起動テストが終わり、皆が忙しく動き回っている中、俺はアースラのブリッジでその作業を見ていた。
「動く事ができないのは辛い?」
そんな俺に声を掛けてくる人が一人…リンディさんだ。
「そう、ですね。やっぱり自分が動かないっていうのは少し…」
自分だけ何もしていないこの状況をもどかしく感じる。先ほどヴィヴィオ達が発見され、なのは達はそちらへ向かい、キリエが独断でユーリを追いかけて行ったのをアミタが追いかけていったのを見て、何もしていないのは自分だけかと少し落ち込んでしまう。
「自分が動けたらもっと楽なのに…って?」
「どうでしょうね。今の自分じゃ足手まといになりそうですし、でも精神的には楽になるんでしょうね」
結局、自分が何かしていないと落ち着かない性質なだけだ。そんな俺を見てリンディさんは笑う。
「なに笑ってるんですか?」
「あ、ごめんなさい。でもそういう気持ちはわからないわけじゃないから」
リンディさんは純粋な魔導師としても優秀な人間だ。実際、現場からこういった指示を出す立場に変わるのに当たって同じような気持ちになったことがあるのだろう。
――現場で働く方が楽っていうのはあるしな…
自分が動けたら、そんな事を考えるが実際に俺が動けたとしても皆の作業負担が少し減る程度だ。明確に何かが変わるというわけでもない。そうはわかっているものの動きたいという感情は募っていく。
そんな俺にリンディさんは言う。
「自分が動けたら、見ているだけはもどかしい。私達みたいな指揮官はね、そういう気持ちに駆られる事があるわ……でもね」
「部下を仲間を信頼してあげるのも私達の仕事なのよ」
だからちゃんと皆の事を信頼してあげてと言うリンディさんの言葉を聞いて動きたいという気持ちが少しだけ収まる。
自分で動きたいと思うのは仲間を信頼していないからだ、とリンディさんに言われた気がした。
「大丈夫、あの子達はあなたが思っているよりも強いから」
リンディさんはそう言って俺の肩をポンと叩くと指示を出すため他の管理局員に近づいていく。俺はリンディさんが離れていったのを見ると、ブリッジの壁に背中を預ける。不思議とあれほど焦っていた気持ちは落ち着いていた。
暫く待っているとなのは達がヴィヴィオ達を連れてアースラが帰還してくる。アミタとキリエもそれに追いつくようにアースラに帰還してきた。俺はそんな皆を出迎えるために皆のところへ向かう。
「あ、拓斗君」
「うん、皆お疲れ様」
最初に俺を見つけたのはなのはだ。なのはの声で皆の視線がこちらに向くので皆に労いの言葉を掛ける。そして俺の視界には当然ながら彼女達の姿も映る。
「あ、あの先ほどは大丈夫でしたか?」
そう声を掛けてきたのは金色の髪に虹彩異色の瞳、俺がほんのつい最近まで最も接触したかった少女ヴィヴィオだ。
「ああ、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
俺はそう言ってヴィヴィオの髪を撫でる。俺の事をお父さんと言った以上、未来での俺とこの子の関係はその通りなのだろう。今は同い年ぐらいでしかないが…。
「あの、奥の部屋で説明したいと思いますのでついてきてください」
俺がヴィヴィオの髪をなでているとエイミィが申し訳なさそうにそう言ってくる。いつまで経っても来ない彼女達を迎えに来たようだ。
俺がヴィヴィオの頭から手を離すと同時に皆はエイミィの後ろをついていき会議室の方へと向かっていった。
会議室でヴィヴィオ達に説明が行われるとヴィヴィオ達は今回の事件への協力を申し出てきた。戦力が一人でも多く欲しいリンディさんはそれを了承し、ヴィヴィオ達が正式に協力者となる。
そして一夜明けた後、決戦のときが近づく。
『目標コード『システムU―D』、座標特定、位置確認――結界魔導師による空間封鎖完了!』
マリーがユーリの確認と空間封鎖の完了を告げる。しかし、状況は単純には終わらない。
『ですが、周辺魔力が凄い勢いで集められていきます――どんどんパワーアップしてる』
「了解。第1チーム、システムU-Dを目視。これより確保に入る」
マリーの状況説明にクロノは頷くとユーリの確保へと動く。まずはシャマルがユーリに声を掛けるが反応がない。この場にいるのはクロノ、シグナム、ザフィーラ、シャマル、ヴィータ、アインハルト、キリエの7人だ。
このチームはユーリの確保を目的としているため、バランスの取れたクロノとキリエ、チームバランスの取れた守護騎士達、そして戦闘能力に優れたアインハルトがいる。
「魔力を集めながら次の段階へ覚醒しようとしているのか?」
「ここで仕留めねーとマズイな」
シグナムの言葉にヴィータが状況を判断する。ただでさえユーリの魔力は強大でまともにぶつかれば勝ち目など殆どない。さらにその上があるとするならば、手が付けられないようになる。
「第2チームの到着までに確保したい。みんな、警戒しながら確保行動『システムU-Dの魔力増大、襲ってきます』!?」
マリーの言葉にクロノ達が臨戦態勢に入ると目の前に彼女は現れる。ヴィヴィオ達よりも更に幼く見えるその容姿ながら、その身に纏う魔力はこの場にいる実力者たちが気圧されるほど強大だ。
「君は――」
「そ。あなた曰く「時の操手」になりそこねたおばかな桃色ギアーズよ」
キリエがユーリに対峙する。
「どうしてここに……? まだ私のエグザミアが欲しいんですか?」
「エグザミアはもういらない。それを奪う事ができないって、わかったから」
「そう……もう、誰も私には触れられませんから……」
「ううん、そうじゃなくて」
ユーリの発した言葉にキリエは返す。
「王様がね。あなたに手を出したら縊り殺すっておっかないし。過去に遡ったり、誰かを傷つけたり、お姉ちゃんに痛い思いをさせてまで…自分のワガママを通すのはよくないかなって」
キリエの目にはその意思がはっきりと灯る。自分の行動で誰かを傷つけようとした、実際に自分の姉を傷つけた、その事実が彼女に決意させた。
「そんな簡単なことに気がついたから――もう時間移動なんかに頼らない。私は博士がくれたこの体と心、その2つだけで自分にできる事をする。未来に帰って博士の傍にいる。博士に残された最後の時間を一緒に過ごすの」
「それなら、何故私の所に?」
ユーリはキリエに質問する。そう決めたのならすぐに未来に帰ればよいのにと…。
「ま、おうちに帰る前にお騒がせしちゃったケジメをね。ワガママな迷子ちゃんを、保護者のところに連れていってあげないと」
「無理ですよ、また壊されたいんですか?」
「平気よ、心配しないで。博士がくれた心と体――お姉ちゃんがくれた勇気は、もう誰にも、壊されたりしないからッ!!」
キリエがユーリを撃つ。しかし、それはたやすくユーリに阻まれた。
「君達だけで話を進めないで欲しいんだが…」
「あら、ごめんなさい。でも、あの子が声を掛けてきたのは私だったから」
「いや、構わない。皆、行くぞ」
クロノの掛け声と共にその場にいた全員がユーリに向かって攻撃を放つ。先手を打ったのはクロノとキリエだった遠距離からの攻撃手段が豊富な二人がユーリに向かって攻撃するのだが、先ほどのキリエの攻撃と同じく阻まれる。
「今度は我々だ」
クロノ達の攻撃が防がれているうちにシグナム、ヴィータ、アインハルトが近づき、ユーリに攻撃を仕掛けるが怯みもせずにユーリは黒い剣のようなもので周囲を薙ぎ払う。当たってしまえば、大ダメージは必死だ。それを三人は距離を取ることで回避する。するとユーリは大量の魔力弾を展開し、その場にいる全員に攻撃を仕掛けた。
「攻撃は通さん!!」
その攻撃を防いだのはザフィーラだ。しかし、いくら盾の守護獣であり、防御に優れたザフィーラであってもユーリの魔力弾を完璧に防ぐ事はできない。
「ザフィーラ!!」
そんなザフィーラを支援するのはシャマルだ。ブーストを掛け、ザフィーラの魔力を強化するもユーリの弾幕によりザフィーラはダメージを受けていく。
少しずつザフィーラのダメージが積み重なるが、ザフィーラが落とされるよりも早くクロノたちの魔法が管制する。
シグナムのシュツルムファルケン、ヴィータのギガントシュラーク、そしてクロノのエターナルコフィン。どれも一般的の魔導師であれば一撃で落ちてしまうほどの威力を持つ魔法だ。それらが一斉にユーリに襲い掛かる。
ユーリは慌てて障壁を張りその攻撃を防ごうとするが、その攻撃を放ったのは一流の魔導師達、その三人分の攻撃を防ぎきる事はできず、障壁は割れ魔法がユーリを直撃する。
「休むな撃ち続けろ!!」
クロノの命令でその場にいた魔導師達はユーリに向かい攻撃を打ち続ける。この程度ではまともなダメージにならないことを彼らは理解していた。
そして攻撃が止み、ユーリが現れる。さすがのユーリも大量の魔法を受けてダメージを受けている。
「破損修復――機能回復――どうして……? あの時より、ずっと…」
「はー、はー、私の、熱血お馬鹿なお姉ちゃんをちょっとだけ見習って…ね」
ユーリにダメージを与えられたものの、この場にいる全員息が上がっている。休まずに魔法を行使したのだ。ダメージを与えるだけにも関わらず、全員がほぼ限界まで魔法を使っていた。
「…戦線、離脱……」
ユーリが逃げ出していくのをキリエが慌てて止めようとするが、既に体力的にも限界なため手を伸ばす事しかできない。それでは止められるわけもなくユーリはこの場を離脱していく。慌ててクロノ達がユーリを追うがどうもユーリの様子がオカシイ。
「あ、ああ、アアーーーーッ!!」
突如ユーリが叫び声を上げる。そして、それと共にユーリの着ている服の色が変わり、彼女の体にラインのようなものが入る。
「色彩が変わった――」
「魔力増大――未知の魔力素を検出!」
シグナムがユーリの服の色が変わった事を確認すると同時にシャマルがユーリから発する魔力を感知する。
「あれが無限連環機構――『エグザミア』の力」
キリエがエグザミアの力を感じて呟く。
「でも…あの方、泣いてます」
「苦しいのだろう、もとより単体で動ける存在ではないのだ。誰かが支えてやらねば、自壊してしまう」
アインハルトの言葉にザフィーラが返す。
「シュテルに聞いた話じゃ、あの戦闘モードになると人格も変わるってよ」
ヴィータがシュテルから聞いた情報を皆に伝える。つまり、先ほどまでのユーリは戦闘モードではなかったにも関わらず、あれほどの戦闘能力を保有していた事になる。
「何とかして止めてやらねばならんが…」
「お待たせしました! 第2チーム、もうすぐ現着ッ!」
シグナムが言葉を発したときにその場にいた面々に声が聞こえてくる――なのはだ。このタイミングで第2チームが到着した。
「これより救出行動に入りますっ!!」