ウルスラ高等学部の生徒とひと悶着あった。
年が上だから譲れなんていうのは傲慢だし、年が上だから我慢しろなんていうのも傲慢でしかないと思うが、この件に関しては明らかにウルスラの生徒が悪いと判断したので学年主任の新田先生経由で高等部の学年主任を呼び出した。
自習でバレーやるとか……それも中等部のコートで。
何の躊躇もなく学年主任の先生を呼び出して連れて行ってもらったが、その躊躇のなさにウルスラの生徒は恐れおののいていた。意味が分からない。
あとで聞いた話だが、一時間正座で説教喰らわせたらしい。迷惑かけたと謝罪しに来られたが、そこまでされるほどではないと告げて一段落である。
話してみると中々気さくな方だったので仲良くなったというのは蛇足か。
それはさておき、期末試験である。
高畑さんのリーク情報通り、学園長の課題は「2-Aが期末テストで学年最下位から脱出したら正式な先生にしてあげる」というものだった。文書にイラついて破りそうになったものの寸でのところで思いとどまり、かねてから各教科の先生にお願いして回っていた「2-A学力強化プロジェクト」を開始することにした。
まぁ、やることなんて習った部分の復習以外ないのだが。
問題なのはバカレンジャーと呼ばれている五人。プラスして桜咲さん、レイニーデイさん、マクダウェルさん、絡繰さんである。
桜咲さんは二次界隈でもバカレンジャー候補だとかよく言われているが、実際のところ次に入るならレイニーデイさんの方が可能性は高い。……この人、一応魔族かどっかのお姫様じゃなかったっけか。
お姫様だから頭が良いってわけでもないだろうからどうこう言うつもりはないのだが。それを言えば神楽坂さんだって記憶がないだけで魔法の国のお姫様だし。
「お、頑張ってるね、ネギ君」
「おや、今日は早いですね、高畑さん」
普段は俺の方が早く終わることが多くスペアキーで高畑さんの家に入っているのだが、今日は高畑さんの方が帰るのが早かったらしい。まぁ居残りで補修とかいろいろやってたからな。
「すぐに夕飯の準備しますね」
「いやいや、今日は僕が作ったんだ。ずっとネギ君に任せっ放しというのも悪いからね」
台所を見てみれば、高畑さんの作ったであろうカレーと付け合わせの野菜が用意されていた。シチューを作ろうと思っていたのだが、まぁ今からだと何を作っても時間がかかるので手間が省けて楽が出来るから良しとしよう。
高畑さんは先程までやっていたであろう書類を片付けてテーブルを拭いていたので、俺は用意されていた料理を盛り付けて配膳する。
今日はアーチャーがいないので俺一人でやっている。
「……アーチャーさんは何処に行ったんだい?」
「ちょっと仕事を頼んできました」
「仕事?」
「ええ、まぁ」
学園長が課題を出すのが異様に遅かったのも疑問ではあるが、「2-A学力強化プロジェクト」は二週間ほど前から既に開始している。学力強化が必要ない上位者はさておき、他の面々は学力の底上げを図っているのだ。
本来なら教育者である教師が期末試験を使ってこういう真似をすることはよくないのだがな。
それもよりによって率先しているのが学園長とか。
教師は教師という職に就いた時点で生徒に勉強を教えることは義務になる。義務を達成できなければ教師を辞めさせられることも仕方ないと思えるが、それと魔法の試験はなんら関係のないことだろう。
俺の利害とは無関係で、俺は生徒に勉強を教えなければならなかった。
どの道原作を知っているのだからこの流れも分かりきっている。そのためにアーチャーを図書館島に配置して侵入させないようにしているのだが。
「どうにも学年最下位のクラスは小学校からやり直しとか、おかしな噂を聞きまして。真に受ける生徒はいないでしょうが、原因である噂の出所が出所のようですしね」
流しているのは学園長だ。それも巧妙に魔法を使って誰から聞いたかわからなくしている。
どうしても図書館島に行かせたいらしいが、今行くべき場所ではないだろう。興味がないといえばうそになるが、後回しで良いことなら今行く利点がない。
読むだけで頭がよくなる「魔法の本」など、本当にあればむしろ禁書指定して焚書すべきですらあるだろう。
どこぞのライトノベルでは魔導書は読むだけで魂が汚染されるとか言われているものもあるが、頭がよくなる魔法の本とやらも似た様なものであると判断されてもおかしくない。
頭──つまり脳に影響がある魔法ほど高度で難しい。記憶もそうだが、簡単に改ざんされるとなると悪用される可能性だって存在するわけだからな。
所詮道具は使い手次第といえども、厳重に管理しておくべきものに変わりはない。
それをよりにもよって「テストの点を上げるために」なんて理由で持ち出すなど言語道断だ。
「高畑さんは詳しい事情を知らされていないとみますが……どうですか?」
「確かに僕は詳しい事情を知らされていない。でも、図書館島には優秀な司書がいるからね」
アルビレオ・イマか。だが、彼の性格を考えると余り推奨出来ることでもないだろう。
頭の回転は速く、『紅き翼』のブレインと言っても過言ではない。だが同時に極度の愉快犯で相手をおちょくることも多い。分別がついている相手ではあるが、個人的には好かないな。
なにはともあれ、夜通し図書館島を見張るという点においてはアーチャーが適任だ。睡眠も食事も必要がないのだから、これ以上の適任者もいない。
別に本人は戦闘狂でも何でもないし、律儀なまでに従ってくれるが、ちょっと扱いをよくしてやらねばと考えている。どうよくするかはまだ決まっていないが。
「司書が優秀でも図書館島には多数のトラップがあると聞きます。春休みの間に一度その司書さんに会いに行こうとは思っていますが、高畑さんも行きますか?」
「いや……僕は春休みの間は少し忙しくてね。ちょっと時間が取れそうにない」
「そうですか。でしたら神楽坂さんへのご褒美も少し早めに考えておかないといけませんね」
「……明日菜君へのご褒美?」
「期末テストでいい成績を残せば高畑さんと一日デート、という約束をしまして」
具体的に点数を明示していない以上、幾らでも難癖を付けて却下することは出来る。だが、頑張った以上は褒美がなければ今後のモチベーションにも関わってくるのだ。
勝手な約束をしてすまないと思っているが、必要なことだと思ってやった。反省はしていない。
高畑さんは苦笑して「出張に出かける前、少しだけなら」と了承して貰った。流石に一日は時間が取れなかったか。
俺の方はそれほど急ぐことでもないし、今は期末テストに集中するとしよう。
余談だが、高畑さんの作ったカレーは非情に辛かった。
●
翌日。
勉強漬けの生活でややげっそりしている生徒がいる中、眠そうにしている生徒もまた数名ほどいた。
(アーチャー?)
(秘密のドアとやらを内側から抑え込んでいたので、開けようと必死にさせてしまいまして……)
なるほど。いつもなら鍵を開ければ普通に開くドアが開かなかったから、必死に開けようとして夜中まで頑張ってしまったと。
霊体化して壁をすり抜けられるアーチャーならではの方法といえる。姿を現すわけにもいかないし、一番良い方法だったと俺も思う。ヘラクレスの腕力を超えてドアを開けるなんて普通の人間には不可能だし。
しかし魔法なんて信じているような面子には思えないのだがな。
まぁ、学園長の思惑通りではないにせよ、課題をこなすようにすれば文句はあるまい。
「期末テストまで残り三日。各先生方からも少しずつ成績が良くなっていると言われていますので、今日も頑張っていきましょう」
まぁ、主にエスカレーター式だからと手を抜いていた面々に本気で勉強させていただけだが。
それにテスト作成をするのは教育実習生である俺の仕事じゃない。俺がやったとしてもテストの内容は教えないが。
それともう一つ疑問なのだが……幽霊である相坂さよさんの点数はもちろん除外だよな……?
本来ならこんな疑問は抱かないのだが、学園長が学園長だし、一応このクラスに在籍していることになってるし、ばっちりこっちと目があっているのでどう対処したものか判断に困る。
『あ、あの! 今目が合いましたよね! ばっちり見えてますよね!?』
(アーチャー。悪いがちょっと話し相手になってやってくれ)
(了解しました、マスター)
幽霊同士だからかどうかは知らないが、二人は互いに見えているらしい。そして二人はほかの魔法先生やらには見えていない。
見えている可能性があるのは真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのみ。とはいえ、彼女は余りこちらに干渉しようとはしていないからな。
彼女ほどの存在がここにいる理由、事情を知っていてもどこで知ったのかを疑問に思われると面倒極まりない。
後手後手でしか動けないのは弱みだな。それでも事前に準備できるだけマシではあるのだが。
「これでホームルームを終わるので、一限目の準備をしてください」
その言葉を告げた後教室を出て学園長室へ向かう。職員会議はないし、学園長も今日は特に出張の用事もないはずだ。
ノックののちに許可が出たので入室する。
「ほ、どうしたネギ君。まさか期末テストのことで嘆願でも……」
「少々確認をしに来ました。相坂さよさんについてです」
好々爺とばかりに笑っていた学園長は俺の言葉に目を見開き、長いあごひげを撫でつける。
口を閉じる彼に対し、俺は続けろという意味だと取って口を開く。
もっと早く来ておけばよかったというのが理想だったが、実際いきなり教育実習ともなれば対応で忙しい。仕事を覚える意味でも人間関係の構築という意味でも。
無論良い訳でしかない以上は口にしないが、時間をとれなかったのだ。
「彼女、少し調べると1940年にあのクラスに在籍していますね。十五歳で死亡し、以降あの教室、あの席に地縛霊として憑りついている」
年代的におそらく世界大戦が原因で死亡した可能性が高いが、当時の資料なんぞ碌に残っていないためはっきりとした原因はわかっていない。
クラス名簿にかかれていることから高畑さんはもちろん、学園長もその存在は知っていたはずだ。
それでも彼女に対しては何らかのアプローチを行うことはなかった。あるいは、
「こういうと少々問題かもしれませんが……彼女は存在感が限りなく薄い。学園長はともかく、高畑さんは見えていない可能性の方が高い」
「……何故、儂が見えていると?」
「仮にも関西呪術協会の血筋でしょう。鬼を調伏し、使役する日本における退魔のエキスパート。例え西洋魔法を学ぶことにしたとしても、霊視は血の成せる技として消えることはない」
というのは持論だが、まぁ対して間違ってはいないだろう。原作でもかなりの実力者らしいと言われていたし……戦闘はほとんどなかったが。
桜咲さんや龍宮さんもはっきりと見えてはいなかったが、薄くとも見えていたということは学園長ならはっきり見えていてもおかしくはない。
近衛木乃香さんの方はまだそこまでの域に至っていないだけだろう。多分。
「それで、どうしようというんじゃ?」
「それを訊きに来たんですよ」
調伏するならとっくに学園長がしている。成仏させるにしても消滅させるにしても何らかのアプローチを行うはずだ。
だが、俺が見えていると判断した時のあの喜びよう──今まで誰も、なにも反応すらしなかった可能性の方がずっと高い。
原作でもそんな感じだったはずだ。多分。
……多分多分って、推測ばっかだな。
「ずっとそのままにしておくわけにもいかないでしょう。悪霊なら手早く調伏すれば良い話ですし、ただの地縛霊なら成仏出来るように何らかのアプローチを行うべきです」
「…………」
腕を組んで考え込む学園長。
一説によると相坂さんは学園長の初恋の人だというが、実際のところはどうなんだろうな。地縛霊にして自分が死ぬまでこの世に留めておきたい──なんてタイプじゃないだろうし、学園長。
数分ほど考え込んだのち、学園長は口を開いた。
「……さよちゃんは、儂の初恋の人でのぅ」
あ、やっぱそうなのか。ちらりとこっちの反応を見るが、特に何の反応も返さない。あいにくと、今更初恋がどうのこうので騒ぐ精神は持ち合わせていないんだ。
「最初のころは知らなかったんじゃが、何時だったかのう……二十年か、それより前。儂はようやく彼女の姿が見えるようになって、どうにかしてあげたいと思ったんじゃ」
だが、と学園長は続ける。
「初恋の人をどうにか自由にしてあげたいと思ったものじゃが……合わせる顔がなかったというのも事実じゃ」
「合わせる顔がなかった?」
「直接的ではないが、彼女が死んだ原因は儂にある。当時は自身の無力に嘆いたし、やり直せるならやり直したいと思うこともあるが、それで過去は変えられん」
「……それで、結局どうしようと悩み続けて今に至ると、そういう訳ですか」
重々しく頷く学園長。昔のことを語るのは構いませんが、キセルを吸わないでください。臭いので。
そういうとしょんぼりしながら火を消す学園長。
結局、学園長がどうしようどうしようと悩み続けた結果がこれなわけだ。
「何はともあれ、彼女のことはこちらでどうにかしてもよろしいのですか?」
「儂がやろうとすると踏ん切りがつかなくてのぅ……ネギ君に何か策があるというのなら、任せてもいいと思っておる」
「では何とかしておきます」
アーチャーという使い魔を持つせいか、霊体のものを見る眼が強化されているっぽいんだよなぁ。
もしくは一度死んでネギ少年に憑依でもしたのか……『死』に触れたのか? だが俺は『直死の魔眼』なんて持ってないし。
どうにかするといっても現状を動かすだけだが、彼女の意思次第だな。どうしたいかという選択は彼女が持つべきだ。
どんな選択であれ、現状を変えることとは総じて勇気がいるものだ。
俺は、選択する彼女の勇気をたたえよう。
●
簡潔にテストの結果を告げよう。
2-Aは学年一位を取った。俺の計画した「2-A学力強化プロジェクト」が功を奏した結果となる。
だが、俺がやったのはあくまでお膳立て。彼女たちの努力なくしてこの結果はあり得なかった。桜子大明神などと呼ばれて食券長者になっていた生徒も一名いたが、彼女の強運はきっと『
余談だが、相坂さんはアーチャーと話した直後からちょくちょくアーチャーに話しかけるところをみるようになった。現状まともに話せるのが彼しかいないと思っているせいでもあるだろうけど。
その姿はさながら恋する乙女のようで……なんというか、学園長が不憫に感じてしまった。
まぁ、今まで何もしなかったんだから仕方ないよな、と思うことにする。