織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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幕間二 壊物語始まりです


壊物語 其の一

………話を続ける前に鉢屋弥乃三郎(はちや やのさぶろう)と言う男の話をするべきか。

 まあ、急いでも仕方がない、ゆっくりと語ろうか。

 かつて覚と呼ばれた少女と彼女の新しい家族、鴉天狗(からすてんぐ)達について。

 

 あいつらと出会ったのは狒狒の話のすぐ後、一月も経っていないくらいだ。

 信濃から戻った俺達は俺のリハビリも兼ねて村でのんびりしていた。

 

「芽衣ー!芽衣!芽衣!お手紙だよー!」

 

 所要で飛騨の里に戻っていた美奈都が手に何かを持って走って来る。

 その姿を見つけた芽衣が隣に座る俺に向かって何かをつぶやいた。

 

「ご主人さま、いやみですよね。ころしていいですか。」

 

 普段のポケッとした彼女からは信じられない言葉だった。

 俺は少しキョトンとした顔で大声の発生元の美奈都を見つめた。

 ああ、なるほど。

 一人で納得してしまった。

 季節は涼しくはなったとはいえ、まだ残暑厳しい頃合いだ。

 そんな中、美奈都もまた暑かったのだろう、未来で言うハーフパンツにタンクトップと言う姿であった。

 恐らくこの暑さだ、胸覆い(ブラジャー)を着けていないのだろう、走るたびに年齢と似つかわしく無い胸が凄まじく揺れていた。

 千切れやしないかと心配になるくらいに。

 方や忍び少女の芽衣は…………いや、語るまい。

 この二人、年はたしか一つしか違わないはずだが。

『はあはあ』と息を乱しながら美奈都は俺達の下へやって来た。

 大きく息を乱しているのだ、当然の如く彼女の大きな物は上下しこれでもかと主張している。

 

「芽衣、お手紙だよ。」

 

「しんでくれる?」

 

「なんで!受け答えがおかしいよ!」

 

「そーお?」

 

「お手紙だよ。」

 

「もげろ!」

 

「五十鈴さーん。」

 

 すがる様な目で美奈都は俺に助けを求めていた。

 何て答えたら良いかと悩んでいると後ろから

『お前様ー』『旦那様ー』と呼び掛ける声があった。

 雫と源内だ。

 神の助けである。

 良識のある源内ならば、この場を上手くまとめてくれるはずだ。

 

「あ!ななちゃーん、芽衣がひどいんだよ。」

 

 美奈都が泣きつく。

 うん、まあ、そうだろう。

 俺だって表面上は平静だが内心は泣きたいぐらいだ。

『どうしたの?』と笑顔で近寄って来た源内だったが美奈都を見るなり

 

「この駄肉が!自慢!しぼめ!」

 

 バッサリだった。

 恐らく美奈都のポーズが気に障ったのだろう。

 胸の前で拝む様に手を組んだポーズ。

 このポーズだと両側から肉が圧縮されて、まるで胸を見せつける様になる。

 それが源内の怒りを誘ったのだろう。

 雫はめんどくさそうに俺を見上げ

 

「お前様よ、なんとかせい。この無乳と微乳と駄乳の争いを。」

 

 言われた三人娘の行動は早かった。

 三人から同時に頭をはたかれた雫は『にょーーー』と涙ぐみながらうずくまっていた。

 良い薬だ。

 ここ最近、幻灯館の空気にすっかり慣れた三人娘は、よく胸の話で揉めている。

 内輪で揉めているならまだ良い。

 俺が近くに居よう物なら『(小さい)(普通)(大きい)胸がいいですよね!』と巻き込んで来る。

 勘弁してくれ“胸は大きくても小さくてもありがたい”それが俺の持論なのだから。

 何時までもギャーギャー騒いでいる三人にウンザリしながら

 

「美奈都、何があった?」

 

 そんな感じで助け船を出すのが精一杯の俺だった。

 いじめられっ子ではなく、イジられっ子美奈都は

 

「そうだよ!そうだよ!芽衣、お手紙だよ。」

 

 手に持った手紙を芽衣に向けて差し出す。

 

「おてがみ?わたしに?だれが?なんで?」

 

 最もだ。芽衣の父、加藤段蔵は抜け忍だ、飛騨の里でも彼は忍びとバレない様に生活をしていた。

 そんな彼が手紙をやり取りする様な知人を作るはずがない。

 頭にたくさんの?マークを浮かべている芽衣に目を向け

 

「悩んでいても仕方が無い。取り合えず読んで見たらどうだ。」

 

 そう促された芽衣は手紙を手に取り、疑い半分で読み始めた。

 読み終わったのか芽衣は俺に話しかけて来た。

 

「ご主人さま、なんかね、わたしにね、おじさんがいるんだって。」

 

「叔父さん?段蔵殿の兄弟か?」

 

「うん。おてがみには父上のおとーとだってかいてあるの。」

 

「加藤段蔵の弟?芽衣、差出人の名前は?」

 

「うんとね、鉢屋弥乃三郎ってかいてあるよ。」

 

「鉢屋弥乃三郎?尼子家の鉢屋か?」

 

「かいてない、わかんない。」

 

「そうか。で、内容は。」

 

「わたしに会いに来るって。」

 

 俺は『そうか』と一言だけ呟き芽衣の頭を撫でながら心配するなと言う顔で芽衣に笑顔をむけた。

 それを受け、芽衣も笑い『うん』と元気よく返事をした。

 その日から5日後、件の人物が我が家に訪ねて来ていた。

 屋敷の居間に通された鉢屋弥乃三郎の前には俺と芽衣の二人が座っている。

 まあ、恐らく襖の反対側では雫、源内、美奈都あたりが聞き耳を立てているだろうが、今は気にしないでおこう。

 余計な事を考えている俺の事などは我関せず鉢屋弥乃三郎は名乗りを挙げた。

 

「お初にお目にかかります。拙者、鉢屋弥乃三郎と申します。」

 

 目の前の人物、鉢屋弥乃三郎は年の頃は三十代後半、優しそうな雰囲気を醸し出しているが隙は見当たらない、鞘に納まった刀、そんな印象を受ける男だった。

 

「で。鉢屋殿、この度はどう言った用でこの村に。」

 

 どうにも横の芽衣が落ち着かない様だったので俺は単刀直入に本題を切り出した。

 

「はい。旦那様は拙者とそちらの娘の父親が兄弟と言う事はすでにご存知でありますか?」

 

「ええ、聞いてはおりますが本当の事で?」

 

「真実でございます。その娘が知らぬのも無理はございません。兄が鉢屋家を出たのは元服の一年前で御座いますから。」

 

「ほほう、ではなぜ加藤段蔵殿が鉢屋殿の兄だとお分かりに?」

 

「それは…………」

 

 弥乃三郎は言いにくそうだが真実を話してくれた。

 

 

 先の尼子家滅亡の戦の時、鉢屋衆を追い詰めた手だれの忍びがいた。

 なんとかその忍びを追い詰め弥乃三郎が一騎打ちをしたらしい。

 その相手が加藤段蔵であったと言う事だ。

 一瞬ではあったが頭巾の下の素顔が見え、その時知ったのだと言う事だ。

 今まで刀を向けていた相手が自分の兄であったことを。

 尼子家が滅び、各地で傭兵稼業をしながら兄の消息を探っていた時、兄の現在の名が加藤段蔵である事、娘がいる事、病ですでに亡くなっている事などを知ったと言う。

 

 

「それで鉢屋殿、どうされたいので?」

 

 そう聞かれた鉢屋弥乃三郎は、芽衣を引き取りたいと申し出た。

 鉢屋家の親族は皆、亡くなっており弥乃三郎自身も嫁も子もいないのだと言う。

 一族が途絶える事を半ば諦めていたが自分の兄に娘がいる事を知り養女にしたいと言う事だった。

 横で芽衣は難しい顔をしていたが

 

「芽衣、どうする?」

 

 俺は問い掛けてみた。

 この子ならしっかりと自分の意見を言えると思ったからだ。

 芽衣は自分の顔を見つめる俺の目を見つめ返した後、強い眼差しを弥乃三郎に向け

 

「ごめんね。わたしは加藤芽衣なの、鉢屋芽衣にはなれないの。それにねおじさん、わたしを養女にした後どおするの?」

 

「今も尼子家再興のために戦っている者達がいる。拙者はその者達に力を貸してやりたいと思っている。」

 

「おじさんは尼子家を再興したいの?」

 

「いや。拙者らは忍びの者、いわば傭兵。いくら尼子家に仕えた武家としての鉢屋家があったとしても、その本質は変わりわせぬ。だからなのか尼子家へのこだわりはそれ程ではござらん。だが鉢屋は臆病者と囁かれるのも我慢ならん。」

 

「そっか。がんばってね。ばいばい。」

 

「芽衣殿、もう少し考えてくれぬか?」

 

 まあ、芽衣の反応があっさりしすぎているからだろう、弥乃三郎は少し驚いた様な声をあげた。

 しかし芽衣はまたもやアッサリと自分の意見を通した。

 

「むりだよ。あのね、わたしはね死んだ人のためには戦えないの。わたしは生きてる人のためにしか戦いたくないの。ましてや名前のためなんて一番いやなの。」

 

 それでも引き下がれないのか弥乃三郎は一つ条件を出して来た。

 勝負をしようと。

 勝負は一月後、内容は後日知らせると言う事だった。

 弥乃三郎が帰った後、俺達は夕食を食べおのおのの時間を過ごしていた。

 夜が更けた頃、俺の下に来客があった。

 その者は音も立てずに縁側に座る俺の後ろに正座していた。

 

「何用かな?」

 

 振り返らずにそう告げた。

 

「私に剣を教えてください。」

 

 なにか決意を秘めた声色だった。

 

「なぜ俺に?」

 

「あの人は名のために戦をするといった。わたしにその戦いに加われといった。わたしはそんな戦できない、したくない、させたくない、だから………五十鈴さんの、ご主人さまの剣が必要なの。」

 

「俺の剣、御影の剣は全てを壊す。人の尊厳も望みも。」

 

「壊さなければならない物もあるから。壊さなければ救えない人もいるから。わたしはすくいたいの、たった一人のおじさんだから。父上のおとーとだから。」

 

 固かった声が徐々に柔らかい物に変わっていった。

 彼女の本来のやさしい声色に。

 

「いいだろう。明日、早朝に川のトロ場で待っていな。」

 

 そう言うと『ありがと』と言い残し芽衣は帰っていった。

『御影の剣は全てを壊す』これは俺の師匠である祖父の言葉だ。

 祖父も俺も歴代の御影の剣士は壊す事しか出来なかった。

 だが彼女なら、あの優しく強い忍びの少女なら壊すことなく御影の剣を使ってくれるのではと思っていた。

『壊す事でしか救えない』そう言い切ったあの子なら。

 




いかがでしたか?

当然ですが加藤段蔵と鉢屋弥乃三郎は史実では兄弟などではありません。

しかし、私の書く物語は地味ですね。
もっと派手な方が良いのでしょうか?


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