アースラの艦長室、そこでリンディは目の前に映るとあるデータを見ていた。
「まさか…そんなっ!?」
リンディは目の前に映し出された情報を見て驚きを隠しきれない。それは自身がもしかしたらと前もって予想していたとしても動揺を隠し切れない代物であった。
「……」
動揺しているがもう一度きちんとそのデータを見返す。無いとはわかりつつも見間違いではないかという僅かな期待をするが、目の前に映し出されるデータがそれを否定する。
彼女の目の前に映し出されていたのはギル・グレアムに関するデータであった。
そのデータを調べるきっかけとなったのは月村邸で行われた八神はやてとの対面の時、八神はやての放った一言であった。
――後見人はグレアム叔父さんです。ずっと、仕送りしてくれてました
八神はやての口からでた人物の名前はリンディにとってなじみの深い人物であった。今は亡き夫の上司であり、その彼の命令が彼女の夫クライド・ハラオウンは亡くなったのだ。
リンディ自身、夫が殉職したことに深い悲しみを抱いているが、もう一方で仕方ないことだと納得もしている。時空管理局で働く以上、そういった危険性はいつでも潜んでいるのだ。夫が死んだことに納得はしてないが、管理局の提督として理解はしていたし、それに納得して自身もこの仕事に就いていた。
「グレアム提督……」
八神はやての後見人が自らの知るギル・グレアムだということを目の前に映し出されたデータは証明していた。そのデータはグレアムが数年前から闇の書について知っていたことを表している。
ロストロギアの隠蔽。その事実は管理局員として許されざる行為であった。
リンディの知るグレアムという人物はお世話になった人物であり、管理局でも英雄と言われるほど実績もそして能力も人格も人望もある人物であった。しかし、そんなグレアムがこのような罪を犯してしまったことにリンディは深い悲しみを抱いた。
確かに闇の書に対する恨みも怒りも夫を亡くしたリンディにはある。闇の書の守護騎士を見た瞬間、主である八神はやてを見た瞬間、心の奥にどす暗い何かを感じたが、必死にそれを表に出さないように隠した。管理局員としての矜持が私怨をぶつけるのを許さなかったのだ。
「あの子達はこのことを知っていたのね……」
リンディはあの場にいた面々のことを思い出す。まず間違いなく聖王教会の面々はグレアムが八神はやての後見人であることを知っており、そして薙原和也、烏丸拓斗も知っていたであろうと予想する。
今回の件、あまりにも教会とも連携が上手く行き過ぎていたということにリンディは気がつく。
(そういえばあの子達には原作知識というものがあったわね)
リンディは和也と拓斗のことを考える。二人には原作知識という一種の未来の情報と言ってよいものを持っていることをリンディは思い出した。
「完全にあの子達の計画通りのようね」
そもそもその原作知識について情報を引き出そうとしなかったリンディにも問題があるのだが、これまで自身に協力を求めなかったことや、これまでのことを省みるに全て彼らの手の内であることは推測できる。
「私は蚊帳の外ってわけね」
おそらくリンディが闇の書の被害者ということで不安な要素を組み込みたくなかったのだろうが、和也からの信頼を受けてないと感じてしまうことをリンディは寂しく思った。
「さてとどう動くべきかしら」
ここでグレアムのことを知らせてきたあたり、自身を動かせたいという和也達の思惑は見て取れた。
「でもまずは…」
リンディはそう言ってテーブルに置かれたお茶に砂糖を流し込む。
「糖分補給よね♪」
和也と聖王教会がこの世界に来てからというもの、俺と和也そしてカリム・グラシアは闇の書の修復プランの確認をほぼ一日中行っていた。
「とりあえずは魔力の蒐集が第一となるな」
「そうですね」
和也の言葉にカリムが頷く。まず俺たちが行わなければならないことは闇の書の魔力の蒐集である。幸い、管理局や聖王教会の協力があるため、集めるのは楽ではあるのだが勤務に差支えが無いようにしなければならないため、一度に大勢というわけにはいかない。
「その後、闇の書を起動させて管制人格を外に出す」
「そして闇の書の闇を切り離して、いくつかの機能を闇の書からこちらが用意したものへと移す」
和也の言葉に俺が続ける。
「後は闇の書をデリートという形になる」
「上手くいくのでしょうか?」
和也の言葉にカリムが不安そうに確認する。無理も無い。いくら計画を念入りに練っても、闇の書というかなり危険なロストロギア、それに修復といってもぶっつけ本番なのだ。
「準備も進んでいるし、大丈夫だろう」
和也は思案しながらもカリムに答える。しかし、そう言う和也も少し不安に思っているのも事実だ。
俺と和也はプランの確認を何度も行い、修復のための準備も行っている。そのため、割と自信はあるのだが正直こればかりはやってみなければわからない。
「それで彼、烏丸拓斗と八神はやて、守護騎士達の移動は予定通りでいいのか?」
「はい、確認を取りましたら、予定通り今週末にでも向こうに移っていただきます」
和也の質問にカリムが答える。彼女達がここに来て数日、既にはやての素行調査などを終えた彼女達は聖王教会に報告書を送り、はやては今週末にでも管理世界に移動することが決まっていた。
随分、急だと思ったがはやての重要性を考えるとなるべく早い方が良いというのとはやての体調の問題もあり、この予定となった。そして俺もちょうど夏休みが始まるため同行することになったのだ。
移動方法はこの数日の間に月村邸に設置されたトランスポーターを予定通り使用するらしい。既にテストも何度か行っており、ちゃんと使えるのは確認できている。
「それでは失礼します」
カリムはそう言って部屋を出て行く。おそらくはやてのところに行くのだろう。ここ数日、カリムははやてと交流を深めていた。二人とも数日で仲良くなったようで、特にはやては姉のようにカリムを慕っている。
「それでどうなんだ? 管理局の方は…」
俺は和也に質問する。ここ数日は計画のことや修復のための準備をずっとしていたので管理局のことについては全く気にしていなかったが、リンディさんにグレアムの情報を与えた以上、ある程度の行動を起こすのは予想できる。
「とりあえずリンディさんが動くみたいだ」
「そうか」
おそらく直接会いに行くつもりなのだろう。というよりそれ以外はないだろうが。
「とはいえ大した罪にはならないんだろうけどな」
和也が少しぼやくように言う。実際、グレアムの罪は闇の書の発見報告をしてないということといくらかの横領だけだ。原作の方に明確な妨害などが行われていない今、大した罪には問えないだろうし、管理局も身内の犯罪を表に出したくないことから大きなことにはならないのは予想できる。
「でも、それでいいんじゃないか」
「なにが?」
「まだ、この程度しかやっていないから」
そうグレアムはまだこの程度しかやっていない。原作のように明確な妨害をしたわけでもなく、はやての心を壊そうとしたわけでもない。程度の問題ではないかもしれないが、そこまでやってしまえば罪の意識が重くなる。
守護騎士達も提供してもらい蒐集するのと人や動物を襲って蒐集するのではかなり違ってくる。
はやてのために横領して、今後役に立つように高性能のデバイスを一個作ったとでも前向きに考えればいい。もちろん、それで済む問題ではないのだが……。
「それもそうだな」
和也はそう言って笑顔になる。
「俺達の介入で少しでもマシになったってことになるのかな?」
「まだ終わってないけどな」
俺の口から漏れた言葉に和也が突っ込む。和也の言うように闇の書の修復作業どころか蒐集すらまだ始まっていない。
「じゃあ、もう少しだけ頑張りますかね」
「これも世のため人のためってね」
そう言って俺達は闇の書を修復するために準備を頑張るのであった。
そして週末。俺、和也、はやて、守護騎士達、そして聖王教会の面々は月村邸にあるトランスポーターと使い管理世界に転移した。
「へぇ~、ここが管理世界なんや~」
「ええ、そうですよはやて。そして、ここが聖王教会になります」
はやては目の前に広がる景色に感動している。俺はというと周りの景色を眺めるもはやてほどの感動はなかった。
「拓斗、反応薄いな」
「いや、仕方ないだろ」
「まぁ、わからないでもないけどな」
和也は苦笑いを浮かべる。俺や和也は文字通り次元が違う世界にいるわけで、そのときのインパクトに比べたら、あまり大したことはない。
「それでは中にご案内します」
そう言われ俺達は建物の中を歩く。ふと窓の外を見てみると聖王教会の人が訓練しているのが見える。
「ほう、アレが近代ベルカ式か」
すぐ後ろでシグナムが呟くのが聞こえる。俺はベルカ式の魔法を使ってないため、こうやって実際に使用されているのを見るのは初めてだ。古代ベルカ式が近接特化であるのに対して、近代ベルカ式も近接戦特化ではあるものの、ミッドチルダ式の魔法と併用して使用できるらしい。これによって中距離戦も可能であるようだ。
「そうです、ミッドチルダ式魔法をベースに、古代ベルカ式魔法をエミュレートして再現した魔法体系になります」
シグナムの言葉を聞いてか、案内の人が答えてくれる。カリム達は途中で報告のためか先に行ってしまったので、俺達はゆっくりと建物の内部や敷地を見ながら歩く。
――近代ベルカ式ね~
俺も一応剣を習っている身としては一度試してみるべきかもしれない。
「どうしたんだ拓斗?」
「いや近代ベルカ式も悪くないのかな~って」
窓の外を見ていた俺に和也が声を掛けてくる。
「やめとけ、お前は遠距離メインだろ、近接戦闘ができるにしてもフェイトみたいに魔力刃を出したりするので十分だろ」
「まぁ、それもそうだよな」
和也の言葉に納得する。そういえば身近なところに近接も射撃もできるフェイトのような魔導師がいた。それに近代ベルカ式とミッドチルダ式がいくら併用できるとはいえ、デバイスに両方組み込んだら負荷がかかり性能が少し下がるので、それならばミッドチルダ式オンリーの方が遥かにいい。
「それにいくら汎用性の高い魔法とはいえ、魔力の遠隔運用や長距離発射が得意じゃないが、身体能力が高い奴が選ぶのが多いんだ」
「へぇ~、そうなんや~」
和也の話をはやてが面白そうに聞く。この年頃だとやはり魔法に憧れるだろうし、自分も魔法が使えることがわかっているのでこの手の話には興味があるのだろう。
まぁ、はやての場合、広域殲滅が主だった気がする。そういえばシグナムやヴィータも遠距離攻撃の魔法は持っている。近接戦特化といっても例外があるのか? と思ったが明らかにはやてもシグナムもヴィータも例外に入るのだろう。
「ここが皆様の客室になります。一番奥の部屋に薙原執務官と烏丸様、その手前の部屋二つが八神様たちのお部屋になります。何かあれば気軽にお声をおかけください」
「ありがとうございます」
案内の人にお礼を言い、部屋の中に入って荷物を置く。
「これからどうするんだ?」
「今日ははやての検査がメインになる。後で挨拶もあるが今日のところはお前は基本自由だな」
和也にこれからの予定を聞くと俺は自由にしていいらしい。まぁ、重要なのははやてなので俺は必要ないといえばないのだが…。
「暇ならそこらへんでも散歩してきたらどうだ?」
「そうする」
俺は手を振って部屋を出る。そして建物の外に出られそうな場所を見つけるとそこから外に出て聖王教会の敷地を散策し始めた。