織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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第一話終了です


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○孫六 美奈都の場合

 

 今、私の家にはお客様が来ています。

 なんでも、清洲にある幻灯館と言うお店のお抱え鍛冶の方だそうです。

 名前は“国友一貫斎”様と言うそうです。

 この方の主人である幻灯館の旦那様がかなりの変わり者で、その注文に応じるため私を弟子に欲しいと言う事だそうです。

 一貫斎様は『今、注文を受けている物でございます』と数本の巻物を見せてくれました。

 父は『これまた奇妙な』と頭を抱えていましたが、私はウキウキしていました。

 目の前にある、今は何か解らない単なる絵でしか無い物を、作ってみたいと言う衝動が抑え切れません。

『五十鈴さんだったら解るかな?』そんな事を考えながら、私は父に頭を下げて頼み込んでいました。

 

「父上!私に清洲へ行く事をお許しください。」

 

 必死に何度も頭を下げました。

 父は『こんな田舎で名無や芽衣と悪さをしているよりはましか』と私の清洲行きを条件付きで承認してくれました。

 その条件とは、半年に一本脇差を打ち、届ける事です。

 一貫斎様も『それは良い事だ。試験の様なものですな』と言って父と二人で笑っていました。

 うまく打てなかったら強制帰郷でしょうか?

 でも、こうして私は今さっき見送った人達と同じ、広い世界を見られる事になりました。

 

 

 

○名無の場合

 

 私が、あの人達を見送って元の色の付いていない生活に戻るのだと諦め屋敷に戻って来ると、他の使用人の方から里長様が私を呼んでいると言われました。

 まるで、あの時の様だと思いながら、もう一人の私は『あんな暖かな場所はもう二度と訪れない』と語っていました。

 泣きたくなる気持ちを抑えて名乗りを挙げると、里長様の他にお年を召した商人風のお方が待っていました。

 里長様が『この者が名無でございます』と私を紹介します。

 いったい何がどうなっているんでしょうか?

 商人風のお客様は

 

「私、以前美濃の国で文珠屋と言う店を商っておりました。今は、清洲で幻灯館と言う店の名代兼番頭をしております。名も以前は東長五朗と申しましたが、今は平賀長五朗と申します。」

 

 どうやら清洲の街にあるお店の偉い人みたいです。 清洲と聞くとあの人を思い出して少し辛いです。

 

「実の処、平賀性の私には名を継いでくれる者はございません。それを不憫に思ったのか我が店の旦那様が、良き女子がいるので養子にしてはどうかと言われましてな。」

 

 この方が何を言っているのか私には理解出来ません。

 こんな顔をあの人に見られたら煙管で頭を叩かれていたでしょう。

 里長様もあまり良く理解出来ていないらしく『どう言う事で?』と聞いていました。

 まったくその通りです。 理解出来ないと言われた平賀様は『なぜ解らんのだ?』と言った顔をして

 

「こちらの娘、名無殿を我が娘として頂きたい。」

 

 どういう事でしうか?

 私は耳が悪くなってしまったのでしょうか?

 私も里長様もビックリして、特に里長様は『他にも良き娘はおりますぞ』とか『なぜに名無を』としきりに言っていました。

 私はもう居ないあの人達を思い浮かべ必死に涙を堪えていました。

 里長様、私はそんなに醜いですか?

 私は暖かな場所へ行ってはいけないのですか?

 すると平賀様が怒りを抑えた様な声で一言

 

「私はこの娘だからこそ養子に欲しいのです。それとも里長殿、私と我が店の旦那様の目が曇っているとでも?」

 

 ものすごい迫力でした。

 平賀様の中では、その旦那様は非常に大きいのだろうと私は感じました。

 一刻ほど押し問答の様な会話をしていらしたお二人ですが、遂に里長殿が折れ『名無をよろしくお願いします』と頭を下げていました。

 

 

 

○清洲へ

 

 美奈都が語り部は得意じゃないと言うので、私が語り部をさせて頂きます。

 私も得意じゃ無いですけれど。

 話があってから二日後、私と美奈都、それに幻灯館の方々は清洲への道を歩いています。

 幻灯館の旦那様はかなり変わった人らしいです。

 名は八房美津里と言うお方だそうです。

 平賀様、いえ私の義父様(おとうさま)によると奥方共々、詐欺師が善人に思えるほど意地が悪く、姿は見えるが其処には居ない、幻の様だが心は感じる、一緒に居るとワクワクする人なのだそうです。

 私も美奈都もそんな人達を知っている。

 あ、もう一つ変わった事がありました。

 私が養子になる時、平賀様が付けた、たった一つの条件、それは私の改名でした。

 今の私は名無しの名無ではありません“平賀源内”それが今の私の名前。

 驚いた事に幻灯館の旦那様は私をその名前にするために義父様を平賀性にしたらしい。

 義父様曰く『わしも平賀性になったばかりだ。そのおかげで、お前の様な可愛い娘も出来た。旦那様と居ると、こうだから面白い。』と笑っていました。

 こんな他人を巻き込んでのバカげた事、五十鈴様でもしません。

 ……………いえ、あの方達ならやりかねませんね。

 清洲に着くとまず幻灯館を案内して頂きました。

 お店はそれ程広くはありませんでしたが見た事も無い物がたくさんありました。

 次に案内されたのは、店の裏にある長屋でした。

 その長屋は幻灯館お抱えの職人達の住居兼仕事場だそうです。

『私達もここに住むのですか?』と義父様に聞いたところ、義父様と私、そして美奈都は旦那様の屋敷で暮らすそうです。

 何でも、旦那様とその奥様は放浪癖があるらしいです。

 なので留守番も兼ねてそちらに住むとの事でした。

 次に私達が向かったのが、そのお屋敷でした。

 里長様のお屋敷の倍以上あろうかと言うお屋敷でした。

 義父様が言うには新商品の会議や職人さん達との宴会場にも使うのでこれくらいのお屋敷が必要との事でした。

 お屋敷に着いて四半刻ほどたった頃『用意が出来ました』と使用人の方が私と美奈都にお風呂をすすめてくれました。

 でも、いくら大きなお屋敷だからと言って、お風呂付きだなんて。

 幻灯館、滅茶苦茶です。

 戸惑いながらお湯を頂き、なにやら騒がしい部屋へ通されました。

 宴会場でした。

 義父様は職人の方々に私の話をしていました。

 いたたまれなくなり『やっぱり私なんて』と思えて身を固くしていると『源内、こっちへ来なさい』と義父様に呼ばれました。

 美奈都は師匠にあたる一貫斎様の所で楽しそうに話をしています。

 私は覚悟を決め義父様の下へ向かいました。

 私が着くなり『お嬢様も愛らしいが、どうだ!我が娘は!』いきなり自慢しだしました。

 その時、襖の外から『旦那様のお越しです』と使用人の方が声をあげました。

 その瞬間、あれだけ騒がしかった広間がシンと静まり皆さん自分の席に戻って行きます。

 私や美奈都も自分の席に着かされました。

 場の空気を一転させてしまう旦那様、一体どんな方なのでしょうか?

 全員が席に着いたのを義父様は確認して『旦那様、全員そろっております』と声を挙げます。

 襖がサッと開いた時、私も美奈都も死んでしまうんじゃ無いかと言うくらいの衝撃を受けました。

 まず、襖を開けたのは、あの日から姿を見なくなった芽衣でした。

 次に登場したのが『皆の者、揃っておるかや!』と騒いでいる雫ちゃん。

 最後は、煙管を吹かしながら、悪党の笑みを浮かべた五十鈴様でした。

 五十鈴様と雫ちゃんは上座に座り、芽衣は少し離れた席に着きました。

 そして、五十鈴様が手をパンッと鳴らすと静けさはどこへやらと言った感じの宴会が始まります。

 義父様と一貫斎様は私と美奈都を連れて五十鈴様、いえ、旦那様の前に来ました。

『旦那様』と義父様は言葉をかけます。

 旦那様は『面倒をかけたな。だが良くやってくれた』などと普通に会話をしていますが、その顔は悪党の顔でした。

 ポカーンとした顔でいると私の頭の上でコンッ!と高い音が響き私は音がした場所を抑え涙目になりました。

 旦那様に煙管で叩かれたのです。

『何をするんですか!』そう声が出そうになりました。

 でも、私の言葉より早く『なんて顔をしているんだお前は』と旦那様は呟きます。

 私は………………… 

 

「なぜですか?」

 

 そう聞くのが精一杯でした。

 旦那様はニヤニヤと悪党の笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれません。

 私は我慢が出来なくなり………………泣き出してしまいました。

 旦那様は私の頭をポンポンと撫で『美奈都も一緒においで』と言って宴会場を出て行きます。

 旦那様と私と美奈都、なぜか着いて来た芽衣は縁側に座り月を見ています。

 

「なぜ?と聞いたか?」

 

「はい。」

 

「俺は何もしていないが?」

 

 旦那様はそう言った切り口をつぐんでしまいました。

 沈黙に耐えられなくなった美奈都が

 

「私が外に出られる様にしてくれたのは五十鈴さんでしょ。」

 

「私を暖かい場所に連れて来てくれたのは旦那様では。」

 

 私達二人の言葉を聞いて旦那様は

 

「俺は何もしてないよ。」

 

 同じ言葉をもう一度繰り返すだけでした。

 旦那様は立ち上がり池のほとりに向かいます。

 そしてもう一度

 

「俺は何もしてないよ。俺は選択出来る状況を作っただけだ。」

 

「状況を作った?」

 

 私も美奈都も旦那様の言葉を繰り返し呟いていました。

 

「お前も美奈都も芽衣も自分で選んだんだ。何も恥じる事無く好きにやるがいい。」

 

 ああそうか、私はやっと理解した。

 私達三人はずっとお日様に願い事をしていました。

 でも、それは間違いでした。

 私達は自分で歩けるのだから。

 差し伸べられた手を自分の意志で掴めるのだから。

 だから、この人は“何もしてない”と言うのだろう。

 

「ねえ、五十鈴さん、五十鈴さんは何者なの?」

 

 改めて美奈都が質問します。

 私も知りたい事でした。 横を見ると芽衣も頷いています。

 

「俺か、俺は幻灯館主人“八房美津里”であり、お前達の知っている“真中五十鈴”だ。」

 

『どう呼べば?』と美奈都は質問するが『好きに呼べ』と言うだけでした。

 池の畔に立ち煙管をくゆらせている旦那様を見つめながら、私は美奈都と芽衣に話しかけます。

 

「ねえ、私達に手を差し伸べてくれたのは、お日様じゃなくてお月様かもね。」

 

 二人は?と言う顔をしていましたが、私は構わず

 

「だって、私達は怪異だから。怪異は夜と共に歩む者でしょう。」

 

 二人は最もだと言う顔で笑ってくれました。

 

 

 

 

 私はもう白山坊と呼ばれる事を悲しまないだろう。

 私達三人が怪異と呼ばれていなければ、この人達と出会う事は無かったのだから。

 




いかがでしたか?

この物語には国友一貫斎や平賀源内など戦国時代よりも後の時代の名前が出て来ます。
これは、この物語の根幹に繋がる事でもあります。

さて、次は幕間二となります。


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