しとしとと雨が降る。
傘を持たぬ以上は仕方のないことだが、雨でびしょぬれになってしまうな。さして困ることがあるわけではないが、久々に会うのだから身なりをしっかりしておきたかったのだがね。
かのハイデイライトウォーカーに気付かれぬようステルス重視にしているため、余計な装備は極力持ちこまないようにする必要があった。……傘がそれに入るかどうかは微妙なところだが。
まぁ気にすることはないな。
『どーする? オレたちが先行してさっきの奴を見つけるか?』
『また封印されるのはいやですぅ』
「そうだね。君たち三人が先の少年──小次郎君と言ったかな。彼を見つけてくれれば懸念も消える。並行してネギ君の居場所も探りたいところだが……」
彼は己の派閥にかのハイデイライトウォーカーを入れているという。ならばその周辺にいるであろう可能性が高い。
出来れば他の場所にいることを祈ろうか。流石にあれを相手に戦うのは御免被りたい。
私は学園の調査を先にしておくべきだろうな。出来ることならネギ君と一戦交えたいところだが、依頼主の意向としてはそれを望まないようだから無理かもしれない。
やれやれ、我ながら益にならない依頼を受けたものだ。多少の恩義があるとはいえ、もう少し条件を粘ってみるべきだったかな。
『……その必要はないみたいですぅ』
「む?」
どういうことかと尋ねかけ、聞こえた足音に耳を澄ます。
聞こえる足音は段々と近づいてくる。三人の足音は規則正しく、急いでいるわけでも無ければこちらを奇襲しようとするゆっくりした足取りでも無い。
そして姿を現したのは──私の目的とするネギ・スプリングフィールドだった。
その後ろにいるのは刀を持って臨戦態勢である退魔師の少女と不安げな表情の、確か近衛木乃香嬢、だったかな。
「こんばんは。というにはいささか早い時間帯でしょうか」
「……私のことに気付いたのかね? だとしたら素晴らしい魔力感知能力だが」
「いいえ。魔力的には探知できませんでした。あなた方のステルス能力は十二分に発揮されていましたよ」
だとしたら、何故だという疑問が浮かぶ。
魔力的に見つけられないのなら物理的に見つけてしまえとでも言うのかね? 何時、どこから、どうやって侵入してくるかもわからないというのに?
薄く笑みを浮かべたままのネギ君は私の疑問に答えるかのように種を明かした。
「僕の
「……偶然。偶然か」
時の運ばかりはどうしようもない。が、ステルスを重視したがためにこの雨の日を選んだというのに、無駄になったとあっては骨折り損のくたびれ儲けだ。加えてここは視界の悪い森の中だというのに。
加えて、彼に見つかっているということは学園側、ひいてはハイデイライトウォーカーにも気付かれているはずだ。
ここは出直すのが吉かもしれないな。
そんな心の動きを読まれたかのように、ネギ君はこちらへと釘を刺す。
「逃げるのはご自由ですが、その場合は不躾ながら背後から攻撃させていただくことになります」
「それでも逃げ切れる自信は十分にあるがね。君が学園側に話していないというなら話は別だが」
「急行したので誰にも話していませんし、逃がすつもりも毛頭ありません」
学園側に漏れていないというのならこのまま依頼を達成するだけの話だが、彼の話が本当とは思えない。わざわざ自身が不利になることを教えることに意味があるとも思えないからね。
右手に傘を持ち、杖を背にした私服姿のネギ君はまるで狙撃手がスコープをのぞき込むように左手をこちらに向ける。
多少の魔法ならばすぐにでも対処できる。だが、依頼人から言われたように彼の使い魔が破格の狙撃能力を持つとすれば、その行為は──
「まずは、貴方の部下三名から」
──音を超えてなお速く、その矢は飛来しスライムたちの霊核を撃ち抜いた。
霊核はこちらに留まっているための魔力の源だ。これを破壊された以上、彼女たちがこちらに留まっていることは出来ない。
「出番これだけかヨ!」「あんまりですぅ」などと言いながら消えていくスライムたちを尻目に、警戒しつつネギ君を見つめる。それなりの威圧感があると自負していたが、彼は一切気にした様子もなくこちらを観察している。
すぐにでも攻撃できるようにか、左手でこちらに狙いを定めたまま。
「聞きたいことはたくさんありますが、答えたくなければ無言でも構いません。元より悪魔の言葉を鵜呑みにする気もありませんが」
「……なるほど。六年前に死にかけて泣いていた子供とは到底思えないな」
火に包まれる村を見て必死に生きている人を探し、私が殺害一歩手前まで追い込んだところで不意打ち気味に老人に封じられた。あのあとどうやって生き残ったのかも疑問だったが……予想以上に強力な使い魔を召喚したらしい。
これは依頼主も「慎重に慎重を期して捜索を」という訳だ。
無駄かもしれないが、ここら一帯に結界を張らせてもらおう。出来る限り外からの干渉は防ぎたい。
「……六年前。やはり、あなたは」
「ほう、中々に聡い。伏兵のスライムたちに気付いたことといい、使い魔の力だけではなさそうだね──多少は楽しませてくれよ、ネギ君」
「『
一歩踏み込み、拳を振るう。
激しい拳圧は暴威を振るってネギ君を吹き飛ばそうとするが、彼はあろうことかその一撃を無詠唱魔法で防ぎきった。並の魔法使いなら対応すら出来ない一撃だと自負していたのだがね。
驚きもあるが、それ以上に楽しみになってくるよ。
君のような才ある若者と戦うのは私にとっての快楽だからね。
「やめておいた方がいいと思いますが」
「ふふ……余裕ぶるのもいいが、まずは自身の状況を考えたまえ」
背後には教師として守るべき二人の生徒がいる。彼女たちを連れてきた理由はわからないが、ネギ君一人であれば十分私と渡り合えるだけの実力を持つように感じられる。
わざわざ足手まといを連れてくる理由など無いはずだ。
もっとも、私にとっての目的は学園の調査とネギ君の戦力調査だ。出来れば接触をしないようにと念を押されていたが、こうなってはそうもいかない。
「君の厄介な使い魔もいる。悪いが、そこのお嬢さん二人を利用させてもらうよ」
「出来ると思っているのなら」
セット、とネギ君が呟く。
どんな魔法を使おうとしているかは知らないが、例え無詠唱魔法でも私の方が数秒速い。そう考え拳を振るった。
瞬間、ネギ君の周りに現れた五体の上位精霊がほぼ──いや、まったく同時に魔法を使った。
「『魔法の射手 連弾・雷の百一矢』『魔法の射手 連弾・光の百一矢』」
──ッ!!?
一本一本は私のパンチよりも低い威力だが、これを数本束ねれば私の一撃に十分匹敵する。それを、壁を思い起こさせる量の弾幕として放たれた。
「ぐ、おおおおおお!?」
な、なんという……いくらかは弾いて直撃は避けられたが、それでもダメージがゼロとはいかない。
父親と違って戦闘に向かない性格ではないかと思っていたが、中々どうして容赦がない。
……とはいえ、どうにも『本気で戦っている』という感覚ではないな。彼が本気なら、今の一撃である程度勝負を決する流れにも出来たはずだ。
現に、ダメージを負って動いていない私に対して追撃すらしてこない。
「……どうした、ネギ君。六年前の仇だとわかっていてなお私に止めを刺すことが出来ないのかね?」
「聞きたいことがいくつか。それが聞き終われば、すぐにでも止めを刺してあげますよ」
聞きたいこと。聞きたいことか。おおよその検討はつくが、それを口にするのは野暮というものだろう。
人間味の薄い子供だと思ったが、それは外面だったか。
瞳の奥に見える激情。彼とて六年前の事件に対して思うことがない訳ではない、ということだな。
「なるほど……だが、私も悪魔としての矜持がある。今更だが名乗らせてもらおう。ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。今はしがない没落貴族の雇われだよ」
「ネギ・スプリングフィールド。麻帆良学園の教師で、貴方を討ち果たすものです」
「ふむ。良いな、それは。やれるものならやってみたまえ。私もそう簡単にやられるつもりはないがね──!」
リズムよく悪魔パンチを繰り出し、森に生えている木々を薙ぎ倒しながらネギ君へと攻撃を繰り返す。
ネギ君はそれを先程同様に風の魔法を使った障壁で見事に防ぎきっている。後ろの生徒にけがをさせないためだろうが、そのままではジリ貧だぞ!
「ふっ!」
一際強烈に放った悪魔アッパーで地面ごとめくり上げてみたが、どうにも手応えが薄い。
雨のおかげで土煙もさほど立たず、攻撃した先を見てみるが──泥の汚れさえついていないネギ君を見て私は絶句した。
「無駄だということはわかりませんか、ヘルマン伯爵」
「……いや、驚いた。だが無駄だとは思っていないよ。君の魔力とて無尽蔵ではあるまい」
「そうではありません。聞きたいことがあると、言ったばかりでしょうに」
「そうだったな。ならば先に聞いておこう──何が聞きたいのかね?」
「六年前。貴方を使役し、僕らの村を襲わせた依頼主について」
「残念だが──悪魔の矜持として、依頼主のことは話せないな」
そうですか、と顔色一つ変えずにネギ君は言った。始めからこの結果を知っていたとばかりに。
まぁ、悪魔は契約にはうるさい。依頼主について情報を漏らさないための契約も結んである以上、情報を漏らすことは万一にもない。
「そうでしょうね。いえ、別に構いませんよ。おおよその予測は出来ていますから」
「聞きたいことはそれだけかね?」
「もう一つ。あなたたちのかけた永久石化の呪いはどうやって解くのですか?」
あれは我々の中でも高位の魔物しか使えない術だ。単純な魔法の石化とは少し違う。
どうやって解くか、と言われると少し考えてみる。答えとしては最上級の霊薬か、それこそ治癒師として最高峰の力を持っていれば解呪できるはずだ。
「それは私を倒せれば教えてあげよう」
「そうですか──では、消滅しないギリギリで抑えるとしましょう」
瞬間、私は絶句した。
彼は決して攻撃せず守っていただけでは無かったのだ。
父親と違って前衛型ではないネギ君は、己の領分をしかと理解して行動に移していたということを、否が応にも理解させられた。
「──全魔法待機、解除」
降り注ぐ魔法の射手、白き雷、雷の斧。
逃げ場のない飽和攻撃の前に私は膝をつくしかなく、苦し紛れに放つ悪魔パンチもこの濁流のような魔法の嵐の前には小さな抵抗に過ぎなかった。
逆に言えば、逃げ場を無くすために魔法を無駄打ちしているからこそ私は未だ消えることなく残っている、と考えるべきなのだろう。
「──おっと」
最後の一撃であろう雷の斧は私の真横に落とされた。彼の見立てでは今の一撃を喰らわせては私は消滅してしまうと思ったのだろう。
実際、今の一撃を喰らっていれば消滅していた。ネギ君の見立ては正しい。
……この手の目利きはサディストに多いと聞くが、ネギ君もそうなのだろうか?
「では、答えて頂きましょうか。あなたの石化の呪いを解呪する方法を」
「……具体的な方法があるかどうかは私は知らない。だが、そこの彼女──近衛木乃香嬢ならば、あるいは世界最高峰の治癒師として修行を積むことで石化の呪いを解くことも可能だろう」
「……そうですか。やはり、それしかありませんか」
……それ以外の方法を探していた、ということなのだろうか。
単純に治癒の魔法で解呪するにはそれなり以上の経験を積まねばならない。単に解呪するためだけの魔法が存在するわけではないのだ。
熟練の魔法使いが使う治癒魔法と魔法学校で習う治癒魔法は同じものだ。二つを分けるのは熟練度の差に過ぎない。
当然、才能の有無という壁もあるがね。
ネギ君は数秒考え込み、やがて納得したように頷いた。
「わかりました。知りたいことはほぼ知ることは出来ませんでしたが、まぁよしとしましょう」
「ふふ……手厳しいな、君は」
「ヘルマン伯爵は敵ですからね。情け容赦は刃を鈍らせるのみ、ですよ」
「確かにそうだ。君自身はあまり闘争に向かない性格だと思っていたが、訂正しよう。やはりあの男の子供だよ、君は」
「褒められていないように感じるのはどうしてでしょうね」
「ははは! それは君が父親のことを理解しているからだろう」
一般には英雄として称えられているが、実際のナギ・スプリングフィールドは随分と奔放な人間だったと聞く。
戦争に若くして参加し、英雄として称えられるほどの戦果を挙げた彼に似ているといったことに「褒められているように感じない」というのは、つまりネギ君もそういう面を知っているのだろう。
本人はいないのだから、恐らくは彼の周囲の誰かから。
私は左程かの英雄について詳しい訳ではないからネギ君に話せることは少ない。それに、これ以上話すこともない。
──もっとも。
「これで終わるつもりもないがね──!」
悪魔として、契約は最後まで順守させてもらおう──!
「──無駄だと、何度言えば理解できるんだ、お前は。その最後まであきらめない姿勢も嫌いではないがな」
私が最後に見たのは、矢だ。
音速を超え、私には知覚することさえ難しいほどの速度で迫りくるそれは、私の頭部へと正確に──いや、頭部ではなく、石化の光線を放とうとしていた咽喉へと直撃し、収束していた魔力と共に霧散するのを感じた。
く、ははは……なるほど。彼が最後まで余裕だったのは、彼自身の実力ではなく、彼の有する使い魔が破格の力を有しているがゆえのことだったか。
若く才能溢れる幼子よ。また会いまみえる日を楽しみにしているよ──。
「──お疲れ様でした、ヘルマン伯爵、ネギ先生」
ちょいちょい話が飛んでる感じもしますが、割と原作の時間軸準拠でやってます。
……イベント前倒しでやってる場合もありますが。
>FGO
どう書いても批判になるので活動報告にでも書いておきます。そのうち。
あとエクステラの発表で浮足立った直後にシナリオ桜井女史とか止めてください絶望します。