織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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井ノ口編 始まります


幕間一 織田信奈と難しい宿題
井ノ口の街 其の一


 今、俺達は井ノ口の街にへ続く街道沿いの木陰で腰を下ろし休んでいた。

 俺の隣には九尾の姫雫がいて団子をモシャモシャと食べながら呑気に話しかけて来る。

 

「なあお前様よ、井ノ口の街はまだかのう?」

 

 その質問に俺は雫のあんこで汚れた口元を拭きながら答えた。

 

「さっきの団子屋で聞いた限りじゃ日が暮れる前には到着するはずだ。それより雫。」

 

『なんじゃお前様』と、今は忙しいと言わんばかりにぶっきらぼうに答える。

 

「帽子を取るな。」

 

 俺は本日何度目かになるセリフを言う。

 山の中なら良かったが街道に出ると尻尾はともかく耳は非常に目立つ。

 そこで俺はコートのポケットに突っ込んでいた帽子を雫に被せている。

 だがこの小娘『きついのう、蒸れるのう』などとほざき隙あらば脱ごうとする。

 

「街についたら何か考えるからそれまで辛抱してくれ。」

 

 雫は『仕方が無いのう』と呟いて三本目の団子に食らいついた。

 街道を歩いている最中ずっとあれが食べたい、これは何じゃ?と騒ぎまくった結果ついに俺が折れて買ってやったのがあんこがたっぷり乗った団子だった。

 俺は懐から少し軽くなった巾着を取り出して手の内でポンポンと弄んだ。

 この巾着は半兵衛ちゃんの庵を出る時安藤のオッサンから井ノ口までの路銀にと貰った物である。

 ありがとう安藤のオッサン、半兵衛ちゃん!

 そんな事はどうでもいいとお気楽に『うまいのー』と感謝の気持ちなどこれっぽっちも無い様な仕草で団子をパクつく雫。

 雫が団子を食べ切ったのを確認して『行くか。』と声をかけ二人で歩き出した。

 

 

 

 あと一刻程で街に着く頃街道沿いの畑で刈り入れ中の人を見つけて声をかけた。

 隣の雫は?と言う顔をしていたが俺は構わず話し掛けた。

 

「すみませーん、お話いいですか?」

 

 声をかけられたオッサンはこれまた胡散臭そうな顔をしてこちらを向き『なんだね』と返事をしてくれた。

 そんな顔をされるのはここ二日ばかりで慣れていたので気にせず話しを続ける。

 

「オッサン、今収穫しているのは何だい?」

 

 するとオッサンは『これは麦だぎゃあ。』と妙に訛った言葉で答えてくれた。

『麦か…』と確認して

 

「オッサン、この麦わら少し貰えないか?」

 

 そう言った俺に『そんな物ならいくらでも持ってけ』と言ってくれたので俺は遠慮なく少し多めに貰う事にした。

 丁寧に礼をのべ(隣にいた高飛車な小娘にも無理矢理頭を下げさせ)俺達は井ノ口の街へと歩みを進めた。

 

 

 

 日が暮れる頃、俺達二人は井ノ口の街のそう高くない旅籠の二階の一室でのんびりとすごしていた。

 雫は部屋のど真ん中で大の字に寝転がり少し遅い昼寝を決め込んでいる。

 俺は窓辺で肘をつき眼下の道をタバコをふかしながら明日の事を考えていた。

 しばらくすると旅籠の女中が夕食を持って来てくれる。

 二人でそれを食べ別の女中が敷いてくれた布団で割りと早めに寝る事にした。

 雫がしばらく『夫婦は一緒に寝るべきじゃ。』と騒いでいたがなんとか言い含めて眠りについた。

 

「ん?」

 

 俺は背中に感じる違和感で目を覚ました。

 障子から朝日が漏れている。

 それを認識しながら違和感のある背中を確かめる、そこにあったのは大き過ぎる浴衣が半分以上脱げている幼女雫が俺の背中に張り付きながら『…お前様ー絶対逃がさんぞー…』と幸せそうな寝言をほざく姿だった。

 身支度を整え店が開く時間を待って俺達は木曽屋にむかった。

 店に到着し『店主はいるかい?』と番頭風の男に声をかける。

『へい、少々お待ちを』と言葉を残し店の奥に入って行った。

 しばらくすると三十になったばかりくらいの男がやって来た。

『私が木曽屋の店主でございますが、旦那様何の御用でございましょうか?』と礼儀正しく迎えてくれる。

 俺は店主に近づき小声で

 

「珍しい物があるんだが余り人には見せたく無いんだ。だから人払いを。」

 

 と囁いた。

 店主は興味深そうな顔つきで『どんな物で?』と聞き返して来る。

 

「南蛮渡来の逸品だ。バテレンの連中すらも知らない物だ。」

 

 そうハッタリをかました。

 すると店主が訝しげな顔をして『なぜその様な物を旦那様が?』と聞いて来た。

 ここからが勝負!

 

『子供の頃に海で遭難をして気が付いたら明の国だった、そこで南蛮の商人と出会いその男の丁稚になって明の外れまで行商をした時ある国の王族にであった。 その王族が賊に襲われていた処を俺が何とか救出した時に褒美として頂いた逸品だ。』

 

 と適当なホラ話しをでっち上げる。

 ちらりと横を見ると『よくもまあこんなホラ話しがスラスラ出て来るものじゃ』とでも言いたそうな顔で雫が俺と店主の話しを聞いていた。

 店主がこれだけはと言い『その王族の方のお国は?』と聞いてきた。

 俺はもったいつける様にして『波斯(ペルシャ)』と答えた。

 それを聞いた店主は目で解るくらい顔色を変えて『奥へどうぞ』と招き入れてくれた。

 半刻ほど後、俺達は八百貫文(約八百万円)と言う大金を懐に収めて朝出発した旅籠に戻っていた。

 

「お前様、さっきのあれはなんじゃ?」

 

 と女の子座りをした雫が聞いて来る。

 俺は『あれか』と呟いて今回の種明かしを始めた

「あれはな雫、未来ではどこにでも売っているボールペンと言う物だ。」

 

「それは解っておる、わらわも知っておる。じゃがあれはなんじゃ?」

 

「そっちか、あれは最近…未来での最近流行り出した消せるボールペンと言う物だ。」

 

「消せる?」

 

「ああ、ただのボールペンだったら書き心地のいい筆だ、そうだろう?」

 

「そうじゃな。」

 

 雫はうなずいて納得する。

 

「肝はな雫。」

 

 俺はそこで一旦言葉を切り悪党の笑みを浮かべ話しを続けた。

 

「この時代の墨で書いた物は絶対に消せないと言う事だ。そんな常識に捉われたこの時代の人間には書いた文字が消えると言う事が魔法や妖術にでも見えるかも知れない。」

 

「ああ、そうじゃ。」

 

「そこでダメ押しだ。この時代の人間が名前は知っているが良く知らない国。」

 

「波斯(ペルシャ)じゃな。」

 

「ああ。これで魔法や妖術ではない南蛮渡来の逸品の出来上がり。」

 

『この悪党が!』といたずらっ子の様な顔をした雫が笑いながら俺にそう言った。

 ようするに『良くやった』と言う事だろう。

 二人まとめて地獄行きかなと思いながら後の事を思案しつつタバコをふかした。

 その日の午後、旅籠の主人に『腕の良い職人が作った煙管を売っている店を紹介してくれ。』と頼み、ある一軒の店の前に来ていた。

『ごめんよ。』と声をかけて店の中に入っていった。

 雫はまだ店先で『これじゃないのう』などと俺に頼まれた物を物色中である。

 俺は雫を目の端に留めながら店の主人と話しをする。

『いい煙管はあるかい。』と声をかけると『ええ、ありますとも。』と十本近い煙管を出してくれた。

 確かに良さそうだが、俺はあえて一言だけ『いまいち。』

 店の主人は少し驚いた様だがすぐに持直し今目の前にある物がどれだけ素晴らしい物か説明していたが俺が五十貫文近く入った巾着をドンと投げ置くと目の色を変えて『すいませんでした。』と態度を百八十度かえた。

 俺はその態度にわざとらしく気分を害した振りをして店を出ようとした。

 丁度その時店に入って来た男がいた。

 その男が開口一番『長次郎何事か!』と店の主人を一喝した。

 長次郎と呼ばれた店の主人は今店に入って来た年配の男に今おこった一部始終を話していた。

 雫は『なんじゃ!新しい見せ物か?』とうろちょろしていたが俺と目が合うと『わかっておるわ』と頼まれ事を再開した。

 その男は『息子がご迷惑を』と頭を下げたのち

 

「わたくし、文殊屋(もんじゅや)先代の店主 東 長五郎(あずま ちょうごろう)と申します。」

 

 と改めて俺の前で頭を下げてくれた。

 それを見て俺はなんだか申し訳無い気持ちになり『こちらこそ試す様な事をしてしまい申し訳無い』と頭を下げる。

 なにやら、そうした俺の行動がいたく気に入ったらしく先代店主長五郎は

 

「煙管をお探しとか、ならば多少古いが良い物か有りますぞ。」

 

 と言って息子に奥の自分の部屋から取って来るようにと言い付けた。

 現店主はすぐに目当ての物を持って先代店主の下へ。

 それを受け取った先代は『おお、これじゃこれじゃ』と自慢気に見せてくれる。

 

「金属部分はへたっておりますが木地の塗りも絵の美しさも輝きを失っておりませんぞ。」

 

 と自信満々で披露してくれた。

『手に取っても?』と言う俺に『どうぞご覧下され』と差出してきた。

 確かに金属部分は交換の必要はあるだろうが木地の部分は見事な物だった。

 その朱塗りの鮮やかさや蒔絵も見事だが一番目を引いたのは沈金で描かれた二匹の獣。

 

「ご主人、これは狐?それも九尾の。」

 

 そう問いかける俺に先代の店主は『ええ、その通りでございます』と返事を返す。

 それを聞きつけ雫も『なんじゃお前様、わらわにも見せるのじゃ』と寄って来る。

 煙管を眺めながら『ほー・へー』と声を上げる雫を横目に先代は説明を続ける。

 

「その煙管は平安後期の物でございまして、その初期・中期に現れたと言う“絶世の美と強大な力”をもって京に災いをなしたとされる九尾の妖狐“玉藻の前と葛の葉”を描いた物とされております。また、制作者も不明ゆえ一説には妖狐の一族が創ったのでは無いかとの噂がある物でございます。」

 

「九尾を讃えるために妖狐が創った煙管と言う訳だな。」

 

 そう俺が言うと『そう云われております。』と先代店主。

 俺はニヤリと笑うと

 

「面白い。こいつを頂こう。」

 

 そう言い切った。

 横で雫が『やはり持つべき者の処へ物は行くのじゃな』と妙に納得した様な事を言った。

 




どうだったでしょうか?

葛の葉は本来は九尾ではありせんが噂が一人歩きをして語り継がれた結果、九尾として描かれています。まあ、煙管に描かれた模様ですから。

さて、次話で井ノ口編も終わりです。

感想お待ちしております。

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