夜が明ける。
昨夜の星空が嘘の様に厚い雲が覆い、今にも泣き出しそうな空だった。
俺はその曇天の空を見上げながらブリュンヒルデと対峙する。
兼相と有脩は少し離れた場所で事の成り行きを見守っている。
「いきます。」
怒気を含んだ声と共にブリュンヒルデは腰の剣を抜く。
「かかってきな。」
俺は挑発するように薄ら笑いを浮かべ二本の小太刀を抜いた。
“ギャァァン!”
二本の剣が交錯する。
「今のを受けましたか。」
ブリュンヒルデは一度距離を取り再度構える。
「速いな、それに重い。」
ブリュンヒルデの攻撃は単純だ。
振り下ろしか左右の横なぎ、基本この二つだけだ。
だが、気を付けなければいけない事がある。
それは彼女の剣を振るスピード、速さだ。
恐らく西洋の騎士と初めて戦う者はよほどの者以外は最初の一撃で負けるだろう。
理由は一つ、彼らの武器。
振り下ろしでは剣の重さで加速がつき、横なぎではその重さで遠心力がつく。
つまりは見た目の大きさと比べて剣速は速い。
「ふんっ!」
横なぎ、横なぎ、振り下ろし。
ブリュンヒルデの攻撃は続く。
俺は二本の小太刀でそれを受け止める。
だが、決して捌く事はしない。
「何故ですか!」
「何がだ?」
振り下ろしの剣を受けられた体勢でブリュンヒルデは口を開く。
「あなたは私をバカにしていたはずです!なのに……なのにどうして私の攻撃を捌かずに受け止めるんですか!これではまるで…」
「まるで?」
「あなたは最初から私をバカになどしていなかったみたいではないですか!」
「ヒルデ。」
俺は初めてブリュンヒルデを愛称で呼ぶ。
「ヒルデ、お前はなぜ騎士になった?」
俺の問いにブリュンヒルデの力が僅かに弛む。
「私が騎士になった理由……」
「そうだ。その理由を教えてくれないか。」
俺の言葉が引き金となったかの様に、泣き出しそうだった空からポツリポツリと雨が落ちて来た。
次第に雨の量が増え、本降りと言って良いほどの雨粒が俺達二人を濡らす。
その雨の中、俺から距離を取ったブリュンヒルデの顔は悔しさと悲しさにまみれている様に見えた。
「それともヒルデ、お前は騎士では無いのか?」
俺にはある確信があった。
それは、この時代の常識。
騎士と言う称号。
彼女の性別。
まだ年若い少女だと言うのに一人日ノ本に来たと言う事実。
俺の言葉を聞いたブリュンヒルデは小さく震えながら、やっとと言う感じで言葉を紡ぐ。
「私は……私は騎士などではありません……」
「ん?」
ブリュンヒルデは一度口をつむり、唇を強く噛みしめた後
「私は騎士では無い!私は!私は騎士になれなかったんだ!」
「そうか。」
「私が女だと言うだけで、私は騎士になれなかったんだ!」
俺はニヤリと悪党の笑みを浮かべ
「それで?」
再度バカにされたと思ったのかブリュンヒルデは俺との距離を詰め攻撃を再開する。
しかし、その表情はいまにも泣き崩れそうだった。
「あなたに解るか!この悔しさが!あなたに解ると言うのか!私の味わった屈辱が!」
「しらんよ。それでお前は騎士になってどうしたかったんだ?英雄や勇者にでもなりたかったのか?」
「そうだ!私は英雄となり勇者と呼ばれ、皆を守りたかったんだ!」
ブリュンヒルデの表情や言葉をニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら受け止め
「ほうほう、それはご立派。皆の命を守ってあげたかったのか。」
「違う!私は……私は!皆の命の前に笑顔を守りたかったんだ!」
「笑顔を守る?英雄や勇者になって?ふざけるな!」
初めて俺からブリュンヒルデに剣を振るう。
「英雄や勇者ではお前が守りたかった物は守れ無い!」
お互い決して退かず、捌かず、かわす事もしない。
何合と打ち合い、幾つもの言葉を俺達はぶつけ合う。
「私は………、私は勇者になりたかった!英雄と呼ばれたかった!」
「勇者も英雄も現れてはいけないんだ!」
「それでも私は!」
「それでもだ!勇者も英雄も現れた時には、お前が守りたかった笑顔は失われているんだ!」
「わぁぁぁぁ!」
ギャン!!!!!!
ブリュンヒルデの打ち込みで左の小太刀が折れた。
一度は受けた事でブリュンヒルデの剣は速度を落としたが、その刃は俺の肩に食い込む。
しかし幸いな事に製造されてからの年月と何十合と打ち合っていたためブリュンヒルデの剣は切れ味をほとんど失っていた。
だが元は腐っても西洋式の剣、日本刀と違って元から重さで叩き切る方式をとっているため俺へのダメージはかなりのものとなった。
俺は左肩を押さえブリュンヒルデから距離を取る。
「その折れた剣が何よりの証拠です!あなたの言葉はデタラメばかりです。勇者や英雄は皆の笑顔を……」
「黙れ!何度でも言うぞ。勇者や英雄も現れた時には、お前が守りたかった笑顔は失われている。」
「何故ですか!何故、あなたは!」
「良く思い出してみろ!お前が憧れた英雄譚や勇者の物語を!」
「……思い出す?」
ブリュンヒルデは俺の言葉の意味をいまいち掴めていない様に言葉を返す。
「勇者や英雄が現れる時代に笑顔はあったか!」
ブリュンヒルデはうつむき、剣の柄をギュッと握りしめ、しばしの沈黙の後やっと言葉を絞り出す。
「……ありません……でした。でも。」
「勇者や英雄になりたいと願う事は、皆の不幸を望むのと同じだ!」
ブリュンヒルデはハッと顔を上げる。
その顔は涙に濡れていた。
その悲しみとも絶望とも取れる表情でブリュンヒルデは叫ぶ様に声をあげる。
「じゃぁ、じゃぁ、どうしたら良かったんですか!私は、私は!わぁぁぁぁ!」
声をあげ、ブリュンヒルデは上段の構えのまま斬りかかって来る。
渾身の力で振り下ろされたブリュンヒルデの剣に神側状態で右の小太刀を合わせる。
“バキイイン!”
両者の剣が砕ける。
一瞬、ブリュンヒルデの動きが止まった。
折れた右の小太刀をクルリと百八十度回し柄を正面に向ける。
動きの止まったその一瞬の隙をつき、刀の柄でブリュンヒルデの鉄で出来た胸当てを突く。
その衝撃でブリュンヒルデは息が詰まり後ろに下がり膝をついた。
勝負は一瞬。
僅か数歩の距離を俺が使える最大の数を重ねた神側で走る。
その時、左膝が壊れる音がしたが気にしている余裕は無い。
ブリュンヒルデのあごに照準を定める。
あごを打ち抜く様に正面からの無月、膝を放つ。
“ゴンッ”と言う鈍い音が響きブリュンヒルデはその場に崩れ落ちた。
勝負が決った瞬間だった。
崩れ落ちたブリュンヒルデは無月の衝撃からか意識はあるが身体は動かない様だった。
俺はゆっくりと足を引きずりながらブリュンヒルデに近付き横たわる彼女の隣に腰を下ろす。
「自分はどうしたら良かったか。か?」
「は………い。」
朦朧とする意識の中でブリュンヒルデは答える。
「さあな。俺が答えられるのは、人ひとりの力なんてたかが知れていると言う事だ。それが勇者や英雄でもな。」
「そ……う、で…す…ね。そうかも……知れません。」
ブリュンヒルデは、まだ焦点が定まっていない瞳で空を見上げ
「五十鈴殿………私は……間違っていたのでしょうか?」
「間違ってはいないさ。ただ、ただ急ぎ過ぎただけだ。」
「はい。」
俺ははブリュンヒルデと同じ様に涙を流す空を見上げながら、後ろに居るであろう兼相に声をかける。
「兼相!悪い、後は頼む………」
その言葉を最後に俺は意識を手放した。
いかがでしたか?
やっぱりバトルは難しい。
これからも精進いたします。
勇者や英雄についての解釈、読者の皆様それぞれにある事でしょう。
このお話しの解釈もその一つとして見て頂ければと思っています。
さて、次回からはまた何時もの雰囲気に戻ります。
最近出番の無かったヤツがはっちゃけまくります。
感想お待ちしています。