未来が視える、というのは凄まじいアドバンテージだ。
相手の先を見ることで攻撃を避け、攻撃を当て、防御をし、防御をすり抜け、確実な勝利を得ることが出来る。
冷たい刃は脈動する命を奪うために鋭く振るわれ、月下に輝く。
「月、詠……!」
未来が視える。
全身全霊の連撃は容易く躱され、刃を交わすことすら出来ずに反撃を許してしまう。
未来が視えた。
ならばと変則的に斬撃を振るうも、それすら月詠は容易く防ぎきる。
未来が視えない。
月詠の攻撃は鋭く早く、意識の隙間を縫うように踏み込んでくる。並大抵の実力ではこんなことは出来ない。
だというのに、太刀筋そのものはその辺りの神鳴流剣士と同程度。あくまで彼女は対人戦闘が上手いだけで、剣術の実力は私以下だと判断できる。
それも一つの道だろう。強さとは剣術が上手いだけではなく、蓄積された経験などの総合的なものだ。
剣士として、彼女は私よりも高みにいる。
「この程度ですかー? もっと楽しませてくださいな、センパイ」
月詠は両手に持った二刀を振るう。
どれだけ意識の隙間を縫うように攻撃しようとも、変則的な攻撃をしようとも、彼女はものともせずにそれを避け、防ぐ。まるで
奇抜な攻撃だろうと彼女の顔に驚きはない。まるで事前に知っていたように振舞うその姿を見れば、私という前例もあって十分にあり得る可能性を浮上させた。
だが、それに意味はない。
同じように未来を視ているというのなら、月詠と私の視る未来は同じはずだ。そこに差がない以上、純粋に対人戦闘で彼女が上回っているというほかない。
だけど、それでも。
「負けられない……ッ!」
お嬢様を助けるためだけに剣を学んだ。
お嬢様を守るためだけに剣を振るった。
それ以上でも以下でもない。その為だけに私は剣をとり、友人だと言ってくれた彼女を守りたいと思ったのだ。
長から預かった野太刀「夕凪」を正眼に構える。
未来が視えることに意味はない。同じ未来が視えているなら結果は同じなのだから、それに頼ることは同じ結果しかもたらさない。だったら、やることは一つしかない。
「──」
既に私の体にはいくつもの切り傷が出来ている。
実力の差はあれど、手も足もまだ動く。
光の柱が立ち上る湖へはネギ先生たちが向かっているが、先程から響く爆音も気になるところだ。
──いや、今は目の前の敵にすべてを集中する。
一挙一動をわずかたりとも見逃さないように。息遣い、重心の動き、剣先のブレ、視線──それら全てを見て、視て、観る。
「ふ──ッ!」
瞬動で踏み込む月詠に取る対処は一つだけ。私に出来ることはそれだけであり、それを躱されれば成す術はない。
横薙ぎに振るわれる二刀連撃・斬空閃。
連続して迫るそれらの斬撃を弾き、目の前まで迫る月詠に対して、私は振り上げた夕凪をただ高速で振り下ろす。
狙いは一つ──わかっていても避けられない一撃。
左肩と右の脇腹に突き刺さる刀を筋肉を引き締めて逃がさないようにし、目の前にいる月詠の頭部へと──
「甘いなぁ、刹那センパイ」
囁くように告げた月詠は、振り下ろした私の刃を紙一重で避けた。
「所詮は線。来る場所がわかっていれば取れる手段なんて幾らでもありますえ、刹那センパイ」
神鳴流は全身が武器だ。例え刀がなくとも、その身そのものが人を殺すための武器となる。加えて今の私は技後かつ裂傷によって動きも鈍い。
胸元を狙って放たれる貫手を防ぐ手段はない。
今から起こす行動では彼女の手を止められない。死を覚悟して、軋む体を無視して無理矢理右手を動かそうとした瞬間。
「お前に死なれるとぼーやに説教されそうだ。『助けられるのに助けないのは怠慢だ』とな」
視界の外。私の影から現れた白い腕は、月詠の貫手を横から掴んで止めていた。
ゆらりと現れたのは金色の髪をなびかせた少女──エヴァンジェリンさん。
チラリと私を見た彼女は、小さくため息を吐いた。「私は治癒魔法は得意じゃないんだ。怪我は自分で止血しろ」と言い残し、月詠を片手で大きく投げ飛ばした。
私はゆっくり刀を引き抜き、着ていた制服を破いて圧迫しつつ止血する。出血は抑えたが、戦おうとすれば失血死する可能性があるだろう。……それを推してでも、私はお嬢様を助けに行かなければならない。
「おい、桜咲刹那」
「は、はい。何ですか?」
「お前がそこまでボロボロになるんだ。相当強いのか?」
「……対人戦闘では私よりも余程上でしょう。加えて、彼女は未来が視えているかのような動きをします」
「未来が視えている……未来視の能力持ちか。厄介な」
仮にも六百年という悠久の時を生きた吸血鬼であるためか、エヴァンジェリンさんの顔に憂鬱さはあっても驚きはない。
ということは、未来が視えている相手への対処法も心得ているのだろうか?
「いたた……あんさん、無粋ですなー」
「ふん。未来視持ちなのだろう。現に今の一撃を防いでいるではないか」
来るとわかっていても避けられないし、防御が出来てもエヴァンジェリンさんの一撃は私よりも遥かに重い。現に防いだ左手はろくに動かせていないようだし、危機は脱したとみていいのかもしれない。
それでも、ここが戦場である以上は慢心など愚の骨頂なのだが。
「桜咲刹那。今後お前があの手合いと戦うときの手本を見せてやる」
「手本、ですか?」
「ああ。未来視持ちは厄介だが、基本的に視えているのは視界の中での未来だ」
故にこうやって、とエヴァンジェリンさんの言葉が紡がれると同時に姿が消えた。
「──視界の外に回り込めば、奴の視ている未来からは容易に逃れられる」
派手な轟音と共に月詠が吹き飛ばされ、木々を薙ぎ倒してようやく止まる。……しかし、その方法はエヴァンジェリンさんにしか出来ないのでは……?
唖然としている私の顔を見て、エヴァンジェリンさんはため息を吐いた。
何故か凄く馬鹿にされているような気が……。
「私の場合はこれが早いからこうしただけだ。お前の場合は別の策を講じる必要がある。ともあれ、最終的な方法は一緒だよ」
要は相手の視界に入らないように攻撃することで、月詠の視ている未来から逃れるということらしい。
それは当然、私にも同様のことが言えるわけで……今後私の力に気付く人も出てくるだろうし、イタチごっこのようだがこれの対処法も考えなければならない。
いや、今はそれよりも。
「お嬢様を助けに……ぐっ」
「落ち着け。何を復活させようとしているかは知らんが、私とぼーや、ぼーやの従者もいる。そうそう対処できないことなど起こりはせんさ」
傷口がズキズキと痛むが、それを気にしてはいられない。一刻も早くお嬢様を助けに行こうとする私を宥めるエヴァンジェリンさんは呆れているようだった。
そびえ立つ光の柱は先程から徐々にその光を強くしている。何かの復活はそう遠くないだろう。
月詠を拘束して、早く助け出さねばならない。落ち着くのは全てが終わった後でいい!
「無理をするなというに……ん?」
呆れた顔のエヴァンジェリンさんが、突然眉をひそめながらどこかを見る。
光の柱の方向ではなく、別の方向だ。何があるかは見えないが、エヴァンジェリンさんには何か見えているのだろうか?
「……厄介なことになっているようだな」
「あの、何が……?」
「見てみろ。あのあたりの地面が焼け焦げている」
エヴァンジェリンさんが指差した先には、木々が黒くなっている場所や地面に焦げ跡のようなものがあった。
それらはネギ先生が付けたものなのでは? と首を傾げた私に対し、エヴァンジェリンさんは訥々と話す。
「ぼーやの得意属性は風と光だ。火の魔法など滅多に使わん。風系統でも雷の発生する魔法なら似たような状況を作れるが、ああも放射状には広がらん。使わざるを得ない状況に追い込まれたか、それとも他の誰かが使ったか……どちらにせよ、使い手はそれなり以上の魔法使いらしいな」
「な、なるほど……では、ネギ先生と茶々丸さんが危ないのでは──」
「ぼーやの従者が一緒なら杞憂だがな。ここに来る途中もドンパチやっていたのは視たが、今はデカい音もしていない。合流したとみるのが自然だろうさ」
状況が全て把握できているのか、エヴァンジェリンさんに焦る様子は見られない。
私は納刀した夕凪を手に立ち上がり、エヴァンジェリンさんへと尋ねる。
「月詠はどうしますか?」
「月詠? ……ああ、あのガキか。放っておけ。どの道しばらく動けんだろう」
今はそれよりも急いで湖に向かわなければならないという。
「ぼーやはアーチャーを合流させるつもりはないと言っていた。敵の主力を引きつけておくためだとな……だが、そのアーチャーを連れてこなければならないほどの事態になったとみるのが妥当だ。私は私で湖の方を手早く片付けることにする。ぼーやはぼーやで何とかするだろう」
焦る必要はないが、あまり時間をかけると事態がより厄介なことになるとエヴァンジェリンさんは言う。
私もそれには同意だし、お嬢様を何時までも誘拐させているわけにはいかない。
──私はお嬢様を守るためだけに生きているのだから。
「ふん……傷が開かないようにしておけ。ついてから足手まといになられると厄介だからな」
「はい。感謝します」
ここでおいていかれては、何のために来たのかわからなくなる。
私たちは、出来る限り急いで湖へと歩を進めた。
月詠から見るとイージーモードでやってたところに突如ルナティックモードの裏ボスが乱入してきたような感じ。負け確定のイベント戦と言ってもいいレベル。
……自分で出しておいて何ですが、未来視は解釈によって能力の強さが変わるので厄介だなぁと思ったり。
FGOの話。
今週ずっとレベル上げにいそしんでたら再臨素材が尽きました。再臨素材は泥率悪いから集めるの大変なんですよねぇ……再臨も一回やったレベルですし。