織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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修業編です


壊物語 其の二

 翌朝、まずは美奈都の下へ寄り、その足で芽衣との約束の場所へと向かう。

 着いてみると既に芽衣は柔軟体操を済まし一息ついていた。

 

「ご主人さま、おそいよ。」

 

「すまんな、用事を一件済ませて来たんでな。さっそく始めるか。」

 

 そう言う俺に芽衣は元気よく『はい!』と返事を返す。

 俺は芽衣の前に移動し説明を始める。

 

「いいか芽衣、御影の剣に基本の型はない。御影の剣の極意はたった一つの動作だ。」

 

『それだけ?』と聞き返す芽衣に俺は『それだけだ』と答える。

「一つの動作とは“貫”と呼ばれる動作だ。」

 俺が一つの言葉を紡ぐと芽衣は吸収するように真剣に聞き入っている。

 

「貫とは動きを重ねる事、それが御影の剣の極意であり奥義だ。」

 

「それだけ?」

 

「そうだ、それだけだ。」

 

「芽衣、俺が兼相と戦った時の事覚えているか?あの動きが貫の先にある神則(しんそく)と呼ばれる動きだ。」

 

「あの、はやいやつ?」

 

「そうだ。足の動きだけでなく剣を振る腕、腰の回転、すべての動きを貫や神則の状態で行う。これが御影流と呼ばれる流派だ。」

 

 ここで一息と煙管に火を付け

 

「芽衣、自分の腕を握ってみな。」

 

 そう言われた芽衣は素直に右手で左腕を握る。

 

「次に左腕に力を込めてみな。腕の筋肉が硬くなっただろ。それと同じ事が身体を動かす時に全身で行われている。ここまでは解るか?」

 

 聞かれた芽衣は素直に『うん、わかる』と力強く返事をする。

 

「貫とは、この状態を二回重ねる事だ。まずは意識せずに貫の状態へ身体を持っていく修業だ。」

 

「どうやるの?」

 

「身体を動かさずに歩く。簡単に言えば自分の頭の中を騙すんだ。まずはしばらくの間、常に自分は三歩先を歩いていると言い聞かせて生活しろ。すべてはその先だ。」

「はい!わかりました。」

 

「いい返事だ。じゃあ解散。」

 

 芽衣は『よし!』と気合いを入れてぎこちなく歩いて行った。

 

 

 

 

 

 驚いた事に芽衣は俺の出した課題をたったの三日でこなしてしまった。

 それどころか、その状態を自分の意識でON・OFF出来るようにまでなっていた。

 その事を確認した次の朝、芽衣は貫の修業に入る。

 この世には天才と呼ばれる人間が居る物だと俺は感じた。

 俺が貫を使えるまでにかかった期間は約半年、だが芽衣はたったの四日間で修得していた。

 

「たいした物だ。芽衣、それが貫、すべての基礎だ。」

 

「うん?これでいいの?やったー。」

 

「次は神則の修業だ。今までは三歩先だったが一日ごとに五歩、七歩、九歩までやってみろ。」

 

 元気よく返事をした次の日の昼過ぎには、芽衣は神則状態もマスターしていた。

 いくら忍びの修業をしていたとはいえ早すぎる。

 俺は改めて天才ってのはいるもんだとへこまされた。

 まあ、へこんでいても仕方がない、修業を次の段階に移す。

 

「芽衣。今日からこれを使っての修業だ。」

 

 そう言って脇差し程度の長さの木刀を二本芽衣に渡す。

 芽衣は『うん!』と返事をし嬉しそうに木刀を受け取った。

 

「御影流のすべては貫、神則にあると言ってもいいが、もう一つ特殊な事がある。」

 

 そこで言葉を一旦切って芽衣に視線を移して話しを続ける。

 

「御影の剣筋に直線は無い。その動きはすべて円で出来ている。」

 

「えんのうごき……」

 

 芽衣は自分に刻み込む様に何度も繰り返し呟いていた。

 その時遠くから『お前様ー』『ちょ、お嬢まって』と言う声が聞こえて来た。 雫と兼相だ。

 雫は元気よく兼相は大八車を引きながら必死になって歩いている。

 二人にはある物を届けてくれるように昨夜の内に頼み事をしていた。

 

「すまんのうお前様、猿がトロくての。」

 

 などと口にする雫の後ろで『お嬢は手ぶらじゃないですか』と兼相が文句を口にする。

 耳ざとい雫は

 

「サル相、文句を言う元気があるなら休みはいらんじゃろ。さっさと準備せい。」

 

 優しさの欠片もない言葉をかける。

 兼相は『分かりました』と一言だけつぶやき作業を開始する。

 四半刻ほどたった頃『できました〜』と疲労困憊の兼相が声をかけて来た。

 それを見て俺は『ごくろうさん』と声をかける。

 雫は『おっそいのー。もっと早く出来んかったのか?使えぬ猿じゃのう』と。

 労いの一言も無かった。

 鬼かこいつは。

 芽衣は作業後の光景を見て『おー』と感嘆の声をあげ、兼相は悲しそうに空を見上げていた。

 俺達の目線の先、そこには直径30センチ、長さ160センチ程の杭が20本あまり立てられていた。

 

「芽衣、この杭を使って剣さばきの練習だ。」

 

「はい!」

 

 それから7日間木刀での稽古を続け8日目の朝

 

「芽衣、これから美奈都の所に行ってこい。」

 

「美奈都の?なんで?」

 

『いいから行ってこい』と言う俺の言葉にしぶしぶ『はーい』と返事をし芽衣は歩いて行った。

 

「美奈都ー、きたよー。」

 

 そう言って芽衣は入り口の戸を開ける。

 

「うん?芽衣か。受け取りに来たんだねー。ちょうど仕上がって来た所だよ。」

 

「ねぇ美奈都、いったいなんなの?」

 

「五十鈴さんに聞いてないの?」

 

「うん。なんにも。」

 

「そっか。はいコレ。」

 

 美奈都から渡された物はさっきまで自分が使っていた木刀と同じ長さの小太刀だった。

 

「五十鈴さんから頼まれたんだ。注文通り鞘なんかも忍者刀仕様にしといたよ。」

 

『どお?』と言う美奈都の問いかけに、芽衣は鞘から二本の小太刀を引き抜き昨日まで繰り返して来た剣さばきをして見せる。

 

「普通の刀より剣先を少しだけ重くしてあるの。五十鈴さんの指示だけど、どお?」

 

「すごい。ぴったりだよ。美奈都はすごいね。」

 

 褒められた美奈都はその場でピョンピョンと飛び跳ね喜んでいる。

 その瞬間、美奈都は自分の造った小太刀が自分自身の首元に当てられているのに気付く。

 

「それ、やめてくれる。」

 

 芽衣は小太刀を当てながら笑顔で言う。

 飛び跳ねている時に美奈都の胸が揺れていたのが気にいらなかったらしい。

『うん。』と美奈都は返事を返し

 

「芽衣、今のなに?一瞬だったけど。」

 

「あのね、神則っていうの。ご主人さまにおしえてもらっているやつ。」

 

「そっかー。頑張ってね。応援してるから。」

 

「ありがとー。」

 

 そう言って芽衣は美奈都の鍛冶場を後にする。

 練習場に戻って来た芽衣は河原に腰を降ろしている俺に気付き近寄って来る。

 

「受け取って来たか?」

 

「うん!」

 

 問いかけた俺に出来たての小太刀を見せながら嬉しそうに芽衣は返事をした。

 そんな芽衣の頭をクシャッと撫で『今日からそれで修業だ』と言ってやった。

 実剣での修業開始から数日後、芽衣の動きに満足した俺は、もう一つ教え様としていた事を教える事にした。

 俺の師匠が得意とし、昔、俺自身も好んで使っていた一連の動きだ。

 その日、河原の練習場には新たな杭が一本立っていた。

 別段他の杭とは変わらないが、ただ一点だけ違っている。

 それは、人の頭にあたる位置に座布団が巻かれていた。

 近くで磯辺焼き持参の雫と最近部下としてこき使われている兼相が居るが気にしないで進める。

『始めるぞ』と声をかけ、俺は杭に向かって両腕の小太刀を構える。

 二本の小太刀を地面に刺し、それを始点にジャンプした。

 杭の頭、人で言う頭頂部に手をあて頭上で逆立ち状態になった後、体をひねり相手と逆方向を向く。

 その状態で体を神則状態に持って行き逆立ちの姿勢から相手の首筋に膝をあてた。

 相手の頭頂部を中心にして円を描く動きだ。

 様子を見ていた芽衣と雫は『おお〜』と声を上げ兼相は『あの時コレを食らっていたら』と震えていた。

 ひとしきり感想を述べた芽衣が『ご主人さま、いまのは?』と聞いて来た。

 

「今のは無月という。出来るか?」

 

「やってみる。」

 

 言うやいなや練習するまでもなく忍びの訓練で体術などお手の物の芽衣は俺と同じ動きを再現する。

 

「そうだ、それでいい。前にも言ったが御影流の真髄は貫にある。自分の得意な動き、相手を惑わせる動きを研究して自分の技にしていけばいい。俺が教えてやれるのも此処までだ。後は自分次第、がんばれよ。」

 

 そう言う俺に芽衣は笑顔で『うん!』と元気よく返事をする。

 その日から鉢屋弥乃三郎が指定した期日まで芽衣はいろいろな場所で自分と御影流の技を磨いていたそうだ。

 

 

 

 そして約束の日。

 

「では、勝負の内容を説明いたします。」

 

 鉢屋弥乃三郎が口火を切る。

 弥乃三郎の示したルールは、村の近くにある山の中に目印が印された手拭いが置いてある、芽衣がその手拭いを持って戻って来るか鉢屋衆を全員倒せば芽衣の勝ち。

 しかし、鉢屋衆から何名か妨害をする者を出すと言う。

 芽衣が、その妨害者に負ける、あるいは二刻(約四時間)経過しても手拭いを取れなければ鉢屋弥乃三郎の勝ち。

 そう言うルールだそうだ。

 俺は少し含みを持たせて鉢屋弥乃三郎に質問した。

 

「鉢屋衆からは何名出すんだい?」

 

「五名と考えておりますが。」

 

「五人か。芽衣どうだ?」

 

「しょうぶにならないよ。」

 

「だよな。」

 

 俺と芽衣の会話を聞いた鉢屋弥乃三郎はしてやったりと言う顔で

 

「多すぎますかな?」

 

「足りんよ。芽衣の、いや、二代目飛び加藤の相手には。そうだな………六倍だせ。三十人だ。そして」

 

「おじさんもはいってね。」

 

 悪そうな顔でそう言ってやった。

 弥乃三郎は少し憤慨した様な表情をしたが努めて冷静に

 

「解り申した。では我が鉢屋衆から三十人、最初は副頭領を頭にするつもりでしたが彼に代わり拙者が頭となりましょう。」

 

 これで準備が整った。

 




いかがでしたか?

修業編と言う事で説明多めです。
説明文が多いとテンポが悪いですね。

次話は決着編、もう少しテンポアップすると思います。


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