織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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四国に狐はいないそうですね。
ですが黒い狐は四国にいました。


ヒロインとして。



其の参

「大将ー。」

 

 ゲンナリとした表情で兼相が声をかけて来る。

 言いたい事は解っている。

 内子から宿泊村、宿泊村から内子へと歩き続けてもう五日になるのに夜雀は一向に現れ無い事についてだ。

 

「余計な事は言うな。」

 

「しかし大将。」

 

 食い下がる兼相。

 俺は振り返り

 

「いいか兼相。その時々色々な問題があり状況がある。それを見定めその都度適切な行動を取る。それは武芸にも通ずる事だ。」

 

「はあ。」

 

 兼相は訳が解らないと言う顔で俺を見る。

 

「大将はいったい何が言いたいんで?」

 

 考えても俺が言いたい事は解らなかった様だ。

 俺は一旦深呼吸をし再度兼相に語りかけた。

 

「俺が嫌な気分になるから余計な事は言うな!と言う事だ。」

 

「そうですか。大将とお嬢が夫婦(めおと)だって頷ける発言ですね。」

 

 兼相の言葉に俺は眉をひそめ

 

「これが雫だったら確実に手がでているぞ。その後罵詈雑言が二日は続く。俺の方が理知的だ。」

 

「まあそうなんですがね……。」

 

 兼相がそこまで言った時、後方の藪から“ガサッ”と言う音が聞こえた。

 俺達二人はすぐさま臨戦態勢をとる。

 

「誰だ!」

 

 兼相は緊張しながらも音のした方向へ問いかける。

 

「兼相。格好付けている処悪いんだが、人じゃ無かったら聞いても無駄だと思うぞ。」

 

「夜雀。怪異とかですか?」

 

「いや。狸とか。四国だからな。」

 

「…………へ。」

 

 俺はニヤニヤと笑みを浮かべながら

 

「獣は人の言葉は解さんだろう?」

 

「大将ー。」

 

 悲しそうな表情を浮かべる兼相。

 少しは緊張感を持って下さいとでも言う様に。

 

「クスクスッ」

 

 音のした方角から笑い声が聞こえて来る。

 声からして若い女の様だ。

 

「喜べ兼相。人だ。さっきの台詞をもう一度言ってやれ。」

 

 腕を胸の前で組みながら言う俺に

 

「大将、楽しんでますね。もういいっス。そこの者、出て参られよ。」

 

 再度兼相は声の主に声をかける。

 

「フンッ。そう急ぐでは無いわ。妾(わらわ)は逃げも隠れもせぬゆえ。」

 

 女の声が返って来る。

 

「大将。なんか俺の苦手な相手と言うか、お嬢と同じ匂いを感じるんですが……。」

 

 兼相の言葉に俺は黙って頷き肯定の態度を取る。

“カサカサッ”と落ち葉を踏みしめる様な小さな音を立てて女が姿を現す。

 

「えっ。」

 

「ほう。」

 

 兼相は驚きの声を、俺は感嘆の声を同時に漏らす。

 目の前に立つ女は、年の頃は十四〜五。

 質素な着物を着ているが物腰は優雅で恐らくは名のある家の出なのかもしれない。

 身長はこの時代の女性と比べると僅かに高い。

 スタイルはやせてはいるが出る所は出ている、誰もが羨ましがる体型だ。

 そして、この少女を一際目立たせている特徴は黒。

 膝まである長く美しい黒髪に黒目がちな大きな瞳。

 現代に居たら全寮制の女子校にいる憧れのお姉様。

 これが彼女の印象だ。

 

「驚かせてしまったかなお嬢さん?俺は真中五十鈴、旅の者だ。」

 

「お初にお目にかかる。拙者、薄田兼相。修行中の武芸者にございます。」

 

 俺達二人は初対面の少女に対して自己紹介をする。

 

「ふむ。五十鈴殿に兼相か。妾は有脩(ありなが)、訳あって出自は語れん。悪う思うな。」

 

 そう言って少女、いや有脩は優雅に微笑む。

 

「何で大将は“殿”で俺は呼び捨て?」

 

 キョトンとした顔で兼相は有脩に訪ねる。

 

「何と無くじゃ。サル相と呼ばんだけましであろう?」

 

「大将。やっぱりお嬢と同じ匂いがします。」

 

 兼相のその台詞に有脩は微笑みを崩さず

 

「ほう。そのお嬢とやら、妾と同じ匂いとはさぞかし聡い娘であろうな。」

 

「まあな。少々生意気だが賢いヤツだよ。」

 

「おおー。大将がお嬢を褒めるなんて、空が荒れなきゃいいですがね。」

 

 その言葉が呼び声となったのか空が暗くなりポツポツと雨が落ちて来た。

 

「天気が崩れそうじゃな。近くに妾の住む庵がある。そこで休むが良い。」

 

 有脩はそう言って自分が出て来た藪の方へ歩みを進める。

 俺と兼相はお互い顔を見合せ有脩の後を追った。

 有脩が姿を現した茂みの奥にその庵はあった。

「入られよ」と言う有脩に頭を下げ俺達二人は庵に入る。

 庵に入った俺は有脩に悟られない様に周りを見渡す。

 庵の広さは女一人で暮らすには広いくらいだ。

 そう思いながらさらに見渡すと荷物が少々多く感じた。

 

「有脩殿、此処にはお一人で?」

 

「ふふっ。五十鈴殿はやはり聡いお方だ。此処には妾ともう一人で住んでおる。」

 

「その方は?」

 

「うむ。あ奴は今、己の使命……まあ、個人的な理由で外出しておる。」

 

「使命?」

 

 有脩の言葉に首を傾げる兼相。

 

「………あ奴は全ての人を守る事を使命と感じておる様じゃからな。」

 

 有脩は少し言いにくそうに、だが笑みを漏らしながら口を開いた。

 

 

「すごい人ですね大将!」

 

 兼相は興奮気味に話しかけて来る。

 俺は苦笑いを浮かべながら

 

「そうか?俺には無駄な事としか思えんが。」

 

 冷めた態度で言葉を返す。

 俺の言葉が信じられなかったのか、それとも俺からこんな言葉を聞くと思って無かったのか兼相の態度は動揺した物に変わっていった。

 

「た、大将?嘘ですよね。人を守る事が使命だなんて素晴らしいじゃ無いですか。俺だって……」

 

「してみたい……か。」

 

「はい。心からそう思います。」

 

 兼相の言葉を聞き、彼の純粋な気持ちを理解した上で

 

「ならやって見るが良い。それがどんなに馬鹿げた事か解るはずだ。」

 

「いくら大将の言葉でもそれだけは……」

 

 兼相は今の俺の言葉だけは許せ無いと言葉を濁しつつも訴えて来る。

 そんな態度を取られるのは先刻承知だとばかりに

 

「なら兼相、誰かが襲われている。どうする?」

 

「当然助けます。」

 

 迷いも無く兼相は答える。

 

「ふむ。なら二人襲われていたら?」

 

「二人とも助けます!」

 

 鼻息も荒く答える兼相。

 

「出来るのか?」

 

「大将、いくら俺が修行中だからって馬鹿にしすぎです。」

 

 その言葉を聞いて俺はしてやったりの笑顔で

 

「そうか、出来るのか。」

 

「当たり前です!」

 

「二人が別々の場所で襲われていてもか?」

 

「えっ?大将それは……」

 

「守るんだろ?全ての人を。」

 

 そう言った俺の表情は真剣な物に変わる。

 兼相から見れば冷たい表情に写るだろう。

 そんな俺達二人を見つめる有脩は少しだけ興味深そうに見える。

 

「ならば前提を変えよう。」

 

「はい。」

 

 不安げな表情の兼相が短く返事を返して来る。

 

「お前は今、戦場にいる。どうする?」

 

「どうするって?」

 

「戦うか?見守るか?それとも……」

 

 兼相は目をつむり少し考えてから

 

「俺はどっちの陣営なんですか?」

 

「お前はどちらかの陣営に属しているのか?」

 

「だって戦なんだろ大将。だったらどっちかの陣営に……」

 

 兼相のその言葉を聞き俺は視線を外し

 

「だったらお前は全ての人を救え無い。」

 

「どう言う事ですか大将!」

 

 もう訳が解らないと兼相の声が大きくなる。

 

「お前にとって戦の相手は人では無いのか?」

 

 つられて俺の声も大きくなり俺は兼相を睨み付けながら言葉を放つ。

 

「一人助けたら次は二人、次は四人、八人、十六人、果てしなく助け続けて……最後には敵も味方も助けるのか?そうなったらもうお前は誰も救え無くなる。なぜなら、お前が助け様とする相手を殺そうとする者も、お前が救わなければいけない人間だからだ。」

 

 兼相は顔をひきつらせながら

 

「……ですが大将。それは極端すぎるんじゃ。」

 

「そうかもな。だがな兼相、全ての人を救うとはそう言う………誰か来た様だな。」

 




いかがでしたか?


 今回から登場の有脩様、「ありすえ」と呼ぶのが普通だそうです。
 でも「ありなが」の方が語感的に好みなのと、アイツの姉ですから「なが」繋がりと言う事で。
 そうそう、史実ではアイツとは親子です。
 感想あまり来ません。
 読んで下さったかた、一言でも良いので感想下さい。


感想お待ちしています。

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