織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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幕間三、伊予偏終了です。



其の八

「のうヒルデ。」

 

「なんですか?」

 

「カラスが鳴いておるのう。」

 

「はい。もう二刻ですか。」

 

 あれから二刻(約四時間)、五十鈴殿への説教は続いておる。

 妾とヒルデは縁側に腰掛け山に沈む夕日を見ながら話しておった。

 

「五十鈴殿は皆に愛されておるのう。」

 

「はい。そうですね。」

 

 そう言って微笑ましい笑みをヒルデは浮かべる。

 

「ヒルデや。お主、これからどうするのじゃ?」

 

 妾の問いかけにヒルデは一度目をつむり

 

「私が使命だと思いこんでいた夢は五十鈴殿に砕かれました。でも……皆の笑顔を守る、どうしたらそれが出来るのか、五十鈴殿について行けば解る気がするんです。英雄や勇者では無く人として。」

 

『なぜだかは解りませんが』と付け加えヒルデは妾の見た事の無い笑顔をしたのじゃよ。

 

 

 

 

 夜が更けていく、騒ぎすぎたのと俺への心配で皆早々に眠ってしまった。

 有脩とブリュンヒルデがせめてもの詫びにとなけなしの食料で夕食をご馳走してくれた。

 そればかりか宿として自分達の庵を俺達に開放もしてくれている。

 俺は布団の中で上半身を起こし月をながめている。 静かな夜、そんな中衣擦れの音が近づいて来た。

 人影が障子に映る。

 

「何用かな?」

 

 俺は姿を確認する前に声をかけた。

 

「気付いておられたか。」

 

 現れた人物は有脩だ。

 有脩は普段の着物姿では無く、映画などで見る様な陰陽師の姿だった。

 だが、一つだけ違う所があった。

 それは、通常なら白でまとめられているはずの陰陽師の服の色、それが全て黒だった。

 有脩は布団の足元に正座し、礼儀正しく頭を下げる。

 

「五十鈴殿、此度の件いくら感謝してもしきれぬ。じゃが改めて礼を言わせてもらいたい。」

 

 俺はフッと短く笑い

 

「いいさ。たいした事じゃない。」

 

「さようか。しかし褒美は受け取ってもらわねばな。」

 

「褒美か。何を貰えるんだい?」

 

「妾が今持つ最上の物を。」

 

 有脩は顔を上げ優雅に微笑む。

 

「その最上の物とは?」

 

 有脩の顔が真剣な物に変わり再び頭を下げる。

 その行動はまるでドラマや映画などで見た将軍に謁見する家臣の様だった。

 

 

 

「妾、名を土御門有脩と申す者。祖に阿部清明をもち陰陽術を操る者に御座います。妾、決して裏切らず、決して違えず終生あなた様を主と仰ぐ事を。この体、この命、この魂すら主様(ぬしさま)に。どうかお受け取りを。」

 

 

 

 有脩は決して頭を上げず懇願する様に誓いの言葉を口にした。

 俺は、一つため息をつき

 

「そんな予感はしていたんだがな。」

 

 少しふざけた様な言い方で言葉を返す。

 

「さようか。生娘の心を奪ったのじゃ、それくらいの責任は取って貰わぬとな。」

 

 有脩は頭を上げ袖口で口元を隠す様にして笑う。

 

「重いなぁ。」

 

「ふふっ。これしきの事で音を上げていてはこの後もたんぞ。」

 

「んんっ?どう言う事だ?」

 

「朝になれば解ろう。して、妾を貰ってくれるか?」

 

「体も命も魂も要らん。ついて来たければついてこい。それだけだ。」

 

 俺の言葉を聞いた有脩の表情は少し残念そうだ。

 

「さようか。じゃがいつか主様の心、妾が頂くゆえ。」

 

 有脩は物騒な言葉を残して戻っていった。

 

 

 

 

 朝が来た。

 しかし去り際の有脩の台詞が気になってたいして眠れ無かったが。

 考えすぎたせいか、どうにも頭が重い。

 顔でも洗うかと日が昇ったばかりのまだ薄暗い庭を歩く。

 片足が利かないのでどうしても歩きにくいが、近くにあった棒を杖代わりにして何とか水場にたどり着く。

 そこにはブリュンヒルデが鎧を着け剣を携え………………地面で寝ていた。

 俺は杖代わりの棒でブリュンヒルデを突きながら声をかける。

 

「う〜ん。むにゃむにゃ。有脩殿、ごはんはまだですか〜。」

 

 寝言か。

 

「いやです〜。塩味だけのお肉はいやです〜。」

 

 ふむ。

 

「ならば、塩茹で野菜だな。」

 

 俺はブリュンヒルデに近づき小声で話しかける。

 

「やだ〜!塩味はやだ〜!」

 

「ならば焼き肉は?」

 

「焼き肉?焼き肉〜。」

 

 ブリュンヒルデの顔は幸せそうだ。

 だが、すかさず俺は

 

「味付けは塩だがな。」

 

「やだ〜!塩はやだ〜!」

 

 面白い。

 だか、そろそろ頃合いか。

 持っていた杖代わりの棒でブリュンヒルデの頭をこづく。

“スコン!”と良い音を立てて棒はブリュンヒルデの頭にクリーンヒットする。

 

「ほえ?」

 

 ようやく目覚めた様だ。

 

「はれ?いしゅじゅしゃまら。」

 

 まだ寝ていたか。

 もう一度棒で頭をこづく。

 やっと眠りから覚めたブリュンヒルデは口元と目元を袖口でぬぐい姿勢を正す。

 

「どうした?こんな所で。」

 

「待っていました。」

 

「誰を?」

 

「五十鈴様、あなたを。」

 

 ブリュンヒルデは片膝をついた姿勢のまま剣の柄を俺に差しだした。

 

「これは?」

 

「我が剣をあなたに。」

 

 ブリュンヒルデは決して頭を上げない。

 まるで此処が宮殿の謁見の間であるかの様に。

 

「ついて来る気か?」

 

「はい。」

 

「何故?」

 

 俺の質問にブリュンヒルデは一息ついた後、決意したかの様に口を開く。

 

「私は未だに皆の笑顔は守れると言う希望を諦め切れずにいます。ですが、私の行って来た方法では目に見える者達しか救う事は出来ないとも至りました。ですが五十鈴様なら、五十鈴様の近くでなら別の方法が見つけられる気がするのです。五十鈴様は私が知らない何かを知っている気がしてならないのです。人ひとりの力なんてたかが知れていると言い切れる五十鈴様ならば。」

 

「決心は揺るが無いか……。」

 

「はい、決して。」

 

 その言葉を聞き俺はブリュンヒルデの剣を取る。

 折れた剣、「これでいいのか?」と言う俺に「それが今の私です」と返すブリュンヒルデ。

 その剣をブリュンヒルデの左右の肩に置き柄をブリュンヒルデに向ける。

 ブリュンヒルデは自身の剣を受け取り鞘に戻した後

 

 

 

「我が身は剣。我が剣は主の下へ。我が命尽きるまで主の剣である事を此処に誓う。」

 

 

 

 俺はブリュンヒルデに見え無い様に苦笑いを漏らし

 

「了解した。」

 

「はい!マスター!」

 

 晴れやかな朝日の中、俺とブリュンヒルデ、二人だけでの騎士の叙勲は行われた。

 

 

 

 

 全ての人の笑顔を守りたい、それは素晴らしい夢。

 だが、それは遠き夢でもある。

 だか、諦めればそれで終わる。

 難しく儚く壊れやすい夢。

 急ぎ過ぎれば劇薬となり、立ち止まれば泡と消える。

 英雄や勇者では無く、名も知らぬ大勢の民達が創る事の出来る夢。

 その為に俺は種をまき続けよう。

 この日ノ本に。

 決して焦らず、決して急がず。

 そう、歩くような速さで。

 




いかがでしたか?

 思ったよりも長くなってしまった伊予偏も終了です。
 このお話しで語られた英雄や勇者、皆の笑顔を守りたいと言う夢、読者の皆様の中にも様々な思いはあると思います。
 ヒルデや彼らがどうやってそれを模索して行くのか今後をお楽しみ下さい。

 次話は予告通り、美濃偏、外伝1(そとづたえ1)になります。
 あの人やあの娘との出会いです。


感想お待ちしています。

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