転生生活で大事なこと…なんだそれは?   作:綺羅 夢居

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29話目 wish

「拓斗君っ、拓斗君っ!!」

 

 目の前で落ちていく拓斗君に私は必死で手を伸ばす。しかし、届かない。飛んでいって助けようとするけど、それをクロノ君とユーノ君が止めてくる。

 

「なのは、危ないっ!!」

 

「でもっ!!」

 

「行ったら君も落ちるっ」

 

 クロノ君達は私を止めながら、バインドを使って拓斗君を助けようとする。でも、伸ばされた鎖は途中で虚数空間に阻まれ、拓斗君まで届かない。拓斗君はそのまま下へと落ちていく。

 

「クロノッ、ここにいたら俺達もヤバイ、アースラに戻るぞ」

 

「でもっ、拓斗君がっ!!」

 

「わかってるっ! でも、ここにいたら全員が助からないんだっ!!」

 

 私は薙原さんの言葉に反論したけど、薙原さんはそう声を張り上げる。その表情は苦渋に満ちていた。その表情を見て、私は何も言えなくなる。

 

 ——この人だって、私と同じように拓斗君を助けたいんだ。

 

 そんな薙原さんの思いがわかってしまい、私は彼に従ってアースラへと戻った。

 

「お帰りなさい。皆、お疲れ様」

 

 帰ってきた私達をリンディさんが出迎えてくれる。その表情は笑顔であるが、悲しげに笑っている。その後ろにはお父さんや忍さん、そして鮫島さんもいた。

 

「お、お父さん、忍さん、私…」

 

「なのは…」

 

「なのはちゃん…」

 

 お父さん達は私に近寄り、抱きしめてくれる。その温かみを感じて、我慢していた全ての感情が溢れ出した。

 

「わ、私、拓斗君を助けられなかった。拓斗君が落ちていって、手を、伸ばしても届かなくて、それで…」

 

「大丈夫、きっと拓斗君は大丈夫だから」

 

「そうよ、あの子はあんなことでは死なない、絶対戻ってくるわ」

 

 お父さんと忍さんはそう言って、私の頭を撫でてくれる。涙で二人の表情はぼやけているが、二人の表情は悲しそうだ。二人ともわかっているんだ、その可能性がほとんどないって、それが私にも理解できて、私の涙は止まらなかった。

 

 そのまま私達は自宅へと帰された。事情聴取などもしなければならないみたいなのだが、こんな状況ではできないだろうと、リンディさんが気を使ってくれた。

 

 私は家に戻ると、自分の部屋に戻りベッドに倒れこむ。いつもであればユーノ君も一緒だけど、今日はアースラに残るらしい。

 

「うっ、ぐすっ、拓斗君…」

 

「master.」

 

 私はベッドで涙を流す。目の前で落ちていく拓斗君の姿が目に焼きついて離れない。

 

 ——どうして私は何もできないんだろう…

 

 拓斗君から魔法を教えてもらってから、少しだけ自分に自身がついていた。こんな自分にもできることがあるんだって…。だから魔法の訓練も一生懸命に頑張ったし、ジュエルシードも頑張って封印した。…フェイトちゃんともお話しできるようになった。

 フェイトちゃんの顔を思い出す。最初は敵同士でお話したかったけど、聞いてくれなくて、それで戦って、やっとお話しできるようになった。それは本当に嬉しいことだった。

 

 ——でも、それでも、拓斗君を助けられなかった。

 

 自分の無力さを感じる。魔法を使えるようになる前、お父さんが入院していたときと同じ、いやそれ以上の無力さを…。何もできなかった自分が悔しくて、拓斗君がいないことが悲しくて、私は大声で泣き叫んだ。

 

 

 

 

「フェイト…」

 

「あの子、泣いてた…」

 

 私は与えられた部屋の中で先ほどのことを思い出す。私はあの白い子と一緒に時の庭園に転移して、母さんの用意した機械兵を倒しながら進んで、途中であの子は駆動炉へと向かい、私は母さんのもとへと向かった。

 

 母さんを止めようと説得しても、私の思いを伝えても、母さんは私を拒絶して…。そんな時だった、母さんの身体が崩れ落ちたのは…。それが魔法による攻撃だとわかったのはあの男の子が出てきてからだ。あの男の子は私に母さんを預けるとジュエルシードを拾おうとしてそのまま落ちていった。

 白い子が叫んで、管理局の人達も助けようとしていて、でも、私は何もしなかった。皆が彼を助けようとしているのを見ていることしかできなかった。

 

 アースラに戻って母さんが医務室に連れて行かれたから、一緒についていって、そして戻ってみるとあの子が泣いているところを見てしまった。私はその姿を見て、何も言うことができなかった。

 

「あの子のお陰で私は変わるきっかけを貰ったのに、私はあの子に何もしてあげることができない」

 

 あの子は私のことを一生懸命知ろうとしてくれた。私が変わるきっかけを与えてくれた。私が母さんから大嫌いと言われ、辛かったときに傍にいてくれた、私を心配してくれた。そんなあの子に私は何もしてあげることができない。…それが悔しかった。

 

 

 

 

「和也、大丈夫なのか?」

 

「そういうクロノこそ、酷い顔してるぞ」

 

 俺達は今、今回の事件の報告書を纏めていた。しかし、思うように作業が進まない。

 

「ユーノ・スクライア、データのまとめはできたか?」

 

「できてる、でも僕は一応民間人であって、ここまでする義務はないはずなんだけど」

 

 どさっと書類の束を机の上に置き、ユーノはクロノに文句を言う。

 

「義務を押し付けた覚えはない。ただ、提案しただけだ。今回の事件の事後処理を迅速かつ問題なく片付けて、つつがなくもとの生活に戻るための手伝いをしたいならしてもいいと言っただけだ。何か問題でも?」

 

「…ない」

 

「なら、文句を言わずに続けてくれ、できれば今日中に片付けたいんだ」

 

 クロノはそう言って、書類に目を通している。そんなクロノの八つ当たりをフォローするために、局員の一人がユーノに話しかける。

 

「悪いね、ユーノ君。クロノ執務官、今、機嫌が悪いんだ」

 

「はぁ」

 

「事件を未然に防げなかったことと、関係者の一人が犠牲になったことに苛立ってる」

 

 小声で話しているが、近くにいる俺には聞こえている。そんな二人の会話を遮るようにクロノは局員にミスを指摘すると、俺達に背を向けて、扉へと向かっていく。

 

「僕も少し出てくる。引き続き整理を頼む」

 

 そう言ってクロノは部屋の外に出て行った。

 

「ユーノ、悪いな、作業を任せてしまって」

 

「いえ」

 

「ただ、アイツがエイミィ以外を頼ったりするのは珍しいんだ。それだけ君の作業能力を頼っているってことだから、悪いけど頑張ってくれ」

 

「わかりました」

 

 俺はユーノにそう言うと、クロノの後を追って部屋を出る。クロノを追いかけてみるとちょうどエイミィと合流していたところだった。

 

「クロノ、エイミィ」

 

「和也君、ご苦労様。二人ともそっちはどうなの?」

 

「捜査資料は何とか纏まりそうだ」

 

 エイミィの質問にクロノは淡々と答える。それが余計にクロノが不機嫌であることを理解させる。

 

「クロノ君、表情には気をつけなよ。怖い顔してるとみんな緊張しちゃうから…」

 

「別にそんな顔してない、怒ったところで時間が巻き戻るわけじゃない」

 

「クロノ君が別にって言うときは大体怒ってるときだよだよねー」

 

「今回に関して言えば、僕達がどうにかすることができた。あの時、彼を向かわせず、自分が向かっていれば、プレシアをもっと早く確保できていれば、あの時、彼と一緒いれば、それぐらい僕達にできることは多かった」

 

 クロノの言うとおり、今回俺達にできたことは多かった。でも、結果として俺達は拓斗を助けることができなかった。

 

「正直言えば、後悔ばかりが先に立つ。協力してくれた民間人を犠牲にしてしまい、現地の人間に悲しみを与えてしまった」

 

「和也君は大丈夫なの? 彼と仲良かったみたいだけど?」

 

 クロノの言葉を聞いたエイミィが俺のほうに話を振ってくる。

 

「正直、大丈夫じゃないな」

 

 拓斗がいなくなったことは正直、かなりショックを受けている。純粋に同郷の人間が犠牲になってしまったことに孤独感を感じ、管理局員として現地民が犠牲になってしまったことに苛立ちを隠せない。クロノの言ったようにもっと上手くやっていれば、と後悔ばかりが先に立ってしまう。

 

 ——せっかく会うことができたのにっ!!

 

「和也君っ、手から血が出てるよ!?」

 

 エイミィの言葉を聞いて手のひらを見ると、強く拳を握りすぎたためか血が流れていた。

 

「和也、医務室に治療しに行け。後は僕達がやっておくから」

 

「すまない…」

 

 クロノの言葉に甘え、治療するために医務室へと向かう。その途中、落ちていった拓斗の姿を思い出してしまい、思いっきり壁を殴りつけた。

 

「クソッ」

 

 手に感じる痛みよりも、拓斗が犠牲になってしまったことに対する心の痛みの方が酷かった。

 

 

 

 

「拓斗…」

 

 私は家へと帰るとそのまま拓斗の部屋に上がりこんだ。そこには拓斗の数少ない私物が存在している。その中の一つ、ノーパソに私は手を伸ばした。

 そしてノーパソを起動させ画面を見る。頭の中は拓斗に初めて会ったときから、今までの記憶がぐるぐると浮かんでは消えていった。

 

 最初に拓斗を見たのはすずかが拾ってきて、ノエルが家に運んできたときであった。その時はどうして家の敷地内に現れたのか色々疑っていた。目を覚ました後も彼から話された内容に頭が混乱したのを覚えている。この世界がアニメやゲームになっていると聞いたときは頭がオカシイのかと思い、内容を聞いているうちに彼の持つあまりに正確な情報に疑ってしまった。

 

 ——その後は驚いたわね。魔法を使って、これを私に預けてきて…

 

 彼が魔法を使ったとき、その事に驚いた。退魔であったり、HGSと呼ばれるものであったり、私達のような吸血鬼がいることは知っている。ただ、それだけなら問題はなかった。問題なのはその後、彼が私にこのノーパソを渡したときだ。

 このノーパソで色々できることを教え、私達に情報を技術を与えてくれた。この時、私は初めて彼の存在に対する一切の疑いを排除した。それほどまでに彼のしたことは愚かであった。

 

 その後、すずかとアリサちゃんが誘拐されたとき、遊を相手に戦い、傷つきながらも二人のことを助けてくれた。アレには本当に感謝しかない。

 

 そして今回のジュエルシード事件。この街に落ちてきた危険なものを回収して、街への被害を抑えていた。たとえ、それが自分がもとの世界に戻るためだったとしても…。

 拓斗がもとの世界に帰りたいと思っているのは知っていた…そのためにジュエルシードを集めていることも、その可能性が低いってことも…。

 

「でも、こんなところでいなくなることはないじゃない」

 

 言葉が漏れる。拓斗はジュエルシードを回収しようとしてそのまま落ちていった。彼がどうなったのかはわからない。ただ、拓斗がいなくなってしまったことに喪失感を抱いてしまう。

 

 ——そっか、私、寂しいんだ…。

 

 拓斗がここに来て一年が経つ。その間に私達にとって、彼の存在はなくてはならないものになってしまったようだ。

 

「すずかとさくらになんて言おう」

 

 ノエルとファリンには伝えたが、すずかにはまだ伝えていない。さくらに連絡をしなければならないが、それをする気も起きない。まだ、私は拓斗がいなくなったことを受け入れられていない。もしかしたら、すぐに戻ってくるような気がしてならない。私は椅子に座り、ノーパソの画面を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 俺が目覚めるとそこは見慣れた部屋の中だった。

 

「ここは…」

 

 その部屋の中を見渡してみる。その部屋はここ一年ですっかり見慣れてしまった部屋であった。

 

「結局、帰ることは無理だったか」

 

 俺の口から思わず溜息が漏れる。ジュエルシードが発動したことでもとの世界に帰れるかと思ったが、どうやらそれは叶わなかったようだ。その理由など色々考えたいことはあったが、それ以上に今は疲労を感じていた。

 

「まぁ、少なくとも無事だっただけでもマシか」

 

 ふと周りを見てみるとジュエルシードが落ちていた。どうやら一緒に転移してきたらしい。ただ、アリシアのカプセルがなかったところを見ると、どうやらアレは俺と一緒に跳ばされなかったみたいだ。まぁ、あっても困るけど…。

 ジュエルシードを拾い上げて、デバイスに格納する。ジュエルシードは二十一個全て揃っていた。

 

「つうか、何で俺の部屋にいるんだよ」

 

 俺は自分の部屋にいた忍を見て、言葉を漏らしてしまう。忍はノーパソを起動し、そのまま腕を枕に寝落ちしていた。

 

「忍、起きろ」

 

 忍の身体をゆすって、忍を起こす。時計を見てみると深夜であったが、それに構わず俺は彼女を起こした。

 

「ん、ぅ、拓斗?」

 

 忍は寝惚け眼を擦りながら、起き上がる。

 

「え、拓斗?」

 

「そうだけど」

 

 忍が俺の顔を見て戸惑った声を上げたので答える。正直、俺も眠いし、疲れているのでさっさと眠りたかった。

 

「拓斗っ!!」

 

「おわっ」

 

 突然忍に抱きしめられ、俺は驚いてしまう。忍の胸が俺の顔に当たるが抱きしめる力が尋常じゃなく強いため、その感触を楽しむこともできない。

 

「無事だったの、良かった」

 

 忍も落ち着いたのか俺を話すと、本当に安堵した様子で息を吐く。どうやら、かなりの心配をかけたようだ。

 

「まあね、ジュエルシードを使ってもとの世界に帰ろうとしたけど、目が覚めたらここにいたよ」

 

「そう、残念だったわね。でも、無事で良かった」

 

 忍の言葉が嬉しそうに感じるのは俺が無事だったことにだろうか、それとも俺の帰還が失敗したことにだろうか。それとも俺の気のせいであろうか。

 

「とりあえず、アースラに連絡を入れておくよ」

 

「あと、なのはちゃんにも連絡しておきなさい。あの子、あなたが落ちていって物凄く悲しんでいたから」

 

「わかった」

 

 忍に言われアースラとなのはに連絡を送る。そして、アリサにも一応無事を伝えておいた。もしかしたら鮫島さんがアリサに俺のことを言っているかもしれないからだ。アリサはあまり慌てていなかったことから、俺が死に掛けたことは聞かされてないらしい。ついでに鮫島さんにも伝えてもらうように頼んでおいた。

 

 なのはは酷かった。俺が連絡を入れると俺の名前を何度も呼び、俺の無事がわかると泣いてしまい会話が続かなかった。途中で士郎さんが出て、俺の無事を伝えると無事に良かったと本当に安心した声で言ってくれた。俺は心配をかけたことを謝り、後日改めて高町家に行くことにした。

 

 アースラに連絡すると無茶苦茶驚かれたが、とりあえず明日アースラに来いと今日はゆっくり休めとクロノに言われ、すぐに通話を切られた。ぶっきらぼうな態度であったが、俺の無事を確認した瞬間、クロノの表情が少しホッとしたのを俺は見逃さない。和也も安心した表情を見せていたので、とりあえず心配をかけたことを謝り、通話を切った。そして、俺はベッドに倒れこみゆっくりと休んだ。

 

 

 

 

 翌日、俺は忍と共にアースラに行くと、俺よりも早く来ていたのかなのはがいた。なのはは俺の姿を見ると飛びついてくる。

 

「拓斗君、無事で良かった、本当に良かったよ〜」

 

 なのはの瞳から涙が零れる。目の周りも腫れていたから、昨日は相当泣いたみたいだ。

 

「心配かけてごめんな」

 

 俺はなのはの頭を撫でて、彼女を安心させる。なのはは大人しく俺に頭を撫でられていたが、周りの目があることに気づくと、顔を真っ赤にして俺から離れる。

 

 

「もういいかな、じゃあ後は君から事情を聞いて、今回の事件はお仕舞いだ」

 

 クロノはそう言うと俺にいくつか質問をしてきて、俺もそれに答える。事情聴取は大した時間もかからずに終わる。

 

「あのフェイトちゃんはどうなるんですか?」

 

 俺の事情聴取が終わったのを確認して、なのははクロノに質問する。そう言えば、フェイトの姿が見当たらない。まぁ、自由に動ける立場じゃないだけかもしれないが…。

 

「事情があったとはいえ、彼女が次元干渉犯罪の一端を担っていたことは、紛れもない事実だ。重罪だからね、数百年以上の幽閉が普通なんだが…」

 

「そんなっ!」

 

「なんだがっ!」

 

 あまりの罰の重さになのはは声を荒げるが、クロノが釣られて声を荒げてしまい、なのはが押し黙ってしまう。

 

「状況が特殊だし、あの子が自分の意思で次元干渉犯罪に加担していたわけじゃないということもはっきりしている。あとは、そのことを偉い人たちにどう理解させていくかなんだけど…」

 

 和也はそう言って、クロノの顔を見る。クロノは和也が自分の顔を見たことに気づき、咳払いをした。

 

「こほん、それにはちょっと自信がある。心配しなくていいよ」

 

 クロノは安心させるようになのはに言う。

 

「プレシアはどうなるんだ?」

 

「ああ…」

 

 なのはに続いて俺が質問するとクロノや和也の表情は暗いものになる。

 

「彼女の場合、やはり相当な刑は免れない。ただ…」

 

「彼女は重度の肺結腫、治療をしてもそれほど長くは持たないようだ」

 

 言葉に詰まったクロノに引き継いで和也が説明してくれる。原作と同じようにプレシアの病はやはり相当重いようだ。

 

「あの人が目指してた、アルハザードって場所、ユーノくんは知ってるわよね?」

 

 リンディさんが俺達の前に現れ、ユーノに問いかける。

 

「はい。聞いたことがあります。旧暦以前、全盛期に存在していた空間で、今はもう失われた秘術がいくつも眠る土地だって…」

 

「けど、とっくの昔に次元断層に落ちて滅んだと言われている」

 

 クロノが補足するように説明する。事件に関わった人間に改めて彼女のしようとについて説明がされていった。

 

「あらゆる魔法が究極の姿に到達し、その力をもってすれば叶わぬ願いはないとさえ言われた、アルハザードの秘術。時間と空間をさかのぼり過去さえ書きかえることができる魔法、失われた命をもう一度蘇らせる魔法。彼女はそれを求めたのね」

 

「そんなことも可能なのね」

 

「もう既に失われたものですけど」

 

 忍が途中、言葉を漏らすがリンディさんが今は無理だと否定する。プレシアの境遇は俺は理解できる。ロストロギアに手を出し、危険な可能性、そして重罪と知りながらも可能性を追い求めずにはいられなかった。俺も同じだ。

 

「でも、魔法を学ぶ者ならだれでも知っている。過去をさかのぼることも、死者を蘇らせることもできないって…」

 

 クロノはそう言うが、俺はそれを否定する可能性を知っている。いずれ起きるかもしれないGOD、それでこの世界に来る二人の存在を…。それに俺達もある意味時間をさかのぼっている存在だ。この世界の未来を知っていて、この世界へと来た。

 

「しかし、彼女はその両方を求めた。だから、彼女はおとぎ話に等しいような伝承に頼るしかできなかった。頼らざるをえなかったんだ…」

 

「でも、あれだけの大魔導師が自分の命さえかけて探していたのだから、彼女はもしかして、本当に見つけたのかもしれないわ。アルハザードへの道を」

 

「それは彼女が目を覚ました後、聞いていくつもりだ」

 

 プレシアはまだ目覚めていない。俺が撃ったのは少し威力は高かったがただのスタンショットだったので通常であれば、それほど時間がかからず目覚めるはずだが、プレシアは起き上がる気配すら見せていないらしい。

 

「まぁ、それは良いとして、ユーノ・スクライア、君はどうする?」

 

「僕?」

 

「今回の事件によってミッドへの航行ルートに少し影響が出ている。少しの間ではあるんだが安全な航行ができるまで時間がかかるんだ」

 

「なら、今まで通り、家で泊まればいいよ。いいよね、お父さんっ」

 

「ああ、歓迎するよ」

 

 なのはの言葉に士郎さんも頷く。ユーノはなのはの言葉に戸惑っていたが、受け入れ高町家で過ごすことが決定した。

 

 

 

 

 アレから数日が経ち、俺達はもとの生活に戻っていた。今までどおり学校に通い、友達と話しながら過ごすそんな毎日。ジュエルシードを集めていたときとは違い、今はゆっくりとした生活を送っている。そんな時、管理局から連絡が入った。用件はフェイトの処遇についてだった。

 フェイトの本局への移送が決まり、それで最後に彼女はなのはに会っておきたいらしい。それを聞いたなのはは物凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。いままで、隔離されており、会えなかったのでこうやって会うことができるのは嬉しいようだ。

 そして、ジュエルシードの交渉についても決まった。あれから、忍やバニングス家からアリサの父親が出てきて、リンディさんと交渉を続けていたらしい。

 

 アースラに指定された場所はフェイトとなのはが最後に戦った海鳴臨海公園であった。俺となのはが到着するとそこにはすでにフェイトが待っていた。

 

「フェイトちゃーん!」

 

 なのははフェイトの姿を確認すると大声で名前を呼んで彼女へと駆け寄る。

 

「あんまり時間はないんだが、しばらく話すといい。僕たちは向こうにいるから」

 

「ありがとう・・・」

 

「ありがとう・・・」

 

 クロノはそう言ってなのはとフェイトから離れる。それに習い、俺達も二人から離れた。

 

 

 

 

 

 私達は互いに顔を見つめあって、少し照れたように頬を染めて微笑みを交わす。

 

「あはは、いっぱい話したいことあったはずなのに、変だね、フェイトちゃんの顔見たら忘れちゃった…」

 

「私はそうだね、私もうまく言葉にできない」

 

 ここへ来る途中は、あれだこれだと頭の中で考えていたのに、今はすっかり真っ白で、何を話していいのか分からない。友達になりたいと言ったのは自分なのに、自分からうまく会話が始められない。

 

「だけど、嬉しかった」

 

「えっ?」

 

「まっすぐ向き合ってくれて」

 

 フェイトちゃんの言葉に、私は自然に笑顔になる。自分がやりたいと願ったことが相手に喜んでもらえた、それがたまらなく嬉しい。

 

「うんっ。友達になれたらいいなって思ってたの。でも、今日はもうこれから出かけちゃうんだよね」

 

「そう、だね。少し長い旅になる…」

 

 お互いに少し暗い表情を浮かべてしまう。時空管理局本局は、次元世界全域を管轄する次元航空部隊の本拠地であり、そのため全ての次元世界に通ずる空間に置かれているのをクロノ君から聞いた。管理外世界である私達の世界とは結構な距離があるということもあるが、それ以上に、聴取と裁判等で時間が賭かるらしい。

 

「また会えるんだよね?」

 

 でも、それさえ終わればまた会うことはできる。私の言葉にフェイトちゃんは笑って頷いてくれた。

 

「ん、少し悲しいけど、やっと本当の自分を始められるから」

 

 フェイトちゃんのその言葉には感情がこもっていた。

 

「来てもらったのは、返事をするため…」

 

「ふぇ?」

 

 フェイトちゃんの言葉が理解できず少し変な声を上げてしまう。フェイトちゃんの顔は少し赤く染まっていた。

 

「君が言ってくれた言葉。友達になりたいって」

 

「あっ…うん!」

 

 それは自分があの時がフェイトちゃんに言った言葉。

 

「私にできるなら、私でいいならって」

 

 フェイトちゃんは少し困った表情を浮かべる。

 

「だけど私、どうしていいか分からない。だから教えて欲しいんだ、どうしたら友達になれるのか…」

 

 フェイトちゃんの境遇を思い出す。ずっと母親の傍にいて同年代の子を遊ぶどころか出会う機会もなかったことを。不安そうな顔をするフェイトちゃんを見て、困ったけど一つだけ思い当たることがあった。

 

「簡単だよ」

 

「えっ?」

 

 思い返せば、初めて会った時からずっと、一方的だった。

 

「友達になるの、すごく簡単!」

 

 呆然とするフェイトちゃんに、私は友達になる方法を教えてあげる。

 

「名前を呼んで。初めはそれだけでいいの。君とかあなたとか、そういうのじゃなくて。ちゃんと相手の目を見て、ちゃんとはっきり言うの」

 

 ずっと、私はフェイトちゃん、フェイトちゃんと呼びかけるだけだった。名前が返ってきたことは、一度もなかった。

 

「私、高町なのは。なのはだよ!」

 

 だから、もう一度名前を教える。今度こそ、ちゃんと呼んで欲しい。それだけで、きっと友達になれるから。

 

「な、のは…」

 

「うん、そう!」

 

 おずおずと、ためらいがちにフェイトちゃんは私の名前を呼んでくれる。それが本当に嬉しくて、名前を呼んでくれた、それだけで、とても心があったかくなった。

 

「な、のは」

 

「うん…」

 

「…なのは」

 

「うんっ!」

 

 フェイトちゃんが繰り返し私の名前を口にする。私は自らの両手でフェイトの左手を包み込んだ。

 

「ありがとう、なのは」

 

「…うん」

 

 流れる風が髪を撫でる。目の前には新しい友達がいる。

 

「なのは」

 

 何度も自分の名前を呼んでくれる。私の目からは自然と涙が溢れ出した。それを必死で我慢して、笑顔で応える。

 

「うん!」

 

「君の手は温かいね、なのは」

 

 フェイトの言葉に、私は溢れる涙をこらえ切れなくなってしまった。私の目から流れる涙を、フェイトちゃんが指で拭ってくれる。

 

「少し、分かったことがある…友達が泣いてると、同じように自分も悲しいんだって」

 

「フェイトちゃん!」

 

 今、自分の前でフェイトちゃんは目の前で笑っている。母親のこともあり辛いはずなのに、笑っている彼女が愛しくて、私はその身体に抱きついた。フェイトちゃんは私をやさしく抱きしめ返してくれた。

 

「ありがとう、なのは。今は離れてしまうけど、きっとまた会える。そしたらまた、君の名前を呼んでもいい?」

 

「うん、うんっ」

 

 いつの間にか、フェイトちゃんの目からも涙が伝っている。

 

「会いたくなったら、きっと名前を呼ぶ。だから、なのはも私を呼んで」

 

 フェイトちゃんの言葉に顔をあげると、フェイトちゃんと至近距離で目を合わせる格好になる。

 

「なのはに困ったことがあったら、今度は私が助けるから」

 

 フェイトちゃんの言葉が心に響く。友達がこう言ってくれる、これほど嬉しいことはない。

 

 

 

 

 俺はなのはとフェイトから離れ、和也と二人きりになっていた。

 

「お前はこれからどうするつもりだ?」

 

「とりあえずはこっちで過ごしていくさ、まだ、諦めたわけじゃないけどね」

 

「そうか…」

 

 ジュエルシードを使ってもとの世界に帰ることは失敗したわけだが、まだ帰還を諦めきれたわけではない。

 

「前にも言ったができる限り手伝う。後悔しないように過ごせよ」

 

「そっちも、大変だと思うけど気をつけて…」

 

 和也と握手を交わす。俺達にはこの世界でそれぞれの生活がある。和也はこれからも執務官として管理局で働いていかないといけない。そして俺は小学生として過ごしながら、もとの世界へ帰る方法をこれからも探していく。

 

「まぁ、何かあったらこれで連絡取れるからな」

 

 和也はIphone——PDAと呼んでいるらしいのでそっちにあわせることにするが——を取り出し、操作する。まだ、俺達のことについて色々謎は残っているが今は純粋に今回の事件が無事に終わったことを喜ぶとしよう。

 

 二人で揃って戻るとなのはとフェイトが抱き合っているのが見える。

 

「あんたんとこの子はさぁ、なのはは、っく、本当にいい子だねぇ。フェイトが、あんなに笑ってるよぉ」

 

 アルフがポロポロと涙を溢しながら言葉を漏らす。遠目からであるがフェイトの表情を見てみると、彼女の表情は今まで見たこともないほど綺麗な笑顔であった。

 

 ——良かった、笑えるんだ…

 

 なのはと出会い、フェイトは笑えるようになった。それはとても喜ばしいことだ。ただ、この事件に関わったけど、彼女達に対して何もできなかったことを少し寂しく感じる。

 

「時間だ。そろそろいいか?」

 

 クロノの言葉に、抱擁を交わしていた二人が離れる。

 

「はい…」

 

「フェイトちゃんっ!」

 

 なのははフェイトに声をかけるとそそくさと自分の髪のリボンを外し始める。

 

「思い出にできるの、こんなのしかないんだけど」

 

 なのははそう言って、フェイトにリボンを差し出した。

 

「じゃあ、私も」

 

 そう言って、フェイトもリボンを外し、黒いリボンを、同じようになのはに差し出す。互いに差し出されたリボンを受け取るために反対の手を差し出し、そして手を重ねた。

 

「ありがとう、なのは」

 

「うん、フェイトちゃん」

 

「きっと、また」

 

「うん、きっとまた」

 

 二人はリボンを交換した。なのはは黒い紐のリボンを、そしてフェイトは白い布のリボンを握りしめる。

 

「ん・・・」

 

 アルフがなのはの肩にユーノを戻す。

 

「あっ、ありがとう。アルフさんも元気でね」

 

「あぁ。色々ありがとね、なのは、ユーノ、拓斗…」

 

「ああ、二人とも元気で…」

 

 俺はアルフとフェイトに別れの挨拶をする。アルフは笑顔でフェイトは戸惑った表情ででもちゃんと笑って返してくれる。

 

「それじゃあ、僕も」

 

「うん。クロノくんも、またね」

 

「ああっ」

 

「迷惑をかけてすまなかった。ありがとう」

 

 俺はクロノと握手を交わす。和也とは既に挨拶は終わっているため、特に言葉は交わさない。四人は転移魔法陣の中に立つと光に包まれ、そのままアースラに転送される。

 

「バイバイ、フェイトちゃん、アルフちゃん、クロノ君、薙原さん」

 

「四人とも、またな」

 

 転送される四人に言葉を贈り、彼らと別れる。次に彼らに会うのはAs、ほんの数ヵ月後だ。それから数分間、俺達は無言でその場に立っていた。

 

「行っちゃったね」

 

「そうだな」

 

 俺となのはが言葉を交わす。別れは寂しいが、これは永遠の別れというわけではない。

 

「さて、と。じゃあ、全部終わったし、皆で打ち上げでもしようか」

 

「あっ、そう言えば翠屋でパーティするってお母さんが言ってたよっ」

 

「ホント? 無茶苦茶楽しみだ」

 

 こうして後にPT事件と呼ばれる。事件は終わりを告げた。悲しみと出会い、全ての始まりを告げた物語はそれに関わったものたちに大きな影響を与えた。そして、俺達はまた平穏な日常へと戻っていく。


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