織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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幕間四、終了です。


夜語りの五

~翌朝 鍛冶場前~

 

 朝、鍛冶場の前には宗久を除く前日のメンバーが集まっていた。

 

「答えは出ましたか?」

 

 鍛冶場の外の長椅子に座り美奈都が問いかける。

 

「命を奪う覚悟、命を奪うと言う意味ですね。」

 

 ブリュンヒルデは真剣な表情で美奈都の質問に言葉を返す。

 

「命を奪う覚悟、命を奪うと言う意味、それらの事を私は本当の意味では理解していないのかもしれません。ですが、目の前で無慈悲に命が奪われようとしている時、私は剣を抜きます。命を奪います。その事が罪だと言うのならば、その罪は私が背負います。それが私の答えです。」

 

 ブリュンヒルデの言葉に誰も声が出ない。

 それほどまでに彼女の言葉は真剣で、 むき身で、裸の言葉だった。

 美奈都は膝をポンポンと払うように叩き、チラリと俺に視線を向けた後立ち上がり

 

「仕上げをしましょう。剣を貸して下さい。」

 

 そう言って二パリと笑った。

 どうやらブリュンヒルデの言葉は美奈都を納得させたらしい。

 朝の会合は美奈都の

 

「それじゃあ今日は解散!また明日ね。」

 

 の声で解散となり皆、それぞれ思うべき場所へと向かっていく。

 俺も屋敷への帰路に就こうとしたが近くに居たモルジアナの行動に気づく。

 皆とは反対方向、鍛冶場の方角を見つめたたたずんでいた。

 

「どうした?美奈都が気になるのか?」

 

「あ、はい、なので御座いますですのよ。」

 

 声を掛けられやっと気付いたと言う感じでモルジアナは答える。

 

「気になるなら付き合ってあげると良い。遊び半分じゃ無いのなら美奈都も嫌とは言わんよ。」

 

 そう言って俺は屋敷への帰路についた。

 

 

 

 

「お邪魔しますので御座いますですのよ。」

 

「どうぞー。」

 

 礼儀正しく戸口を開くモルジアナと道具を用意しながら応対する美奈都。

 今、鍛冶場の中に居るのはこの二人だけ。

 

「少しお話、宜しいで御座いますでしょうか。」

 

「いいですよ。ばたばたしていますけど、それでもいいですか?」

 

「はい、で御座いますですのよ。」

 

 モルジアナは部屋の中の長椅子に腰かけ道具を用意している美奈都に話かける。

 

「美奈都さん。」

 

「はい、なんですか?」

 

「先ほどの質問なので御座いますけれど……」

 

 モルジアナの問いに美奈都は首をかしげながら

 

「先ほどのって、ヒルデちゃんへの?」

 

「はい、なので御座いますですのよ。」

 

「その質問がどうしたの?」

 

「なぜ、なので御座いますよ。」

 

「なにが?」

 

「剣とは人を傷つける物なのでは、で御座いますですのよ。」

 

「そうだねぇ。」

 

「なのに、なぜ、あんな質問を?なので御座いますですのよ。」

 

 美奈都は手を止めモルジアナの隣に腰かけると「あのね」と懐かしさと信念が混じった様な表情で語りだした。

 

「あのね、私の初めてのお客様って五十鈴さんだったの。」

 

「五十鈴さん?で御座いますでしょうか。」

 

「うん。真中五十鈴さん。モーさんには八房美津里さんって言ったほうがいいかな。」

 

「はあ、美津里様の事で御座いますですか。」

 

「それでね、五十鈴さん、うーん、旦那様って言った方がいいね。旦那様の依頼で二振りの刀を創ったの。」

 

 美奈都の語りを黙って聞き入るモルジアナ。

 沈黙を相槌と美奈都は受け取り再び口を開く。

 

「その刀の依頼書にはね、刃(やいば)を付けない様にって書いてあったのね。おかしいよね。刀なのに刃を付けないなんて。それでね、私聞いたの、なんで刃を付けないんですかって」

 

 美奈都は懐かしむように、天井を見上げながら言葉を紡ぐ。

 

「旦那様、その時なんて言ったと思う?」

 

 モルジアナは首を傾げる、解らないと。

 モルジアナの行動を見つつ美奈都は一度うなづき

 

「自分は臆病だからだって。」

 

「臆病、で御座いますですか?」

 

 言われた美奈都はいつもの様なニパリとした笑顔を見せ

 

「そう、臆病なんだって、殺した人を背負う覚悟も度胸もないからなんだって。」

 

 モルジアナは美奈都の発言に戸惑いながら説明を求める。

 

「背負う覚悟とは何なので御座いますのでしょうか?」

 

 美奈都は決意したように一度目をつむり

 

「人の命を奪うと言う事は、その人が生きて来た時間、これから生きて行ったかも知れない時間、思い、夢、希望、罪、その人に向けられていた周りの人からの思い、周りの人への思い、それを背負う事なんだって。」

 

 モルジアナは言葉が出ない。

 自分が生きて来た時間の中では、命は無慈悲に奪われ凌辱され売り買いされる物だったから。

 

「重いよね。だから五十鈴さんは命を奪わない。自分の背中は自分が大切に思う人達を背負う為にあるからって。それを聞いた時、私、素直にすごいなーって思ったの。私の創る刀はそう言う事を解っている人に使ってもらいたいなーって。………実はね、あの質問の答えが、私が納得できる物で無かったらある事をしないんだ。」

 

 そう言って美奈都は長椅子から立ち上がり鍛冶場の土間に正座しブリュンヒルデの剣、ロトの剣を手に取る。

 心を研ぎ澄ます様に一度目をつむり、剣の目釘を外す。

 茎(なかご)がむき出しになったロトの剣を土間の上に敷いた絹の布の上に置き、鏨(たがね)を打つ。

 打たれた名は

 

 

 “sword of Roto”

 “Hestia”

 

 

 名を打ち終わった美奈都は

 

「この名前“Hestia(ヘスティア)”はね、旦那様、ううん、五十鈴さんに教えてもらったんだ。竈(かまど)の神様で女神様なんだって。」

 

 楽しそうな、それでいて幸せそうな美奈都の笑顔を見てモルジアナも自然と笑みが漏れた。

 神聖な儀式の様な光景を見届け、モルジアナは鍛冶場を後にする。

 辺りは夜の帳が落ち、美しい満月が覗いていた。

 モルジアナは月を見上げ、父の様であった亡きキャラバンの長に語りかける。

 

「お父様、長い長い旅で御座いましたが、わたくし家族を見つけられそうで御座います。ここの長は難解な人物のようですが、わたくし、ここが気に入りましたわ。わたくしの第二の人生、心配せずに見守ってくださいませ。」

 

そう言うモルジアナの顔は、一切の不安の無い晴れやかな顔であった。

 

 

 

 幻灯館主人は語る。

 いつか、この一瞬も寝物語で語られるお話の一つだと。

 

 




いかがでしたか?

次話からは新たなお話しがスタートします。
久しぶりの怪異譚、何処で何と出会うのか。
少し間が開きますがお楽しみに。

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