「たくっ、めんどくさい事しやがって…」
着替える為に上を脱げば、そこには確りとブラジャーが。まぁ、男女兼用のスポーツタイプの物で、運動と言うか殺陣やる時なんかに着けた事もあるから問題ないとして、まさかな。
「うわっ、下もだよ。」
下を下げれば確りとレースの透け透けの女性用下着が穿かされていた。ただ股間の部分に膨らみがあり、あれを押さえつけない。ブリーフの様な構造の物であったが。
「はぁ、脱げば筋肉質なんだけどな。」
鏡を見れば細いが、確りと筋肉に包まれた男の体が其処にある。顔がどう見ても少女と言える物でアンバランスではあるが。
「さっさと着替えるとするか…」
独り言を呟く回数が増えている様な気がするが、それでも時間に猶予があるわけでは無く、仕方なしに高校の制服に袖を通す。下着も男物に着替えて。
鏡を見れば、筋肉が付いた体を服で隠した為に、どう見ても少女としか言えない見た目で、生まれてこの方の付き合いの為、諦めつつ溜息を吐いて廊下に進み出た。
「何やってんの?」
「おお、これは姫様、おはようございます。」
「姫って言うなっ!!…まぁ良いけど、殿様は何やってんのさ。」
「お仕置きでございます。」
「…ああ、そう。程々にね。」
「委細承知。」
そして廊下に出れば、正座をするように縛られ猿轡まで噛まされたグラスホッパーギルディが居た。ちなみに彼の人間名は殿様である。
殿様を見張っているのは、殿様とは違う種類のバッタ怪人でありホッパーギルディ。一応兄弟弟子だそうだ。
愚兄賢弟だそうで、ホッパーギルディはこの男の娘一派の参謀だそうだ。
そんなホッパーギルディに詳しく聞くと、約定を破った為お仕置き中なのだと。
俺の睡眠妨害にならない様に、夜には決して行動を起こさないという取り決めがあったのに、欲望のままに寝ている間に俺を着替えさせたからだそうだ。
程々にと言う言葉を受けて頷いたホッパーギルディを見てこれ以上は酷くならないだろうと、改めて階段を下りて、元宴会場であった広いリビングへと向かった。
「おはよう。」
「おはようございます、姫。」
「あら、おはよう。」
「ウイース。」
「うむ。」
ちなみに上から俺、スパイダーギルディ、母さん、姉さん、父さんである。父さんは新聞を読みつつ、視線だけこちらに向けて頷くだけだ。
朝は一々スパイダーギルディの言葉にツッコんでいられない為スルーする。
「まったく、殿様もやり過ぎだと思うよ。」
「すみませぬ、姫。だが奴も悪気があるわけでは無いので。」
「良いじゃない、別に女装ぐらい。撮影で幾らでもやってんだから。」
「演技中と日常は別だって。」
殿様にされた事を愚痴りながら、スパイダーギルディに引いて貰った椅子に座る。その事にスパイダーギルディは謝ってくるも、姉さんが別にそれぐらいいいじゃないと何でもない事の様に言う。
「はぁ、男らしく短髪にでもすればちょっとはマシか?」
「そっ…」
「…へぇ~、麗路ってば、私達との約束破るんだぁ。」
思わず口をついて出た言葉に、スパイダーギルディが何かを言おうとする前に、姉さんの手が俺の股間に伸びてくる。
「あ、あの、姉さん?」
「そんなに男の子になりたぁい?」
「い、いや、別に姉さんとの約束を破るわけじゃ…」
目が笑ってない姉さんの男の子という言葉を、正確に脳内で漢字に変換出来たのは、姉さんに対して感じている恐怖心からだろう。
何とか言い訳をしようと口を開く。
「いぎっ!?」
「…ねぇ、もし次馬鹿な事言ったら、これ、モギトルカラ。」
「ふぁ、ふぁい。」
だが口を開く前に走った激痛に無理やり言葉を遮られ、しかも脅されて、涙目で何とか返事を返すのが精一杯であった。
スパイダーギルディは何をやっているのかと見て見ると、後ろで震えている。
こんな変態達も足して、家の中でのヒエラルキーを改めて確認させられてしまった。
「って言うか、父さんも何か言ってよっ!?」
「すまん。だが、何となく肩身が狭くてな。」
「何でさっ!!」
だが俺は男だと奮い立たせて、援軍を父さんに頼むも謝るだけであり、しかも父さんまで女扱いしてくる。
思わず抗議しようとするも、母さんが残りの料理片手にやってきてしまった。
一番上と誰もが認める母さんが来てしまえば勝ち目が無く、仕方なしに席に着く。
「あれ?父さん、こんなの撮ったの?」
「あれ、本当だ。てかこれってマクシーム宙果?」
そんな時テレビを見ていた姉が疑問の声を上げた。そこには父が得意とする様な技法が盛り込まれた特撮番組の特集が映っていた。
「『テイルレッド特集』ねぇ。なんか総ちゃんが好きそうな奴ね。」
「そうだね。てか学校でも平気で騒いでそう。」
「あはは、この子ツインテール似合ってるもんねぇ。」
姉さんが言ったように、そこにはツインテールが似合う幼女が主人公として映っていたのだから。
「あれ?雲斑さん如何したの?」
「えっ、あ、いや、何でもござらん。」
そんな映像を見て談笑していると、母さんがスパイダーギルディの挙動がおかしい事に気付いたらしく、何事かと尋ねる。だがスパイダーギルディは何でも無いと答えた。
ちなみに言わなくても分かるだろうが、雲斑とはスパイダーギルディの人間名である。
スパイダーギルディなら大抵の事ならこなせるし、無理な物は無理と言える。だからこの時はそれ程深くは考えなかった。
「…これ撮ったの、俺じゃないぞ。」
「っえ、嘘。だってこれどう見ても父さんの映像でしょ?」
「ああ、だが俺じゃない。偶々テレビ局がマクシーム宙果でやっていたショーを撮ったそうだ。」
それ以上に父さんの言葉に衝撃を受けていた。
父さんの撮る特撮は独特で、いや、感覚的なものなのだが、なんというか他の作品に比べて憧れが強いというかなんていうか、そんな映像を撮るのだ。
テレビに映っているそれも、変に引き付けられる魅力を持っており、絶対に父さんの作品だと思っていたのだが、本人に否定されてしまった。
「この子が何処の誰なのかも分かって無いそうだ。」
「えっと、てことは?」
「うむ、撮れと言われた。」
それどころかテイルレッドが誰なのかも分かってないそうで、何となく考えられる事がある。その事を確かめると、父さんも頷いた。
スポンサーから父さんにテイルレッドを主人公とした作品を撮るよう依頼があったそうだ。
ただ父さんの事であり、普通に焼き回しなんか撮らない。シナリオに手を入れて五人組の戦隊物にしてしまうと言うのだ。
「でな、麗路に頼みたい事があってな…」
なんでも殺陣が出来る子役が三人しか捕まらなかったらしく、姉さんが出るにしても残り一枠開いてしまう。そこで俺に頼むと拝んできた。
「だから、なんでさ。俺男だよっ!!」
「そこを何とかっ!!お前に振り分けられる役の子は、作中でも男の娘であるんだ。」
「嫌だってっ!!」
「ほらほら麗路も我儘言わないの。お父さん困ってるじゃない。」
時々撮影を手伝った事もあるが、それだってちょい役だし、こんなにも堂々と出て来るようなものでもない。
しかも衣装も、今までの様な男でも着れるようなものでは無く、完全な女物。その上設定まで付け足したかのようなもの。
嫌がる俺を母さんが窘める様に言うが、目が完全に笑っている。
「じゃあさ、このテイルレッドって子が見つかれば考えるよっ!!」
「ちょっ、麗路っ!!」
「でないと、絶対に出ないからね。行ってきまーすっ!!」
取り敢えず無茶苦茶な理論と言うか、なんというか。誤魔化して逃げる様に家を出たのだった。
何時もなら玄関まで見送りに来るはずのスパイダーギルディが何やら考えこんでいる事に気付かないまま。
次々話ぐらいにスパイダーギルディ側も書いてみたいと思います。