織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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とある男との出会い。


3‐3

 二人で村に戻ると皆が出迎えてくれた。

 未だコアラ抱っこの雫に皆が無事で良かったと暖かい言葉をかけてくれている。

 だが兼相一人だけが『お嬢、山ン中で泣きべそかいてたんですか?』などと言った物だから報復を受ける事になったが、それはまあ、うん、自業自得と言うやつだ。

 夕食の席で花梨が『そう言えば』と口を開く。

 

「そう言えば五十鈴さん、今この村で変な噂が流行っているじゃんよう。」

 

「変な噂?」

 

「そうじゃんよ。何でも山に怪異が出るって話じゃんよ。」

 

「怪異?」

 

 俺は訝しげな顔をしながら花梨に話しの続きを促す。

 

「うん。確か………土蜘蛛?だったじゃんよ。」

 

「土蜘蛛か………。」

 

「どうしたじゃんか?」

 

「いや。それでどんな話だ。」

 

「たいした話じゃ無いじゃんよ。ただ、村の人が山で黒くて大きな影を見たり、畑を荒らされたり、じゃんよ。」

 

「抽象的だな。影は見間違い、畑は猪…………って見方も出来るが。」

 

「そうじゃんねえ。」

 

 そこで俺は一息つき

 

「しかしな…………豊後の国だしなぁ。」

 

「ぶんごのくにだとなんかあるの?ご主人さま。」

 

 興味があるのか芽衣が話しに加わる。

 

「ああ。土蜘蛛の怪異譚が伝わる地はな陸奥、越後、常陸、備前、そして豊後だ。」

 

「そうなんだー。けっこういるんだね。」

 

 芽衣は納得した表情で食事に戻る。

 

「だがな、逆に怪異譚があるから土蜘蛛と言われたのかもしれん。」

 

「どう言う事ですか?」

 

 又兵衛も話しに加わって来た。

 

「同じ物を見ても土蜘蛛の怪異譚があれば土蜘蛛になるし、鬼の怪異譚があれば鬼になるって事でしょ。」

 

 代わりに源内が答える。

 俺は少し沈黙した後

 

「調べて見るか。」

 

 そう言って久しぶりの悪党の笑みを漏らした。

 

 

 

 

 夕食後、皆風呂へ行き残った俺は縁側に腰を下ろし煙管を吹かしながら土蜘蛛の事を考えていた。

 その時、後ろから俺を呼ぶ小さな声がした。

 

「お前様、ちょっといいかの?」

 

 雫だ。

 

「どうした?ベソをかいた事なら誰にも言って無いぞ。」

 

「そうじゃ無いのじゃ。先ほどの土蜘蛛の話………。」

 

「土蜘蛛がどうした?」

 

 雫はいたずらが見つかった子供の様な顔をして

 

「たぶん…………わらわの友達の事じゃと思うのじゃ。」

 

「そうなのか?」

 

「たぶん。だからのお前様。」

 

 雫は伏せていた顔をあげ

 

「会ってほしいのじゃ。」

 

 必死な表情をする雫をみながら

 

「解った。明日の朝、弁当を持って会いに行こう。それでいいか?」

 

 そう言った瞬間、喜びの笑顔を見せた雫は

 

「とうぜんじゃ!では、わらわは風呂で戦をして来るのじゃ!」

 

 その言葉を残して雫は露天風呂へ駆け出して行った。

 俺は雫を見送った後、明日の弁当を頼むために村長の家に足を向けた。

 

 

 

 

 翌朝、俺の目覚めは重かった。

 二日酔いでもなければ寝不足でもない。

 なぜか昨日から雫が離れてくれないからだ。

 昨夜も一緒に寝ると聞かず結局俺の胸に張りついたまま就寝、そして今に至る。

 

「雫、起きているか?」

 

「うにゅ?おやすみなのじゃ。グゥ…」

 

 起きろ!とデコピン一発。

 

「ぎゅば!何をするのじゃお前様!」

 

「おはようさん。」

 

「うむ。おはようなのじゃ。謝罪を要求する。」

 

「早く身支度を整えて出かけるぞ。」

 

「そうじゃの。早くせんとな。謝罪を要求する。」

 

 朝の清々しい会話をしながら俺達は布団を出た。

 長五朗のじい様に出かける事を伝え二人で山へ向け歩く。

 

「雫、この方角で良いのか?」

 

「うむ、この先の山じゃ。謝罪を要求する。」

 

「そうか。だが山登りだと言うのに、その格好はまずいんじゃないか?」

 

 雫の本日のファッションはワンピースにベレー帽だ。

 

「大丈夫じゃ!山の中はお前様に抱っこしてもらうからの。謝罪を要求する。」

 

「抱っこって。決定事項か?」

 

「きまっておろう。謝罪を要求する。」

 

「決まっているのか。なら仕方がないか。」

 

 ため息まじりに決意を固める。

 

「そうじゃな、仕方がないの。謝罪を要求する。」

 

 雫は悪びれもせず会話を続けている。

 まったくコイツは。

 

「お前様よ、そろそろだっこじゃ!謝罪を要求する。」

 

『おおそうか』と返事を返し昨日と同じ様にコアラ抱っこをする。

 

「おい、まっすぐ登って行けば良いのか?」

 

「途中で獣道のような物に入るがそれまではまっすぐで良いぞ。謝罪を要求する。」

 

「解った。近くに行ったら教えてくれ。」

 

「了解じゃ!謝罪を要求する。」

 

 それから山の中を右に行ったり左に行ったり、雫の『あっちかの?謝罪を要求する。』『こっちじやぁな。謝罪を要求する。』と言う指示の下、目当ての場所近くに到着した。

 

「お前様よ、この際じゃから言うておくがの、わらわの言うておる事を無視するな!」

 

「無視なんかしてないぞ。」

 

「そうかや?ならば謝罪を要求する。」

 

「それで俺はここで待っていればいいのか?」

 

「無視するな〜〜〜〜〜!」

 

 俺と雫が山中で観客の居ない漫才を繰り広げる後ろで草木が音を立てた。

 腰の小太刀に手をかけ雫を後ろに下がらせる。

 ガサガサッと大きな音を立てて黒く大きな物体が姿を現す。

 そして

 

「雫サンデスカ?」

 

 えっ?喋った?

 名前を呼ばれた雫は、後ろからヒョコッと顔を出し

 

「誰じゃ?………ありゃ、やすけかや?お前様!やすけじゃ!やすけがおったぞ!」

 

 こいつが友達か…………人間だったんだな。

 雫の友達って言うから犬か狐、最悪の場合熊も覚悟していたが人間だったとは。

 だがなるほどな、確かにこの時代の人間なら驚き怪異と騒ぎ立てるかもな。

 身長は2メートルほどあるだろうか。

 それに一番の違いは肌の色、日本人の、いや、日の本の民があまり見た事も無い黒い肌。

 俺は小太刀から手を放し

 

「あんたが雫の友達かい?」

 

「ハイ。アナタハ?」

 

「やすけ、この者はわらわの旦那様………夫じゃ!」

 

 またもやこいつは問題発言を…………まあいい。

 

「なあ、あんた。こちらは弁当持参だ、食べながら話そうか。どこか良い場所を知らないかい?」

 

 俺はゆっくりとした口調でやすけと呼ばれた男に話しかける。

 近くに小さな小川があると言うのでそこで食事をしようと言う事となった。

 やすけは最初、緊張のせいかオドオドした態度であったが雫のおかげかすぐに柔らかい物となっていった。

 

「なあ、あんた。名は何と言うんだ?いや失礼、俺は真中五十鈴と言う者だ。」

 

 横で雫が『じゃからやすけと言うとろうが!』と騒ぎたてるが、おにぎりを口に詰め込み黙らせる。

 もう一度『名は?』と聞くと目の前の男は静かに話し始めた。

 

「ワタシ、ヤスフェ言イマス。」

 

「なるほど、ヤスフェでやすけか。この国の人達には難しい発音かもな。」

 

「ソウデショウカ?」

 

「ああ。だからヤスフェ、今から弥助と名乗りな。その方が解りやすいと思うぞ。」

 

 そう言うと弥助は小さな声で『弥助、弥助』と繰り返した後、すまなそうに、そして不思議そうに口を開く。

 

「コノ国ノ人、ワタシ見ルト怖ガリマス。デモ、アナタタチ怖ガリマセン。ナゼデスカ?」

 

 まあ、もっともな疑問だろう。

 

「俺は………弥助の様な肌の人は見慣れているからな。コイツは人見知りしないだけだ。」

 

「見ナレテイル、デスカ?」

 

 弥助は不思議そうな顔をしている。

 まあ、それが普通だろう。

 だが俺はこの話しを早々に切り上げ次の話題へ移る。

 

「弥助、君はどこから来たんだ?」

 

 素直な質問をして見る。

 隣で雫も『そう言えばそうじゃな』と呟く。

 簡単な質問だと思ったが弥助は深刻な顔をしながら

 

「ワタシ、モザンビークカラキマシタ。」

 

 俺はこの国のどこから来たのか聞きたかっただけだが弥助は生まれた国だと思ったらしい。

 

「モザンビーク?どこじゃお前様。明より遠いのかや?」

 

 こいつ未来知識があるはずなんだが、地理はダメなのか九尾の力。

 

「モザンビークは……この国の人間が南蛮と呼ぶ地から南に行った島だな。」

 

 確かこの時代のモザンビークは都市では無く島だったはず。

『ほーう、遠くから来たのじゃのう』と感心する雫と『ワタシノ故郷シッテルノデスカ?』と弥助。

 俺はクツクツと笑いながら『識っているよ、行った事は無いがな』と答える。

 そして『それから?』と続きを促した。

 

「ワタシ、故郷デ補マリマシタ。」

 

 やはりな、そう言う事か。

 

「捕まった?弥助は何か悪い事でもしたのかや?」

 

 雫の問いに俺は一言『いや。』とだけ答えた。

 その後、弥助は俺の考えの決め手となる言葉を放つ。

 

「ソシテ、人デ無クナリマシタ。」

 




いかがでしたか?

今回は弥助との出会いでした。
彼らは弥助といかに付き合って行くのでしょうか?


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