世界が爆発したかのような衝撃だった。
火系統の魔法は文字通り火力が高いため、手加減がしにくいというデメリットが存在する。それは造物主の使徒であるアーウェルンクスだって例外じゃない。
クゥァルトゥムの使った『紅蓮蜂』は、威力の高い爆発する蜂をいくつも高速で飛来させる非情に危険な魔法だ。下手すれば俺が死ぬくらいには危険だ。
「ご、あ──ッ!」
茶々丸さんを抱えて後ろに飛ぶと同時に魔法の射手で迎撃したが、流石に無傷とはいかない。爆発の余波で吹き飛ばされ、クゥィントゥムの方へと転がる。
下手に抵抗するよりも流れに任せたほうがダメージは少ないため、勢いよく転がる俺はタイミングを見計らってクゥィントゥムへと『雷の斧』を放つ。
どうやったって勝ち目はない。ある程度目くらましと攪乱で時間を稼げれば御の字だが──
「舐めないで貰いたいな」
アーチャーとの訓練で培った危機察知が見事に仕事をした。
咄嗟に茶々丸さんを抱えて別の方向へ転がり、体勢を立て直して向き直ると、そこにはすでにクゥィントゥムの姿があった。
「う、お──!」
素早く左手に『術式改変・白き雷』を纏わせ、多重障壁を無理矢理殴り壊す。これにはさすがにクゥィントゥムも虚を突かれたのか、目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。
その一瞬のうちに『魔法の射手・戒めの風矢』を使って動きを阻害する。
すぐさまクゥァルトゥムの対処をしようと視線を向けてみれば、茶々丸さんが高速で吹き飛ばされていた。
しかも右腕が圧し折られている。
「クソッたれ……」
時間稼ぎも碌に出来やしない。
アーチャーを呼んではいるが、あっちもあっちでアーウェルンクスが足止めしてる状態だ。アルトリア・ペンドラゴンやジャンヌ・ダルクと違ってヘラクレスの対魔力は左程高くない。無効化するのではなく傷を負わないだけである以上、足止めだけならばアーウェルンクスでも可能なのだ。
しかもいくら『十二の試練』があってダメージを受けないとはいえ、俺がやられればアーチャーも終わり。人を殺せないというプログラムが入っているはずだが、それだってナギの息子である俺に対してまで律儀に働いているとは思えない。
まさかこんなところで広域殲滅魔法を使うとは思わないが、使われるとアーチャーを盾にしても逃げきれない可能性がある。
まったくもって鬱陶しい。
「ナギの息子だという割にはそれほど強くもないね」
「子供だと侮るつもりはないが、やはりまだ未熟か?」
好き勝手言ってくれる。
茶々丸さんは右腕を失ってなお立ち上がって俺を守ろうとしてくれているようだが、どちらかといえば邪魔なので下がっていてほしいものだ。
アーチャーがここに来るまで残り一分も要らないだろう。だが、その一分が問題だ。
「──セット」
並列起動した精霊に同時に詠唱させ、俺はそれを束ねて使う。その為だけに作り出した並列処理魔法。
エヴァとの戦闘の時も使っていたが、こいつを使うと魔力の消費が凄まじく激しい。唯でさえアーチャーへの魔力供給と複数の魔法を同時に準備させているのに、それを並列で処理して適切に扱うための魔法を使うとなると恐ろしい勢いで魔力が削れていく。
故に短期決戦しか道はない。
「『雷の暴風』」
同時に放たれる二発の『雷の暴風』を見て驚くアーウェルンクスだが、そんなことに一々構っていられない。
上位精霊への詠唱待機命令を済ませ、茶々丸さんを抱えて距離を取る。俺と奴らでは近距離での戦闘力がケタ違いだ。前衛のいない後衛など唯の的に過ぎん。
「驚いたな。同じ魔法とはいえ、まったく同時に使うなんて」
クゥァルトゥムは酷薄な笑みを浮かべて再び魔力を練り上げ、『紅蓮蜂』を使ってこちらの動きを阻害すると同時にダメージを与えにかかる。
クゥィントゥムは元より速度に秀でたアーウェルンクスだ。同型とはいえ火のアーウェルンクスであるクゥァルトゥムの攻撃に巻き込まれつつも、それらすべてを避けて俺へと肉薄してくる。
「『魔法の射手 連弾・雷の百一矢』『奈落の炎』」
火系統の魔法は左程得意ではないのだが、威力があって広範囲に広がる攻撃というとこれくらいしかないのだ。『雷の暴風』は一直線に進む魔法だから周囲を巻き込まないし。
同時に精霊を呼び出してデコイを生み出し、散開させて注意を引く。
『紅蓮蜂』の誘爆によって爆風が吹き荒れるが、その爆風すら利用して俺はアーウェルンクスから距離を取る。
「ネギ先生。私を置いて行って下さい。足手纏いになるようだとマスターにお叱りを受けます」
「駄目です」
彼女も俺の生徒だ。どんな理由があったとしても、この危険な戦場において見捨てる理由にはならない。
だが、同時に彼女を連れていると危険度が跳ね上がっているのも事実だ。置いていった場合奴らが茶々丸さんをどのように扱うか定かではない以上、置いていくという選択肢はないのだが。
「余裕だね。話している暇があるのかい?」
振り向いた瞬間に強烈な衝撃が頬を撫でた。
咄嗟に障壁を強化したものの、それを貫いて拳を当ててきた以上は威力の減衰程度しか見込めない。つまり凄く痛い訳で……。
身体強化をしていたおかげで大木にぶつかっても大丈夫だったが、体が軋んで痛みが走る。
「君が本当に『蒼崎』だというのなら、返して貰わねばならないものがある。僕はさっきそういっただろう」
「……だったら、なんだ」
「君は『蒼崎』か?」
ここで否と答えるのは簡単だが、何故か連中はアーチャーのことを知っている。どこまで知っているかはわからないが、半ば確信をもって俺を『蒼崎』ってやつだと思っている。
ふざけたことだが、今の俺には何の関連性もない。奴らが何か盗まれたとしても、今の俺はその存在を欠片も知らないのだ。
だが、沈黙は肯定と取られてしまうかもしれない。ならば、いっそ否と答えるしかないだろう。
「──否。俺はネギ・スプリングフィールドだ。『蒼崎』なんて知らないな」
「そうか──では、あのサーヴァントを連れている理由を答えて貰おうか」
「教える必要があるのかよ」
「……なるほど、君は確かにあの男の息子だ」
再び強烈な衝撃が腕に走る。
今回は両手を盾にしたからさっきよりはましだが、当然のように障壁を突破しやがって……!
そのせいで両手が痺れ、茶々丸さんとも引き離されてしまった。偶発的ではあるが、奴らの興味が俺に向いているなら今の状態の方が安全かもしれない。
反撃の手管を整える間もなく追撃に入るクゥィントゥム。手加減しているのか舐めているのか、その速度は俺にも知覚出来る程度でしかない。
痺れが取れていない両手でクゥィントゥムの追撃を弾くも、ここでは地力の差が如実に表れる。至近距離で魔法を放っても曼荼羅のような障壁にすべて阻まれてしまうのだ。
──この程度じゃ、喰らいつくのも難しい……ッ!
「──遅くなりました」
瞬間、俺とクゥィントゥムの間に入り込む巨大な影。
弓矢を背に、拳を握ってクゥィントゥムを容易く吹き飛ばすアーチャー。
「サーヴァントか!」
クゥァルトゥムは練り上げた魔力によって爆炎をまき散らしながらアーチャーへと畳みかけ、その全てを後ろへ逃さないように受け止め弾く。
いるだけで違うこの安心感はヘラクレスならではだな……。
もう一人のアーウェルンクスもすぐに来るだろうし、こちらもすぐに準備を整える。
「三連・『雷の暴風』!」
アーチャーの横からアーウェルンクス二人を巻き込む形で『雷の暴風』を放つ。だが、これもただの時間稼ぎに過ぎない。
俺はアーチャーの肩に乗り、茶々丸さんを抱きかかえて距離を取る。そう遅くないうちにエヴァも来るはずだが──悠長に待っていられる段階でもなくなった。
否が応でも視界に入るそれを見て、アーチャーは思わず声を漏らす。
「あれは……」
「おそらく、近衛さんを連れて行った最大の理由だろう」
湖のある方向から立ち上る光の柱。封じられているであろう飛騨の大鬼、リョウメンスクナノカミを手中に収めるために彼女を連れて行った。
かの大鬼の戦闘力はどれ程かわからないが、最悪エヴァに任せてこちらは俺とアーチャーで撃退するしかない。
もしくはその逆だ。アーチャーでも宝具を使えばリョウメンスクナを撃滅することは可能だろうが、その後再封印を施すとなれば話は別。関西の術者に任せられればいいのだが……。
ともあれ、現状ではエヴァが合流するまでアーウェルンクスの相手をしなければならない。
「距離はどれくらいを保ってる?」
「およそ七十メートルほどです。このまま湖に向かうとしても、彼らの速度を考えれば立ち止まった瞬間に追いつかれるかと」
だが、逆に言えばこのままの速度を保てば追いつかれることはない。──だが妙だ。
風のアーウェルンクスは、あいまいな記憶ではあるが瞬間的な雷化で雷速をたたき出すことが可能なはず。幾らアーチャーとはいえ、乗っている俺たちの身が持たない以上今の速度が雷速よりも速い訳がない。
だったらなぜ、奴らは追いついてこないのか。
湖に向かわせようとしている? ならその理由は──道中に何かしらの罠を仕掛けているということに他ならないはず。
「アーチャー、回り道をしろ。多少時間がかかってもお前とエヴァがいればリョウメンスクナはどうとでもなる」
「わかりました」
やはりというべきか、アーチャーが進路を変えた瞬間に後方からそれをさせまいと攻撃が始まった。
速度だけならアーチャーをも凌駕するクゥィントゥムは、アーチャーに並走してちょっかいを出し始める。
ちょっかいというと軽そうな響きだが、実態は俺の障壁を容易く突き破る体術やら風系統の魔法の連打だ。アーチャーが防いでくれなければ簡単に吹き飛ばされてしまうほど、俺と奴には力の差がある。
加えて、疑問が一つ。
──土のアーウェルンクスが姿を見せない。
頭を働かせろ。アーチャーが俺の剣であり盾となるならば、俺はそれを操るための頭脳として役割をはっきりさせねばならない。
何時までも守ってもらうだけの子供で居るつもりは毛頭ないのだ。サーヴァントといえど完璧ではない以上、アーチャーに足りないものを俺が補う。
「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト」
声は隣ではなく後方から。クゥァルトゥムが何らかの動きをし始めたということだ。
「九つの鍵を開きて レーギャルンの筺より出て来れ──『燃え盛る炎の神剣』」
速度はそれほどでなくともクゥァルトゥムにはほかのアーウェルンクスシリーズ以上の火力がある。振るわれる大剣は森を焼き払い、アーチャーがそれから俺を守るために速度を落とし、別の道を行こうと──
「駄目だアーチャー! そのまま炎を突っ切れ!」
警告の声は既に遅い。
攻めて俺と茶々丸さんだけは逃がそうと、アーチャーは炎が回っていない場所へ俺たちを放り投げる。
俺が受け身を取ってアーチャーの方を見れば、そこには地系の捕縛陣によって動きを阻害されているアーチャーの姿があった。
土のアーウェルンクス──フェイトの姿が見えなかったのはこれを準備するためか!
「大人しく見ていたほうが身の為だよ。僕もあっちに意識を割いている以上、手加減できる自信はない」
見れば何をするつもりなのか、クゥィントゥムとクゥァルトゥムが魔力を練り上げてアーチャーに相対している。
『十二の試練』がある以上は心配など不要。だが、どうにも嫌な予感が拭えない。
「「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト」」
「イグドラシルの恩寵を以って来れ貫くもの──『
「契約に従い、我に従え、炎の覇王。来れ浄化の炎、燃え盛る大剣。ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありしものを死の塵に──『
二人とも世界で指折りの魔法使いであることに異論はなく、故にこれだけの強力な魔法を使えることに疑問はない。
だが、これまで戦ってアーチャーにはほとんどまともにダメージが入らないことは理解しているはず。だというのに、正面から強力な魔法を使えば打ち破れると思っているのかと考える。
アーチャーにダメージが入らない原因が強力な障壁などではない、もっと別のものだと二人もわかっているはずだ。
何をしようとしている──そう考え、二人のとった次の行動に目を見開く。
「「──
二人の手中に存在し固定化された『轟き渡る雷の神槍』と『燃える天空』が、術式レベルで統合される。
それは単純に放つだけではない、全く新しい魔法の出現であり──雷と炎を纏った神殺しの槍は、まっすぐにアーチャーへと向けられた。
「我が主の作りし魔法だ。とくとその身で味わうがいい」
「──『
クゥァルトゥムの投擲したその槍は、まっすぐにアーチャーの心臓を貫き穿った。
※なおまだ1/12