織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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解決編の始まりです



1‐3

 里長の屋敷からすぐの所で俺は山の中へ入った。

 雫に隠れて探れと言った手間、俺もおおっぴらな行動を取りたく無いからだ。

 怪異の目撃場所を目指して歩く。

 里長の言った通り目当ての山の麓には沢があった。 そこから90度向きを変え山の中腹を目指して山登りを開始する。

 しばらく登るとそれは姿を現した。

 巧みにカモフラージュされている庵、いやほったて小屋があった。

 よほど注意して探さないと見つからないほどのカモフラージュ具合だ。

 誰もいない事を確認して中に入ってみる。

 

「なんともまあ。」

 

 小屋に入って俺は感嘆の声を挙げた。

 そこは小さいながらも炉がある立派な鍛冶場だった。

 奥にはかなりの数の板や紙に色々な図形が描かれた物もあった。

 周りに立て掛けてある物を手に取ってみる。

 

「誰の鍛冶場かは解らんが一つ試して見るか。」

 

 俺はリュックから紙とペンを取出し昨夜から考えていた物の絵図面を記し、いくらかの金と一緒にその場に残し山を降りた。

 

 

 

 

 里に戻って来た俺に声をかける者があった。

 

「五十鈴さーん!」

 

 美奈都が胸を揺らしながら駆け寄って来る。

 

「おはようございます!今日は、ななちゃんと一緒では無いのですか?」

 

「今日は別行動。名無なら雫と一緒だ。」

 

 美奈都は『そうですか』と言ってニコニコと笑う。

 

「そうだ美奈都、これから鍛冶場にお邪魔しても構わんか?」

 

 丁度いい機会なので聞いてみた。

 

「いいですよ。でも父は今、居ませんが。」

 

『構わない』と返事をして美奈都と二人で孫六の鍛冶場へ向かった。

 

「到着でーす!」

 

 元気の良い声を出しながらスパーンと表戸を開けた。

『邪魔するよ』と声をかけ鍛冶場に入る。

 鍛冶場の中は綺麗に整頓されている。

 たが俺の目的は鍛冶場の隅に集められていた。

 その前に屈みこみ、それぞれを手に取りじっくり観察し感じた疑問を美奈都にぶつけてみる。

 

「美奈都、この里に鍛冶屋は何件ある?」

 

「家だけですよ。」

 

『そうなのか?』と少しとぼけた感じで聞き返すと『そうですよ!』と大きな胸を張って自慢げに宣言した。

 

「美奈都、お前は刀を打ったりしないのか?」

 

 そう聞かれた美奈都は一瞬ビクッとしたのち悲しそうに

 

「女は刀鍛冶に成れませから。」

 

 声のトーンを落としてそう言った。

 

「ただの迷信なんだがな。」

 

 といたずらっぽい笑顔を向けた。

 だが、あと一つ確認したい事がある。

 下手な芝居を始めよう。

 

「美奈都、悪いが手を貸してくれないか?」

 

 腰を下ろしたまま右手を差し出す。

 

「はい!いいですよ。」

 

 美奈都は疑いもせず手を貸してくれた。

 

「ありがとう。」

 

 心の中では『すまんな』と思い両方の意味で礼を言った。

 二人で鍛冶場を出て『またな』と言い美奈都と別れ俺達の滞在する家へと足を向ける。

 家路への途中、右手をじっと見て

 

 

 

「怪異は恐らく後一つ。」

 

 

 

 独り言を呟きながら歩いていると後ろから

 

「お前様ー。」

 

「五十鈴様ー。」

 

 雫と名無が俺を呼ぶ声が聞こえて来た。

 立ち止まると二人が駆け寄って来る。

 開口一番、雫が

 

「お前様よ、なにか収穫はあったかや?」

 

「まずまずだな。」

 

 帰り道では雫が『今日は白ちゃんとあんな事をした、こんな事をした』と楽しそうに話していた。

 その声を聞きながら目線を名無に向けると夕べと同じく年相応の少女の顔がそこにはあった。

 夕食を食べ名無が屋敷へと帰り家には俺と雫の二人だけになる。

 茶を飲みくつろいでいると

 

「どのくらい進んでおるかや?」

 

 唐突に雫が聞いて来た。

 

「白山坊はともかく“火車が七割、覚は二割”かな。それに…」

 

「それになんじゃ?」

 

「火車は今夜中にもう一割。」

 

「ほう。面白そうじゃ。」

 

「なら、お楽しみに行きますか。」

 

「おう!」

 

 俺と雫は怪異の目撃があった山の麓まで来ていた。

 里の誰にも見つからない様に慎重にだ。

 そこで俺達は山の中腹で小さく灯る炎を見つめる。

 その炎は真っ暗な闇の中では人魂の様に見えた。

 

「やはりな。」

 

「やはり?あの人魂がかや?」

 

「ああ。もう一ヶ所だ、あれ(人魂)の説明は帰ってからだ。」

 

 俺達二人は目当てのもう一ヶ所に寄る。

 

「やはり留守か。」

 

 それを確認し家へと帰る。

 

「一割増えたかや?」

 

 家の表戸を閉めるなり雫が聞いて来た。

 俺は雫に視線を向け『まあな』と呟いた。

 

 

 次の日からしばらく調査の振りをしながら清洲へ手紙を出したりして過ぎて行った。

 

 

 俺達がこの里に来て二週間ほどたった。

 雫は里の空気にも慣れ毎日、美奈都や芽衣と出かけている。

 名無はだんだんとこの家に居る時間が長くなり今では屋敷に帰らずにいる。

 里長には調査が昼間から夜に移ったためと告げたそうだ。

 

 

 今、俺は一人で山中の小屋に来ている。

 中に入ると目の前の椅子の上に“ご注文の品”と書かれた風呂敷包みが置いてあった。

 それを手に取り重さ、肌触り、表面の滑らかさなどを確認し

 

「いい出来だ。」

 

 納得がいったと独り言を呟き紙とペンを取出し次の注文を書き“前金、残りは完成後”と書き加えて前回と同じ様に金を置き小屋を後にし次の場所を目指す。

 里の入り口、つまり俺達が最初に里に入った方向で目的の人物を見つけ声をかけた。

 その者は右にずれながら足早に俺の元に向かって来た。

 

「ごようですか?五十鈴さん。」

 

 目的の人物、芽衣がニコニコと笑いながら聞いて来た。

 

「ああ、御用だ。芽衣ちょっと目をつむれ。」

 

 ?な顔をしながら素直に目をつむる。

 それを確認し芽衣の左側則頭部、ポニテの反対側にある物を装着する。

 ある物とは、何日か前に山の小屋で発注し今受け取った物。

 白地に紅と黒で歌舞伎の様な隈取りが施された鉄で出来た狐のお面だ。

『もういいぞ』と声をかけ『重くないか?』『何処か擦れて痛くはないか?』と幾つか質問した後

 

「歩いてみな。」

 

 と、声をかけた。

『なんで?』と言う顔をしながら芽衣はトトトと独特の歩法で歩き出す。

 そして、あっという間に全力疾走のようになり、周りを一週して俺の下に戻って来て一言

 

「まっすぐだぁ!なんでこれ付けるとまっすぐ歩けるの?」

 

 不思議そうにしている芽衣だったが、何て事はないポニテの重さで崩れたバランスを鉄のお面で整えただけだ。

 芽衣は『なんで?なんで?』と説明を求めて来るので、ゆっくり丁寧に説明する。

 俺の説明を聞き、田んぼの水面に自分をうつしながら

 

「なんでお面?」

 

「かわいく無いか?」

 

「かわいい!でも…」

 

 そこまで話をして、やっと芽衣が何を言いたいかが解った。

 

「その髪型、気に入っているんだろ?」

 

 芽衣は少し考えて

 

「うん!父上もかわいいっていってくれてた。」

 

 言ってくれてた?

 

「芽衣。今、お父上様は?」

 

「ずっとまえにしんじゃた。」

 

「そうか。俺もその髪型かわいいと思うぞ。それに、その髪型でいれば空の上に居る父上様がいくつになっても芽衣だと解るしな。」

 

 そう言ってお面とポニテで面積が小さくなった頭を撫でる。

 芽衣は目を細めて『えへへ』と笑う。

 それを確認して

 

「芽衣、案内しろ。」

 

「あんない?どこへ?」

 

「父上様のお墓だ。」

 

「うん!」

 

 

 芽衣の父親の墓は少し変わった場所にあった。

 里の中ではなく俺と雫が迷っていた山の頂上に。

 墓を確認し持参した酒を供え手を合わせた。

 線香は手持ちが無かったが。

 目を開けると視界の端に卒塔婆が見えた。

 一本だけしか無いので芽衣の父親の物だろう。

 そこに書いてある名前を見て俺は体が固まった。

 そこに印された名は“加藤 段蔵”。

 まさかと思いながら芽衣に質問をする。

 

「芽衣、お前生まれはどこだ?」

 

「うまれ?近江だよ。」

 

「甲賀の里か?」

 

『えっ!』と言う驚きの声を残して芽衣の姿が消えた。

 いや、消えたのでは無い。

 芽衣は俺の背後に回り、首筋に小刀を向けていた。

 加藤段蔵は抜け忍だ、だからこそ里の者や他から来た者に出自がばれない様にと気を使い、芽衣にも言い聞かせていたのだろう。

 ため息を一つつき煙管を取り出した俺に戸惑いながら芽衣は

 

「なんでわかったの?」

 

 一言だけ聞いて来た。

 

「解ったんじゃ無い。識っていたんだよ、芽衣。」

 

 

「しってた?」

 

「ああ、俺の生まれた国では、加藤段蔵は有名人だ。」

 

「ゆうめい?ちちうえが?」

 

「そうだ、服部や風魔と違い身一つで歩んだ人物、“飛び加藤”加藤段蔵。」

 

 芽衣は俺から離れ、墓の前に立ち

 

「父上、ゆうめいじんだって。でもしのびとしてはダメだね。」

 

 そう言って少し寂しそうに笑っていた。

 

 

 

 しばらくの静寂の後

 

「いすずさん、あなたは何者なんですか?」

 

 俺は毎度の悪党の笑みをこぼし

 

「それは自分で調べるんだな。」

 

『帰るぞ』と声をかけ芽衣と二人で里へと向かう。

 帰る途中、芽衣は自分も忍びである事、小さな頃から蜂須賀五右衛門と一緒に父、加藤段蔵の指導のもと修行した事もある事、今も山で修行している事など自分の事を話してくれた。

 その話を聞いた後、俺はカマをかけてみた。

 

「芽衣、いくら修行でも山狩りの者達にちょっかい出すから覚なんて言われるんだぞ。」

 

「うん。これからはちゅういする。」

 

「…………やっぱり覚はお前か。」

 

「しらなかったの?ひどい。」

 

 騙されて不満を言って来たが、とりあえず無視を決め込む。

 里に着き芽衣は夕食の準備があるからと言って自分の家へと帰って行った。

 最後に『お面ありがとー』と言ってくれた。

 

 

 家に帰ると雫と名無がいる。

 家に入ったとたん雫が

 

「お前様すごいぞー!白ちゃんがあの十文ライターの構造を解析したらしいぞ。」

 

「ほう、そりゃすごい。構造なんぞ俺は知らんからな。」

 

「…………そうだったのですか?ではなぜ私に?」

 

 名無は詐欺にあったような顔をしていた。

 その隣で『詐欺じゃな。白ちゃん、めげるでないぞ』と慰めていたが一番腹黒いのは、おそらくコイツだ。

 

「まあ、騙すみたいになったのは悪かったが、お前なら出来ると思ってな。で、再現は出来そうか?」

 

「上の鉄の部分は出来そうですけど、下の液体は解りません。こんな揮発性が高い液体、私は知りません。」

 

「完全再現は無理か。」

 

「はい。」

 

「じゃあ、上の部分だけでいいから再現してくれ。」

 

「えっ、でも。」

 

「火車と白山坊が組めば大抵の物は作れるだろ?」

 

 ここまで話して『少し出て来る。遅くなるから夕食は要らない。』と告げ外に出る。

 後ろで『行ってらっしゃいなのじゃー』『行ってらっしゃいませ』と、ふざけた物言いと丁寧な言葉が聞こえた。

 まあ、どっちがどっちかはすぐ解るが、まあいい。

 家を出て山の麓に陣取り今夜は人魂の観察をする事にする。

 真っ暗な中、夜鳥の声に混じって甲高い音が聞こえる。

 一刻ほどその音がリズミカルに響いた後『にゃー』と言う猫の様な声が断続的に発せられていた。

 俺が麓で観察を始めて、ずいぶんと時間がたつ、夜が明け始めた頃、二人の人物が疲れた顔で下山して来た。

 気付かれない様に後をつけ、無事家に戻ったのを確認し俺も家に帰る。

 

 

 その後一週間は昼夜逆転の生活を送っていた。

 でも、ただダラダラしていた訳ではない。

 芽衣の下には川並衆を抜けた者達が何名か部下としている。

 芽衣と一緒に野良仕事をしていた者達がそれだ。

 その中の足の早い何名かを雇い、臨時の飛脚として清洲との連絡を取っていた。

 夜は山の麓で火車の観察である。

 

 

 

 さて、そろそろ火車の謎解きをしようか。

 まあ、謎なんて無いんだがな。

 

 

 

 いつもの様に『出かけて来る』と言い残し目的の場所へ向かう。

 

「おはようさん、じゃまするよ。」

 

 そう声をかけ表戸を開ける。

 そこには目当ての人物がいた。

 

「注文の品は出来たかい?」

 

「ええ、出来てます。気に入っていただけるかは解りませんが。」

 

 俺達は簡単な会話をして山の小屋に出迎く。

 

「これです」

 

 と、二振りの刀が差しだされる。

 二本とも小太刀と呼ばれる物だ。

 鞘も柄も無い、剥き身の刀を手に取る。

 一本は通常の小太刀、もう一本は殆んど反りの無い諸刃。

 一本一本を軽く振り確認する。

 

「良い出来だ、美奈都。」

 

「ありがとうございます!」

 

 やっと何時もの調子に戻ったようだ。

 

「でも五十鈴さん、どうして私なんですか?」

 

『父ではなく』と聞いて来た。

 

「兼元殿よりもお前の方が遥かにセンス、いや、才能があったからだ。」

 

「わたしが、ですか?」

 

「それに、俺の注文に応じる事が出来るか見たかったしな。」

 

「戻ろう」

 

「はい!」

 

 二人で山を降りながら美奈都は俺に質問をして来た。

 なぜ小太刀なのか、なぜ一本は諸刃なのか?なぜ刃がついていないのか?里に着くまで休憩を取りながら、俺は自分が習っていた剣術流派の事や他の街の事を語った。

 美奈都は『外の世界って広いんですね。私も見たいです』と笑みを漏らした。

 

 これで三つの怪異譚は解決した。

 

 

一週間後

 俺と雫は里長の屋敷に来ていた。

 調査が終わった事を報告するためだ。

 

「そうですか。終わりましたか。」

 

「ええ、調査も終わり手も打って置きましたので、もう大丈夫かと。」

 

 里長は何度も『ありがとうございます』と頭を下げていた。

『お礼に夕食を』と言う里長の言葉を丁寧に断り家路につく。

 

「お前様。」

 

 唐突に雫が話しかけて来た。

 

「次の行き先はどこじゃ。」

 

「一度、清洲に戻る。幻灯館のみんなに噂話を集める様に頼んでいたから、それの精査だな。」

 

「そうじゃな。じゃがのお前様、白ちゃん、なんとかならんか?」

 

「二、三日後には何とかなる。心配するな。」

 

「あいわかった。」

 

 

 

二日後 里の入り口

 旅支度をした俺と雫は名無と美奈都から分かれの挨拶を受けていた。

『芽衣はどうした?』と、聞くと朝早くから仲間とどかへ出かけたらしい。

『元気でね』と言う美奈都と一言でも発すれば涙が溢れそうで俺と雫の手を握るのが精一杯の名無。

『名残惜しいが元気でな』と二人の頭を撫でた後、振り向かずに旅立った。

 

 半刻ほど歩いた時、商人風の男達とすれちがった。

 すれ違いざま『後はお任せあれ、旦那様』と囁かれた。

 言葉を聞いた後『二人でいい。草はこっちでやる。』と誰にとはなく話した。

 雫が『なるほど!そういう事かや』と一人納得する。

 

「納得してくれたなら雫、ちょっと寄り道だ。」

 

 と言い山の中に入って行く。

 山をしばし歩くと小川に出た。

 岸に腰を下ろして煙管を取り出し上空に向かって呼び掛ける。

 

「芽衣!いや、二代目飛び加藤出てきたらどうだ!」

 

 頭上でガサリと枝鳴りの音がして

 

「みつかった?これもしってた?」

 

 いたずらが見つかった様な顔をして芽衣が頭上から降りて来る。

 

「バレバレだ。お前一人ならともかく、朗党全員で行く用事って何だ?」

 

「しっぱいしっぱい。」

 

 そう言ってニコニコ笑う。

 

「どうするつもりだ?」

 

 問いかける俺に

 

「ついてく。」

 

 簡潔に応える。

 

「それは俺達と旅をすると?」

 

「そう。ずっとついてく。五十鈴さんがなにものかわかるまで。」

 

 ここまでの流れを見ていた雫は、ニヤリと笑みを洩らし

 

「芽衣の忍びの腕は一流なんじゃろ?これは買いじゃ!そうは思わんかお前様よ。」

 

「ああ、解った。芽衣、これからよろしくな。」

 

「うん。じゃあ五十鈴さん、髪の毛ちょーだい。」

 

『なんで?』と思ったが一本抜いて渡す。

『けいやくのぎしきなの』と言って懐からわら人形を取り出して髪の毛をその中に入れる。

 

「けーやくかんりょう、これからよろしくねご主人さま!雫ちゃんもね!」

 

「それじゃあ行くか」

 

 俺と雫、そして忍者少女加藤芽衣とその朗党、十数人に膨れあがった旅の連れは清洲に向けて歩き出した。

 




いかがでしたか?

次話で第一話終了です


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