織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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新たな旅の始まりです。



第二話 主と姫と人魚姫
2‐1


 最近の雫はおかしい。

 もともとおかしかったぞ、と言われればその通りなのだが、やはりおかしいのだ。

 毎晩、俺と長五朗のじい様、薄田兼相、鉢屋弥乃三郎とで晩酌をしている。

 もちろん、酒を飲まない雫、芽衣、美奈都、源内もその場にいるのだが。

 その席で雫は俺にある事をねだって来る。

 金も掛からないし面倒でもない、卑猥な事でも無いのだから別にいいのだが、一つだけ問題がある。

 雫以外、誰も面白くないのだ。

 雫がねだって来る事、それは物まねだ。

 毎晩、雫は俺に物まねをねだって来る。

 たがだ、しかしだ、どこぞの武将だの商店の店主だのならみんなで楽しめる。

 しかし、雫がねだって来るのは未来人の物まねなのだ。

 それも、素人の。

 西表島のガイドだとか、カナダのガイドだとか、アフリカのガイドを俺にやれと言う。

 それを聞いて、一人で腹を抱え転がりながら笑っている。

 なんだこれ。

 当然、他の連中はポカーンだ。

 そして最後に必ずやらされるのが

 

「お前様よ!あれやって、あれ!」

 

「最後だぞ。」

 

「うむ、早よう、早よう。」

 

「コバヤシ製薬の糸ようじ。」

 

“キャハハハハ”

 

「清洲城の明かりに映る…………糸ようじ。」

 

“キャハハハハ”

 

 周りを見ればみんなして『何やってるのこの人達?』そんな目で見て来る、当然だ。

 いつものように話題を変えようとした時、源内が俺に質問をしてきた。

 

「あの、旦那様。」

 

「なんだい?」

 

「糸ようじって何ですか?」

 

 ああ、そうか。

 俺は少し勘違いをしていたかも知れない。

 物まねがどうとかでは無い。

 未来の物や異国の事が解らなかったのだ。

 

「糸ようじか。」

 

 一言つぶやき、絵を紙に書いて源内に渡す。

 

「これが糸ようじだ。」

 

「これが。…………でも、どこがようじなんですか?」

 

 そう聞かれて俺は不思議そうな顔をする。

 それを見て源内が

 

「どこも尖って無いですよ。これでは歯の掃除は出来ません。」

 

 そう言うと他の面々も絵図を見てそうだと首を縦に振った。

 

「そこの窪んだ所があるだろ。そこに糸が張ってあるんだ。」

 

「糸、ですか?」

 

「そうだ、その糸を使って歯の間の掃除をするんだ。」

 

「へー。だから糸ようじ。」

 

「そう言う事だ。」

 

 源内は俺の言った事に納得したのか何度もうなずいていた。

 そして、

 

「私、造ってみます。」

 

 俺は一言『頑張ってみな』と悪党では無い笑顔でそう言うと

 

「なんだか、お金の匂いがしますし。」

 

 源内はそう続ける。

 前はこんな事を言う娘では無かったはずだ。

 横に目を向けると幻灯館名代兼番頭の長五朗のじい様が『短期間でこんなに商魂逞しくなって、我が義娘ながら嬉しいかぎりじゃ』と目頭を押さえていた。

 ジジイ、お前の仕業か。

 まあ、源内が楽しそうなので良としよう。

 

 

 あの日から七日後、嬉しそうな源内が俺の部屋にいる。

 

「旦那様、見て下さい。」

 

 そう言って源内は小さな桐の箱を俺に差し出した。

 俺は無言で受け取り中を確かめる。

 箱の中には見事な木地造りに、しっとりとした漆の光沢を放ち、蒔絵で描かれた小さな鞠と折り鶴が輝きを放つ………………………糸ようじが入っていた。

 

「源内。」

 

「はい。」

 

「これは、糸ようじだよな?」

 

「そうですよ。何か違いますか?」

 

「派手すぎないか?」

 

「そこですよ!」

 

 源内は『ふふん』と言う笑みを漏らし『いいですか』と持論を披露する。

 

「いいですか旦那様。糸ようじの購買層、それはバカな金持ちです。」

 

「バカな金持ち?」

 

「そうです、バカな金持ちです。よく考えて下さい、旦那様。百姓や商人は糸ようじなど使いません。普通のようじが有りますから。」

 

「そうだな。」

 

「ですが!煙管や扇子の様にモテる男の必需品となればどうでしょう。」

 

「その為の豪華な仕様か。」

 

「はい。蒔絵などの絵柄も、えーと、おーだーめいど?にすれば。」

 

「なるほど。で、源内。この企画、お前一人の考えか?それにオーダーメイドと言う言葉。」

 

「さすがです旦那様。雫ちゃんと二人で考えました。」

 

 やはりな。

 あの腹黒やんちゃ姫が一枚かんでいたか。

 俺は妙に納得して話しを続ける。

 

「で、この豪華絢爛糸ようじ、何処で売るんだ?清洲か?」

 

「いえ、義父様達にもご相談したのですが」

 

 源内はほがらかに、努めて明るく、さも当然と言う様な態度で

 

「こう言う悪巧みは旦那様が一番得意だと思いますので、ぜひお知恵を。」

 

 その瞬間、煙管が源内の脳天を直撃する。

 

「ひゃう!何をするんですか旦那様!」

 

「お前ら!俺を一体何だと思っている。」

 

「悪巧みの総大将です。」

 

 しれっと源内は何を解り切った事をと言う様な態度で返して来た。

 俺はため息をついて考えをまとめる。

 

「新しい物、バカな金持ち、流行、人が集まる所………………堺、だな。」

 

「堺ですか?」

 

「雫!じい様を呼べ!堺の街に謀(はかりごと)を仕掛ける。」

 

「あいわかった!」

 

「たっのしそー。」

 

 俺が声をかけると、どこに居たのか雫と芽衣が現れついて来る。

 後ろで源内が『さすがは悪巧みの総大将』と呟く声が聞こえた。

 

 

 

 長五朗のじい様を交え、堺での戦略を練り俺達は堺へ向けて出発する。

 堺行きのメンバーは俺、雫、長五朗のじい様、源内、芽衣、美奈都、兼相、鉢屋衆十数名、それとじい様の下で勉強をしていた店主候補の奉公人達数名である。

 

「さて、どの店を攻めるか。」

 

「そうじゃのう。なるべく大きい店がいいのではないかや?」

 

「そうなりますと、織田家と繋がりのある納家ですかな。」

 

「今井宗久か。………それで行こう。」

 

 堺の街を前にして俺と雫とじい様の悪巧みは進行中だった。

 

「幻灯館の関係者ってみんな腹黒いよね。」

 

「そうだね。ななちゃんも含めてね。」

 

「そだね。」

 

 後ろで“パパン”と音がした。

 振り返ると美奈都と芽衣が頭を押さえてうずくまっている。

 今日も三人娘は元気だった。

 




いかがでしたか?

久しぶりの未来知識は、糸ようじです。
あいかわらず知識の使い方が小さいですね。
次話は堺での商売談義になります。
そして、第二話のヒロインは……まだ出ません。


感想お待ちしています。

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