織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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口伝ノ3、始まりです。


口伝ノ3

「明智さん明智さんと馴れ馴れしい!あなたが間者じゃ無いならどうして私の事を識っていやがるですか!」

 

 光秀の言葉に目の前の男はもっともだと頷き、右手の人差し指をゆっくりと光秀の胸に持っていった。

 すかさず光秀は自身の胸を両腕で庇った。

 どうやら胸を触られると思ったらしい。

 光秀の行動に男は苦笑いをもらしながら口を開く。

 

「桔梗紋。美濃の国、稲葉山城のお膝元で桔梗紋をつけている人物は明智家の者ぐらいだろう?」

 

 言われて光秀もやっと気づいた。

 自身の胸辺り、正確には胸覆いにはっきりと桔梗紋が刺繍されていた。

 目の前の男はそれを見て光秀の出自を言い当てたのだ。

 

「申し訳ありません。」

 

 光秀はすぐに頭を下げた。

 疑って申し訳無かったと。

 

「私は斎藤道三様の小姓を務めております明智光秀と申します。通称は十兵衛ですので十兵衛とお呼び下さい。」

 

 光秀は自身の失態の代わりに出会ってすぐの男に通称を許した。

 男は中腰だった背筋を伸ばし

 

「明智光秀………。まさか明智光秀まで女の子とは、どうなっているんだこの世界は。」

 

 光秀を凝視しながら何やらつぶやいた。

 しかし光秀は、その言葉の意味が解らず首を傾げるだけだった。

 再びしばしの沈黙、それに耐え切れなくなった光秀は

 

「あのぅ。お名前を教えて貰っても?」

 

 光秀の問に男は「これはすまんな」と前置きし

 

「初めまして明智光秀殿。私は松波庄九郎、油売りです。」

 

 胡散臭げにそう名乗った。

 

「庄九郎殿ですか。しかし油売りと言う割に身なりはしっかりしていますね。」

 

 光秀は素朴な疑問を投げ掛ける。

 男性、庄九郎の身なりは光秀の言う通りしっかりとした物だった。

 着流しも帯も羽織も真新しく色落ちもほとんどしていない。

 髪も総髪ながら肩辺りまで伸ばした髪を後ろで纏め細めのかんざしで留めていた。

 この時代の感覚ではうつけと言うか歌舞伎者と言った風貌なのだが嫌な気分にはならなかった。

 それどころか、かっこいいとまで思えてしまうほど庄九郎の風貌は好感が持てた。

 庄九郎は光秀のそんな思いは気にもせず

 

「見ての通りこの足だ、商売は他の者に預けて色々な所を見聞している最中だ。」

 

「なるほど。それで身なりも。」

 

「まあな。それよりも光秀殿。」

 

「十兵衛で結構ですぅ。」

 

「それで光秀殿。その前髪の理由を聞いても?」

 

 言われても自身のスタンスを崩さない庄九郎。

 普段ならこんな不躾な質問は無視するのだが、何故か素直に理由を説明してしまう光秀。

 それほどに庄九郎の話術は上手く、また安らぎを光秀に感じさせていた。

 

「成る程なぁ。しかしそこまで悩む事も無いと思うがなぁ。」

 

 この言葉に光秀は「でもぉ」と異論を唱える。

 

「解った。じゃあ少しだけ俺に付き合ってくれないか?」

 

「付き合う?どこへですか?」

 

「この先の店だ。さっきの詫びだと思って。な。」

 

 先ほどの刀を抜こうとした事への詫び、そう言われて光秀は断れ無かった。

 

 

 

 

 距離にして五十メートルほど行った先に目当ての店はあった。

 店と言っても先の文珠屋などとは違い一般の人が利用する様な店では無い。

 いわゆる現代で言う問屋と言うやつだ。

 店の名前は“幻灯館美濃口利き所(仮)”尾張や堺なので最近話題の幻灯館の支店であった。

 庄九郎は「邪魔するよ」と一言言い、光秀の手を引いて店の中へ入って行く。

 店の店員は「あっ、まいどです」「お疲れさまです」と気さくに、そして丁寧な挨拶を返す。

 だが、光秀は産まれて初めて異性に手をつながれた事で顔を真っ赤にし、動揺していた為、店員の反応は見ていなかった。

 

「少し店先と商品を借りるよ。」

 

 そう言うと庄九郎は畳敷きの部屋にあがり鏡の前で光秀を手招きする。

 それを見て光秀はオズオズと言った様子で部屋にあがり鏡の前で正座した。

 光秀は鏡に映る庄九郎を見ながら不安半分、興味半分と言った心持ちで事が進むのを待つ。

 光秀の後ろで庄九郎は腕を組み悪党の笑みを漏らし一言

 

「さーて。どうしてやろうかなー。」

 

 言って光秀の肩に手を置く。

 

「ひっ!」

 

 体をビクッとさせ目を瞑る。

 光秀の身体を恐怖が支配して行く。

 だが、いつの間にか手の感触は消え、代わりに後頭部に違和感を覚えた。

 ゆっくりと目を開ける。

 鏡に映った光景は

 

「何をしてるですか?」

 

 庄九郎はゆっくりと、決して傷をつけない様に丁寧に光秀の髪を梳かしていた。

 

「あのぉー。」

 

 再度光秀は尋ねる。

 

「んん。俺は今の商売を始める前に、随分と色々な仕事をしていてな。」

 

「はい。」

 

「その中に髪結いの仕事もあってな。」

 

「はぁ。」

 

 庄九郎は光秀の事を気にする様子も無く手を動かしながら説明を続けている。

 その説明には半分近く嘘が混じっていたが、そもそも名乗った名前が偽名なので此処まで来たら気にしない方が良いのだろう。

 実際、そんな事を気にし出したらこの男の近くには居られない。

 この男が語る自分自身の過去は、嘘、大げさ、紛らわしいで作られているからだ。

 そんな事を知らない光秀は諦めの心境でこのまま流され様かと思っていたが、背後からチョキチョキと何やら物を切る音が聞こえて来た。

 とっさに光秀は思い出した。

 先ほど庄九郎が言った言葉

 

 

 

“髪結い!”

 

 

 

 言われた後で自分の背後から聞こえて来る音。

 自分の髪が切られている!そう結論づけた光秀は急いで庄九郎に声をかけた。

 

「あっ!あの!庄九郎殿!」

 

「動くな。」

 

「はいですぅ。」

 

 光秀は何かを言おうとするのだが、すぐに庄九郎に制止されてしまう。

 その庄九郎は光秀の毛先を整えながら不意に口を開いた。

 

「なあ光秀殿、この井ノ口の街をどう思う?」

 

「はぁ、良い街だと思いますが。」

 

 いきなりこんな事を聞かれる。

 

「じゃあ、美濃の国をどう思う?」

 

「はい?」

 

 続けさまに質問される。

 光秀には何の事かさっぱり解らない。

 

「日ノ本をどう思う?」

 

「えーと?」

 

「明をどう思う?」

 

 続けさまに質問は繰り返される。

 

「南蛮諸国をどう思う?」

 

「南蛮?」

 

「………世界をどう思う?」

 

「庄九郎殿、何を言って…………」

 

 繰り返される質問に光秀の頭の中はグルグルと回っていた。

 質問の意図が解らない。

 光秀が悩んでいる最中にも庄九郎は光秀の髪を整えて行く。

 その行動は光秀の前髪に及んだが光秀は思考の中に居たために制止はしなかった。

 庄九郎は前に回り、光秀の前髪を整える。

 その時、光秀は不思議な香りに包まれていた。

 それは汗の香りであり、煙草の香りであったり、光秀の知らない歳上の男性の香りだった。

 光秀の心臓は早鐘を打ち、顔は赤くなり体温は上昇する。

 

 

 

『何なんですか、これは?』

 

 

 

 そんな光秀の事など露にも知らず、庄九郎は話を続ける。

 

「世界、南蛮諸国、明、日ノ本、美濃ノ国、井ノ口の街、どう言う順番か解るか?」

 

「順番ですか?」

 

「そうだ。」

 

 光秀は必死になって考えたが

 

「………………解らないですぅ。」

 

 庄九郎は「そうか」と優しげな笑みを漏らし

 

「世界と井ノ口の街、どちらが大きい?」

 

「あっ。」

 

 光秀はやっと気づいた。

 いや、あの質問でこの答えを導けと言うのが間違っている。

 

「これから、この日ノ本は大きな戦に包まれて行くだろう。だがな……よし。」

 

 庄九郎は途中で言葉を切り、光秀に鏡を見せる。

 そこには、のれんの様だった前髪は左右に分けられ毛先を整えられ、先ほどとは違った光秀の姿があった。

 

「これで仕上げだ。」

 

 そう言って庄九郎は自分の刺していた金柑の飾りが付いたかんざしを光秀に施す。

 光秀は声が出ない。

 自分があれほど嫌っていた広いおでこが、今は立派なチャームポイントに見える。

 

「どうだ?とびっきりの美人がいるだろう?」

 

 庄九郎が茶化す様に言う。

 

「はい。」

 

 何を言って良いのか解らず、短く返事をするのが精一杯の光秀だった。

 鏡を持って今の自分を見つめる光秀に庄九郎は

 

「じゃあ行くか。」

 

 言って光秀の手を引く。

 光秀はあまりの展開の速さに頭がついて行かないでいた。

 そんな事は気にも留めず、庄九郎はグイグイと光秀の手を引いて行く。

 もはや頭の中が?マークだらけの光秀はついて行くしか無かった。

 




いかがでしたか?

口伝ノ2、口伝ノ3連続投稿です。
どうしても切りの良い所まで出したかったので。
さて、次話で外伝1は終了です。
次話は蝮VSぬらりひょんです。


感想お待ちしております。

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