転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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40話目(裏) 忍編 

 

 

「お待たせいたしました、月村忍さん…」

 

 今、私の目の前には修道服を着た長い金色の髪の少女がいる。年齢は自分よりも若く、いや幼く見える。まだ中学生ぐらいにしか見えない。

 

「今回の件の責任者となりましたカリム・グラシアと申します。よろしくお願いしますね」

 

 その少女、カリム・グラシアはにっこりと微笑みながら、私に自分の名前を名乗った。

 そう、今私が来ているのはミッドチルダのベルカ自治区と呼ばれる場所にある聖王教会であった。なぜ、私がここに来ることになったかというと、それは私が拓斗から連絡を受けたときに遡る。

 

 

 

 

『今日は八神邸で夕食をご馳走になるから』

 

 私はいつも通りにリンディさんから送られてきた機材を使って向こうの世界の技術などを研究していると、いきなり拓斗からこんなメールが届いた。

 拓斗が誰かの家でご馳走になるなんて珍しいと思いながら、あることに気づき、その文章をもう一度読み返す。

 

「八神邸って…」

 

 八神…その苗字には聞き覚えがあった。確か、拓斗が言っていた次の事件の主要人物の苗字だ。そして、その子は拓斗とすずかの友達であることも既に聞いている。

 

「って、なにやってんのよっ、あの子はっ!!」

 

 八神邸にはヴォルケンリッターという主を守る存在やさらには監視があることも既に知っている。それなのに事前に連絡もなく、こうやって八神邸へと行っている拓斗に対して私は怒鳴り声を上げた。

 

 ――いえ、どちらかというと不測の事態と考えた方が良いのかしら?

 

 拓斗達がやろうとしていることは既に聞いている。その計画の詳細もだ。その計画の中にこういった状況はかかれていなかった以上、これは予測してなかった事態が起きたと考えるのが妥当だろう。何故なら、計画では八神邸に行く前には事前に和也に連絡することになっていたはずなのだから。

 

「そう考えると、先にあっちに連絡した方が良さそうね」

 

 少なくともこの状況のことを和也には知らせておかないといけないので、私は通信端末を操作すると和也に連絡を繋げる。

 

『はい、こちら薙原って…月村忍?』

 

 和也は私の顔を見て、驚いた表情を見せるが無理もない。いつも私が彼に連絡する時間はもっと夜遅い時間なのだ。

 

「ハ~イ、和也。緊急だから、用件だけ言うわね。拓斗があの子の家に行ったわ…」

 

 和也が連絡に出ると、私は手短に今の状況だけ教える。すると彼の表情はすぐに驚きで満ちた。

 

『マジかよっ! クッソ、となると時間との勝負になるか…』

 

 私からの報告を受けた和也は始めは驚いていたが、すぐに慌てて誰かと連絡と取り出した。声を掛けようかと思ったが、あまりの剣幕に憚られる。そして誰かと連絡を取り終えた彼は、私に向かってこう言った。

 

『力を貸してもらうぞ、月村忍っ』

 

「何をすればいいの?」

 

 和也の焦り具合からも、かなり追い込まれている状況であることは理解できる。そして、彼はこう言った『時間との勝負になる』と、ということは悠長にしている暇などない。

 

『交渉だ…聖王教会とのな』

 

 和也はそう言うと、私に交渉のための準備を急がせる。私はすぐにノエルを呼ぶと、メイクと着替え急いで済ませた。

 

「和也、準備できたわよ」

 

『わかった。それじゃあ、少し待ってくれ』

 

 和也がそう言ってすぐに私の部屋の真ん中に魔方陣が展開される。これは確か転移魔法陣だ。そして、その魔方陣から和也が現れた。

 

「悪いな、すぐに行くぞ」

 

「ちょっと待って。ノエルっ、貴女も来なさい」

 

 私は急いで転移しようとする和也と待たせ、ノエルについて来るように言う。

 

「私もですか?」

 

「ええ、できるわよね和也?」

 

 私は和也に確認を取る。拓斗から聞いた話であるが転移魔法はかなりの力量を必要とするらしく、人数が多いほど難しくなるらしい。そして、事故もあると聞いている。だからこそ、彼の力量を確認しておく必要がある。

 

「まぁ、3人ぐらいなら問題はないさ」

 

「じゃあ、お願い」

 

「わかった」

 

 和也の手に持った杖から薬莢がいくつか吐き出される。彼のデバイスもカートリッジシステムを搭載しているようだ。これによって、より多くの魔力を扱うことができるようなる。

 そして和也の手によって魔方陣が展開され、私たちは転移する。

 

「…ここは?」

 

 転移された先にはシックなヨーロッパ風の街並みと壮観な建物があった。

 

「ミッドチルダのベルカ自治領だ。ここに今回の目的である聖王教会がある」

 

 和也はそう言って大きな建物へと進む。私達も彼の後を追いつつも周りの景色を眺める。

 

 ――ここがミッドチルダ、魔法がある世界なんだ…

 

 初めてきた異世界に感動を覚える。周りを見ても景観が素晴らしく、どうせならじっくりと観光したいところであるがそういうわけにもいかなかった。

 

「忍、ここの交渉は任せることになるから、これに目を通しておいて」

 

 歩きながら和也はそう言うと私に端末を渡してくれる。すると目の前にモニターが展開され、そこには色々な情報が載せられている。

 

「今回、聖王教会と交渉するための材料と聖王教会と闇の書との関係とかだ」

 

 私はモニターを見てみると、そこには和也の言った通りの情報があった。一部は事前に聞かされていたことで私も知っているが、詳細な情報は知らなかったのでこれはありがたいが一つ気になることがあった。

 

「ここの交渉は?」

 

 そう和也は確かにそう言った。ここの交渉は任せる。つまり、他の場所でも交渉があるということだ。

 

「ああ、ここでの交渉は任せる。正直、時間も人数も足りてないんだ、だから誰かに任せるしかないんだよ」

 

「他に人はいないの?」

 

 私は和也にそう質問する。正直、異世界に来て、私とノエルだけしかいないというのはキツイ。今回だって、和也がいると考えていた。最低でも、誰かをサポートにつけてくれるだろうと。

 

「そんな人材なんていないし、だからアンタを頼ってるんだよ。アンタぐらいしかまともに信頼できるような奴がいないんだ…」

 

 和也は悔しそうに唇を噛み締める。そうだった、この件において信用できる人間は少ない。情報漏えいの可能性から管理局の人間は頼ることができなかっただろうし、だからこそ拓斗に頼り、この場に私を連れてきたのだ。

 

 私達がこの建物の奥まで進むと和也は近くにいた修道士に声を掛ける。

 

「忍、悪いけど。この人についていってくれ、後は任せた」

 

 和也はそう言うとその場を後にして、急いでどこかへと向かっていった。私達がそれを見届けると、修道士は私達を案内して部屋まで連れて行ってくれる。

 

 こうして私達は聖王教会に来た訳だがまさか自分の相手をするのが自分よりさらに年下の少女だとは思いもしなかった。

 

「やはり、驚いてますか? 私のような子供が応対するなんて」

 

「そんなことないわよ。私だってまだ18だけど、そういう経験もあるし」

 

 確かに驚いたが、私からすればそれほど珍しくもなかった。私だって夜の一族の党首として、高校生のころからこういう場に出ることもよくあったし、クロノ君や和也だって、まだ少年ながらも立派に働いているのだ。それがこの世界でも珍しくないことなら、彼女が応対するのもおかしなことではない。

 

「そうですか、ありがとうございます。それで用件ですが、事前に薙原執務官からお伺いしていますが闇の書の件でよろしいのですね?」

 

「ええ、そうよ」

 

 私は彼女の言葉に頷き、和也から借りた端末からデータを出し、彼女に見せた。

 

「先ほど入った情報だけど、闇の書が第97管理外世界で発見されました。それで私達はあなた方に協力をお願いしたいのだけど…」

 

 私達が聖王教会に来た目的は聖王教会の協力を求めることにある。もともと闇の書は夜天の書と言って、この聖王教会にも深く関わっているものであるらしい。詳しいことは知らないが、ここと協力することで問題がスムーズに解決し、拓斗達が無事に済むのであれば私はそれでいい。

 

「詳細をお願いしてもよろしいですか?」

 

 少女、カリムちゃんの言葉に私はまず拓斗や和也がやろうとしている計画についてを話すことにした。

 

「闇の書…もとは夜天の書は聖王教会と関わり深いものだとか?」

 

「ええ、夜天の書は古代ベルカの遺産。とても大切なものです」

 

 この辺りは資料でも確認できたことであるが、やはり間違いないだろう。そもそも守護騎士達が古代ベルカの存在らしいし、関わりはかなり深いと見える。

 

「でしたら、闇の書が起こした悲劇のことも知ってるわよね?」

 

「…ええ」

 

 私の言葉に彼女の顔が暗くなる。確かにいくら貴重で大切なものであろうとも、闇の書が起こした悲劇は相当なものだし、それによって多くの人が犠牲になったのは間違いない。

 

「ですが私達はそれを責めに来た訳じゃないわ。私達が貴女達に頼みたいのは闇の書を夜天の書に戻すための協力よ」

 

「……え?」

 

 私が自分達の目的を伝えるとカリムちゃんは戸惑った様子で声を上げる。確かにいきなり言われても戸惑ってしまうの仕方ない。闇の書は今まで、誰にも止めることができず、どうすることもできなかったものだ。それをどうにかするから協力しろと言われても普通なら戸惑ってしまう。

 

「今、なんとおっしゃいましたか?」

 

「私達は闇の書を夜天の書に戻すつもりなの、だから協力しなさい」

 

 今度は強めの口調で言う。交渉はあくまで強気にしなければならない。そうしないと相手に下に見られてしまうからだ。

 しかし、まだカリムちゃんは返答に渋っている。だから私はさらにカードを晒すことにする。

 

 今代の闇の書の主の情報、そしてギル・グレアムの計画、さらには私達の行おうとしている計画の詳細。特にギル・グレアムの計画のデメリットを詳しく説明し、それがどれだけ無駄なことかをカリムちゃんに教えてあげる。

 カリムちゃんは今の闇の書の主が自分より年下であることに驚き、そしてギル・グレアムのその計画に怒りを露わにした。やはり人道的な側面から見て許されないと感じるらしい。

 

 ――こういうところはまだ子供ね

 

 私はカリムちゃんの反応に内心ほくそ笑んだ。やはりまだ彼女は子供である、こうやって感情を煽ってあげれば簡単に味方につけることができるだろう。

 確かにギル・グレアムの計画は人道的に許せるものではないし、個人的にも嫌いな手段だ。しかし、その一方でそういう計画がでるのも仕方ないと思う自分もいる。

 

 誰かを犠牲にしてもやるべきことはある。今回の件、彼らに見つけられた手段はこれが最良であったのだろう。だから、実行する。確かに私怨も含まれているだろうが、闇の書という巨悪をどうにかするためには仕方のないことだ。

 犠牲よりも大きい利益を見込める場合は犠牲を許容しなければならない。これは組織としてはある意味当然のことだ。今回はその犠牲に私怨が含まれているわけであるが…。組織の一員として、法を司る者として、個人の感情は抑えなければならないが、それ以上の手段を見つけられないのなら、それは仕方のないことなのだろう。…あまり個人的には納得したくないことではあるが…。

 

 そのあたりまだ彼女は甘い。上に立つものとして、責任あるものとして、感情を押さえ込まないといけない場合もある。まぁ、子供に求めるのも酷な話であるが、こういう場に出てきた以上、それは関係ない。

 

「わかりました。私達、聖王教会は全力で貴女方の支援を行います」

 

 カリムちゃんは感情のままに私達への支援と協力を約束する。もちろん彼女達にもある程度のメリットは保障するし、損ばかりさせるつもりはない。彼女達は古代ベルカの貴重な資料である夜天の書を保護することができるし、それに伴い、古代ベルカの騎士である守護騎士達から古代ベルカの術式を手に入れることができる。その上、闇の書事件の解決に手を貸したという名誉なども手に入れられる。

 

「ありがとうございます」

 

 聖王教会からの支援と協力を約束され、私はカリムちゃんに感謝の言葉を述べる。これでこちらは一安心であるが、あくまでこっちは何とかなったというだけだ。

 

「悪いけど、連絡させてね」

 

 私はそう言って連絡する。もちろん相手は和也だ。

 

『もしもし』

 

「もしもし和也、こっちは終わったわよ」

 

『それで?』

 

「ええ、聖王教会からの協力を得ることができたわ」

 

 私は和也に聖王教会の協力が得られるようになったことを報告する。すると和也はホッと息を吐いた。どうやら彼も安心したようだ。

 

『そうか、なら担当者とかわってくれ』

 

「わかったわ、カリムちゃん、和也…薙原執務官が貴女と話ししたいって」

 

 私はカリムちゃんに伝えるとカリムちゃんは少し顔をしかめる。

 

「…カリムちゃんですか?」

 

「あ、ゴメンね。嫌だった?」

 

 思えば彼女の名前を呼ぶのは初めてだ。こうして公の場に出ている以上子ども扱いは流石に拙かったかもしれない。

 

「ああ、いえ、どうぞ呼びやすいように呼んでください。ただ、ちょっと新鮮で」

 

 カリムちゃんはそう言って曖昧な笑みを浮かべるとそのまま和也と会話する。ここからでは話の内容までは伝わらないが、どうやら和也が彼女に何かを頼んでいるらしい。

 

「わかりました、ではそのように…」

 

 和也との会話が終わり、カリムちゃんは通話を切るとこちらに振り向く。

 

「忍さん、和也さんから伝言です。今日はこれで終わりだから自由にしていいそうですよ」

 

 カリムちゃんにそう言われ、この後どうしようか考える。外を出歩いてみたいという気持ちもあるが、あまり動きすぎるのもどうかと思う。

 

「そう言えば忍さん達は管理外世界の方なんですよね? こちらの世界は初めてらしいですし、私が案内しますよ」

 

「えっ、いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 カリムちゃんの言葉に私は飛びつく。確かに出歩きたい気持ちもあるので彼女の言葉はありがたい。

 

「お嬢様、あまり羽目を外し過ぎないように気をつけてください」

 

「わかってるわよノエル」

 

「ふふっ」

 

 ノエルに注意を促された私を見てカリムちゃんが微笑む。ノエルには注意されたが、意外とこのような場は疲れるのだ。少しぐらいは楽しんだってバチは当たらないだろう。

 

 この後、カリムちゃんにベルカ自治領付近を案内してもらい、私は異世界と言うものを堪能した。


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