堺の街に着き宿を決め、俺達は納屋に向かった。
長五朗のじい様はずいぶんと顔が広いようで、すぐに納屋主人“今井宗久”に会う事ができた。
「いやいや長五朗はん。えらい久しぶりですな。元気でおましたか?」
「ええ、元気でやっております。」
「最近どうでっか?なんか変わった事ありましたか。」
「まあ、少しばかり。」
「ほう、なんでっか?」
「苗字が変わり、娘が出来たくらいですかな。」
「ほーう、………少しや無いですよ!大きな事ですがな!」
じい様は随分と楽しそうだ。
人が悪いと言うのは、こう言う事なのだろう。
「宗久殿、本日は商売の話と見てもらいたい物がありましてな。」
「ほう、なんでっしゃろ?商売の話でっか?」
「ええ、まずは見て頂きたい物が。源内。」
名を呼ばれた源内は宗久の前に出て、小さな桐の箱を差し出した。
『これは?』と言う宗久に『まずは中を』と長五朗は促す。
言われて箱を開け
「これは一体何でおます。」
困惑する宗久を前に悪党の笑顔を向けた長五朗は『何だと思います?』と返す。
「見た事も無い物ですさかい見当もつきませんなあ。南蛮の品でっか?」
「いえ。我が店の製品ですよ。」
「文殊屋さんのでっか?」
「おや、言っておりませんでしたかな?私、先年息子に身代を譲りまして。」
「ほな長五朗はん、隠居なさったんか?」
「いえいえ、今は清洲の幻灯館と言う店で名代兼番頭をしております。」
「えっ。ちょ、長五朗はんが今更番頭でっか?」
「そうですが、そんなに驚きですかな?」
長五朗のじい様は楽しそうに宗久に語りかける。
「そら驚きますがな。文殊屋言うたら美濃でも一、二を争う大店(おおだな)ですがな。その先代店主が今更番頭て。誰でも驚きますがな。それにしても長五朗はんほどの人を口説けるなんて幻灯館言う店の店主はんは、さぞかしの御仁なんでっしゃろな。」
「そうですな。今は文殊屋の時よりも充実しておりますよ、旦那様。」
「それは何よりだな。」
長五朗は縁側で雫となごんでいた俺に突然話を振って来た。
宗久は『えっ』と驚きの声を上げ俺の方に視線をむける。
「挨拶がまだだったな、俺は八房美津里。幻灯館の店主をしている者だ。以後よろしく。」
悪戯っぽく笑いながら俺は宗久に挨拶をする。
少しの間ポカンとしていた宗久だが
「いやはや、長五朗はんも美津里はんも人が悪うおますな。」
そんな感じで場が和んだ所で宗久は話しを本題に戻す。
「で、この小さいながら豪華な物は何でっしゃろ?」
その問いには長五朗のじい様が答える。
「それはですな、糸ようじと申す物。」
「糸ようじでっか?」
「さよう。これからは煙管や扇子、根付けのようにお洒落の必需品となる物ですな。」
「ほう。で、これはどうやって使うもので?」
宗久の質問に長五朗のじい様は丁寧に答えていた。
「ふむ。この品物の事はよう解りましたわ。それで、私らにどうしろと?」
「ここからは俺が話そう。」
言って話しを受け取る。
「宗久殿、簡単な話だ。この様な商品、いや、幻灯館の商品をこの納屋で売る気はないかい?」
持参した幻灯館カタログ、簡単に言えば商品の絵が描かれた巻き物を宗久に見せながら提案する。
「ほほう、糸ようじ以外にもらんどせる?、わんぴーす?、ばれった?、なんや奇妙な物がようけありますな。」
「ああ、だが店に出せば人気が出る事間違いないはずだ。現に尾張や美濃では最先端の品々だからな。」
「それはもう。この巻き物見せてもらうだけで理解できますわ。しかし、なぜです?この堺に店を出すと言う選択もあるんやないですか?」
宗久は俺達の腹の底が読めないと言った顔で尋ねて来る。
腹の底の探り合い、商談に入っていると言う事だろう。
「ええ、こちらも最初はそう考えていました。ですが、この堺では商店どうしの繋がりが非常に強いと聞きまして。」
「会合衆(えごうしゅう)ですな。」
「ええ。ですから店を新たにと言うのは難しいかと思いましてね。」
「そうですな。賢明な考えでおますな。」
「それで少し考えを変えてみたのですよ。」
「考えを変える、ですか?」
宗久は不思議そうな顔で俺達を見つめる。
「会合衆の皆さんの店は諸大名の方々や一般のお客様相手の商売ですよね。」
「ええ、そらもちろん。」
「だったら、我が幻灯館は会合衆相手の商売をしようと。」
「わてら相手でっか?」
「そうです。それなら何の問題も無いでしょう。」
「問題はありまへんが、どう言う事でっしゃろ?」
「つまりですね宗久殿、幻灯館はあなたの店、納屋と商売をすると言う事です。」
「それは解ります。ですがもう少し詳しゅう説明してくれまへんか?」
「そうですね。」
俺はそう言って説明役を長五朗のじい様に譲る。
「宗久殿、簡単な話でございますよ。その絵巻物にある我が店の商品を納屋さんに買って頂き、その商品は納屋さんで売って頂く、と言う事ですな。」
「しかし、それだとウチの儲けは無しになりますがな。」
「いいえ。新たに堺に出す会合衆向けの店からお買い上げ頂ければ納屋さんに限って七割の値で提供させて頂きます。」
「ほう。それをウチの店で売れば三割の儲けが出ると言う事ですな。」
「いや、そうでは無いのですよ宗久殿。」
俺は横槍を入れる。
『それはどう言う』と言う宗久を無視するように俺は
「源内。お前、清洲で十文で買った品物を薩摩で十文で売るか?」
源内は少し考える様な仕草をして
「売れませんね。運ぶだけでもお金はかかりますから。」
「じゃあ、この堺の中での売買だったら?」
「儲けを考えないのなら売れますよ。」
それを聞いた宗久が
「なるほど。輸送費もそちら持ちと言う事でんな。」
宗久の言葉を聞いた長五朗のじい様が後に続く。
「当然ですな。堺の店と店の商談、輸送費を加える事など出来ませんな。」
『いかがですかな?』と長五朗のじい様は感想を聞く。
「ええ話でんな。ですが………」
「話が旨すぎると。」
「ええ、そう思うてます。この話、他の方とは?」
「いいえ。宗久殿にだけ。出来れば納屋さんとは独占契約を結びたいと思っておりますゆえ。」
宗久は『なぜ?』を繰り返す。
こちらの考えが解らないと言った感じである。
なんだか可哀想になり、俺は種明かしをと長五朗のじい様に囁いた。
じい様は『そうですな』と呟き宗久に語りかける。
「我々が望む物はですな、独占契約で上がる幻灯館の価値でございますよ。」
「価値を上げると言う事でっか。」
「ええ、そうですな。それに悪い言い方ですが、幻灯館と付き合いのある店でしか買えないと言うのも、えー、確か南蛮語で言うぶらんどいめーじとぷれみあ感?と言う物も維持できますしな。」
「なるほど。よう解りましたわ。わても南蛮の商人に聞いた事があります。高級感とかそう言う意味だったはずでんな。」
「ええ、その通りで。」
「でも、それだけでは無いでっしゃろ?」
「何がですかな?」
宗久はお人が悪いと言った顔でこちらに語りかけて来る。
もう解った。
手の内を明かせと。
「ふふっ。そうですな。良いですかな旦那様?」
「ああ。そろそろ頃合いだろ。」
「私どもが納屋さんに求める物は、堺での買い付けの委託でございます。」
「委託?ですか?」
さすがの今井宗久も俺達の言葉に戸惑ったようだ。
「ああそうだ、委託だ。」
俺は親しみを込めた口調で返事を返す。
「実際の所、幻灯館が堺で買い付けをするのは少しばかり面倒なんでな。」
「面倒でっか。」
「ああ。よそ者が堺で一定の商品をある程度まとまった数、定期的に買い付けるとどうなる?」
「そりゃあ売り手側はその商品を揃えますがな。」
「そして、値段を釣り上げますね。私なら。」
囁く様に発した源内の言葉に宗久は表情を硬くする。
「なるほど。ですからわてらに買い付けを。」
「そう言う事だ。店の価値を上げる、商品を買い付ける、とまあ理由を挙げればきりが無いが、俺達の本当の狙いは堺で商売をする相棒探しと言った所だ。」
「なるほど。」
「納得してくれたかい?」
「ええ、今までの小難しい話より、そう言う素直な言葉の方が。」
宗久は今までの笑みとは違う穏やかな笑みを見せてくれた。
「しかし長五朗はん、お連れのお嬢さん方二人共けったいな装いでおますな。」
「そうですか?」
と源内。
「似合っておるぞ白ちゃん。」
二人共けったい、風変わりな格好と言えばそうなのだか。
源内はベトナムの民族衣装であるアオザイの様な上下に長い髪をバレッタでまとめ上げた装いで。
方や雫は、チューリップ帽子に手首が絞まった木綿胴衣、半ズボンをはいて肩からポシェットを掛けている。
その全てが黄色一色だった。
つまりだ清楚なアオザイ少女と黄色い幼稚園児と言う装いだ。
けったいと言われても仕方が無いのだが。
そこはそれ、我が幻灯館スタッフは甘くない。
すかさず長五朗のじい様が
「これは我が幻灯館で扱っている物の一例。それを着て町を歩く事、すなわち歩く看板。看板娘ですな。」
「ほー、さようでおますなぁ。実際に目で見るとやっぱりええもんですなぁ。」
宗久はにこやかに話す。
長五朗のじい様は
「旦那様、細かい詰めの話は私の方でしておきますので、お嬢様と源内を連れて堺見物でも行って来られたらいかがですかな。」
「いいのかい?」
宗久も『ええ、どうぞ。楽しんで来て下さいな』と言ってくれる。
俺は雫と源内を連れ『帰りにまた顔を出す』と言い納屋を離れた。
いかがでしたか?
しかし、相変わらず地味ですね。
二話も使ってやってる事はおっさん同士の会話劇ですから。
楽しんで頂いているのか心配です。
さて、次話でやっと第二話のヒロインが登場します。このお話しの中で南蛮語と言いながら英語を使っていますがご了承ください。
感想お待ちしております。