織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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口伝ノ2、始まりです。



口伝ノ2

「だから!義父様の代わりに少し顔を出すだけだから!何でついて来るの!」

 

「別にいいじゃんよう!」

 

「のどかわいたし。」

 

「まあそうツンケンするで無い白ちゃん。」

 

「もう、それで兼相さんは?」

 

「俺ですか?俺はお嬢様方の護衛です。」

 

「はあ、もういいです。」

 

 諦めの言葉を口にする。

 騒がしい集団、それは雫、源内、芽衣、花梨、兼相の幻灯館ご一行。

 伊予の帰りに堺から美濃に回り清洲へと帰る途中、ついでだからと源内の義理の兄にあたる東長次郎が店主を務める文珠屋に挨拶に来たしだいである。

 

「こんにちは源内です。義兄様(おにいさま)はいらっしゃいますか?」

 

 言って源内は店に入る。

 その時、店主長次郎、道三、光秀の目は幻灯館一向に注目されていた。

 源内もそれに気付き

 

「申し訳ありません義兄様。商談の最中とは知らずに。お客様にもとんだ失礼を。」

 

 頭を下げる源内。

 それに習い頭を下げる花梨と兼相。

 雫と芽衣は……雫は花梨に芽衣は源内に強引に頭を下げられていた。

 

「お兄様?長五郎殿には子はお主一人しかおらなんだはずだが?」

 

 疑問を口にする道三。

 店主長次郎はにこやかに笑いながら

 

「父が養子にした娘さんです。ですから私の義妹になります。兄が亡くなってからずいぶん経ちますから、妹が出来て私も嬉しいですよ。」

 

 道三は成る程と頷く。

 

「源内、こちらは先代からのお得意様です。ご挨拶を。」

 

 店主長次郎はそう源内に促す。

 

「お初にお目にかかります。私、文珠屋先代平賀長五郎の養女(むすめ)平賀源内と申します。」

 

 源内は礼儀正しく挨拶をする。

 

「平賀?長五郎殿の性は東では?」

 

 店主長次郎は道三の疑問にその通りですと答え、事のあらましを説明する。

 ……

 ……

 ……

 

「なっ!そんな馬鹿げた事をする者がおるとは。」

 

「申し訳ありません。」

 

 驚く道三と頭を下げる源内。

 しかし他の者達は

 

「まあ、あの人だからじゃんねえ。」

 

「ごしゅじんさまだから。」

 

「大将ですし。」

 

 納得していた。

 当事者の一人である雫嬢は

 

「ヒッヒヒッヒヒー」

 

 吹けない口笛を吹き誤魔化していた。

 そして驚きながらも道三は幻灯館主人への興味を隠せなくなっていた。

 

「お嬢さん。源内と言ったかのう、その者の事をこの年寄りに教えてはくれぬか?」

 

 そう言われて源内は義兄をチラリと見る。

 店主長次郎は柔らかな笑顔でゆっくりと頷いた。

 本人が語った様に、新たに出来た義妹がかわいくて仕方が無い様だ。

 許しがとれた源内は

 

「はい、私でよければいくらでも。ですが、少々長い話になりますから………お義兄様、奥の座敷を使わせて頂いても?」

 

「ええ。お客様も久々のご来店、お連れの方々もご一緒に。ささっ。」

 

 快く承諾する。

 実際のところ、店主長次郎も幻灯館主人 八房美津里の話を聞きたかったのだ。

 場が一気ににぎやかになり座敷へ向かおうとした時、道三は振り返り光秀を見た。

 その光秀は話にさほど興味を示さずつまらなそうにしていた。

 

「十兵衛よ、話しは長くなるらしいでな、お主はちょいと街を見回ってこい。」

 

 軽い口調で道三は言う。

 光秀は『でも』と同席を訴えたが、それが主君の思いやりだと解るため最後には承諾し店を出た。

 

 

 

 

 文珠屋を出た光秀はプラプラと散歩の様に街を歩いていた…………訳では無い。

 街の見回りと言う建前とはいえ国主の命、報告は上げなくてはと生真面目な光秀は清洲へ引っ越した職人の住んでいた長屋を一軒一軒回っていた。

 

「やっぱり居やがらないですぅ。」

 

 五件ほど空の空き家を回った後、悪態を吐く光秀。

 これが普段の光秀の口調である。

 長屋がある細い路地を抜け大通りに差し掛かろうと言う時、何やらもめている女性の声が聞こえて来た。

 光秀は路地に身を隠しそっと覗き見た。

 視線の先には男性が一人と、その男性にべったりと寄り添った長い黒髪の女性、その女性ともめている赤い髪の異国の女性がいた。

 

「有脩殿!街中でその様な行為はハレンチです。早く離れるべきです!」

 

「なんじゃヒルデ、羨ましいのか?ならばお主もするが良い。もう片方が空いておるぞ。」

 

「そう言う事を言っているのではありません!」

 

「そうカリカリするでない。婿が取れんぞ。」

 

「そんな事、有脩殿には関係無いでしょう!そう言う有脩殿はお嫁さんに行けるんですか!」

 

 有脩はフフンと笑みを浮かべ

 

「案ずるな。妾は主様にめとってもらうからの。」

 

「なっ!なんですとー!」

 

 赤い髪の女性、ブリュンヒルデは長い黒髪の女性、有脩の襟首を掴み

 

「どう言う事ですか!いったい、いつ、そんな事に!」

 

 有脩は男性から手を離し

 

「妾とお主が主様について行く事を決めた夜じゃが。」

 

 そう言われたブリュンヒルデはショックからか半歩下がり

 

「私がマスターを水場で待っている時にそんな事が!」

 

「何を言う。お主は地面で寝こけておったであろう。」

 

「それは今関係ありません!」

 

「そうかのう?」

 

 有脩は袖口で口元を隠しながら微笑む。

 覗き見をしていた光秀には、その微笑みが見てとれた。

 その笑顔は罠にかかった獲物を嘲笑う狐の様な笑みだったと光秀は語る。

 

「そうです、今はお嫁さんの話です。」

 

「そうじゃな、妾が主様の嫁になる話しじゃった。」

 

「そうでは無いでしょう!」

 

 ブリュンヒルデは両腕をパタパタさせながら有脩に抗議の声をあげる。

 しかし有脩はどこ吹く風と言った表情で

 

「なんじゃ、お主も嫁になりたいのか?」

 

「い、いえ。そう言う訳じゃぁ…………でも、それがマスターのお望みならば……。」

 

 顔を真っ赤にして何やらモゴモゴと口にするブリュンヒルデ。

 しかしそれを見た有脩は再度狐の様な笑みを漏らし

 

「しかしお主は主様の剣、やはり嫁は妾じゃな。」

 

 意地悪く口を開いた。

 いや、しかしと何とか言い繕おうとブリュンヒルデはするが、口では到底有脩には勝てない。

 どうしようかとブリュンヒルデは周りを見渡す。

 

「あれ?」

 

 首を傾げるブリュンヒルデに有脩は

 

「どうしたのじゃ?」

 

「いえ。マスターの姿が。」

 

「なんじゃと!」

 

 有脩とブリュンヒルデ、二人は周りを見渡すがお目当ての男性の姿は無かった。

 

「面倒になって逃げたな主様よ。」

 

 冷静に悪態をつく有脩と必死になって件の人物を探すブリュンヒルデ。

 その様子を物陰から見ていた光秀は

 

「はーあ。みっとも無いですぅ。たかが男性一人に………。」

 

「まったくだ。ありがたい事だがああまで露骨だとな。」

 

「ひぃぃぃーーー!」

 

 件の人物はいつの間にか光秀の後ろに立っていた。

 驚いたのは光秀だ。

 先ほどまで視線の先にいた人物が急に自分の後ろに現れたのだ驚いて当然である。

 

「驚かせたかな?でも、驚きすぎだろ。」

 

 男はニヤニヤと悪党の笑みで言う。

 光秀はこの無礼な男をいっそのことぶん殴ってやろうかと思ったがある一点に目が留まる。

 

「あのぅ。足がお悪いんですか?」

 

 男は右手に杖をついていた。

 光秀の言葉に男は悪党の笑みを止め

 

「まあな。」

 

 一言だけつぶやいた。

 沈黙が流れる。

 それほど長い時間では無かっただろうが、男性にほとんど免疫の無い光秀には長く長く感じた。

 免疫が無いと言っても、男性と会話した事が無いと言う意味では無い。

 光秀の勤め先?の稲葉山城にも男性はたくさんいる。

 いや、男性の方が多いくらいだ。

 だが、そのほとんどが中年から初老の男性で光秀にとっては父親か祖父の様な感覚だった。

 恐らく目の前の男は光秀と十歳以上歳が離れているだろうが光秀にとってはまだ若い男性なのだった。

 思考の海に沈んでいた光秀にある変化が訪れる。

 目の前が明るい?そう感じた瞬間、光秀は現実に戻って来た。

 

「うにゃゃゃゃゃゃゃ!!!!!!!」

 

 光秀ののれんの様な前髪は上げられ、その瞳は出会ったばかりの男に見つめられていた。

 一瞬で頭が沸騰する光秀。

 

「何をしやがるですかー!」

 

 普段のかしこまった言葉では無く、素の言葉で文句が出た。

 それほど光秀の動揺が大きかったのだ。

 目の前の男は再度ニヤニヤと悪党の笑みを浮かべ

 

「そっちが素かな明智さん?」

 

「えっ!」

 

「違ったかな?」

 

 表情を崩さずに男性は言う。

 光秀の頭脳は一瞬でフル回転し“隣国の間者”と言う結論を導き出した。

 僅かに距離を取り、腰の刀に手をかける。

 目の前の男は光秀の行動を見ても眉一つ動かさず

 

「隣国の間者とかじゃ無いから安心しな。明智さん。」

 

 そう言うのだった。

 




いかがでしたか?


幻灯館一向も登場しいよいよ物語も始まりです。
私に言えるのは、
十兵衛ちゃん、そいつは危険だ!早く逃げて!
それだけです。


感想お待ちしております。

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