

 そうか、注文品じゃないのか。

 

「それなら俺が貰ってもいいか?杖にもなりそうだし。」

 

「えー!貰ってもって!五十鈴さん、それ、呪いの……」

 

 呪いの魔剣、そう言いそうになる美奈都が話し終える前に俺は口を挟む。

 

「これは呪いの魔剣なんかじゃぁ無い。そうだろ?モルジアナ。」

 

 言って呪いの魔剣(偽)の切っ先をモルジアナに向ける。

 モルジアナは妖艶な微笑みを浮かべながら

 

「そうなので御座いますですか?」

 

 しれっと言ってくる。

 俺は悪党の笑みを浮かべながら

 

「お前が知らないはずはないだろう?美奈都、こいつを作る時の玉鋼、いつもと違う製法じゃ無かったか?」

 

 美奈都は俺の言葉に驚きながらも首を二度三度と大きく縦に振って

 

「う、うん!何でわかったの。今回はモーさんに教えてもらった方法で造ったんだけど。」

 

 俺は笑みを消し

 

「ウーツ鉱………だな。モルジアナ。」

 

 妖艶な微笑みを崩さずモルジアナは

 

「正解。なので御座いますですのよ。」

 

 と両の手を胸の前でパンッと合わせながら答える。

 

「どう言うことじゃんよう。」

 

 俺とモルジアナ、二人の会話では訳が分からないと花梨が口を挟む。

 源内は眉間に人差し指をあて少し考えてから

 

「もしかして………壺?」

 

 と呟く様に言葉をもらす。

 

「壺じゃんか?」

 

 源内の発言に花梨が美奈都を除く全員を代表するように質問の言葉を口にする。

 

「ええ。確か、精製の時、壺を使っていたような………。ねぇ、美奈都。」

 

「うん。それに………」

 

「それに?」

 

 髪をかきあげながら有脩が会話に加わる。

 

「今回は真砂じゃなくて鉱石を使ってるんだよね。」

 

 美奈都の言葉に皆は感心しているが一人源内だけはまだ眉間にしわを寄せている。

 

「鉱石を壺の中に入れて高温で熱し溶かした物を鍛造するとこうなる。ざっくりとだがそう言う事だ。」

 

 俺は補足する形でそう告げる。

 しかし源内は表情を緩めず

 

「私、こんな精製知りませんでした。モルジアナさん、これはどちらで?」

 

 質問されたモルジアナはいつものうっとりとする笑みで

 

「壺を使う精製法は印度で御座いますですのよ。」

 

 そう答える。

 

「この方法は印度と言う事は他にも?」

 

「ええ。所変われば品変わる、で御座いますですのよ。」

 

 源内は眉間に当てていた指をあごに移し

 

「はー。私はまだまだ無知ですね。」

 

 にっこり笑ってそう言った。

 大まかだが皆が納得いった所で俺は最初の話題に戻す。

 

「で、美奈都。どうなんだ?こいつは俺が使ってもいいのか?」

 

 美奈都は俺からウーツ鉱の刀、ダマスカス刀を受け取り刃先のゆがみを確認しながら

 

「いいですよ。でも、杖としても使うのなら鞘や柄も変えますから十日ほど待ってくださいね。」

 

 そう言って二パリと笑顔を見せた。

 今回のお話はこれにて終了。

 続きは次回の講釈で………と言う事で一本締めでこの場を閉める事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、両の手を合わせる瞬間ヤツの声が割り込んできた。

 

「しかしのう姉さま、これではダメなのじゃ。」

 

「なにがじゃ?見事な物ではないか。」

 

 有脩が雫と目線を合わせる様に膝を曲げた姿勢で応える。

 

「ダメなのじゃ。わらわは、わらわはリズム隊がほしいのじゃ。」

 

「りずむ隊?」

 

「拍を取ってくれておる者たちじゃ。」

 

 有脩は「なるほど」と真剣に相槌をうっている。

 横目で雫と有脩、そして芽衣の会話を何とは無しに見ていると有脩が振り返り。

 

「そういえば主様。拍を取るといえばがしゃどくろと言う怪異をしっておるかえ。」

 

「はぁ?」

 

「がしゃどくろじゃよ。」

 

「知ってはいるが。」

 

 俺は有脩の話の流れが解らず曖昧な返事を返す。

 

「三日程前じゃったかの、妾の注文した荷を持って堺の者が来たのじゃが。」

 

 そう言えばそうだった。

 狐囃子製薬の者が堺から近江の国友村経由で清州に来ていた。

 俺は「それで?」と短めの相槌を打って有脩に続きを促す。

 

「近江と伊賀の国境、その伊賀側の村々で噂になっているそうじゃぞ。」

 

「がしゃどくろが?」

 

「いや。がしゃどくろと決まった訳ではないが、墓場で夜な夜なコツコツと言う音を響かせる怪異と言えばがしゃどくろしかあるまいと妾は思うが?」

 

 成程な。

 墓場と言う場所はおどろおどろしい場所として誰しもが一番に頭に浮かぶ場所だが、怪異自体はそれほど多くない。

 有名所は有脩が言ったがしゃどくろぐらいだろう。

 その他は確か二つほどだったろうか。

 今回の話では、場所は墓場、現象は音がする、この二つの事柄を満たすのはやはりがしゃどくろしか無い。

 俺は癖になってしまっている顎を親指と人差し指で挟むポーズを取りながら「ふむ」と言葉をもらし

 

「面白そうだな。久しぶりに旅に出てみるか。」

 

 そう結論づける。

 この発言に猛然と食いついて来た者がいた。

 

「お前様よ!それはいいのう!これでわらわのバンド“我有琉(がーる)”が完成するぞ!いつ行くのじゃ!早い方がいいぞえ!なあお前様よ!」

 

 当然の如く雫だ。

 俺はポンポンと雫の頭を撫でる様に叩き落ち着けてから

 

「出発は美奈都の仕事が終わってからだ。」

 

 そう言い含める。

 しかし何でがしゃどくろの真相がバンドのリズム隊になるんだ?

 もしかしたら本物かもしれんだろうに。

 まあ、雫には後々言って聞かせよう。

 そう毅然と振る舞いつつも俺は久々の旅にどこか浮かれていたのだろう。

 この旅で俺に降りかかる悲劇を露ほども知らずに。

 




いかがでしたか?

次回からは伊賀での怪異譚の収集です。
がしゃどくろの真実とは?

少し間が空きますがご了承下さい。

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