織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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最初はシリアスですが、何時もの感じです。


3‐4

 弥助の告白を聞いて雫が『どう言う事じゃ?』と詰め寄って来る。

 

「人では無く物になる。奴隷、と言う事だ。」

 

『奴隷とはどう言う事じゃ?』と返す雫に

 

「お前の腰にある鞄と弥助は同じと言う事だ。彼は人では無く物として売り買いされていたんだ。」

 

 説明を聞いた雫は両腕で自分を抱きしめ『物になる、奴隷』と震えながら呟く。

 

「ワタシノ主人、ヴァリアーノ様イイマス。ワタシ、ソノ人ト一緒二日ノ本来マシタ。」

 

 俺達は頷き先を促す。

 

「デモ、ワタシ主人カラ逃ゲマシタ。」

 

 そうだろうな、でなければこんな所で隠れてはいまい。

 

「弥助よ、どうして逃げたのじゃ?理由があったのじゃろ?」

 

「ワタシタチ、長イ長イ旅シテ日ノ本来マシタ。奴隷ワタシノ他二モウ一人イマシタ。デモ……死二マシタ。」

 

 雫は複雑な表情で

 

「どうして死んでしまったのじゃ?」

 

「ソノ人、船ノ上デ転ンデ怪我シマシタ。仕事デキナクナリマシタ。ダカラ死二マシタ。」

 

 弥助の言葉に雫は驚き

 

「なぜじゃ!なぜ死なねばならん!怪我したのならば静養して直せば良いだけじゃろ?そうじゃろお前様!弥助!」

 

 弥助と俺は雫の当たり前とも言える言葉に苦虫を潰した様な顔をする以外なかった。

 だが、同じ言葉を繰り返す雫に

 

「確かにお前の言う通りだ。だがな、そうでは無いんだ。そうしてはくれないんだ。」

 

「なぜじゃ!なぜなんじゃお前様!」

 

 雫は必死になって訴えて来る、“なぜだと?”“違うと言ってくれ”と。

 だが俺は正直に話さねばならないだろう、残酷な世の理を。

 

「雫。お前、草鞋が壊れたらどうする?」

 

 雫は一瞬キョトンとした顔をするが

 

「直せば良いだけじゃろ?」

 

「そうだな。だが金もあって直すよりも新しく買った方が早くて安かったら?」

 

「う〜ん、新しく買うかのう。」

 

「そう言う事だ。」

 

「どう言う事じゃ!全然わからんぞお前様!」

 

 解らないか、だが……すぐに解るだろう。

 この後の俺の言葉を聞けば。

 

「弥助の主人にとって彼らはそう言う存在なんだ。」

 

「お前様!いくらお前様でも言って良い事と悪い事があるぞ!」

 

 雫は俺の言葉にこれでもかと言うぐらいに噛み付いて来た。

 

「雫サン、五十鈴サンノ言ウ事本当デス。」

 

 怒りを撒き散らす雫に弥助は申し訳なさそうな、怒ってくれた事に対して嬉しそうな表情で言葉をかける。

 しかし雫も引き下がらず『じゃが……じゃが!』と何か言おうとする。

 雫の気持ちは解る、だから俺は

 

「雫、清洲で俺が吉に言った事覚えているか?」

 

「清洲で吉と言えば、あの茶髪じゃのう。」

 

 雫は、なぜここで清洲の話しが出るのか不思議そうにしている。

 

「あの時俺は言ったはずだ。壊すべきは価値観だと。」

 

「そうじゃったな。しかしなお前様よ、今それが何か関係あるのかや?」

 

「大ありだ。悲しいが今の時代の南蛮……西洋人の価値観では弥助の様な肌の人は人じゃ無いと言う考えだ。」

 

『しかし!』と食い下がる雫に、まあ聞けと話しを先に進める。

 

「だからこそ、古い価値観を壊さなければ山の向こう側は見られ無いんだ。解るか?」

 

「そうじゃ……そうじゃな。わらわ達は山の向こう側を見たいのじゃったな。」

 

 無理矢理にでも雫は納得してくれた様だ。

 そこまで話して俺は弥助の話しに戻る。

 

「弥助、君のこれまでの事は解った、最後に一つだけ教えてくれないか。」

 

 弥助を信じる信じないでは無い、一つだけ聞いておきたい事があった。

 その一言が納得出来れば俺にとって他の事はどうでもいいからだ。

 

 

 

「なぜ逃げた。」

 

 

 

 そうだ、この一言が核心であり、もっとも重要な事だ。

 

「ワタシ、逃ゲテモ逃ゲナクテモ奴隷トシテ死ニマス。ソシテ故郷ニハ二度ト帰レマセン。」

 

「そうだな。」

 

 俺は努めて冷静に言葉を選んで返事をする。

 

「ダッタラワタシ、コノ国見テ見タイ。ワタシガ死ヌ国モット知リタイ。ダカラワタシ逃ゲテ来マシタ。」

 

 弥助の本音を聞き、俺は空を見つめた後言葉をかける。

 

「もうすぐ日が暮れる、二人とも山を降りるぞ。」

 

『もうそんな時間かや?』と言う雫と驚きの表情の弥助。

 まあ、仕方がない事だろう。

 未だ理解出来ない弥助を急かして三人で山を降りる。

 余談だが下山の時も当然雫は俺が抱っこして降りる事になった。

 山を降りた所で雫を降ろし

 

「雫、先に帰ってじい様と村長に客が一人増えると伝えてくれ。」

 

 そう言うと『あい解った!』と元気よく走り出した。

 弥助と二人残った俺は少し残酷な事を問いかける。

 

「弥助、君はこの国を知りたいと言ったな。だがこの国も西洋と同じで古い価値観が残っている。いや、古い価値観が今のこの国だと言っても良い。その中で新しい物を作ったり解って貰おうとすれば争いになるかもしれない…………君はそのために剣を取れるか?」

 

「ソレハ…………。」

 

 弥助は明らかに動揺していた。

 それはそうだろう、仲良くしたいと思っている人達に武器を向ける事が出来るか?と聞かれているのだから。

 

「ワタシ殺シタク無イデス。傷ツケタク無イデス。」

 

 弥助は悲しそうにうつむきながら答えた。

 俺はクスリと笑みをこぼし

 

「ありがとう。恐がらせて悪かったな。でも世は乱世真っ只中だ、そんな優しくない事も覚えておいてくれ。そして今から俺も君の友だ。行こう、仲間を紹介するよ。」

 

 そう言って弥助を伴い宿へと歩き出した。

 村の者達は弥助を遠巻きに見つつ驚いている様だが、幻灯館メンバーは思い思いの感想を口にしながら快く迎えてくれた。

 宿の中では長五朗のじい様と源内の義親子(おやこ)が弥助を囲み弥助の故郷の事を聞いている、異国の文化に興味があるのだろう。

 俺は今日の夕食の献立を決めるため弥助に話しかける。

 

「弥助、君は宗教上の理由で食べられない物はあるかい?」

 

 と言う俺の質問に『イエ、アリマセン』と言う答えだったので村長の所へ夕食のリクエストへ向かう。

 いつもは朝夕の献立はお任せなのだが、なぜ俺がこんな事をするのかと言うと。

 仕方が無い事なのだが、弥助はまだ奴隷時代の考えで動いている。

 それを荒療治だがなんとかしようと言うのが夕食をリクエストする理由だ。

 

 

 

 

「八房様、夕食の準備に参りました。」

 

 俺達の世話をしてくれている女性達が夕食を持って訪ねて来た。

 俺がリクエストした食事、それは鍋料理だ。

 鍋料理なら弥助も俺達と同じ物を食べざるを得ない、そう思ってのリクエストだった。

 さて、どうなるか。

 夕食の席、囲炉裏を囲む幻灯館一同と弥助、そして給仕をしてくれる女性が一人。

 その中で困り果てた顔をする弥助。

 俺は何を戸惑っているのか知りつつ

 

「どうした弥助、食べ無いのか?」

 

 と少し意地悪な質問をする。

 弥助は申し訳なさそうに

 

「ワタシ、皆様ト同ジ物食べテモ良イノデスカ?」

 

 と聞いて来る。

 やはり思った通りだった様だ。

『何か問題でもあるのか?』と言う俺の問いに弥助は悔しそうな寂しそうな顔をしながら

 

「ワタシノ肌、黒イデス。」

 

 と答えて来た。

 さて、なんと言って説得しようかと思案していると

 

「そんな事ですか。弥助さん、私を見て下さい。私なんて肌も髪も真っ白ですよ。それに……前に居た里では怪異呼ばわりです。」

 

 横から源内が助け船を出してくれた。

 

「まったく、肌が黒いぐらい何ですか。旦那様なんてお腹の中が真っ黒ですよ。ねっ、旦那様。」

 

 すがすがしい程の笑顔で毒を吐く様になったなぁ源内。

 

「そうだよね〜。ななちゃんも見かけは白いけどお腹の中は真っ黒だもんね。ねっ、芽衣。」

 

「そだよー、でもね雫ちゃんもくろいよ。」

 

 その瞬間“パンッ”と言う乾いた音が響き源内、美奈都、芽衣が頭を抱える。 どうしたのだろう?そんな事は決まっている、三人同時に頭を叩かれたのだ。

 芽衣は雫に、美奈都は源内に、源内は俺に、源内にいたってはツッコミを入れると同時にツッコミを入れられると言う楽しい現象まで起こしていた。

 夕食時のあまりの騒がしさに花梨が静かにと注意するが

 

「黙れ色黒!」

 

「花梨ちゃんだってうるさいよ!」

 

「生えてるからって威張らないで!」

 

「かちぐみはてきだよ!」

 

 と、どこかで聞いた罵詈雑言が帰って来た。

 それにしても源内………こだわり過ぎだ。

 言われた花梨は俺の下に来て

 

「五十鈴さん、あたし何か悪い事言ったじゃんかよう?」

 

 と泣きついて来た。

 俺は『大丈夫お前は悪く無い』と言いながら頭を撫でてやる。

 だからと言って止める気も無いのだが。

 正面に視線を向けると弥助がポカンとした顔をしながら隣に座る兼相に『イツモコンナニ賑ヤカナノデスカ?』と質問している。

 それに対して兼相は『まあ、だいたいこんなもんですわ』と答える。

 一度火がつくと騒がし事この上ないからな。

 少しリラックスした感じのする弥助に

 

「そう言う事だ遠慮なく食べな。この辺りの郷土料理らしいぞ。」

 

 と言ってやる。

 弥助も『ソウデスネ、イタダキマス』と自分の椀によそられた鍋料理に口をつける。

『オイシイデス』と言う弥助の言葉に皆安心しおのおの箸を付けて行く。

 ようやく一段落ついたかと思ったのだが、なぜか又兵衛が泣きながらご飯を食べていた。

 

「どうした又兵衛。」

 

「うー。お話に入れませんでした。」

 

 涙で濡れた瞳を俺に向ける。

 とりあえず『気にするな、頑張れ』と元気づけておく事にした。

 




いかがでしたか?

日ノ本では浮いた感じの弥助でも幻灯館メンバーの中では地味派に分類されます。



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