「これが闇の書の……いや、夜天の書の管制人格か」
はやてが守護騎士達を蒐集し闇の書を起動させて取り込まれた後、そこに現れたのは長い銀色の髪をした堕天使だった。
「気をつけろっ!! 来るぞっ!!」
クロノが皆に警戒の声を上げると同時に管制人格はここにいる魔導師達を襲い始める。
「なのは達は和也と拓斗を守ってくれっ、僕達はアレを押さえる」
クロノはそう言うと管制人格の方へと向かっていく。
「拓斗、今のうちに準備を進めるぞ」
「ああ」
俺は和也と共にはやてが戻ってきてからの準備を進める。しかし、この状況に違和感を感じていた。
――何かがおかしい…?
手元は空中に浮かんだコンソールパネルを打ちながら、頭の中は先ほど感じた違和感について考えている。
「よしっ、こっちは完了。拓斗、そっちはどうだ?」
「あっ、ああ、大丈夫……こっちも完了だ」
和也に声を掛けられたので、考え事を一時中断し作業を終わらせる。もともと準備していたのでさほどの手間は掛からない。これで後ははやてを待つだけなのだが、先ほどから感じている違和感はまだ残っている。そして、ある事に気づいた。
「なぁ、和也…」
「どうした拓斗?」
「確か管制人格って、シグナム達みたいに意思を持っていたよな?」
「当然だろ……」
俺は和也に確認するように質問する。それに対して和也は呆れたように返してくる。どうやら俺の記憶違いではないらしい。だからこそ俺はこの違和感について確信を得た。
「なら、どうしてアイツは一言も話さない?」
「なっ!!」
俺の言葉で和也は驚愕する。どうやら和也も気づいてなかったようだ。
「拓斗君?」
「和也…どうしたの?」
フェイトとなのはは俺達の俺達の様子を見て首を傾げる。彼女達の役割は俺達の護衛のため、クロノ達と管制人格の戦闘の方に集中していたためか、俺達の会話の内容は聞き取れていなかったようだ。まぁ、聞き取れていたとしても彼女達は多分わからないだろう。これは俺達だけ、原作についての知識を持っている人間だけが気づく事だ。
「何でもない。なのは達はそのまま警戒を」
「? うん、わかった」
なのは達は俺達のことを気にしながらもクロノ達の方へと向き直り、警戒を続けてくれる。それを見て、和也は俺へと念話を送ってくる。
『確かに彼女は一言も喋ってないな』
『ああ、それに最初から襲ってきたのも変だ』
今更、原作に拘る必要はないのかもしれないが原作通りであれば、彼女が登場したときに言葉を発したはずだし、なのはに攻撃もしたがそれははやてが罠に嵌められ絶望したからであると記憶している。少なくとも外の情報を知る術がある管制人格にとって、今の状況で俺達に攻撃するのはおかしい。
修復のことがわかっているなら、攻撃してくるのはおかしい。いや、そもそも今、俺達の目に映っている管制人格は別者なのか?
どれだけ考えても答えは出ない。和也の方を見るが、和也もわからないようだ。
――当然といえば当然か
俺達、原作知識持ちの弱点は自分の持っている原作知識外のイレギュラーが起きることだ。対処できることもあるが、このように原作沿いからいきなり外れた事が起きた場合、戸惑ってしまい対処が遅れたり、できなかったりする事がある。
『和也、どうする?』
『考えても仕方ない。俺達のやるべき事には違いない』
和也はそう言うが、先ほどまでとは違い余裕が見られない。和也もこの状況に焦っているようだ。
その時だった。
管制人格はクロノ達の攻撃の隙をついてこちらへ攻撃を放ってくる。
「なのはっ、フェイトっ」
「任せてっ」
「わかった」
クロノがなのは達に声を掛けると射線軸に二人が割り込み、防御魔法を展開する。しかし、攻撃が強いのか少し押されぎみだ。
「拓斗っ!!」
「OK!!」
その二人の状態を見た和也が俺の名前を呼ぶ。そして俺は和也と共になのはとフェイトが展開した防御魔法の後ろにさらに盾を展開する。それによって管制人格の攻撃を防ぐ事ができた。
「よしっ」
「しまったっ!!」
攻撃を防いだ事に安心していると、管理局員の焦った声が聞こえる。すると管制人格が猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。どうやら向こうを振り切ってこちらにターゲットを変えたようだ。
「クソッ」
俺達四人は向かってくる管制人格を迎撃する。しかし、相手の防御が堅すぎるため、止めるに至らない。
――予想以上に堅い、クソッ、ここでもずれが出ているのかっ
原作通りであればなのは一人でも管制人格を足止めするだけならどうにかできた。それがクロノ達管理局員と聖王教会の人を合わせても振り切られ、俺達四人の攻撃でも足止めできない。
――いくらなのは達のデバイスが強化されてないとはいえ、それでも四人がかりだぞっ!!
フルドライブをするべきか迷うが即座に却下する。もしもの事態に備え、ここでの消耗はできるだけ避けたい。
「拓斗っ!!」
管制人格はなぜか俺の方へと向かってくる。その理由はどうでもいい。
「っ!!」
管制人格が特攻を仕掛けてきたのでそれを回避する。すれ違いざまに彼女の姿を見るが、目には光が映ってないように見えるが彼女が俺のほうを見た瞬間、その口元が大きく歪んだ。
「拓斗っ、離れろっ」
クロノの言葉に従い、機材を持ってその場を離れる。すると上空から雨のような魔力弾が管制人格に降り注いだ。そしてまた管理局員達が管制人格を囲み、俺と和也は彼らから距離を取る。
「さっきの見たか?」
「何をだ?」
和也に先ほどの事を聞くが、和也は見ていなかったようだ。
「管制人格の顔っ、表情が出ていた」
「表情だと」
和也は慌てて、管制人格を見る。先ほどまではわからなかったが今でははっきりとわかるほど管制人格の顔には表情が浮かんでいる。
「嗤ってるのか?」
管制人格は嗤っていた。まるで俺達を嘲笑するように、その顔は醜く歪んでいる。それは俺達の知っている管制人格とは大きく違っていた。
「これは…やばいか?」
「はやてが出てきたら少しは楽になると信じたいがな」
俺の言葉に和也が答える。状況はかなり深刻だった。その間も管制人格はクロノ達を相手に派手に暴れている。
「まるでテロリストとの戦いだな…」
和也がぼやく。管理局員である和也は犯罪者や犯罪組織を相手にしたこともあるだろうからこの状況にも慣れているのだろう。その状況とこの状況が似通っているのは冗談ではないが…。
「テロ?」
和也の言葉に何か引っかかりを覚える。ずれている現状、A's編に入ってからどこでズレた? どこからずらした?
あまりに外れているため、どこからかわからないが闇の書だけに絞ってみる。一番、関係してそうなのは蒐集か……。
「そうだ、蒐集だ」
『和也、蒐集だ』
『何のことだよ?』
『だから、このずれの原因がだ』
俺は推測ではあるが和也にこの異変の原因を伝える。
『ずれの原因、闇の書の管制人格に一番関係しそうなところといえば蒐集だ』
『それは…そうだろうが』
『俺達がリンカーコアを蒐集した相手は?』
『そりゃ、取っ捕まってる犯罪者…って、まさか』
和也も俺の言わんとしていることに気づいたのか驚愕の表情を浮かべる。
『犯罪者を蒐集したことで負の側面があらわれている』
『暴走体の方が現れていると?』
『あくまで予想だけど』
『一番、ありえそうだな』
俺達はリンカーコアを蒐集する際、その殆どを服役中の犯罪者から蒐集した。ここからは俺の勝手な推論となるのだが、もし闇の書にリンカーコアの持ち主の感情などまで蒐集してしまう機能があったらどうだろう。いや、蒐集とまでいかなくても蒐集時に少しだけ影響を受けてしまうぐらいでもいい。
犯罪者は罪を犯した人間である。無論、やむを得ずというのがあったりするのかもしれないが、その殆どが行うべくして犯罪を行った人間だ。そうした犯罪者の負の側面に闇の書の罪の意識が影響を受けてしまったら…。
闇の書は今まで多くの不幸をもたらしてきた。管制人格の罪の意識が犯罪者の負の感情なりの影響を受けてしまえば、闇の書の暴走体が現れることもあり得る。
もしかしたら管制人格が罪を暴走体に押し付けたというものあり得る。バグが発生しなければ、夜天の書として、平穏に存在できたはずなのだから……。
「まぁ、勝手な想像だけどね」
単純に暴走体が表に出てきただけだという可能性もある。既に物語は変わっているのだ。
「それに重要なのは……」
突如として管制人格の行動が止まる。そして管制人格から上空に光が上る。その光の中でベルカの魔法陣が展開された。
「この物語をハッピーエンドで終わらせる事だ」
魔法陣から五人の姿が現れる。
「はやてちゃんっ!!」
「夜天の光よ。 我が手に集え、祝福の風リインフォース……セーットアップ!!」
現れたはやての姿を見てなのはは喜びの声を上げる。はやてはなのはに笑顔を向けるとリィンフォースとユニゾンし、騎士甲冑を展開した。
「みんな、ただいま……」
「おかえりはやて」
はやては俺達の方に飛んでくると俺達に声を掛けてくる。俺はそれに返すとすぐに機材を用意した。
「早速だが始めるぞ」
「うん」
和也と共に機材を用意すると、俺達ははやての手にある闇の書に機材を繋げる。とはいっても見た目的には栞のようなものを挟むだけなのだが……。
「強制アクセス、闇の書とのアクセスに成功」
「守護騎士プログラム回収、蒐集機能回収完了」
「杖、夜天の書のストレージ機能の回収完了」
繋げた闇の書から重要な機能だけを抜き取っていく。コピー&ペーストというよりはカット&ペーストに近い。
「管制じっ!! 妨害が発生っ、このままだとアクセスが切断されるぞ」
和也がリィンフォースの回収をしようとしたその時、闇の書のプロテクトが発動しアクセスが切られそうになる。どうやら防衛プログラムの機能が一部再起動したようだ。
「アクセス、クロックシューターによる管制人格の回収を開始」
俺は自分のデバイスを闇の書に繋げる。これが奥の手であった。俺達のノーパソは基本的にどんなところでもアクセスする事ができる。それは闇の書であろうと例外ではない。この世界の外のあるようなチートの塊を闇の書は防ぐことはできなかった。
この事がばれるのは正直好ましい事ではなかったが、そんな事を言ってられる場合ではない。
俺は繋げた闇の書から管制人格を回収し、用意しておいた機材へと移す。用意したのは新たな夜天の書だ。
そう俺達がこの世界に管理世界に来て行っていたことの殆どがこの新夜天の書の作成である。
蒐集に耐えられるだけの大容量高性能ストレージデバイス。守護騎士プログラムや管制人格であるリィンフォースが余裕で載せられ、尚且つ杖自体もそこそこのサポートを行ってくれるという超高性能デバイスだ。……ちなみにこのデバイスの開発には忍がかなり関わっているのは言うまでもない。
「管制人格と防衛プログラムの分離、管制人格のみの回収……完了」
防衛プログラムとリインフォースを切り離し、管制人格としての機能とユニゾンシステムを切り離し回収する。するとはやてとリインフォースのユニゾンが解かれた。
「メインシステムの回収を確認、残った闇の書の防衛プログラムにアンチプログラム実行開始」
和也が接続されてある闇の書にアンチプログラムをぶっこむ。性能自体は防衛プログラムの消去まではいかず、再生機能と転生機能の妨害をするだけのプログラムである。
「アンチプログラムの発動を確認、再生機能および転生機能の停止を確認」
「修復……いや、サルベージ終了」
ここにきて和也は今までの修復からサルベージに言い方を変えた。それはこの作戦の目的が闇の書の修復ではなく、一部機能のサルベージにあることを明確にした。しかし、誰もそれを突っ込むものはいない。管理局にとって重要なのは闇の書が危険なものでなくなるということであり、修復云々はどちらかというと聖王教会の方に関わりがある。聖王教会側も計画の内容を知っているのでこれが修復ではなく、一部機能のサルベージであることなど理解していた。
「はやて、マスター登録を」
俺は自分のデバイスと闇の書の接続を切ると新夜天の書をはやてに手渡す。はやてが今持っている闇の書を手放すと騎士甲冑が解除され、闇の書は光となって暴走体へと向かっていく。
「夜天の書、マスター登録、登録者八神はやて」
「登録完了しました、我が主」
夜天の書との再契約が完了し、はやてはもう一度デバイスをセットアップしリインフォースとユニゾンする。
「不具合は?」
「うん……大丈夫みたい」
和也がはやてに不具合の確認をするとはやてから問題ないと返ってくる。これで闇の書のいや、リインフォース達のサルベージは終了した。問題はここからだ……。
「■■■■■――!!!!!」
周囲にけたたましい叫び声が響き渡る。その発生元は先ほどはやての手から離れていった闇の書と融合した暴走体だ。
暴走体は先ほどまでと同じくリインフォースと全く同じ姿をしながらも身体には刺青のような赤いラインが全身に見える。まるでその赤いラインに身体が侵食されているかのようだ。
「本番はここからってね」
これから俺達はあの暴走体を片付けなければならない。