アリシアにデバイスの使い方を教えた俺はまた医務室へと戻っていた。
「なにやってるんだろうな……俺?」
ベッドに寝そべりながら、自分のやっている事を思い返す。元の世界に帰るために色々やってきて、今回の一件で未来の自分がまだ元の世界へと帰ることができていない事を知った。
その事に打ちのめされて、今は何もできずにこうしているだけだ。
何もできないというわけではない。闇の欠片の対処やユーリの事、他にもヴィヴィオ達の捜索などやるべき事はたくさんある。
「皆にも迷惑かけてるのにな……」
元の世界に帰るために皆には色々迷惑をかけてきた。月村家にはこの世界に来てからずっとお世話になっていて、ジュエルシード捜索の時にはバニングス家にもお世話になって…。和也には出会ってからずっと、色々助けてもらって、管理局は俺のことで結構振り回してしまった。なのは達にもかなりの心配をかけてしまったと思う。
『拓斗…今、大丈夫か?』
「クロノ……」
そんな俺にクロノから通信が入る。クロノはこちらを心配しているようだったが、流石にこの状況では俺に構っているほど暇ではないのですぐに用件を伝えてきた。
『和也から通信だ。大丈夫ならそちらに繋げるが?』
「あ、うん。大丈夫だ、繋げてくれ」
和也から通信があったことに驚くが、俺はクロノに通信を繋げてもらうように頼む。
『よう、拓斗。大丈夫じゃ、なさそうだな……』
和也は明るめに俺に向かって声を掛けてくるが、俺の様子を見てすぐに表情が変わる。
「まぁ、ね。正直、あんまり大丈夫じゃない」
俺は和也に今の状態を正直に説明する。その言葉に和也はそうかと一言だけ返してきた。
『大体の状況はわかってはいるけど、そうだったのか?』
「みたいだね。ヴィヴィオもアインハルトも間違いなく俺のことを知ってるみたいだったし…」
俺の言葉を聞いて和也の表情が暗くなる。元の世界に帰る可能性がなくなったというよりは今の俺に同情しているみたいだが……。
「ああ、そういえばアリシアのことは聞いてるか?」
俺は場の空気を帰るように和也に話題を振る。正直、和也のあの表情を見てると八つ当たりしそうになる自分がいたからだ。
『アリシア? さっきの通信でお前から聞いた事以外にまだ何かあるのか?』
アリシアのことは前の通信のときに和也に少しだけ説明したが、新しくわかったことがあるのでそれを和也に伝える。
「あの子の魔力、AAAランク相当はあるみたいなんだ」
『は?』
俺の言葉に和也は呆気に取られたような表情を浮かべる。
『ちょ、ちょっと待て。確かアリシアって…』
「保有魔力はかなり少なかった……か?」
細かい設定などすでに忘れてきているが記憶が正しければ、アリシアの保有魔力はそこまで多くはなかった筈だ。己の持つ原作知識との差異に和也は驚いている。まぁ、俺も同じではあったが…。
普通なら検査の段階でわかりそうなものだが、わかっているならクロノかリンディさんがその事を話してくれる筈なので、詳しくは調べてなかったのかもしれない。
『ということは、後天的に?』
「もしくはこの世界ではもともとそれだけの才能があったとか?」
実際、アリシアについて俺は詳しい情報を持っているわけではない。それに確かにこの世界は俺達の知っているリリカルなのはという世界ではあるが、色々な差異だって存在した。
『そのあたりはこっちでもう一度調べてみる。とは言っても前の事件でデータがあるはずだからすぐにわかると思う。ちょっと、待ってくれ』
和也はそう言うと端末を操作し、アリシアについての情報を調べる。というか管理局員なら前のJS事件のときにアリシアのデータも目に通している筈だが、覚えてないのだろうか?
まぁ、確かに原作知識を持っていたら対して重要な情報ではないだろうし、あの時重要だったのはプレシアの血縁関係でアリシアのことを詳しく調べたわけじゃない。それに記憶違いということもあるから、確認するのは重要なことではあるが……。
――まぁ、こういうのは毎回ちゃんと調べるのがいいんだろうな。
自分が行ってきた事や重要なデータを忘れるのは問題ではあるが、うろ覚えでやられてミスされたりするのも問題だ。
『あったあった。アリシア・テスタロッサ、保有魔力Fだって。やっぱり後天的っぽいな』
「そっか…」
アリシアの魔力はやはり後天的なものであるらしい。まぁ、それほどの魔力をどこで得たかが問題になるわけだが、考えられるのは一つしかない。
「やっぱりあの場所になるのかな?」
『今のところ、それしか考えられないだろ』
俺の言葉に和也が返す。という事はだ。俺達が持つ魔力やリンカーコアもアリシアと同じようにあの場所で付けられたということが考えられる。
まぁ、元の世界でもリンカーコアなり魔力があれば、表に出てきてもおかしくはないが俺達は知らなかったわけだし、でもこの世界の地球のように先天的な才能を持つ人間が少なければ、それもおかしな事ではないのか? 考えても答えは出ないことではあるが…。
『少しだけ、表情も戻ってきたな』
「なに?」
和也の唐突な言葉に反応し聞き返す。
『もう結果は出ているんだ。それは変えようのない事実。だったらその事実を受け止めて、自分がどうするかを決める必要がある』
和也の言葉が突き刺さる。結果は結果、受け入れろと。事実は事実として割り切れと。それは正しいが、そう簡単に割り切れるものではないし、切り替えられるものでもない。ましてや、その事実を突きつけられたばかりの人間に言う事でもない。
「厳しいな」
俺は和也の言葉にそう返す。文句の一つぐらい返してやろうかと思ったが、和也だって俺と同じだ。この世界に残ると決めていたとはいえ、元の世界に帰れないことを知って少なからずショックは受けているだろうし、今の俺の心境だって他の誰よりも理解しているだろう。そんな和也に文句も反論も八つ当たりもできない。
『結局遅いか、早いかの違いだよ。誰かに言われるか、自分で悟るかだ』
落ち込んで、悩んで、苦しんで、でも時間は過ぎていくし、どこかで立ち直って前に進む事になる。結局、現実を受け入れて進んでいくしかない。
――でも……
「なんかムカつく」
他人から指摘されるのは少し腹立たしい。
「でも、まぁ、感謝するよ和也」
俺はとりあえずだが和也に感謝の言葉を贈る。指摘されたのはイラつくし、まだ色々と言いたいことはある。それに割り切れたわけじゃない。でもどこかで前に向かなくちゃいけないのは事実だ。
俺は和也との通信を切ると現状を教えてもらうためにアースラのブリッジへと向かう事にした。
「さてと、こっちももう一人に報告しないとな…」
拓斗との通信が終わった後、俺はこのことを教えるために通信を繋げる。
その相手は……
『どうしたの、和也?』
「ああ、拓斗のことでちょっとな」
月村忍であった。今回の事件、後々拓斗から忍に対して説明がされるだろうが、忍自身がリアルタイムでの報告を望んだため、こうして俺は進展があるたびに忍に連絡しているのだ。
『拓斗の事? もしかして!?』
忍の表情が驚きに変わる。既に彼女は今回の事件で拓斗の未来がわかるということは知っていた。そして、その結果が出ると感づいたのだろう。
「お察しの通り、結果が出たようだよ」
『!?』
俺の言葉を聞いて忍は戸惑いの表情を浮かべる。拓斗は元の世界に帰りたがっているが、忍はその逆で拓斗がこの世界に残ることを望んでいる事を俺は知っていた。そして拓斗が忍と交わした約束のことも…。
今回の件が今後の拓斗の人生を左右することがわかり、拓斗の次に今回の事件を待ちわびていたとも言える。
『それで結果は…』
忍は震える声で俺に結果を聞いてくる。答えを聞くのに怯えているようにも見えるが、その瞳が宿している感情は少し違って見える。
「駄目だったようだよ」
『っ!!』
俺は正直に結果だけ話す。俺の言葉に忍が見せた感情は少しばかりの同情と喜びであった。拓斗としては不幸な現実という事もあり、すぐに取り繕うがその表情や雰囲気は喜びに包まれているのがわかる。
『コホン。そう、わかったわ』
忍は努めて平静に返してくるが、咳払いをしている時点で上手く取り繕えていない。まぁ、そのあたりは忍も理解しているだろうが…。
『それで拓斗の様子はどうだった?』
それでも拓斗のことが心配なのだろうか、忍は拓斗の様子について聞いてくる。
「あんまり良くはないね。まぁ、良かったら良かったでそれはおかしいんだろうけど」
ずっと自分が望んでいた事が敵わないと知り、ショックを受けないものなどいない。それに拓斗の場合、それは自分の生涯に関わってくる事だ。結果を知り、辛いのは仕方ない。
――ちょっと、言い過ぎたかな?
自分が拓斗に言った事を思いだす。本来なら別に言わなくてもいいことではある。結局、立ち向かうのも割り切るのも本人次第だ。それを俺はショックを受け、落ち込んでいる相手に言ってしまった。それをアイツはムカつくと一言言っただけで、感謝の言葉で返してきた。
――八つ当たりぐらいしてくれれば、むしろ良かったんだけど
本来なら八つ当たりしてもらい、拓斗に感情を吐き出してもらうつもりだった。そうすれば俺達の関係は拗れるだろうがそれでも、立ち直りは早くなる。だから、拓斗の反応は少し予想外だった。
――割り切れっていうのが無理な話だ。抱え込んでなけりゃいいが…。
『そう、そういう貴方はどうなの?』
拓斗を心配している俺に忍が質問してくる。彼女にとって拓斗のことは重要ではあるが、一応拓斗と同じ立場である俺のことも心配してくれているようだ。
「ん、ああ。まぁ、俺は拓斗と違ってこの世界に残るつもりだったから、ショックはショックだけど問題はないな」
忍の言葉に俺は返すと忍は不思議そうな目でこちらを見てくる。
『そういえば聞きたかったんだけど、貴方は拓斗をどうしたいの?』
「どうしたいっていわれてもな~」
『拓斗の力を借りたり、元の世界に帰るための手伝いをしながら、その一方で今回みたいに私に情報を渡したり……本心がどこにあるかを聞きたいのよ』
忍の質問の意味は理解できる。拓斗に力を借りたりしているのは、純粋に同郷という点で力を借りやすいというのもあるし、あいつ自身の能力が高いというのもある。元の世界に帰るのを手伝っているのは、あいつ自身の願いを叶えてやりたいというだけの話だ。まぁ、そういった世界を渡る方法に興味があるのも事実だが…。
忍に情報を流しているのは基本的に拓斗に対するフォローを任せるためだ。拓斗がこの世界に残って欲しいと願う忍であれば、拓斗のフォローぐらいはこなしてくれるだろうし、拓斗にもそういった支えは必要だろう。
個人的な意見を言うならば…
「正直、俺も拓斗には残って欲しいんだよ。ただ、あいつの人生だ。できる限り、あいつの意思のままに行動させてやりたい」
残る残らないは本人の自由だ。同郷の好であるので元の世界に帰るのを手伝っているというのが正しい。自分と同じ存在だからこそ、できればいて欲しいが本人の意思を尊重したいという気持ちも強い。
『難儀な性格ね』
忍はそう言って笑う。彼女だって同じように悩んだり迷ったりした事もあっただろう。だから、少しぐらいはこっちのことを理解できるのだろう。
「そういえば聞いておきたかったんだけど」
俺は話題を帰るように忍に質問する。
「今回の件、そっちは干渉しなくて良かったのか?」
月村家は今回の事件、干渉する事ができた筈だ。実際、まだ被害は出ていないとはいえ、海鳴市内で結界はいくつか張られているみたいだし、戦闘も行われている。それに今回の事件はマテリアル、そして砕けえぬ闇が関わっている以上、今回の事件はPT事件と同等並みには危険な筈だ。それなのに月村家は一切干渉してこない。それが不気味でもある。
『流石に今回のはね……専門家に任せるわ』
まぁ、今回の事件は戦闘がメインだ。月村家もあまり割り込めない領域ではある。いくらメイド二人が戦えるとはいえ、月村姉妹の護衛のことを考えるとわざわざ二人を派遣する必要もない。アースラに行けばということも考えたが、拓斗のことなど考えるとこれで良かったのかも知れない。
「それともう一つ、もし今回の件で拓斗が元の世界へと帰れることがわかっていたら、どうするつもりだった?」
俺は気になっていたことを質問する。忍が拓斗にこの世界に残って欲しいと思っている事はわかっている。ただ、それがどの程度であるのか気になった。
『もちろん、決まってるわ』
忍は俺の質問に対して笑顔でこう答えた。
『どんな手を使ってでも、全力で引き止めるわ』