織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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口伝ノ4、終了です。


口伝ノ4

 光秀が連れて行かれた場所、それは街の茶屋であった。

 これまでの庄九郎の行動から見て、光秀はいったい何処へ連れて行かれるのかと内心恐怖していたが実に何でも無い場所であった。

 庄九郎は店先の長椅子に座り、椅子をポンポンと叩き光秀を促す。

 光秀は大人しく椅子に腰掛けた。

 それを確認した庄九郎は店員にお茶と団子を二人分注文した後、じっと大通りを行き交う人々を眺めていた。

 しばしの間光秀もそれに習って眺めていたが我慢の限界が来たらしく口を開いた。

 

「あのー、庄九郎殿。先ほどのお話の続きは?」

 

「お話し?」

 

 庄九郎は首を傾げる。

 

「世界とか南蛮諸国とかの話ですぅ。」

 

 光秀は拗ねた様な態度を取る。

 庄九郎は、ああと思い出したかの様な返事をし、視線を大通りに戻してから口を開いた。

 

「何て事無い話だ。」

 

 はぐらかす様に言う庄九郎。

 

「でも、戦がどうとか。気になるですぅ。」

 

 粘る光秀。

 光秀の行動に庄九郎は一度空を見上げた後、口を開いた。

 

「ここは美濃の国だよな。」

 

「はいですぅ。」

 

「そして日ノ本も国だ。」

 

「…………。」

 

 光秀には庄九郎が何を言おうとしているのか解らない。

 解らないからこそ彼の言葉を聞き逃さない様に耳を傾ける。

 

「国の中に国がある。どちらも頂点にいる者は国の頭(かしら)なのだから呼び方は国主だ。」

 

 確かにその通りである。

 将軍や大和朝廷、どちらに聞いても自分が日ノ本の国主だと言うだろう。

 特に足利将軍家などは建前を取りのぞけば、朝廷など飾りであり、足利将軍家こそが日ノ本の国主だと言うだろう。

 

「今は大和御所の下に地位が固められてはいるが、これを将軍を頂点、武家の階級で見てみるとおかしな感じになる。」

 

「はぁ。」

 

「国主の下に数多くの国主が従っている。これは王の下に王が居る事と同じだ。こんな矛盾がそうそう続くはずがない。」

 

「でも、それは言葉遊びの様な物では?」

 

 確かに光秀の言う通りである。

 庄九郎は光秀の言葉に頷きながらも言葉を続ける。

 

「確かにその通りだ。だが、いつか誰かが気づく。いや、もう気付いているだろう。」

 

「そうでしょうか?」

 

「大名同士の戦が多くなっていないか?」

 

「あっ!」

 

 言われてみればその通りだった。

 現在美濃は尾張との戦が継続中なのだから。

 

「ここ最近の戦によって誰もが目を覚ます。」

 

「目を覚ますですか?」

 

「そうだ、野心有る大名ならば、誰も彼もが天下と言う言葉を口にするだろう。」

 

 光秀は小さく喉を鳴らし

 

「………天下。」

 

 それだけを言うのがやっとだった。

 庄九郎は太陽を遮る様に空へと手を伸ばし

 

「この国は一つしかない天下と言う盃を奪い合う混沌へと進んで行く。」

 

「どうしてあなたはそんな事を?」

 

 光秀がその言葉を口にしたのと同時に背後から声がかかった。

 

「面白そうな話をしておるのう。この年寄りも仲間に入れてはくれぬか?」

 

 庄九郎と光秀、二人は同時に振り向いたが

 

「道!いえ、ご隠居!どうしてここに?」

 

 声を上げたのは光秀だけだった。

 

「ご隠居?誰じゃお主は。」

 

 道三の言葉に、ガーンと擬音が頭上に現れた様な顔を光秀は浮かべ

 

「明智光秀ですぅ。」

 

 と小さな声で名前を名乗った。

 しかし、その名乗りに驚いたのは道三の方だった。

 

「なっ!十兵衛だと!」

 

「………はい。」

 

 道三は光秀の顔をじっくりと眺めた後

 

「何と言う美少女………。」

 

 ぼそりとつぶやいた。

 光秀は美少女と言う発言に照れたのかもモジモジとしながらも道三との話を続ける。

 

「それでご隠居、どうしてここに?」

 

 その言葉で現実に戻って来た道三は

 

「話が終わったのでお主を呼ぼうと思ったのじゃが、どこに居るかも分からんのでの、大通りに面したここならお主を見つけられると思うての。」

 

 そう言って道三はいたずらっぽく笑う。

 しかし、その笑みもすぐに消え

 

「青年よ、先ほどの話にこの年寄りも混ぜてはくれぬか?」

 

 笑顔ながらも威圧を込めて道三は言う。

 たいした話じゃ無いんだがと前置きをしつつ道三の同席を庄九郎は認めた。

 

「後で聞いておったが青年、お主はずいぶんと面白い考えを持って居る様じゃな。」

 

「そうかい?俺は見たままを言ったまでだが。」

 

 貫禄と威圧を持って話す道三と柳の様にそれを受け流す庄九郎。

 二人の間に腰かけている光秀は生きた心地がしないだろう。

 

「誰もが天下を目指す、お主はそう言ったのう。」

 

「ああ。この国の国主、斎藤道三と同じ様にな。」

 

「さようか。」

 

 天下の話をしている中で、自分の名前が代表の様に出て来た事で道三の機嫌はこれでもかと言うくらいに善くなった。

 だが、庄九郎の次の言葉でそれは履がえる。

 

「だが、斎藤道三では駄目だ。」

 

 こんな事を言われて黙っていられる道三では無い。

 

「なぜじゃ青年。」

 

 道三は怒気を含んだ声色で尋ねる。

 

「斎藤道三は早すぎた。そして遅すぎる。」

 

 道三は解らなかった。

 横に居る男は、自分の事を語っているはずだ、なのに何を言っているのかが理解できなかった。

 

「 斎藤道三は産まれるのが早すぎた。爺さん、あんたと斎藤道三は同じくらいの歳じゃないか?」

 

「うむ。確かに。」

 

 道三は肯定の返事だけを返す。

 

「だったら解っているはずだ。その時代の日ノ本を。」

 

「あのー。どう言う事でしょうか?」

 

 二人だけの会話になっていた処に光秀が入って来る。

 

「わしらが若かった頃の日ノ本は、今よりも大和御所や将軍家の威光が強くてのう。」

 

「そうだ。だからこそ斎藤道三は美濃を取っても天下には手を出さなかった。まあ、この街の事で手が一杯だったろうがな。」

 

 光秀は、なるほどと頷き「では遅すぎるというのは?」と残りの回答を催促する。

 

「斎藤道三はもう天下は獲れないと言うことさ。」

 

「そうかのう。あ奴ならやるかもしれぬぞ。」

 

 道三は不敵な蝮の笑みを浮かべる。

 その笑みに答える様に庄九郎は悪党の笑みを浮かべ

 

「獲れんよ。日ノ本の頭になる事は出来ても天下は獲れんよ。」

 

「自信がある様じゃのう。まるで見て来た様な事を言いおる。」

 

「この街を見ていれば解るさ。」

 

 庄九郎のその言葉に道三も光秀も言葉を失う。

 だが庄九郎は言葉を続ける。

 

「天下とは戦の先にある物だ。」

 

「戦の先か。………言いよるわ。ならば美濃が全てを食らうまでよ。」

 

 もはや道三は自身の殺気を隠そうともせず言葉を紡ぐ。

 出会ったばかりの男をまるで長年戦って来た好敵手の様に。

 庄九郎は悲しげなため息をひとつ吐き

 

「斎藤道三が爺さんと同じ事を言うのなら、やはり無理だ。天下は獲れんよ。」

 

「なんじゃと!」

 

 ついに道三の怒りが爆発した。

 仁王立ちの姿勢で庄九郎を睨みつける。

 それに呼応するように庄九朗も席を立ち道三と向き合う。

 

「爺さん、天下は賞品じゃ無い。天下とは人だ。民が居てこその天下だ。この街に住んでいてなぜそれが解らない。」

 

「解っておる。他の誰よりものう。」

 

 庄九郎は悲しげにそうかと呟き。

 

「戦に勝って日ノ本の国主となる。それが爺さんの考える天下なんだな。だが斎藤道三は違うだろう。斎藤道三の天下とは日ノ本をこの井ノ口の街の様にする事だろう。それには何年かかる?いや何十年か。それを行うには斎藤道三は年を取り過ぎている。彼の近くに彼の心を継いでくれる者がいればいいがな。」

 

 庄九郎の誰に聞かせるでもない独白に道三と光秀は言葉が出なかった。

 その時大通りから「主様」と声がかかる。

 道三は解らなかったが光秀は知っていた。

 あの時庄九朗にしなだれかかっていた黒髪の女性だった。

 庄九郎は茶屋の定員を呼び会計を済ませ大通りに向け歩きだす。

 一歩、二歩、歩いた所で歩みをとめ庄九郎は振り返った。

 

「なあ爺さん。爺さんは戦を見た事があるかい?」

 

 そう聞かれた道三は動揺しながらも

 

「無論じゃ。」

 

「そうか。じゃあ爺さん、俺に教えてはくれないか?どうやって敵と味方を見分けるのかを。」

 

 道三はさらにこの男が解らなくなった。

 敵と味方の区別の仕方?そんな事小さな子供だって知っている。

 

「背負っておる旗印で見分ければ良かろう。」

 

 その答えに庄九郎は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ

 

「その程度か。」

 

 そう呟いた。

 それが気に入らなかったのか道三は

 

「ならば青年、お主はどう見分ける?」

 

「俺には見分けらえねえよ。俺には同じ日ノ本の民が殺し合っている様にしか見えねえからな。」

 

 庄九郎の答えに道三は言葉を失い、光秀は初めて聞く庄九郎の乱暴な口調に驚いていた。

 これで最後だと庄九郎は背を向ける。

 しかし道三はその背中に声をかけた。

 

「青年。名は?」

 

 庄九郎は再度振り向き

 

「松波庄九郎、ただの油売りだ。じゃあな爺さん、長生きしろよ。十兵衛も元気でな。」

 

 そう言って大通りの喧騒に消えて行った。

 茶屋に残された道三、光秀の主従。

 長椅子に座り直した道三は愉快そうに笑みをこぼした。

 それに気づいた光秀は心配そうに声をかける。

 

「あのぅご隠居?」

 

「松波庄九郎か、あ奴わしが斎藤道三じゃと気づいておったな。」

 

「えっ!」

 

 驚いたのは光秀だ。

 

「松波庄九郎とはの、油売り時代のわしが名乗っておった名じゃ。長井新九郎もな。」

 

 光秀は狐につままれた気分になった。

 庄九郎と名乗った男は、自分が明智光秀だからそう名乗ったのだろうか?

 自分に聞かせてくれた話を主人である斎藤道三に伝わる様にしたのだろうか?

 では、自分の髪を整えてくれたのは?

 それに、自分を見つめる庄九郎の優し気でありながら寂しそうな瞳。

 彼はどこからが本気でどこまでが演技だったのだろうか?

 光秀は何時かもう一度彼に会いたいと心から思うのであった。

 ただ、今は十兵衛と呼んでくれただけで良しと思う事にした。

 思えばこれが明智光秀にとっての初恋だった。

 

 

 

 

〜金華山 頂上の草庵〜

 道三は一人縁側に座り月を見上げながら酒を飲んでいた。

 

「斎藤道三の天下とは日ノ本をこの井ノ口の街の様にする事か。わし自身が忘れておったわしの野望をあの若造が。」

 

 憎々しげにそれでいて嬉しそうにつぶやく。

 静けさの中、誰も来ないはずの草庵に近づいてくる足音が聞こえた。

 

「親父殿、ここに居られたか。」

 

「義龍か。」

 

 現れた人物は斎藤義龍、道三の息子であり六尺五寸と言われるほどの大男。

 

「何用じゃ?」

 

 道三はそっけない言葉をかけクイッと盃をあおる。

 義龍はいつもの事だとたいして気にも留めず

 

「なに、稲葉から親父殿が大層ご機嫌だと聞いてな。」

 

「さようか。せっかくじゃ座って行け。」

 

 そう言って予備の盃を義龍に渡す。

 義龍は珍しい事もあるもんだと思いながらも好意に甘える事にした。

 しばしの沈黙のあと義龍から口を開いた。

 

「親父殿、何が有りましたかな?」

 

 その問いに道三は少しだけ笑みを浮かべ

 

「面白い者と出会い面白い話を聞いた、ただそれだけじゃ。」

 

「ほう。で、どの様な?」

 

 珍しく義龍が食いついて来た。

 多少酔っているせいもあるだろうか。

 それは道三も同じだった。

 

「このわしに天下を語る男と出会った。そして尾張に居る商人の話じゃ。」

 

「親父殿に天下を語る!なんと世間知らずな。」

 

 義龍は豪快に笑う。

 しかし道三の顔は真剣だった。

 

「義龍よ、わしは忘れておった。何故に下剋上までしてこの美濃を獲ったのかをの。」

 

 義龍は驚愕する。

 なぜならば解りきっているからだ。

 美濃を獲った理由、それは天下を獲るため。

 

「天下とは人、民が居てこその天下。天下とは戦の先にある物。」

「それは?」

 

「その者がわしに語った言葉よ。」

 

 義龍は言葉を発しない。

 

「松波庄九朗に幻灯館主人八房美津里、最近街中で噂になっておる怪異譚の収集家、そして安藤が言っておった未来から来たと言う柳田國夫と言う者。長生きはする物じゃ。そう思わぬか義龍。」

 

 義龍は誠にと答え

 

「して親父殿、本日出会った者はどう言った者で?」

 

 道三はゆっくりとその老いながらも強い光を放つ瞳を夜空に向け

 

「しいて言えば月じゃな。あの月の様な男じゃった。」

 

 斎藤道三の視線の先には下玄の月が淡く輝いていた。

 




いかがでしたか?

今回から行間など変えて見ました。
どうですか?
さて、次話からは新たなお話しがスタートします。
タイトルは“槍の又佐とヘルメット”少し間が開きますがお楽しみに。
状況は活動報告に上げていきます。


感想お待ちしています。

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