「ここが図書館ですよ〜」
「ありがとうファリン」
翌日、俺はファリンと一緒に図書館へとやってきていた。この世界の歴史などを把握するためだ。
受付で知りたい分野の本棚の位置を教えてもらい、その場所へと移動する。
「日本史、世界史、後は地理、公民関係かな?」
本棚にある本から自分の知りたいことが載っていそうな本を選び、適当に手にとってテーブルへと移動した。
「拓斗君って、歴史とかに興味あるんですね〜」
「うん、まあね。こういうことは知っていた方が結構便利だから」
ファリンは俺が異世界人であるということを彼女は知っている。まぁ、元が大学生だとか細かいところは知らないわけだが、異世界人であるということでこういった知識を得ようとすることには疑問を抱かなかったようだ。
適当に本を読んで、自分の知識との差異を調べる。総理大臣関係はもともとよく知らないが、記憶とは違う名前があった。編入試験に関係なさそうなので最近の総理大臣の名前と行った政策などだけ頭に入れる。
——なんていうかテロとか少し多くないか?
近年の事件を見て思う。俺の覚えているテロなんて2000年以降一つぐらいしか心当たりがないが、こちらではかなり有名なテロが何度か起こっているようだ。
——巻き込まれそうだよな〜、だって月村だし、夜の一族だもん。
忍やすずかたちについてのことを思い出し、少し、考える。
夜の一族。
リリカルなのはの元となったゲーム、とらいあんぐるハートに出てくる一族の名前で吸血鬼であるらしい。なお、原作では20歳から老化が遅くなるという、なんとも素敵な体質らしい。
——てか、原作って言う意味なら月村の家って、海鳴市じゃないんだよな〜。
微妙なとらハでの公式設定を思い出す。しかし、ここでは忍が自分の家の場所を海鳴市と言っていた。既に俺の知っている知識とは微妙な違いが出てきているようだ。
とらハにおいて月村邸は高町家とは四十キロぐらい離れていたはずだ。まあ、リリカルにおいて、なのはとすずかが一緒のバスで学校に通っているシーンがあるのでそんなに離れているということはないようだ。
——でも夜の一族はいるし、彼女たちはメイドロボなんだよな〜。
目の前にいるファリンの顔を見る。確かにいくつか違う部分もあるようだが、大筋では違っていない。
「どうかしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ」
本を読まずに自分の顔を見ていたのが気になったのか、ファリンが聞いてくる。俺はそれを誤魔化して本に目を移すが、一度別のことを考え出すと内容が頭に入ってこない。
——ノーパソの情報から時空管理局が存在していることもわかっている。だとすれば、リリカルなのはに関わる事件は起こる可能性が高い。それに彼女たちのことを考えるなら、戦闘能力はあったほうがいい。
悪い方へと思考が進む。テロ、事件などを考えると何もできないで終わるのは嫌だ。そのためには自分の能力があったほうがいい。幸いにもそのための手段は存在する。
「ふう、こんなもんかな?」
「お疲れ様です。これからどうしましょうか?」
時計を見るとここに来てから三時間程度が経過していた。随分と集中していたようだ。途中からは娯楽関連の本を読んだりしていたが、意外と楽しかった。
「とりあえず食事かな〜、少しお腹すいたし」
「でしたら街の方ですね。お嬢様からお金も預かっていますし、服とかも買い揃えましょうよ」
本当に忍には頭が下がる。月村邸には基本的に女性だけなので、男物の服、それも子供服なんてない。今、俺が着ている服も忍のお古を借りたものだ。……流石にすずかの服を借りることはない。いや、流石に彼女も自分と同年代の男に服を貸すのは嫌だろう。
「いらっしゃいませ〜」
店をめぐり、何着か服を買ったあと、ファリンお勧めの店に入る。
「あれ? ファリンちゃん、珍しいわね」
店に入ると茶色のロングヘアーが良く似合う女性がファリンに話しかける。
「はい、今日は拓斗君の付き添いで」
「拓斗君?」
「あっ、この子です」
そう言ってファリンは横にいた俺を示す。
「はじめまして、烏丸拓斗です。月村家とは親戚です」
「そうなんだ、私は高町桃子。この翠屋のパティシエよ。よろしくね、拓斗君」
女性が名乗ってくる。どうやらここはあの翠屋のようだ。
桃子さんの姿を見る。いやはや、三十台とは思えないほど若々しい。知らなければ大学生といわれても納得してしまう。
「拓斗君はどこの学校なの?」
「いや、まだ通ってないです。編入試験を通れば、聖祥に通うことになる予定です」
なんというか学校通ってないですと言うのは少し恥ずかしい。すると桃子さんは楽しそうな表情を浮かべる。
「そうなんだ、うちの娘も聖祥なの」
「なのはちゃんでしたよね。すずかから聞いてます、かわいくてまっすぐな女の子だって」
昨日、すずかから聞いたことをそのまま言う。桃子さんも娘の友人からの評価に嬉しそうな表情を浮かべた。
「今度の日曜日にすずかが紹介してくれるらしいんで、楽しみです」
「そうなの、それなら今日はサービスしちゃうわ」
座席に案内されると桃子さんは機嫌よく厨房へと戻っていった。
「あれで子供いるとは思えないな〜」
「そうですね、とってもきれいですもんね」
俺の言葉にファリンが返す。
店内を見渡してみると、お昼のためか平日とはいえ結構混雑している。流石は翠屋、原作知識に違わず、人気店舗のようだ。
「お待たせいたしました」
翠屋のウェイトレスがパスタを運んできてくれる。そのパスタを一口食べるがコレがまたおいしい。ノエルの用意してくれた食事もおいしかったが、こういう店で出されるものはまた別のおいしさがある。
——翠屋っていえば、お菓子のイメージなんだけど。
こうやって出される食事もこれほどおいしいなら、評判になるお菓子はどれほどおいしいんだろうとパスタを食べながら、楽しみにする。
「ご馳走様でした」
「どうだったうちの料理は?」
「凄くおいしかったです。特に最後に出てきたケーキ、あれ毎日食べてもいいぐらいでした」
食事を終えてファリンに会計をしてもらおうとするが、桃子さんは今日はサービスだからいいわよとやんわりと代金を受け取るのを拒否する。……今回はそれに甘えておこう。
パスタを食べた後出てきたケーキは絶品であった。出てきたのはチョコレートケーキだったのだが、しつこくない甘みと口当たりの良いスポンジが俺を夢中にさせた。コレだけでも人気になるのが理解できる。
元の世界で元カノに人気のスイーツ店に連れて行かされたことがあったが、それと比べてもこちらの方がおいしいといえるほどだ。
「うふふっ、ありがとう。また来てね」
桃子さんに見送られ、翠屋を後にする。
「今日はありがとうねファリン」
「いえいえ、これも拓斗君のためですから〜」
ファリンにお礼を言うと笑顔で返してくれる。いくら忍に命じられていることがわかっていても思わず、どきっとしてしまう。
しかし、今日街を歩いてみてわかったことであるがやはり色々な面で自分のいた世界とは違っている。特にその違いが顕著なのは人であろう。向こうではありえないような髪の色がところどころに見られた。しかもそれが違和感がない程度に似合っている。
——ホント、不思議だよな。
コスプレのように見れるそれに違和感が全くない。本当にそれがその人似合っているだ。それとも自分がそれを受け入れるようになっているだけなのか。
一つ言えることはこの世界のことを自分が徐々に受け入れていることだった。
「まさかこんな技術があるなんてね」
私は拓斗から借りたノートパソコンで色々なデータを見て思わず声に出してしまう。それほどまでにこれからわかることは異常であった。
拓斗が使っているデバイスと呼ばれるもののデータ。それに搭載されているAIなどは今の地球の技術では再現できるものではない。ノエルたちも存在するのだが、彼女たちは既になくなった技術によって作られたものだ。一から作り上げることはできない。
「これらの技術を使えば、地球はもっと発展できる」
目の前にある技術データを見てそんな気持ちに駆られる。
「でも、そんなわけにはいかないわよね〜」
過度な技術の発展は社会に混乱をもたらす。それに月村の力が急速に大きくなれば、他の企業たちから目をつけられ、敵を増やすことにもつながってくる。これは本当に難しい問題だ。しかし、こういった技術は少しずつ広めていけばいい、必要な技術の判断もどれだけの技術を利用するかを判断することも不可能ではない。
それにメリットもある。企業や国家などの情報を得られることだ。これを使って家のセキュリティをハッキングしてみたがログも残らない。これは非常に役立つものだ。他にも次元世界、時空管理局と呼ばれる組織の情報も手に入る。
「ホント、厄介なのか良くわからないわよね〜」
拓斗の身元などは確認できなかった。少なくとも月村の力を使って調べた限りでは……。
でもこうして自分のアドバンテージを捨ててこちらにメリットを与えてくれたことで一つ理解したことがある。
——彼は馬鹿だ。
もし私がコレを悪用したらどうするつもりなのだろう。もしかしたら疑うことすらしてないのかもしれない。
「でも、まあいっか」
あんまり悩むのも馬鹿らしい。もう彼の言っていることを疑う必要もない。たとえ異世界人でも大学生でも関係ないじゃないか。烏丸拓斗という一個人と付き合っていけばいいだけだ。
「さてと、じゃあもうひと頑張りしますか」
身体を伸ばして固まった筋肉をほぐすともう一度ノートパソコンと向き直った。
——さくらに紹介しとくのもわるくないかもね。
頭の中ではこれから先のことを考えながら……
「すずかちゃん、昨日はどうだったの?」
「えっ?」
「ほら、昨日楽しそうにしてたじゃない?」
なのはちゃんが聞いてきた質問に思わず何のことだろうと思って返すと、アリサちゃんがそれに補足した。
「あっ、うん。楽しかったよ」
昨日の拓斗君の魔法を思い出す。空を飛んだり、魔力の球を操ったり、昨日は本当に楽しかった。
「それで何があったのよ?」
「それなんだけどね」
アリサちゃんたちに拓斗君のことを説明する。当然、魔法のことは秘密なのでそれは隠してだけど……
「じゃあ、今度の日曜日にその子と会えるんだ」
なのはちゃんは嬉しそうな表情をする。やっぱり友達が増えるのは嬉しいのだ。
「聖祥に入るんだったら、勉強も見てあげないとね」
アリサちゃんが編入試験を受ける拓斗君のことを気にしているのかそんなことを言う。
——拓斗君も頭が良いから、アリサちゃんと気が合うかも
日曜日が少し楽しみになる一方で胸が少しもやもやした感じになる。
——何だろうこの気持ち……
紹介するのが楽しみなのに少しだけ拓斗君を自分だけのモノにしたい気に駆られる。
そういえば、と私は一つのことを思い出す。
——拓斗君は自分の秘密を教えてくれたのに、私は自分の秘密を拓斗君に教えてない。
自分の体質のこと、一族のこと、これを知ったら拓斗君はどう思うだろう?
——やっぱり怖いって拒絶されるかな?
そう考えると一気に怖くなる。やだ、拒絶されたくない。受け入れてほしい。
「——ずか。すずかっ!!」
「なにっ!?」
「こっちのセリフよ。急にボーっとしだして」
どうやらアリサちゃんの声も聞こえないほど考え込んでいたようだ。
「すずかちゃん、顔色悪いよ?」
「あっ、だ、大丈夫だよっ」
「ホント? 体調悪いんなら保健室に行った方がいいわよ」
なのはちゃんもアリサちゃんも心配そうな表情で見てくる。
「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから」
私は二人に嘘を吐く。本当の理由なんて言えない。
——お姉ちゃんに相談してみよう
お姉ちゃんなら恭也さんっていう恋人もいるし、同じことで悩んだはずだ。
そんなことを考えながら授業を受ける。昨日とは違い、授業に集中した。
この不安を少しでも忘れるために……