週末。今日は聖王教会の人やフェイト達が来る、俺達にとっては待ちわびた日であった。聖王教会の人達が来るのは昼以降との事なので、俺は先に八神家へと足を運んでいた。
「今日、その聖王教会の人達が来るんやなぁ~」
はやては待ちくたびれたかのような声を出し、壁にかかってある時計を見つめる。はやてには自分の足が治るという話を聞いてから今日まで本当に長く感じたというのは簡単に想像できた。
「うぅ~~、早く来えへんかなぁ~~」
今の時刻は9時。昼までにはまだまだ時間があるとはいえ、あと3時間ぐらいなのだがはやてには長く感じられるのだろう。唸りながら不満の声を上げている。
「唸ったところで、余計に時間が長く感じるだけだと思うけど」
「せやけど~」
俺の言葉にはやてはやはり不満を漏らす。本来ならこういうときに役に立って欲しい守護騎士達だが、その守護騎士達もはやてと似たり寄ったりな状態だ。
シグナムは落ち着いているかのように見えるが足がせわしなく動いているし、ヴィータはザフィーラの毛を弄って不満を紛らわせているし、シャマルはオロオロと動き回っている。なんというか一緒の空間にいるのが辛くなってくる。
「っと、メールだ」
そんな状況の中、メールが送られてきたので見てみると、相手はすずかからで準備ができたから来て欲しいという内容であった。
そのメールの内容に俺は安堵の溜息を漏らす。この空気からようやく脱出できることを素直に喜んだ。
メールに書かれてある準備とはフェイトを出迎える準備のことだ。今日のためにノエル達が準備をしたり、桃子さん達がケーキを作ったりしてくれたのだ。そして、ちょうどいい機会なのではやてを呼んで皆に紹介しようということになったのだ。
「誰からなん?」
「すずか、この前みんなのこと紹介するって言っただろ。だからはやて達を連れてきてだって」
「えっ、今から?」
メールの内容をはやてに教えるとはやては驚いた表情を見せる。まぁ言ってなかったし、無理はない。
「時間はあるんだし大丈夫だって」
窓から外を見てみると既にノエルさんが待機していた。送迎用の車を用意してくれたらしい。
「主はやて、せっかくの招待なのですし行かれたらどうですか」
はやてが迷っているところにシグナムが声を掛ける。
「なに言ってんの守護騎士達も行くんだよ」
「なに?」
「えっ?」
「ホントかっ!?」
俺の言葉に守護騎士達が反応を返してくる。一番反応が良かったのはヴィータだ。
「本当だけど、というか守護騎士を置いてというわけにはいかないからな~」
限りなく可能性は低いがはやてが狙われる可能性も視野にいれ戦力は多い方がいいし、もしかしたら守護騎士たちを狙う可能性もある。あとは誰かが守護騎士を偽って行動する可能性もある……猫姉妹とか。
「いいのか?」
「むしろそうじゃないと困る、ほら早くしないと時間がなくなるよ」
質問してくるシグナムにそう返すと、はやて達に外に出る準備を促した。
ノエルの運転によってはやて達を月村邸に連れて行く。するとすずかやなのは達が出迎えてくれた。
「いらっしゃいはやてちゃん。それにシグナムさん達も」
「その子がはやてちゃん? 私は高町なのは、なのはって呼んでっ!!」
「私はアリサ・バニングスよ、よろしくねはやて」
「私は八神はやてや、よろしくななのはちゃん、アリサちゃん」
なのはとアリサははやてに自己紹介をする。はやても二人に返す。そして守護騎士たちも二人へ挨拶を済ませて、そのまま中へと入った。
中に入るとすずかからのメールの通り既に準備は済んでいたのか、ケーキなどのお菓子やサンドイッチなどの軽食がテーブルに置かれている。はやて達はそのまま楽しく談笑をしている。
――楽しそうで何より…かな
女の子の会話に男が混ざるのもどうかと思うので外から楽しそうにしている彼女達を眺める。はやてが楽しそうにしているのを見ると、ここに連れてきたのは間違いではなかっただろう。
「いいか?」
「どうぞ」
はやて達を眺めているとシグナムが声を掛けてくる。
「今日、招いていただけたこと感謝しよう。主はやてやヴィータも楽しそうだ」
シグナムははやて達を向いてフッと笑う。いつも仏頂面だったのでこの表情は新鮮だ。
「ところであの高町という少女は魔導師だな?」
「ああ、そうだよ」
「強いのか?」
シグナムのその質問に思わず苦笑いになる。信用できるのかではなく真っ先に強いのかと聞いてきた。どうやら彼女にとって重要なのはそこらしい。
そういえばはやて達のことはなのは達は知っている筈だが、なのはが魔導師であることをはやて達に言った記憶はそういえばない。正確に言うと友人に魔導師がいることは言ってはいるのだがそれがなのはだと言ったことはなかったことを思い出す。
「ああ、強いよ」
俺ははっきりとシグナムの質問に答える。なのはは強い。それは単純な戦闘能力というだけではなく、心も、在り方も全てが強い。まさに主人公というべき存在だろう。まがい物の自分とは大違いだ。
デバイス無しでの魔法行使ではおそらくもうなのはには敵わなくなっているだろうし、俺の魔法はそもそもデバイス頼りだ。そのデバイスも与えられたものである以上自分の力とは言えない。
「私としてはお前とも戦ってみたいのだがな」
「それは催促か?」
シグナムの言葉に呆れながら返す。シグナムと戦ってみたいとは思うが、せめて闇の書の修復がひと段落してからじゃないと、無駄に怪我をしたり消耗しそうな気がする。
「そうか……」
シグナムは残念そうにしながら俺から離れていく。その後、俺はすずか達との会話に交ざりながら時は過ぎていき、聖王教会が到着する予定となっていた時刻になる。
「あっ、私らもう帰らんと……」
「あ、ちょっと待ってはやてちゃん」
予定となった時間になったのではやては帰ろうとするが、忍がそれを止める。
「お客様ならこちらにお通しするから、このままここにいても大丈夫よ」
「え、ほんまですか?」
「ええ、向こうにも連絡入れてあげるわ、だから楽しんで頂戴」
忍はそう言って席を立つ。それを見て俺も席を立って忍を追った。
「忍」
「どうしたの拓斗?」
「いいのか?」
「いいのよ、もともと聖王教会の人達はここに来る予定だったし」
「はぁ?」
忍の言葉に少し間の抜けたような声で思わず聞き返してしまう。
「ほら、私って一応聖王教会の人と交渉したでしょう。だから向こうが挨拶しに来るのよ。ついでに彼らの泊まるホテルを用意したのも私だし」
「あ~、なるほど」
聖王教会の人間が泊まる場所とか全く考えていなかったが、忍はちゃんと用意していたらしい。そういう点は本当にしっかりしている。
そんなことを考えていると端末に連絡が入る。繋げるとそこからはここ最近聞きなれた声が聞こえてきた。
『お待たせ。今、到着した』
「おう、こっちは今、月村邸にいるよ」
『八神はやてもか?』
「ええ、そうよ」
『わかった。月村忍、部屋を一室用意してくれるか? それと拓斗、そっちにフェイトも行くからよろしく』
和也はそう言うと通信を切る。一方的に告げられたことに苛立ちを感じるも、とりあえずはやて達に子のことを伝えるために俺は皆のところへと戻り、忍は和也に言われたように部屋を用意するためにノエルのところへと向かった。
「はやて、聖王教会の人達が到着したってさ。今、忍さんが部屋を用意してくれてるからそこで」
「うん、わかった」
はやては俺の言葉に少し緊張した面持ちで答える。今まではあれほど待ち遠しいそうにしていたのが嘘のようだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって、それと三人とも、フェイトもこっちに来るってさ」
「それ、本当っ!!」
「じゃあフェイトちゃんとも会えるんだ」
「ええ、良かったわねなのは」
フェイトが来ると知ってなのは達三人は嬉しそうな表情を浮かべる。すると、ちょうど外から魔力の反応を感じた。どうやら待ち人が現れたようだ。
俺は席を立ち、外へと向かう。外には何人かの見知った顔と服も雰囲気も違う人達が数人いた。
「拓斗っ」
「久しぶり和也、それとリンディさん達も」
「ええ、お久しぶりね」
「ああ、久しぶり」
リンディさんとクロノが挨拶を返してくる。そして、二人の後ろからおずおずと顔をのぞかせる金色の髪の少女がいた。
「久しぶり、フェイト」
「う、うん、久しぶり拓斗」
久しぶりに会ったフェイトは数ヶ月前に別れたときよりも遥かに感情を見せていた。久しぶりに会って恥ずかしそうにしているフェイトを見て、年相応の女の子に戻ったことを本当に嬉しく感じる。
「そちらの皆様は始めまして、民間協力者の烏丸拓斗といいます」
俺は聖王教会の人達に対して名乗る。こうやって今回の件の関係者であり協力者であることをはっきりを示すことでこの事件に関わるという意思を聖王教会側に示す。まぁ、これは和也が既に聖王教会側に俺のことを伝えている場合全く意味がない。関わるのは確定しているのだが、挨拶するのであれば早い方が良いというだけである。
すると俺の挨拶に返してくる者がいた。俺より少し年上の金色の髪の少女だ。柔和な笑顔で微笑むその姿は聖王教会の修道服と相俟ってまるで聖母のようにも見える。いや、どちらかというと天使だろうか。
「私はカリム・グラシアと申します。聖王教会で教会騎士団に所属しており、今回の件の担当となっております」
カリムは丁寧に挨拶してくる。それに習い、近くにいた聖王教会の人達も頭を下げてくる。
「ご丁寧にどうも、では案内させていただきます」
俺はそう言って邸内に彼女達を案内する。そして途中ノエルにあったので案内を引き継いでもらい、俺はすずか達が待つ部屋へと戻ろうとするが、それを和也が止めた。
「現地の人間としてお前も参加しろ。それに八神はやてもお前がいたほうが安心するだろ」
和也にそう言われては仕方ないので聖王教会とのお話し合いに参加する。途中、クロノとフェイトはなのは達に会うために別れた。どうやら彼らはこの話し合いに参加しないようだ。
ノエルに案内された部屋の中に入るとそこには既にはやてと守護騎士達、そして忍が待っていた。カリムは忍に挨拶とお礼を言うと、はやてに近づく。
「貴女が八神はやてさん?」
「は、はい、そうです」
「初めまして、私はカリム・グラシア。今回の件で聖王教会から派遣されてきたものです」
「よ、よろしくお願いします」
カリムを見て緊張するはやてにカリムは微笑む。その姿を見て、はやてはますます緊張しているというか恥ずかしがっているのだが、カリムは気づいているのだろうか?
「貴女方が彼女の守護騎士達ですね。初めまして」
「お初にお目にかかる烈火の将シグナムだ」
シグナムの挨拶を皮切りに他の守護騎士達の面々が聖王教会の人達に向け挨拶をする。彼女達守護騎士達にとって自分達の主、そして自分達の未来に関わる人達を相手にするためかかなり丁寧な印象だ。
「今日は簡単に今後のことのお話しと少し確認を取らせていただくだけですから緊張しなくても大丈夫ですよ」
カリムはそう言うとはやてのことについていくつか質問をぶつける。家族構成やいつから足の麻痺が始まったか、守護騎士達がいつ現れたか、その後の体調などだ。それはどれも和也から報告がされているであろう内容で本当に確認という意味が強く感じられたが、とある質問がぶつけられた瞬間、それが勘違いであることに気づかされる。
「はやてさん、彼女達が現れるまで一人で暮らしていたんですよね」
「はい」
「失礼ですが保護者や後見人の方はどうしていられたんでしょうか?」
この瞬間、俺は和也の方に目を向ける。俺も和也もはやての後見人がグレアムだということを知っているし、その事はこの世界でも調べればあっさりと出てくる。まぁ、管理局のとはでないだろうが。
そして、その情報は間違いなく聖王教会にも伝わっているはずだ。少なくとも、こういった大きな事件に関わる以上、その関係者など色々調べているはずだ。それなのにわざわざこういった質問をする。確かに確認の意味もあるだろうがそれ以上に和也の思惑が見て取れた。
「後見人はグレアム叔父さんです。ずっと、仕送りしてくれてました」
はやてがそう言った瞬間、息を呑む声が聞こえる。リンディさんだ。反応からしてこのことを知らなかったのだろうが、その隣にいる和也がしてやったりの笑みを浮かべているところを見ると彼の思惑通りらしい。
ようするに和也はこの場ではやてにグレアムが自分のことを知っていることを言わせたかったのだ。そもそも普通に調べれば、八神はやての後見人がギル・グレアムという名前の人物であることは出てくる。管理局の人間が調べれば、それがどこのギル・グレアムなのかを特定することは珍しいことではないだろう。
はやてがこう言った事でグレアムが随分前から闇の書の所在を知っていたことを確認することができた。これを上手く利用するつもりだろう。単純に罪を追求するだけでは抵抗される危険性があるので、リンディさんを使い、グレアムの情に働きかけるといった具合だろうか。
その後は今後のことについてカリムとはやてが話しあって終わった。結論としては月村邸にトランスポーターが設置されるようなのでそれを使って管理世界に転移するらしい。ちなみに費用は聖王教会と管理局、そして月村家で大体三分割のようだ。
最初言っていた和也の転移魔法という手段であるが流石に個人の長距離転移は危険だという判断に至ったらしい。
はやてはそのまますずか達のところへと向かい。カリムと聖王教会の面々は今度は忍とのお話し合いに入る。リンディさんは思案顔ですぐにアースラへと戻り、俺と和也はゆっくりと話しながらすずか達のいる部屋へと歩いていった。