「拓斗君、大丈夫?」
「大丈夫だよ、すずか。じゃあ、行ってくる」
私の言葉に拓斗君はそう答えると、ジュエルシードを探しに外へと出かけていく。私は拓斗君の姿が見えなくなるまで見送ると、溜息を吐いた。
拓斗君がジュエルシードを集め始めて以来、拓斗君と一緒にいることは少なくなった。夜中ですら、拓斗君はジュエルシードを探しているので、以前のように話したりする時間も少なくなっている。
「ジュエルシードも半分以上集まってますし、全部集まるのも時間の問題ですよ」
ファリンはそう言ってくれるが、私が溜息を吐いていた理由は単に拓斗君と一緒にいられる時間が少ないというものだけではなかった。
もちろん、一緒にいる時間が少なくて寂しいのも事実ではあるんだけど、それ以上に拓斗君のお手伝いができない自分が悔しくて、それと同じくらい不安だった。
温泉旅行のときに拓斗君達はジュエルシードの封印に行って、同じようにジュエルシードを集めている魔導師と戦闘になったらしい。実際、戦ったのはなのはちゃんらしいけど、私とアリサちゃんがそのことを知ったのは拓斗君達が帰ってきてからのことだった。
もちろんジュエルシードが危険だってことはわかってるし、そのとき急がないといけなかったこともわかっているけど、それでも後になって聞かされたのは本当に寂しい気持ちになった。力になれないことはわかっているけど、それでも知っていたかった。
「うん、ファリンも気をつけてね」
「私が出るよりも先に拓斗君やなのはちゃんが封印してますから、私の出番はほとんどないんですけどね」
私の言葉にファリンは少し苦笑い気味で答える。私が聞いた限りではファリンが封印したジュエルシードは二個、現在集まっているジュエルシードは合計八個だから四分の一はファリンが封印したことになる。どっちも拓斗君と一緒に封印したみたいだけど、私にはむしろそれが羨ましかった。
「では私は屋敷の掃除に取り掛かりますので、何かあったら呼んでくださいね」
「うん」
ファリンは私にそう言って、掃除に取り掛かる。私は部屋に戻るとベッドへと倒れこんだ。
——なのはちゃんもファリンも魔法が使えていいな〜
魔法が使えるなのはちゃんとファリンのことを羨ましく思う。自分も魔法が使えれば、拓斗君を手伝うことができるのに、拓斗君ともっと仲良くなることができるのにと叶いもしない可能性をずっと心の中で抱いていた。
——私にも魔法が使えたらいいのに
そんなことを考えているとふとあることを思い出した。その瞬間、私はベッドから飛び起きる。
「お姉ちゃんが作ってたデバイスっ!!」
私はお姉ちゃんが一生懸命作っていたデバイスのことを思い出す。確かお姉ちゃんが研究室のなかで帰ってきてからずっと閉じこもりで作っていたはずだ。ジュエルシードのことですっかり忘れていたが、お姉ちゃんのことだ、もう完成しているかもしれない。
私はすぐに部屋を出るとお姉ちゃんの研究室へと向かう。研究室には鍵がかかっておらず、すんなりと入ることができた。部屋の中には誰もおらず、機械が散乱していたが、むしろそれがお姉ちゃんらしいと思ってしまう。
「えっと、確かなのはちゃんの持っているのと同じような形をしてたよね…」
記憶にあるお姉ちゃんの作っていたデバイスの形を思い出しながら、研究室の中を探す。デバイスはあっさりと見つかった。私はそのデバイスを手に取ると見つからないように研究室を出て、部屋に戻る。
「これで私も魔法を使える」
お姉ちゃんが拓斗君にこれのことを言っていたのを思いだす。私は見たことはなかったけど、お姉ちゃんの口ぶりからするとこれはちゃんと完成して魔法が使えるみたいだ。
「でも、どうしよう」
デバイスを持って魔法が使えるようになったのはいいけど、これをそのまま持ち歩くわけにはいかない。お姉ちゃん達には内緒で持ち出してるし、そのまま持ち歩くと目立ってしまう。
「あっ、そういえば」
私はあることを思い出し、拓斗君の部屋の中に入る。拓斗君の部屋はシンプルで特に何もない男の子の部屋という感じだ。
私は拓斗君の部屋の壁際に置いてあった竹刀袋を手に取り、その中にあった竹刀を抜いて床に置く。これは拓斗君が恭也さんと修行するようになってから用意されたもので、なのはちゃんの家に練習に行くときや家で恭也さん達と練習するときに使っているものだ。
拓斗君に心の中で謝りながら竹刀袋を自分の部屋に持って帰ると、その中に先ほど研究室から借りてきたデバイスを入れてみる。デバイスはちょうどよく竹刀袋の中に収まってくれた。
——これでよしと
私は竹刀袋を持ってファリン達に見つからないように家を出た。
「あれはすずかお嬢様?」
「どうしたんですかお姉様?」
私が屋敷の外で出て行く、すずかお嬢様を見ていると妹のファリンが声をかけてくる。
「すずかお嬢様が外に」
「あっ、本当です。背中に背負っているのは竹刀袋でしょうか?」
「いえ、あれは……」
私はすずかお嬢様が背負っている竹刀袋に入っているものを認識する。あれは確か忍お嬢様が作っていたデバイスだ。
「忍お嬢様に報告しておきましょうか」
私はすずかお嬢様が行おうとしていることに推測し、忍お嬢様へ報告することにする。
——何事もなければよいのですが…
すずかお嬢様の行動に少し不安を覚え、忍お嬢様への報告を急ぐことにした。
今、俺は街中を歩きながらジュエルシードの探索を行っていた。
現在、俺達の保有するジュエルシードの数は八個、フェイト側がこちらで確認できている限り四個だ。合計十二個、半分以上集まっているが、予想以上にフェイト側のジュエルシードを集めるペースが速い。
——やっぱり、渡さなかったほうが良かったかな〜
今更ながら、そんなことを考えるが過ぎたことなのでどうしようもない。記憶が正しければ海の中に沈んであるジュエルシードは六個、今、集まっているジュエルシードと合わせて十八個のジュエルシードの位置が確認できている。つまり、確認できていない残りの三個をどうやって集めるかが鍵となってくるのだ。
とは言っても、フェイトが持っているジュエルシードの数が把握できていないので、この数はもっと少なくなる可能性がある。そうなってくると海にあるジュエルシードの回収を考えなくてはいけなかった。
——原作と同じように魔力で発起させるっていうのもな〜
原作ではフェイトが海中にあるジュエルシードを魔法を使って発起させ、そこから封印したのだが、それはリスクが大きすぎる。
ジュエルシードは一つでも軽い次元震が起こせるような代物だ。それを六個も同時に発起させた場合、原作のように上手くいけばいいが、上手くいかなかった場合相当な被害が予想される。
現在の戦力は俺、なのは、ユーノ、ノエル、ファリンであるが、これで確実な安全が見込めるかというと少し不安だったりする。最悪、フェイト達の手を借りることも考えなくてはならない。
——そろそろ時空管理局も来そうな時期に差し掛かってきたし、少々めんどくさそうだな
ジュエルシードが落ちてきて数週間、時空管理局がいつ来てもおかしくはない。
それより先に集めたいとは思うが、それ以上に元の世界に帰還する手立てが見つからないことに焦りを感じていた。
「はぁ〜、本当にどうなるんだろ」
俺がぼやいたその時だった。唐突にジュエルシードの反応を感じる。
「なっ!!」
ジュエルシードの反応を感じるのは最近になっては慣れたものなので、いつもであれば驚かなかったがこのときばかりは違った。ジュエルシードの反応を複数感じたのだ。
——これは三つ同時に暴走してるっ!?
焦りを感じていると俺に念話が届く。
『拓斗君っ!! ジュエルシードがっ!!』
『俺も感じた、なのは今どこにいる?』
念話を届けてくれたなのはに質問する。
『海鳴臨海公園の近く、ちょうどジュエルシードの反応が近いところ』
『ならそこはなのはに任せるよ、他には誰かいるか?』
『お兄ちゃんとユーノ君がいるの。こっちは任せて』
なのははそう言うと俺との念話を切る。俺は携帯を取り出してすぐに忍へと電話をかけた。
「もしもし、忍っ」
『拓斗、どうするのっ?』
電話に出た忍が俺に聞いてくる。どうやら忍のほうも今回の事態は把握できているようだ。
「今、なのはが海鳴臨海公園の方に向かってる。忍はノエルとファリンを連れて西側のやつに向かってくれ」
『西側ね、わかったわ。それと拓斗、伝えておきたいことがあるんだけど』
「なにっ」
俺は忍に指示を与えると最後の一つへと電話をつなげながら走る。流石に街中でデバイスのセットアップをするわけにはいかない。
『すずかがデバイスを持って出て行ったわ』
「デバイスって、お前の作った?」
『そうよ』
忍の声からは焦りが感じられる。俺もすずかがデバイスを持って出て行ったことに驚く。おそらく、ジュエルシードを封印するための手伝いといったところだろうが、何もこんなときにと思ってしまう。
『とりあえず、すずかを見つけたらお願い。なのはちゃん達にも伝えておくから』
「わかった、そっちも気をつけて」
通話を切ると俺はすぐに人目のつかないビルの間へと隠れてデバイスをセットアップすると、ジュエルシードの元へと急いだ。
私は今、暴走したジュエルシードの前に来ていた。竹刀袋からお姉ちゃんの作ったデバイスを取り出し、ジュエルシードの暴走体へと向けるが、足が震え、身体が竦んで思うように動けない。自分にできる、大丈夫と言い聞かせ、いざ動こうとすると暴走体が私の方へ跳びかかってきた。
「きゃあああ!!」
私は叫びながらデバイスに付けられてあるスイッチを押すとデバイスから薬莢が飛び出し、私の目の前にバリアのようなものが展開される。暴走体は私に突っ込むがバリアに阻まれ少し離れたところへ弾き飛ばされる。
「はあ、はあ」
たったこれだけのことなのに私の息は上がっていた。
——怖い、恐い
誘拐されたり、恐いことにはなれていると思っていたがこれほど恐怖を感じるのは初めてだった。私がジュエルシードの暴走体を見たのはこれで二回目。なのはちゃんが封印しているのを見て自分でもできるかと思っていたが、これほど恐いだなんて思ってもいなかった。
——これが拓斗君達がやっていること…
拓斗君達のやっていることを甘く見ていた。でも、これを乗り越えないと拓斗君のそばにはいられない。そう思うと身体が震えるが、不思議と先ほどまでより手足が動かせるようになっていた。
「お願い、当たって」
デバイスを暴走体に向けて、魔法を放つ。放たれた魔法は一直線に暴走体へと向かうが暴走体はひょいと横へ跳んで私の放った魔法を回避した。そして、もう一回私の方へ跳びかかってくる。私は先ほどと同じようにして防いでもう一度暴走体を弾き飛ばしたが、ここで問題が起こった。
魔法を放とうとしてデバイスについてあるスイッチを押すが魔法が発動しないのだ。
「どうしてっ!?」
発動しないことに焦って何度もスイッチを押すが全く反応すらしない。また飛び掛ってきた暴走体の攻撃を避けようとするが、避けきれず思わずデバイスを盾にして暴走体の攻撃を受け止める。
「きゃあああ!!!」
しかし暴走体の攻撃は重く、私は近くにあった木に叩きつけられた。
「う、あ」
思わず手放してしまったデバイスを見るとデバイスは真ん中ぐらいから真っ二つに折れていた。しかし、それを気にする余裕もない。叩きつけられた身体が痛んでいるのと、暴走体が私を襲おうとしている恐怖で動くことができない。
「や、こないで」
少しずつ近づいてくる暴走体に怯えながら声を上げる。暴走体が襲ってこようとするのが恐い、自分が死んじゃうかも知れないことが恐ろしかった。
「助けて、拓斗君」
私は拓斗君の名前を呼ぶ。
「助けてっ、拓斗君っ!!」
「はいはい」
私が大きな声で拓斗君に助けを呼ぶと拓斗君はあっさりと現れてくれる。
「面倒だからさくっと封印させてもらうよ」
拓斗君はそう言うと暴走体に向かって、デバイスを向けて何発か魔法を放つ。放たれた魔法は一発目で暴走体を拘束すると、数発の魔力弾で暴走体を攻撃し、最後の一発で暴走体を封印した。あまりの手際の良さに私は思わず見惚れてしまった。
俺は封印したジュエルシードを拾い上げ、クロックシューターに格納する。そして、すずかへと向き直った。
「すずか」
「っ!?」
俺がすずかの名前を呼ぶと、彼女はビクッと震える。
「ご、ごめんなさい、私…」
「無事でよかったよ、まぁ色々聞きたいことはあるけど、それは帰ってからで」
俺は近くに落ちていたデバイスを拾い上げる。忍が作ったデバイスは真ん中から真っ二つに折れ、完全に壊れていた。
——これ、確か二億……
デバイスの制作費を思い出して思わず絶句してしまうが、この辺りは忍の問題なので気にしないことにしよう。
「あの、拓斗君?」
「どうかした?」
「お、怒ってないの?」
すずかは戸惑った様子で俺に聞いてくる。まぁ、確かにどうして無茶をしたのかなど聞きたいことはあるが、怒るほどでもない。むしろそういったことは姉である忍がやるべきことだ。
「俺としてはすずかが無事で良かったから、怒ったりはしないけど、忍さんのお説教は覚悟しておいた方がいいかもね」
「うん……」
すずかは落ち込んだ表情を見せる。そんなすずかの手を握り、月村邸へと戻りながら他のところの状況を聞こうと念話を繋げようとすると近くから魔法の反応を感じる。
「すずかっ!!」
「きゃ、た、拓斗君?」
すずかを抱きしめて、クロックシューターを魔法の反応がするほうへと向けると、そこから人影が現れる。
「転移魔法……」
「こちら時空管理局です。もしよろしければお話しを聞かせてもらえないでしょうか?」
現れた人物は時空管理局を名乗る。見たところ十四、五歳ぐらいの少年であった。
「管理局?」
「はい、時空管理局本局執務官、薙原和也です。初めまして、イレギュラーさん」
現れた彼はそう言って俺に挨拶をしてきた。俺はその事に戸惑う。
「そう呼ぶってことは、アンタも同じなのか?」
「はい、そうですよ」
確かに無印に於いてクロノ以外の執務官などいた覚えなどないし、彼自身がこう言うってことは自分と同じイレギュラーである可能性は高いだろう。
いきなり現れたイレギュラーの存在に警戒していると携帯が鳴る。
「取ってかまいませんよ。特に何かする気もありませんから」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
言葉ではそう言いつつ、右手にクロックシューターを握りながら、左手で携帯を手に取る。どうやら、相手は忍のようだ。
「もしもし」
『もしもし拓斗、今、こっちに時空管理局が来てるんだけど』
「こっちもだよ、とりあえずこっちの相手は敵対する意思はないみたいだし、俺も色々気になることができてきたから彼と話し合いたいんだけど」
俺と忍のやり取りを聞いてか、目の前にいる彼、薙原は笑みを浮かべる。それに少し違和感を感じた。先ほどの言葉遣いと、今浮かべている笑みがなんというか彼にあっていない。
『こっちも敵対意思はないみたいだし、こっちも用があるといえばあるから話しぐらい付き合ってあげてもいいんだけど』
「じゃあ、とりあえず付き合うとしようか。ああ、それとすずかならこっちで保護したから」
『大丈夫なのっ!!』
忍は一際大きな声で俺に聞いてくる。やはり、妹のことが心配なのだろう。
「少し、攻撃は喰らったみたい、それとデバイスが真っ二つ」
『うう〜、まぁ色々言いたいことはあるけど帰ってからにするわ。じゃあとりあえず彼らについていっていいのね?』
「うん、じゃあまた後で……だってさ」
忍との通話を切り、すずかにそう言う。俺の腕の中にいるすずかには先ほどの会話は筒抜けだっただろう。すずかは少し暗い表情を浮かべ、瞳に涙を浮かべている。
俺はなのはに念話を入れるとあちらもちょうど時空管理局に接触していたようで、とりあえずついていくように伝える。ジュエルシードは決して管理局側には渡さないように言っておいた。なのはは少し戸惑った声を上げるが、恭也からも念押しされ大人しく従ってくれたようだ。恭也も交渉用であることを知っているので、その辺りはしっかりしているのだろう。
「というわけで、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺とすずかは一応、薙原に頭を下げる。すると薙原はどこかに念話で連絡を取ると、
「じゃあ、案内させていただきます」
と俺達に言い、俺達と共に転移した。