取りあえず龍驤ちゃんでなんか書きたかっただけの特に内容の無いようなおはなしなのです!!

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まな板の上の痴話喧嘩

 

―ドタバタガッシャーン!!―

 

「なんや、そんなにこんな脂肪の塊がええんか!」

 

 あくる日の午後の昼下がり。まるで漫画の様な騒々しい音を立てる執務室。その中からまた漫画の様などなり声を上げる少女の声。特徴的な関西弁は所々エセが混じっており、実際は関西出身ではないと言うことが伺える。人によってはそれだけでこの声の主が分かるだろう。

 

「仕方ないだろう、俺だって男なんだからこんな感じの本の一冊や二冊持ってて当たり前だ!」

「確かに多少は理解したる。男ってそう言う物やって言うのはウチだって分かる。それでもや!」

 

 ばんっ! と執務机の上に一冊の本が叩きつけられる。表紙で分かるどきついピンクの雰囲気。心なしかムンムン、と言った感じの効果音が出てきそうな本。昔は春画と呼ばれ、今はエロ本と言われるそれを、龍驤型一番艦軽空母龍驤は叩きつけて一度睨み、今度は顔を上げて半分羞恥、半分怒りの表情で目の前に居るこの本の持ち主である提督を睨みつけた。

 

「なんたってこんなっ……こんな巨乳の女ばかりが写ってる奴なんや!」

 

 その春画、エロ本には表紙に堂々と「特集! 戦艦クラスの魅惑の谷間!」と大きな文字で書かれていた。もちろん内容も最初から最後まで巨乳尽くし。D以下は認めない! が今月号のモットーらしい。

 

 

「そ、それはあれだ! 巨乳って言うのは男のロマンだし、例え貧乳好きでも時にはより大きな母性(物理)を求める物だ! 風の谷のナ〇シカでナウ〇カが巨乳なのは、母性溢れる少女でどんな人でも助ける、そんな想いが込められているんだ! だから作中の人々は〇ウシカに心惹かれていくんだよ!」

「誰もそんなナウシ〇が巨乳の理由なんて聞いとらんわ! ウチが一番聞きたいのは、な・ん・で、こんな牛の乳みたいな脂肪をぶら下げた女ばかりの本があるかや!」

 

 ばんばんばんっ! と龍驤は再び憎き牛の乳を蓄えた女子が大量に宿るエロ本をその手で叩きまくる。

 

「だ、だから……俺だってたまには大きめの胸に憧れを抱くことだってあるってことだ!」

「ほっほーう……」

 

 龍驤はニタリ、と言った感じで目を細める。提督は「しまった」といった顔になる。ついつい本音を口にしてしまった。いや、この手の本音はごく一部の艦娘に話したことはあった。人間ため込むのはよくない、そんな想いで包容力のある子に何人か口にした。だが、これを話した艦娘は皆口を揃えて同じ返答をした。

 

『龍驤の前では言わない方が良い』

 

 やっちまった。提督は嫌な汗がじっとりと溢れる。その意味はもちろん知っていた。だがやってしまった。だらだらと流れ落ちる汗の量は増える一方で、そしてその量は滝のように増していく。それに合わせて龍驤の表情はみるみる変わっていき、笑みから完全に軽蔑に満ちた表情へと変貌を遂げ、その手にはついに飛行甲板が構えられた。

 

「ま、待て龍驤! こんな所でそれは……!」

「艦載機のみんなぁああああ!! お仕事お仕事ぉおおおお!!!」

「あぎゃあぁああああああ!!!」

 

 龍驤の誇る九九式艦爆一個中隊が発艦し、妖精は指定されたターゲットを見て一瞬困惑する。龍驤に何かの間違いではないかと問いかけるが、鬼の形相の自分の主を見てお察し状態となる。一応怪我はしない程度の所を狙って空爆。派手な爆発と爆炎が執務室を包み込み、壁が吹き飛ぶ。そのコンクリートの破片が桟橋でご飯を食べようとして居た赤城の十人前カレーに突っ込んだ。

 

 しかし、直撃しないにしてもその爆風と衝撃は提督の意識をふっ飛ばすには十分の威力である。完全に沈黙した提督の腹を憂さ晴らしに踏みつけると、ドアを蹴り破って飛びだす。ぷんすかぷんすかと誰がどう見ても怒っていると分かる様な歩きで廊下を闊歩し、たまたま居合わせた羽黒はびくっ! と跳ね上がり涙目で龍驤を見送ると、自分に危害が加えられなかったことに安堵し、へなへなと崩れ落ちた。

 

「なんやなんや、あんな三十そこそこ過ぎたら垂れ落ちる乳のどこがええんや……あんなもんあったって動きにくいだけやし、足元見えんし、ブラのサイズ合わんかったらきっついだけやし……男って何であんなもんが好きなんや!!」

 

 がんっ!! と廊下にあったゴミ場を蹴り飛ばすが、アルミでできたそれは意外と硬く、龍驤のつま先にダイレクトアタックして全身に激痛と言う名の電流が走った。

 

「~~~~~~っ!!」

 

 悶絶。しかも爪に入った。これはとんでもなく強烈な一撃である。龍驤は思わずその場にうずくまり、被害を受けた右足親指に慎重に触れる。幸い大したことはなかったが、精神的な苦痛も相まって非常に堪えた。おかげで一層イライラ度が増した。

 

「あーもう散々や!」

 

 たまらず龍驤は声を上げる。激痛が走ったおかげで少しだけ冷静になったが、さっきの事を思い出すとまた腹の虫が呻き声を上げ、眉間のしわが一つ、また一つと増えては鼻息が鳴りまくる。どうにか落ち着きたいとは思うが、かといって怒りを鎮める方法が思いつかない。いーや、許されるならありったけの艦爆を提督の脳天に叩きつけたかった。と

 

「あれ、龍驤じゃないの。そんなに怖い顔してどうしたの? もしかしてさっきの爆発と関係ある?」

 

 と、頭の上から声がして顔を上げて見れば、一人の駆逐艦娘がそこに居た。まず最初に栗色のボブカットが目に入り、左右で一対の形になるくせ毛が目を引く。左側の前髪はヘアピンで止められ、その中から覗く瞳はぱっちりしていて強い意志を感じられた。現に彼女の精神は他の同年代の子たちよりも群を抜いていて、もはやその精神は母親とも言えるような広さを持っていた。その母性っぷりはダメ提督製造機の異名を掲げるほどである。

 

 が、残念ながら体つきは艦娘の中では一、二を争うほど小さく、戦艦組と比べたら頭は一回りも二回りも小さい、と言うのが難点であった。

 

 彼女の名は特三型駆逐艦暁型三番艦、雷である。

 

「なんや……雷か。何でもないんや、放っておいてくれへんか」

 

 しょんぼり、と龍驤は膝を抱いて顔をその間に埋める。雷はさっきの爆発と言い、この龍驤の様子と良い、さてはまた提督ともめたなと予測が行く。そうとくれば話を聞いてやろうじゃないかと世話焼き精神に燃料が注入される。

 

「もう、どうしたのよ。この鎮守府の秘書官がそんな様子じゃみんな不安がるわよ」

 

 よしよしと雷は龍驤の頭に手を置いて優しく撫でてやる。はて一応年上なのだがこの扱いは一体何なのだろうと思うも、実際雷によしよしされるとちょっぴり元気が出るのだから助かった。これはこの鎮守府に所属する艦娘共通である。

 

「……じゃあ、ちと聞いてくれる?」

「うん、良いわよ。雷様に任せておきなさい! ここじゃあれだから、私の部屋に来る?」

「……行く」

「じゃあほら、くよくよしてないでちゃんと立つ! そんなんじゃダメよ!」

 

 雷が龍驤の腕をぐいぐいと引っ張り、半ば強引に立ち上がらせるとそのまま引っ張って自室へと連れていく。足がややもつれ気味なのだが雷は全く気にせず歩き続ける。ややお節介な気もするが他人の事を気に掛けるのが彼女のいい所だし、それで助けられたことも多くあるのだから一概に悪い所、と言う訳でもない。

 

 ではあるが、時折りその世話焼きにべたべたと甘える提督の顔を思い出し、カチンと再び火種が降り注いだ。

 

 

 

 

「そこに座ってて。他のみんなは出撃とか遠征とか入渠とかでしばらく帰ってこないから」

 

 第六駆逐隊の寮に案内された龍驤は真ん中に置かれたこたつの中に促され、言われるがまま足を入れる。ああ素晴らしきかな日本文化の暖房器具。もうここから出たくない。許されるなら私はこたつむりになりたい。

 

「龍驤はお茶と紅茶とコーヒーどれが良いかしら?」

「じゃあこぶ茶で」

「渋いわね~。じゃあ羊羹も付けておくわ!」

 

 鼻歌交じりに雷はこぶ茶を入れると、続けて戸棚の中を覗きこみ「あれ~、どこにしまったのかしら」ときょろきょろ見回し一番上の戸棚を覗きこもうとするも背が足りず、ピョンピョンと飛び跳ねる。

 

「あ、あった!」

 

 目を輝かせて雷は手を伸ばすが、やはり届かないのでややぶすくれる。さしずめ「背が高くなればいいのに」と思っているのだろうと龍驤は予測する。まぁ、分からないでもない。自分だって艤装を外した時の提督との身長差を見ると溜め息が出てしまう。

 

 雷は結局踏み台を取り出してその上に乗っかり、奥にしまってあった羊羹を取りだすとやや憂鬱な溜め息を出す。

 

「あーあ、早くこの踏み台を使わないくらいの背が欲しいわ」

 

 そんな事を言いながら雷は部屋の中にある小さな台所に羊羹を置くと、手頃な大きさに切って皿に盛り付ける。ちょうどこぶ茶がいい感じの色になったから湯呑みに注ぎ、お盆の上に羊羹と二人分のお茶を置く。それを見て満足そうに鼻を鳴らすとさっきまでのぶすくれた顔はどこへやら。ニコニコとしながらこたつの上に羊羹を置いた。

 

「はい、どうぞ。たぶん濃過ぎず薄すぎずのちょうどいい状態よ!」

「おおきに」

 

 渡された湯呑みを手に取り、軽く息を吹きかけると一口。ふむ、確かに濃過ぎず薄すぎずのベストな状態である。まったく自分と同じちんちくりんなのにここまで行き届いてると何やら負けた気がする。

 

「君、いつでも嫁に行けるで」

「そうかしら? でもそれも良いかもしれないわね!」

 

 と、何か上機嫌になりながら雷は羊羹を一つ摘み、口に入れるとふんふんと何か楽しそうな想像しながら鼻歌交じりになる。

 

「司令官のー、お嫁さーん。むふふ」

「雷ー、にやついとるでー」

「あ、ああごめんなさい! 本題があったわね! それで、また司令官と何かあったの? もしかしておっぱいだらけのエッチな本を見つけたとか?」

「理解が早くて助かるで……」

 

 あれま、当ててしまった。そしてまたそんな痴話喧嘩かと雷は半ば呆れながら、龍驤の胸元に目を向ける。一歩間違えれば自分よりも絶壁に近いかもしれないその胸元を持つ身としては、そんな本を見つけてしまえば怒りたくもなるだろう。

 

「あちゃー、そりゃ難儀な物ね」

「酷いもんや……胸なんて気にしないなん言うても結局男はみんな巨乳の方が好きやねん」

「そうねー、でも世の中には病的に巨乳が嫌、って言う人もいるし、一概にみんなそうとは限らないわよ?」

 

 そう言うものの、龍驤の顔はやはり晴れない物で、不満そうに唇を尖らせながら羊羹を口に入れ、お茶で口直しする。どうしたものかなと雷は打開案を模索する。実のところ、雷は先に述べた提督が本音を聞いた数少ない艦娘の一人であり、提督があることで悩んでいるのを知っていた。単刀直入に言えば、今雷はこの二人の関係が修復する方法を持ち合わせている。さっさと言ってしまえば問題は解決すると思うのだが、そこでちょっと待ったと思いとどまる。

 

「提督はそんな病気じみた貧乳好きやあらへんし……一番の問題は貧乳好きって言っておきながら巨乳の本持ってたことや。つまり嘘ついてた、ってことになるんやで」

「まぁ、そうとも受け取れるかもね」

 

 鋭いなと龍驤は思う。実際提督は完璧な貧乳好きではないのだ。それだけ聞けば提督は確かに嘘吐きと言うことになる。しかし、それゆえに彼だって悩む所はあり、雷も親身になって聞いたのだ。このままぽんと答えを出すにしても、お互いのためにはならないであろう。言うことは簡単だが、理解させるのは難しい。今言った所で火に油、状況が悪化するだけだ。

 重要なのは理解し合うことである。そうすれば結束が強くなり、お互いの許容範囲が広がって許し合う、と言う事がやりやすくなる。一番はそこだ。

 

(でも難しいわね~。龍驤は胸に関しては相当デリケートだし、下手に伝えてもまた逆鱗に触れそうだし、うーん……大人になったらもっとこういうことに関して良い答えが出せるようになるのかしら)

 

 顎に手を当てて雷はふむふむと考える。龍驤は羊羹を全て平らげ、お茶を一気飲みしてやはり不機嫌そうな顔で……と思うが、その表情の奥に何か寂しそうな物が混じっているのを見て、ああやっぱりこの人は胸なんかなくてもこの表情だけで男を撃墜できるだけの愛嬌があるんだなと思った。

 

「そんなら最初から巨乳な子を秘書官にしたらええんや……愛宕とか高雄とか、軽空母だったら隼鷹や千歳だって大きいんやし、何でわざわざウチを選ぶんや……」

「そうね。そこまで言うなら龍驤はどうしたいの?」

「え、どうって……」

「本当に司令官は嘘吐いているって思う?」

「それ……は……」

 

 そうだ、と言いそうになって龍驤は慌ててその口を塞ぐ。実のところ龍驤だって提督が嘘をついている、とは心の底から思ってはいない。今まで提督とは長い事一緒にやってきたのだ。多少なりとも考えている事も分かるし、嘘吐いてるか吐いてないかも察しはつく。では今まで提督と接して来て彼が自ら豪語する貧乳好きは嘘なのかと問われれば、NOである。本気で自分の事をかわいがってくれてたし、先も述べたように本当に巨乳が良いなら自分は秘書艦なんてやってないだろう。龍驤は無言で首を横に振った。

 

「でしょ? まぁ隠していた司令官も司令官だけど、龍驤も分かってたならあんなにまですることはなかったんじゃない?」

 

 と、雷は窓の外に見える執務室へと目を向ける。大穴の空いた執務室はまだほんの少しだけ煙を上げていて、補修要員の妖精さんたちが資材を運び込みながらあーだこーだと話し合っていた。

 

 龍驤も釣られて爆撃を受けた執務室に目を向け、やっぱりやりすぎたなとしょんぼりと落ち込む。怒りと落ち込みの比率が、4:6になった。雷はそろそろ頃合いかなとヒントだけあげることにした。

 

「実を言うとね、龍驤。司令官はちょっと隠している事があなたにあるわ」

「隠してる……こと?」

「そ。今まで龍驤には知られたくなかった事が一つだけあるのよ。それを知ったらたぶん司令官の事許してくれると思うわ」

「それって……なんや?」

「私からは教えられないわ。自分で聞いて、自分で理解するのが一番よ。なんで隠してるのかとも思うかもしれないけど、あなたの事を思って言わなかったの。それだけは理解してあげてね」

「……ウチに……隠してる事……」

 

 何だろう、と龍驤は考える。誰にでも隠している事はあるが、雷がこう言うのだ。きっと自分にはかなり関わりのあることなのだろう。それを聞けば許したくなるとは一体どう言うことだろうか。

 

「ま、落ち着くまでゆっくりしてて。あれだったらポテトチップスもあるわよ。暁のお気に入りお子様ランチ味だけど」

「……いんや」

 

 龍驤は軽く息を吐きながらこたつから出る。やや名残惜しいが長い事ここに居るのも迷惑だろうし、一人で考えてみることにした。

 

「もうちょい頭冷やしてくるわ。その辺歩き回ってくる。ありがとな、雷」「あら、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。まぁそう言うなら無理に止めたりはしないわ、頑張ってね!」

 

 ニコニコと天使の様な笑みを浮かべる雷。ああ、その笑みが眩しすぎて直視できない。これが世の提督をダメにしていく艦娘の笑みか。どうにも勝てる気がしないと思いながら、龍驤は最後にもう一つだけ聞くことにした。

 

「そう言えば、雷は提督が仮に巨乳好きだったとして何て言うか……悔しくないんか?」

「んー、そうね」

 

 雷は顎に人差し指を当てて少し考えて、自分のセーラー服の胸元を開けてその中にある自分の発育途中の胸を見る。そして自分で納得したかのように頷くときっぱりとこう答えた。

 

「まぁ、確かにおっぱいは大きい方が魅力的に上がるとは思うけどね。でも私はまだ子供だから、今悩んだって仕方が無いし、まだまだこれから大きくなるって信じてるわよ!」

 

 純情無垢に放つその健気で前向きな瞳。キラキラと星が舞いそうなその顔は、やはり龍驤にとっては眩しすぎる存在であった。

 

 龍驤型一番艦軽空母龍驤。成長が完全に停止した、一部の男性からは合法ロリと呼ばれるこの鎮守府の古参艦娘である。

 

 

 

 

 駆逐寮から出て来た龍驤は、ドアを抜けて肌に突き刺さった冬の風に怪訝な顔をした。今日は冷える。吐く息は白く染まって冷たい空気の中に溶ける。さっきは怒りの方が頭を満たしていて、今日が寒いと言うことをすっかり忘れていた。今はナーバスな気持ちになってしまい、より一層気温が低いのではないのかと思う。軽く腕をさすり、龍驤は行く宛てはないが歩き出す。

 

 頭の上を彩雲が飛んでいく。今朝出撃に出した偵察部隊が帰って来たのだろう。特に連絡なく帰って来たということは、鎮守府近海に異常なしと言うことだ。もちろん念を入れて駆逐艦編成の偵察部隊が警備任務にあたってくれている。緊急の連絡が無ければ、今日の自分の出撃は無しだ。書類の整理などの仕事はあるが、執務室は大破しているので今日はお休みだ。

 

 適当に龍驤は海に沿って歩くことにした。本日は晴天。日差しはあれども風冷たし。ちょうど頭のてっぺんに登った太陽の光が海に降り注ぎ、きらきらと光り輝いていた。そう言えば出撃以外でしっかり海を見たのは意外と久々だったかもしれない。色々な海を回ったが、この鎮守府湾内の海を見るとどことなく安心する。特別綺麗と言う訳でもなく、特別な魚が居ると言う訳でもなく、やはり家の玄関を見たかのようなそんな気持ちである。

 

 てほてほと道に沿って歩みを進め、海の方に耳を傾けて見る。桟橋、砂浜、堤防に打ちつける心地よい波の音が龍驤の鼓膜に響く。その間に時折り聞こえる鉄を叩くような音は、工廠の開発担当の妖精たちが頑張っているのだろう。今日は駆逐艦たちのためにソナーを作る予定だ。

 

 出来れば三式ソナー辺りが出来ればもうちょっと仕事が楽になる、と対潜担当のヴェールヌイこと響の依頼である。

 

「…………はぁ」

 

 龍驤は無意味に溜め息を吐く。そう言えば提督はどうしているのだろうかと思う。一応爆弾の直撃はしなかったとは思うが、それでもただでは済まないと思う。ちょっと様子を見に行こうかな思いつく。提督の顔を見て怒りが湧かないようなら素直に謝って、そして自分に隠していることを聞いてみようか。

 

 くるりと回れ右。龍驤は来た道を戻って提督の居場所はどこかなと考える。鎮守府内のどこかに居るであろうが、鎮守府と言うのは結構広い物で探すには一苦労だ。医務室で手当てを受けているかもしれないし、食堂でぶつくさ言っているかもしれない。工廠に出向いて明石辺りにさっきの出来事を話しているかもしれない。

 

 龍驤は飛行甲板を広げると、彩雲の式神をセットする。ちょいちょいと指を動かし、式神に魂を宿らせて発艦。甲板を滑走していた式神はその足が離れるころにはしっかりと偵察機の形となって飛びだし、鎮守府上空へと飛び立った。龍驤は乗っている妖精さんに提督を探すように指示。見つけたらそのまま帰還せよと命じる。

 

 それから約十分後のことである。思っていたよりも早く彩雲が帰って来た。甲板を広げて着艦受け入れ態勢。進入角度良好、コースそのまま。着艦フックダウン。彩雲が鮮やかにタッチダウンする。乗っていた妖精さんが龍驤にごにょごにょと結果報告。どうやら医務室に居るらしい。次なる進路が決定した。

 

「御苦労さん、つまらんことに引っ張り出してすまんな。面舵いっぱーい、よーそろー」

 

 龍驤は妖精さんを労い、甲板を収納すると歩きだす。到着までやや時間があるため、どうやって謝ろうかと考える。ひとまずはやりすぎてしまったことについて謝罪し、続いて執務室を爆撃したことについても謝ろう。それでちょっと居酒屋にでも行って二人で呑もうか。こっちの奢りで。そんな事を考える。

 

 工廠脇を抜けて、桟橋の横を通り抜ける。ちょうど鎮守府近海を警備していた睦月率いる駆逐隊が帰って来て、龍驤に向かって手を振っていた。

 

「龍驤さーん! 警備任務完了しましたー! 異常無しでーす!」

「おーう、お疲れさーん。補給受けたら休んでええでー! 報告は後で出大丈夫やー!」

 

 はーいと返事が返って来て龍驤は思考を再開する。さて、次は一体どう言う手順で始めるかだ。まずは目を見て、「さっきはごめん」とでも言うべきだろうか。いや、怪我をしているのなら「怪我は大丈夫?」と心配をした方がいいだろうか。医務室に居ると言うことはどこかしら怪我していることになるのだから、その方がいいだろうか。

 

 そんな事を考えながら医務室のある棟にたどり着く。医務室とは言うが、艦娘が損傷して入渠するドッグとは別で、普通の人間が入る医務室である。主に提督や、来客が怪我をしたり、または艤装を外して普通の人間の状態で風邪などを引いてしまった艦娘に使う部屋である。なお、今のところ病院船に当たる艦娘が居ないため、治療は経験のある艦娘が行うことになっていた。一応、龍驤自身も軽い怪我の治療ならできた。何回か提督の治療をした事もあるし、細目かと思っていた体は意外と筋肉がある事も知っていた。ちょっとだけ惚れ直したのはここだけの話し。

 

 龍驤は棟中に入って一階奥にある医務室へと向かう。この配置はさながら小学校の保健室を思い出す。一応ここは新人艦娘の教育棟でもあるから間違っては無い。

 

 医務室前到着。中からごにょごにょと声が聞こえる。誰か手当てをしているのだろうと察してそっと引き戸を開けて中を覗く。まずは提督の背中が見える。やっぱりここに居たかと、龍驤は中に入って第一声を掛けようとして、そして提督の向かい側に居る艦娘を見てピクリと眉毛が持ち上がった。

 

 提督の向かい側に居た手当てをする艦娘。セーラー服の上に可愛らしい鯨のアップリケが縫い付けられたエプロンを着ていて、しかしその鯨は二つの胸の膨らみによってやや不格好な形になっていた。

 

 潜水母艦大鯨型一番艦、大鯨である。

 

 いやそれはいい。大鯨は家事炊事をそつなくこなすことが出来る鳳翔に続いての「お艦」である。さながら新妻と言ったところであろう。事実龍驤だって彼女の事は結構気に入っていた。酒が入った時にはよく世話になったものだ。

 

「もー、一体どんなことしたら龍驤さんに爆撃されるんですか。女の子を怒らせちゃダメなんですよ?」

「あ、いやぁ……面目ない」

 

 しかし。龍驤は気に入らなかった。何が気に入らないかって、それは擦り傷を負った頬に消毒液の染み込んだ脱脂綿を丁寧に当てられている提督の顔はデレついていて、その原因は目の前には大鯨自慢の(本人は特に気にしてないが)二つの胸であったことだ。彼の座るその位置からならセーラー服の襟の隙間からその谷間がちらりと見え、さぞ魅惑の世界を堪能していることであろう。そんなデレデレしっぱなしの提督の顔が目に突き刺さった瞬間。龍驤の怒りと落ち込みの比率が10:0になった。

 

 ばんっ! 引き戸が思い切り開いて叩きつけられる。その音に驚く大鯨と提督。

 

「あれ、龍驤さん……?」

「えっ……りゅ、龍驤!?」

 

 提督が慌てて立ち上がる。その顔は完全に浮気現場を見られた馬鹿旦那の様な情けない顔で、龍驤は心底腹が立った。そんな顔をするということは、完全に間違いなく大鯨の胸を見てデレデレしていたのだろう。今自分はどんな顔をしているだろうと怒りの傍らそう思う。しかし提督の顔はみるみる恐怖のそれに染まっていき、大鯨は手当てをしていただけなのだが、たぶんドッグ入りをするだろうと察した。

 

 現に、そうなった。教育棟一階医務室は、執務室に続き九七式艦攻の魚雷と零戦の機銃掃射により、大破炎上することになった。一応捕捉しておこう。艦攻の魚雷は、海上に落とす物であって爆弾ではない。

 

 しかし、怒りに狂う龍驤にはそんなこと問題ではなかった。火力、火力、とにかく火力が欲しかった。もし使えたのなら飛行甲板を鈍器にして提督の脳天に叩きつけるくらいはしただろう。しかし流石にそれは空母としてはあるまじき行為なので絶対にやらないようにしていた。

 大穴のあいた医務室の窓から飛び出し、顔を真っ赤にしながら一度振り返ると、大きな声で叫んだ。今一度借りようこの言葉。

 

「こんのクソ提督!!」

 

 一度言ってみたかった。台詞だけ見たら完全に曙である。しかし彼女は龍驤である。怒り狂った龍驤は夕焼けに染まりつつある外へと飛び出すと、またも行く宛てもなく走りだす。先よりも激しい憤りだ。走りながら罵倒を撒き散らしていた気もするがよく覚えていない。走る、走る、とにかく走る。すれ違う艦娘全員が金剛力士像よりも恐ろしい形相の龍驤を見て飛びあがる。入渠を終えた暁がその顔を間近に見て失禁したほどである。

 

 やがて建物が少なくなり、鎮守府の外れの方までやってくる。そこまで来ると人影はほとんどなく、波の音と時折吹く風に木々が葉を揺らす音しか聞こえなくなる。龍驤はそこまで来て歩みを緩め、ゆっくりと歩き出す。ふと、自分の目元が濡れてることに気が付き、ごしごしと袖でそれを拭う。

 

「……アホくさ」

 

 気付けば憤りは無くなっていた。そして憤りの次にやってきたのは今まで以上の喪失感と虚無感と情けなさだった。のっしのし、すたすたと歩き、今はトボトボと力なく歩く。いつの間にか道は舗装されなくなり、龍驤は今自分が鎮守府外れの岬に居ることに気が付いた。ここには通常の船舶、及び艦娘の夜の目印になる灯台が置かれていて、十数キロ離れた場所を進む船舶に力強いエールを送っていた。

 

 そんな力強い光を放つ灯台でも、その真下にまで来てしまったら恐ろしいほど暗く、灯台もと暗しと歯こう言う事かと思う。いや違う、灯台もと暗しは本来蝋燭の方が元になっていると聞いた。まぁ、どの道状況は一緒なのだから特に気にはしない。

 

 海側に面している灯台のコンクリートの段差に腰を降ろし、龍驤は暗闇に包まれる水平線に目を向ける。太陽はもう半分以上沈み、それを背中に遠くを本土に向けて物資を運ぶ貨物船がゆっくりと航行していくのが見える。その周りに小さく見える光は艦娘の航行灯。海上護衛の任務に出ていた第三艦隊だ。

 

「……お疲れさん」

 

 龍驤は膝を抱えてぼそりと呟く。顔を膝に埋めてどうしてこうなってしまったのだろうと今日一日自分がしたことを思い出す。執務室を掃除して、提督の隠していたエロ本を見つけて、爆撃した。

 それで雷にちょっとだけ相談して、提督には自分に隠している事があると知った。ああそうだった、提督には何か訳があるみたいなことを言っていた。聞きに行こうと思っていたのに結局これである。

 

「…………ウチ、何もできてへん……」

 

 理解しようと思った。話を聞こうと思っていたなのに、こうなってしまった。一体どうしてこうなったのだろうか。元をたどれば自分のコンプレックスが原因とも言うべきだろうか。考えてみれば今落ち込んでいる原因は胸の大きさである。外から見ればとんでもなく下らない理由だろう。でも、龍驤にとっては大問題だ。

 

 顔を起こして顔を下に向ける。その先には遮る物などなく、自分のスカートが見えた。山も谷も何もないフルフラット。さっきはあっても邪魔、と言った。でも提督の部屋から出て来たあの本に乗っていた女子たちが持つ乳房は、正直なところ龍驤でさえも息を飲む迫力であった。どちらかと言うと驚愕の方ではあるが、男子はそれを魅力の一つとして捉えているのだろうか。

 

「……なんでウチこんな貧相な体なん?」

 

 グスッと涙が浮かんでくる。もっと女らしい体で生まれたかった。成長もピタリと止まってしまい、駆逐艦と大差ない体つきである。いや、艦娘によっては圧倒的な差である。少しでもそれを誤魔化そうと、艤装の主機は厚底である。だが、脱いでしまえば提督より頭二つほど低い。隣に立っていると時たま肘置きにされる。まぁ、嫌いではないのだが。

 

「……ほんと、ばかみたいや……」

 

 自己嫌悪。このまま縮こまって消えてしまいたい。自分が言いたかったのはあんなことではないのだ。何でこうなるのだろう。今度こそ、愛想尽かされただろうか。

 

 と、波の音に混じって聞き覚えのあるレシプロエンジンの音。何でこんな時間に? もう日も沈んで夜間飛行なんて危険なのに。龍驤が顔を上げると、そこにはさっき自分が飛ばした流星の内の一機が飛んでいた。

 

「な、なにしとんや! もう日も沈んどる、着艦するには危険や!」

 

 今現代の戦闘機ならば難易度は高くても夜間の着艦は可能だ。しかし龍驤が居た時代、1940年代となれば夜間飛行なんてする方が頭おかしかった。少なくとも彼女は夜間離発着を好まない方だ。

 しかし、龍驤の真上に到着した流星は一度くるりと旋回するとキャノピーを開け、ぴょんと妖精さんが飛び出しパラシュート展開。龍驤は慌てて立ち上がるとしっかり妖精さんをキャッチした。

 

「ったく……なんて無茶するんや……ま、無事でよかったで。にしたってなんでこんなとこ飛んでたんや?」

 

 と、妖精さんに聞いてみると腕を伝って龍驤の方に乗り、ちょいちょいと指を指す。その方向に龍驤は目を向けると人影が見えて誰だろうと思う。しかし、すぐにそれが誰か分かり、胸がぎゅうと締め付けられて複雑な気分になる。思わず後ずさり、この場から逃げ出したくなるが、残念ながら岬の上だから逃げ場はない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……やっと、見つけた!」

「なんで……」

 

 目の前には軍服をボロボロにし、息を切らしながら疲労に満ちた顔で龍驤を見る提督の姿があった。

 

「ったく、二度も爆撃食らわせやがって……俺じゃなかったら死んでるぞ」

 

 額にたまった汗を袖で拭い、提督はどすんとコンクリートの段差に座ると上着を脱いで体を投げ出すように転がった。

 

「……なんで来たんや」

「なにって……俺がお前を無視するほどの人間かと思ってるのか?」

「…………」

「流星の妖精さんが教えてくれたんだ。ご苦労さん。あとで失った機体のボーキサイト申請しておくからな」

 

 ビシッ! と妖精さんは敬礼し、どこからともなくと消えていく。たぶん龍驤の飛行甲板の中に入ったのだろう。龍驤はそう言う事かと納得がいった。

 

「まーったく、派手にやってくれたな。修理の妖精さんたち呆れてたわ」

「…………」

 

 龍驤は答えずに、スカートの裾を掴んで目を反らす。なぜここまで来たのか。放っておいて欲しかったと言うのに。でも、この提督はいやがおうなしにでも自分に構う奴だと言うのは、龍驤が一番知っていた。

 

 たぶん、色々言っても無駄だろうから龍驤は諦めて提督からちょっと離れた所に座る。

 

『…………』

 

 しばしの無言。波の音と草が風に揺れる音。そして灯台の照明がぐるぐる回る駆動音だけが聞こえる。二人の真上に広がる空は、とっくの昔に真っ暗になっていた。

 

「……なぁ」

「んー?」

 

 先に沈黙を破ったのは龍驤だった。色々思う所はあった。が、変に意地張っても何も変わらないことは知っていたから、割りかしらすんなりと聞くことが出来た。たぶん、何か言葉を発して自分の今どうにもならないもやもやを晴らせないだろうかと、淡い希望を抱いたのだろうと後に思う。

 

「……ウチにずっと隠してることあるって……聞いたんやけど」

「あー……誰から?

「雷」

「なるほどな……」

「何を隠してるかまでは知らん。けど、ずっとウチに言ってなかったことって、なんやの?」

 

 隣にいつ提督からの返事はなかった。ただ少しだけ思考する様な空気を感じ、その次に致し方ない、と言いたげな溜め息が聞こえて彼は体を起こした。

 

「実を言うとだな……俺はどっちかと言うと巨乳好きだ」

「……え」

 

 思わず顔を上げる。待て、そしたら胸が無い方が好きって言うのはやはり嘘なのではないか。そう思う龍驤だったが、怒りよりもショックの方が大きかった。

 

「取りあえず話を最後まで聞いてもらおう。絶対お前が傷つくから今まで言わなかったんだよ。そらくさ俺だって男だ、あんなに服のラインを乱してたゆんたゆんと揺れる物見せられたら目が行っちまう。人間最初は女性の胸で育てられたんだ、男はそれこそ母性(物理)を求めちまうものだ。けどな」

 

 提督が立ち上がり、龍驤の目の前に立つ。暗くて彼の顔はよく見えない。確認しようと思ったが、それよりも早く提督がしゃがみ込んで龍驤の顔をじっと見つめる。月明かりに映える提督の顔は、まだ絆創膏の貼ってない傷口が見えた。

 

「お前に色々と世話になるうちに、そんな物どうでもよくなってな。いや、まぁ大きい方が好きって言うのは今も変わらないんだが……あれだ、好みってのは好きになると関係なくなるものだからよ」

「…………それって」

「この際だからはっきりと言おう。俺の言う貧乳好きって言うのは……要は、お前が好きってことの意訳みたいなものなんだ」

 

 じっと見つめるその瞳。大まじめそのものの顔で、知らない人間が見れば愛の告白をしている様な顔だろう。嫌間違ってはないのだが、その内容を聞けば馬鹿まるだしだと誰もが思うだろう。一応ここでもう一度おさらいしておく。執務室、医務室の爆撃、龍驤の落ち込み、提督の負傷。全て『胸』が原因である。

 

「…………ぶっ」

「え?」

「ぶくく……くくひっ……」

「りゅ、龍驤?」

「ひ、ひひ……うひひ……あはははは!! な、なんやそれあはははは!!」

 

 今までしょんぼりしていたのが嘘のように龍驤は腹を抱えて転がりまわる。予想外の反応に提督は目が点になり、しかし涙を流してまでのたうちまわる龍驤を見て少しだけむっとする。こちらとてこんな大真面目にバカをやる様な事したくなかったのに。

 

「ご、ごめんごめん! そうや、そうやなくて……ブフォウッ!」

「お前本当に女か……」

「う、ウチは女……ふひひひ、あーっはっはっは!」

 

 ついに龍驤はうつ伏せになってコンクリート床をバンバンと殴りだした。正真正銘本気の大爆笑。何がそんなにつぼに入ったのか理解できず、と言うかこれ大丈夫かとむしろ心配になってくる。もはや龍驤の声は笑い声ではなく、呼吸困難で死にそうな人間の声になっていた。

 

「ひ、ひー! ひー……ぶっぐへへははは、ウヴォォエ!」

「おい! 流石に今のはいかん、放送できない! 今ここに挿絵が無くて本当に良かった!!」

 

 たまらず提督は龍驤の体を起こし、本当に大丈夫かどうか顔を覗きこんで確かめる。頬から耳まで真っ赤にし、げらげらと笑う龍驤の目には涙が浮かび、そこまで笑えたのかと思う一方、ようやく落ち着いた龍驤はぐすっと鼻をすすった。

 

「…………ほんっと、ウチらバカみたいなことで悩んどったんやなぁ……」

「バカみたい……まぁ、他人から見たらバカみたいだな」

「……そっかー、君巨乳好きやったんかー」

「まぁ、はい」

「ふふっ、貧乳が好きやなくて、ウチが好き、か……」

 

 龍驤はまた服の袖でゴシゴシと涙を拭うとぽすんと提督に体を預ける。提督の胸に収まる龍驤は、本当に小さくて子供を抱いてる気分だった。実際酒もそこそこに飲めるくらいには大人なのだが。

 

「それならそうと、はっきり言えばええやんか。ウチのこと好きって」

「まぁ……ほら、最初の方に言っちゃったからな……お前の気を引こうと思って、貧乳の方がいいって」

「じゃあもしも、ウチが巨乳にでもなったらもっと愛してくれるん?」

「…………いや、そのままの方がいいよ。自分の体に悩んでどうにか努力しようとして、でもどうにもならなくてしょんぼりとするお前が全部ひっくるめて好きだからな。あれだったら本も全部捨てる。」

「嬉しいこと言ってくれるやんか。ほなちゃんとウチに言うてくれへんか?」

「え?」

 

 と、龍驤はくるりと提督に向き直ると、じっと眼を見つめる。

 

「ちゃんと、ウチに、『好き』って言ってくれへんか?」

「さっき言ったと思うが……全部ひっくるめてお前が好きって」

「そんなついでみたいなのは嫌や。もっと馬鹿正直な告白見たいのがええ」

「…………笑わない?」

「笑わへん。ね、ゆーてみ?」

 

 その最後の言葉がちょっぴり甘くて、提督は少しだけどきりする。龍驤はじっと提督の次の言葉を待っていて、逃がすつもりは毛頭ないようだった。それが分かれば逃げる必要、と言うか無駄だろうから意を決して、提督は口を開いた。

 

「貧乳が大好きです」

「なっ、なんやそれ! そんなん無しや!」

「だーからー、これは貧乳の子が好きってことじゃなくて、龍驤が好きって意味だって言ってるだろー?」

「ちゃんと直接言わへん男はすかんで!」

「いいじゃないか、どうせお前笑い転げるだろうし」

「だから笑わへんって言うとろーに!」

「さて、もう夜だし帰るとするか。食堂閉まっちまうぞー」

 

 と、提督はそのまま龍驤を姫様だっこで抱え上げ、鎮守府に向けて歩き出す。ひょいと持ち上げられた龍驤は驚くほど軽い。このまま世界一周しても大丈夫な気がした。

 

「ちょ! 自分で歩けるから降ろしてーな! 恥ずかしいやろ!」

「なんだ、人に告白なんてさせようとした癖に、こんなので恥ずかしいのかよ」

「子供みたいな扱いだから嫌やって言うとるんや、とにかく降ろせ言うとろうが!」

 

 じたばたと暴れる龍驤。しかし提督はそんな彼女を気にも留めず歩みを進め、むしろがっちりと固定して絶対離れないようにした。

 

「やなこった」

「むきー、腹立つなー!!」

「龍驤」

「なんや、ウチもう知らへんで!」

「好きだぞ」

「…………」

 

 先制開幕爆撃。それまで暴れていた龍驤の全筋肉と思考が停止し、自分の鼓膜に届いた声が一瞬理解できなかったが、すぐに船の警笛の様な煙を噴き出し、顔を真っ赤にして提督の胸の中で大人しくなった。

 

「……ずるいわ、ほんま」

「何とでも言え」

「…………ウチも好きや」

「うん、俺はもっと好き」

「…………ばーか」

 

 精一杯生意気を言う龍驤。しかしその口元はこれ以上になくほころんでいて、提督の首に腕をまわしてしばしの間、提督と言う名の船の乗り心地を堪能しようと決めた。

 

 

 

 

 数日後。

 

―ドンガラガッシャーン!―

 

 あくる日の昼下がり。修復された執務室から響く昼ドラの様な音と言い争う声。その声の主は言うまでもなく提督と龍驤である。

 

「なんや、そんなにこんな脂肪の塊がええんか! こんな画面の中でブルンブルン揺れる脂肪がそんなにええんか!」

 

 と、龍驤が机に叩きつけたのは、『どきっ! 大鑑巨乳主義戦艦編!』と禍々しいほどのどきついピンク色のパッケージをしたアダルトビデオであった。部屋の掃除をしていたら、机の引き出しの奥からこんな物が発掘されたのだ。

 

「画面だからいいんだろう! 本じゃ女の子は声も出さないし動きもしない、ならせめてテレビに頼るしか無いじゃないか!」

「ウチと言う物がありながら何て言い草や! どうせあれやろ、ウチには揺れる乳が無いからって言うんやろ! 揺れるもんが欲しかったらいくらでも髪の毛揺らしたるわ!」

「確かにお前の髪の毛はそこそこ長くて艶もあって綺麗に手入れされて、いい匂いだってするし、顔突っ込んだら最高だし弄るのも好きだ! だがお前の言うこの脂肪の塊にはやはり勝てないんだ!」

「言いおったな、言いおったな! やっぱり男はみんな巨乳の方がええんやな、そっちがそうならこっちだってこうしたる!」

「あ、ばか龍驤よせ! 甲板広げるな、ここと医務室直すのに資材食われたんだぞ!」

「知るかド阿呆! みんなお仕事、お仕事ぉおおお!!!」

「ぽぴぃいいいーーーーー!!!」

 

 爆風で執務室のドアが吹き飛び、中から黒煙が上がる。しかし龍驤は飛びだすことなく、気絶した提督の胸倉を掴むとグー、グー、グーの連続パンチ。提督が落ち着くように促そうとするも、問答無用のストレートが飛びこんであえなく轟沈する。

 

「あーあ、またやってるのね」

 

 と、近くを通りがかった雷は呆れた顔で覗きこむ。その後ろから大鯨もちらりと中を覗きこみ、R-18Gの指定を出さないといけないようになった提督の顔を見て合唱する。

 

「お二人の喧嘩はいつものことですからね。まぁ前回はちょっとだけ深刻かもしれませんでしたが、それに比べれば今日のはまだまだ仲がいい方です」

「ほんとね。今日はほっといても仲直りするわ。大鯨さん、よかったらお昼食べに行きませんか?」

「あ、それでしたら昨日作り置きしていたカレーがありますよ。良かったら食べますか?」

「わーい、第六駆逐隊のみんなも呼んでいい?」

「はい、どうぞ。みんなで食べた方が美味しいですもんね」

「ありがとう! じゃあちょっと行ってくるわ!」

 

 すたこらさっさと雷は駆逐寮に向かって走り出し、大鯨は厨房に置いてあるカレー鍋の中身を確認すべく歩きだす。執務室では龍驤が提督にジャーマンスープレックスを決め、バキボキとカルシウムの塊が粉砕される音と一緒に提督の断末魔が響く。

 

「往生せいやぁあ!!!」

「龍驤待て、折れる、いや折れてる! まてまてまて、そこダメ、死ぬ!男性として死ぬ! 俺が悪かった許せくださいお願いしま……あ、あぎゃぁあああぁああーーーーっっ!!!」

 

 鎮守府は、今日も平和であった。

 



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