「そう言えば、雫はどうだ?」
話題を変える
今は俺の話しを覚えていてくれればそれで良いと言う様に。
二人は俺の意図を理解してくれたのか
「アレはぁ………ダメじゃんねぇ。」
「そうですねぇ。しばらく復活は無いかと。」
「そうか。」
これまでの話の中で、誰しもが気づいている事だろう。
今、この場に雫はいない。
なぜなら……
ヤツは今、船酔いの真っ最中だからだ。
港を出て暫くの間は『海賊女王にわらわはなる!』だの『七つの海はわらわのものじゃ!』などとほざいていたが、五分もしないうちに『だめじゃ!』と気合いのこもった敗北の言葉と共に船倉に引っ込んで行った。
俺以外のメンバーは持ち回りで看病をしている。
今は芽衣と兼相の番と言う訳だ。
姫路〜別府間は初めての船旅と言う事で緊張もあってか大丈夫だったが、そこは我らのやんちゃ姫、二度目と言う事で気が緩みっぱなしでの挑戦でいともたやすくやられた訳だ。
可愛いいなと思う以上に何やってんだと思う前に、さすが!と言う感想が出て来てしまう。
まあ、陸に上がればいつも通りに戻るだろう。
ちなみに、雫の最後の言葉は『お前様よ、四国は地獄じゃ』であった。
先日の迷子の事も含めていつかからかってやろうと悪だくみをしている中、源内から声がかかる。
「旦那様。」
「なんだい?」
「あのー、夜雀ってどう言う怪異なのですか?」
「あっ、それあたしも聞きたかったじゃんよう。」
「夜雀か……。」
俺は難しい顔をする。
「どうかしたのですか旦那様。」
「いやな、夜雀ってのは良く解らない怪異なんだよ。」
「逸話があまり無いとかですか?」
「いや、夜雀は逸話が残る様な怪異じゃ無い」
「どう言う事じゃんか?」
「そうだな、夜雀ってのは人魚や白山坊なんかとは違ってどちらかと言うと現象に近い。」
「「現象?」」
二人とも首をかしげ話しの先を急かす。
「何かが起こる予兆、とでも言うのかな。山道を歩いている時、何かが起こる予兆として夜雀が現れる。……違うな、チッチッと言う雀の様な声が聞こえて来る。」
「それが夜雀。」
「そうだ。」
「それで、その予兆って良い事じゃんか、悪い事じゃんか?」
「どちらでもある。」
「どう言う事じゃん?」
花梨は、恐らくは源内も訳が解らないであろう。
「良く解らない怪異と言うのはそう言う事だ。」
俺の言葉に源内は眉間に指を立て、花梨は自分の頭をワシャワシャと掻きながら
「良く解らないじゃんよう。」
「いまいちはっきりとしませんねぇ。」
「まあな。」
困り果てる二人を見ながら俺は言葉を続ける。
「解らないって言うなら続きはさらに解らんぞ。」
「続きがあるんですか?」
「ああ、夜雀ってのは単体で語られる事もあるが、大体はもう一つの怪異とペア?……コンビ?……セット?まあ、一緒に語られる事もある。」
「もう一つの怪異じゃんか?」
「送り犬と言ってな、夜雀はこの送り犬の現れる予兆とも言われている。」
「送り犬ですか……。」
「ああ、送り犬、送り狼、送り鼬(いたち)なんて呼び方もされるがな。こっちは夜雀と違って割りと日ノ本全土に伝わる怪異譚だ。」
「送り犬はどう言う怪異じゃんか?」
「同じだ。夜雀と同じで良悪両方の説がある。」
「同じじゃんか?」
「そうだ、家まで無事に送り届けてくれると言う説もあれば、食い殺されると言う説もある。」
「本当に真反対ですね。」
「ああ、本当にな。」
夜雀の解説が終わった頃、船頭から着岸すると声がかかる。
船は無事八幡浜へ到着し各々自分の荷物を船から降ろす。
俺だけは看病をしていなかったと言う理由で、でっかい荷物をおんぶしての下船となった。
陸に上がって半刻、俺達の前にはすっかり復活を遂げた雫が歩いている。
「雫さんや。」
「なんじゃお前様。」
「皆に礼は言ったのか?」
「そこはお前様、わらわに抜かりは無いぞ。」
「ほーう。ちなみに何て?」
「ごくろう。じゃが?」
「…………。」
「皆の者、迷惑をかけたのう。心より感謝するぞ。ありがとうなのじゃ。」
丁寧に皆に礼を言う雫。
だが、その姿は頭に手をやり半泣きの状態だった。
何て事は無い、俺にげんこつを落とされたからだ。
俺は皆の方へ振り返る、皆の顔は苦笑いしながらも気にするなと言う顔だ。
ま、こいつの言動に何一つ悪気が無いのは皆知っているからな。
これもまた、何時ものやり取りだ。
俺達は八幡浜から内子へ、いくつかの村や里をへて到着する。
正確には内子では無い。
内子より少し先の小さな村で宿を取る事にした。
理由はこれと言って無い。
しいて言うなら目立ちたく無いと言う理由だ。
宿の方は相も変わらず空き家を借りて宿としている。
夜雀の情報はと言うと怪異譚の夜雀と少しばかり食い違う。
「なあ、お前様。何か尾ひれが付いておらぬか?」
「ああ。」
「旦那様のお話だと、雀の様な声が聞こえるんですよね?」
「そうだ。」
皆が口を閉じる。
暫くの沈黙ののち
「チッチッじゃ無くて、シャカシャカって音がしたらしいじゃんか。」
「足音が聞こえた者もおるぞ。」
「うしろから、あかりがちかづいてきたって。」
「大将。」
皆の視線が俺に集まる。
「小豆あらいに、べとべとさん、それに送り提灯。」
「はぁ、この三つはそう言う怪異譚なのですねぇ。」
あきれた様に源内は言う。
「どうするよお前様。」
雫に言われ俺は決意を固める。
「解った。………兼相。」
「はい、大将。」
「明日から山歩きだ。」
「…………はい。」
いかがでしたか?
この小説の中でもダントツの地味回です。
次話は今回のヒロインの一人、黒狐の登場です。
感想お待ちしております。