ネギ先生と別れた私たちは、どこへ行こうかとパンフレットと睨みあう綾瀬さんと早乙女さんを伴ってひとまずゲームセンターに来ていた。
神楽坂さんと私を除く全員が関西限定のカードを手に入れると息巻いており、手持無沙汰となった私と神楽坂さんはゲームセンターの前で景色でも見て暇を潰す以外やることが無かった。
無言の空間。私は自分から話題を振ることはないし、神楽坂さんは気まずい空気を感じているのかもしれないが、このまま穏やかなひと時を過ごすのも悪くはないと感じる。
そうしていると、見慣れた顔の同級生が近付いてくるのに気付いた。
「おや、こんなところで何をしているのかナ、明日菜サンに刹那サン」
「京都まで来てゲーセンアルか?」
こちらに気付いた超さんと古菲さんが声をかけてきた。
それに続いて班員である長瀬さん、葉加瀬さん、四葉さん、春日さんもこちらに近づいてくる。普段私服で会うようなメンバーではないため、少しばかり珍しさがある。
私服を持って来ずに制服でいる私は一人浮いている気もするが、そんなことをいちいち気にしていては護衛など出来はしない。
「まぁ、うん……関西限定のカード集めるんだって意気込んでるのよ」
「あやや。大変だねー、明日菜も」
春日さんが同情するように苦笑している。ゲームセンターの中で熱中していたこちらの班員も超さんたちに気付いたようで、きりのいいところで切り上げて表に出てくる。
「おー、こんなとこで何やってんの?」
「それはこっちのセリフヨ。京都まで来てゲームセンターとは風情がないナ」
「いーじゃん別にー。でもま、目的のカードはあらかた手に入れたし、これからやることないのは事実なんだよねー」
「どこか行くところは決めてないのカ?」
「木乃香の実家に行こうって話になってるんだけど、ネギ先生も何か用事があるらしくて時間をずらしたほうがいいかなーって」
ふむ、と超さんは納得する。
関西の総本山でもあるお嬢様の実家に行くことは望ましくないのだが、お嬢様が行きたいというならそれに従うまで。私はお嬢様の命を守るだけで、それ以外のことには頓着しない。
ネギ先生がどういう考えで一般人である早乙女さんや綾瀬さんたちを巻き込む危険のある総本山へ連れて行くような話をしたのかわからないが、優先順位だけは理解してもらいたいものだ。
──ふと、視線をずらす。
飛ばされる殺気に気付いて視線を向けた先には、昨日の昼に宣戦布告をしてきた金髪の少女の姿。
私同様、殺気に気付いた長瀬さん、古菲さん、超さんは同時に視線を交わしてこちらに視線を向けてきた。
彼女たちは無関係だ。巻き込むわけにはいかないという訳ではなく、ネギ先生の負担が増えるという意味で、関わらせるべきではないだろう。
首を振って「関わるな」と意思表示するも、二度目のアイコンタクトであちらの意思は固まったらしく、超さんが早乙女さんに声をかけた。
「これから私たちはシネマ村に行こうと思てるが、一緒に行くカ?」
「シネマ村かー。ま、暇つぶしには面白そうだし、私は別にいいよ」
元より適当に歩き回るとしか考えていなかったためか、超さんの提案を否定することなく全員が賛成の意を示した。
私はお嬢様が行きたいというならそうするだけで、もう一度だけ月詠の方を見て未来が視えないものかと目を凝らす。
……視たい時に未来が視れるわけではなく、突発的に、脈絡なく視えるそれを意図的に視ようとすること自体が無駄だと悟り、すぐに視線を逸らして歩き始めた彼女たちの後に続く。
「……なーんか、すっごいヤバいことに巻き込まれたような感じが……」
春日さんの呟いた、聞こえるか聞こえないかというような小さい言葉だけが妙に耳に残った。
●
シネマ村では有料で衣装の貸し出しが行われている。
必要経費として生活費は振り込まれているし、仕事としてやっているのだからと長からその分の賃金を頂いてもいるため、懐にはそれなりの余裕がある。
なので、お嬢様が望んだ結果として私は新撰組の格好をすることになった。
「……あの、これは……」
「これはヤバいね……超似合ってんじゃん」
「かっこええで、せっちゃん!」
「にんにん、拙者の忍者装束はどうでござるか?」
普段から忍者のような言動をしている長瀬さんが忍者の格好をしているのはさておき、それぞれ好き勝手に衣装を選んで着替えた彼女たちは思い思いに店を冷かしている。
一際目立つのはやはり一番可憐なお嬢様だが、忍ぶべき忍者の長瀬さんがスタイルも相まって異様に注目を浴びている。超さんと古菲さんの二人は和服を着て動きにくそうにしているが、どこぞの武士のような格好だ。
神楽坂さんたちが店を冷かしている間に長瀬さん、超さん、古菲さんの三人がこちらに近づいてきた。
「それで、さっきのは何アルか?」
「誰かに狙われてるのでござるか?」
「……余り話すべきことではないのですが……」
「水臭いこというなヨ。クラスメートくらい頼っても構わないと思うヨ、私ハ」
そもそも、魔法関係者以外にことの顛末を詳しく話すわけにもいかない。それは色々な意味でまずいことだ。
だが、だからと言って彼女たちに引き下がるような殊勝さがあるとも到底思えない。三人ともそれなり以上の武術の使い手だと聞いているが、裏関係者はその一歩先を行くだろう。気を使えることを確認している長瀬さんはともかく他二人は危険に過ぎる。
口を割らない私に業を煮やしたのか、超さんはため息を吐いて言葉を述べる。
「信用できないのはわかるし、巻き込みたくないと考えるのも理解できるネ。でも、話さないなら話さないで私たちは勝手に狙われてる誰かを守るだけヨ」
具体的に誰が狙われているかもわかっていない。だが、クラスメートだから助ける。
……私には、超さんの精神が理解出来ない。
二年間同じ教室で過ごした仲間だから命を賭けて助ける? 私にそのようなことは出来ない。お嬢様を守るためならば誰であろうと斬り捨てると決めているし、例えその相手が知り合いだろうと躊躇はしない。
だが、それは私が幼いころからその為だけに生きてきたからだ。親を失くし、全てに裏切られたときに唯一裏切らないと感じた私の
あるいは何か目的があるのではないかと考えるが、それこそ意味が無い行為だろう。
仇名すならば即座に斬る。私に出来るのはそれだけだと、幼いころから十全に理解している。
利用してもいいと言っているのなら利用させてもらおう。
「……狙われているのは木乃香お嬢様です。ご実家の家業絡みで、少々面倒なことになっていて」
「なるほど……マフィアの抗争みたいなものカ」
「平たく言ってしまえばそんなものです」
「それは厄介でござるなぁ」
厄介で済む話なら良かったのだが、実際は対処そのものが厳しい段階に来ている。
ネギ先生はどういう訳か私を疑い始めているようだし、関西の中でも指折りの剣士や術師が出張ってくるのは想像に難くない。私一人で完全に守り切れるかといえば否だろう。
自身の実力のほどはわかっている。殺しの処女ではないが人を斬り殺して何も感じないわけではないし、師範レベルが出てくれば容易に苦戦する。
悔しいが、ネギ先生の使い魔であるアーチャーという人に期待をかけるしかないのだ。
「微力ながら、クラスメイトのよしみで拙者も手伝うでござるよ」
「そうアル。皆ぶっ飛ばせばいいアルよ」
手練れが来た場合、彼女たちでも対応は難しい。というか、考えなしに暴れられるのも困る。
まぁ、詳しい事情は話せないのだから仕方のないことだろう。その割に超さんは何か悟ったような雰囲気を出しているのが気になるところだが。
「……とりあえずは大丈夫だと思うネ。一般人が多いところではマフィアだって動かないヨ」
マフィアではないのだが。
それはともかく、超さんのいうことにも一理ある。あちらとしても余り表沙汰にしたいことではないし、秘匿という点から見ても下手に手を出しては来ないはずだ。
──と、思っていたのだが。
古い馬車のようなものに乗って、月詠は白昼堂々と姿を現した。
「どうもー、しんめ……こほん。そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございますー。そこな剣士はん。今日こそは借金のかたにお姫様を貰い受けに来ましたえ」
「……正面から連れ去りに来るとは思わなかたヨ」
「お嬢様は私が守る。連れて行かせはしない!」
超さんはやや頭が痛そうに指で額をつついている。
シネマ村では客を巻き込んで劇が始まることがあり、おそらくはそれに乗じてお嬢様を連れ去ろうとしているのだろう。
私の返答に当然とばかりに長瀬さんと古菲さんが頷き、それをみた月詠は「仕方ありませんなー」と手袋を投げて渡してきた。
「お姫様を賭けて決闘を申し込ませていただきますー。場所はシネマ村正門横『日本橋』に、三十分後にて──」
彼女は『人斬り』だ。お嬢様を狙っているのは確かだろうが、それはあくまで依頼人の願い。彼女自身はお嬢様を守る私のような護衛を斬りたいと思っているのだろう。
その証拠に、彼女の意識はほかの誰でも無い私を向いている。先日の宣戦布告のことも相まって余計にそう感じた。
ぶつけられる殺意に淀みはなく、ピリピリと肌を刺す。
その月詠が、私から視線を逸らした。
「…………?」
奇妙なものでも見るように超さんの方へと視線をずらした月詠は、何か考え込むようにしてその場を後にした。
●
三十分後、私たちは日本橋へと来ていた。
月詠の言葉を無視して出ていこうにも、出入り口である正門の近くが決闘場所に指定されては逃げようが無い。壁を超えてもいいが、目立つ行動は控えるべきだと判断した。
妙に大量の観客がいるあたりやりにくくて仕方ないが、この程度のことで心を乱していては剣が鈍る。
日本橋の上で佇むドレス姿の月詠は、笑みを浮かべて口を開いた。
「ぎょーさん連れてきはっておおきにー。楽しくなりそうですなぁ」
既に両手に刀を持ち、臨戦態勢を維持している。漏れ出る殺意を浴びて背後のお嬢様が怯えているが、月詠から守るように間に立って長から預かっている刀──『夕凪』を構えた。
こちらには超さんや古菲さんを含めて一般人が加勢すると言っているし、その後ろには観客である一般人もいる。そちらをどう対処するつもりなのかと思えば、月詠は呪符を使った疑似的な百鬼夜行を呼び出した。
「ま、害はありませんからなー」
「……ならいいがな」
無双している約三名から意図的に視線を外し、一歩踏み出すと同時に月詠が飛び出した。
私の刀は野太刀だ。月詠の持つ二刀よりも長い分、懐に入られると取り回しづらい。
一歩分だけ距離を長めにとるよう意識しつつ、怒涛の勢いで放たれる連撃を捌く。確かに驚異的なほど強いが、勝てないことはないだろう。
致死の一撃が来ることを突発的に視たため、私は視たとおりに動いてその一撃を避ける。あちらもそれはわかっていたようで、手を休めずに急所を狙い続けている。
じりじりと距離が詰められている。こちらの剣は相手に届かず、相手の剣は少しずつ私に当たり始めていた。
「く──ッ!」
「ふふ、中々やりますなぁ、センパイ。でも、この程度じゃまだまだ──」
ゾッとするような殺意が吹き出し、またも突発的に未来を垣間見る。
断頭の一撃を無様に転がりながら避け、追撃に備える。同じ神鳴流だからこそ、相手がどのような手で来るのかある程度は予測が出来た。未来を見たことも相まって確実に避けられたのは運がよかったというほかない。
だが、状況は変わらない。
まずい状況は依然としてそのままで、本物の刀を持った月詠相手に素手の超さんたちが挑むようなことだけはさせたくはないものだが──これは、私が斬られるのも時間の問題かも知れない。
せめて相討ちに持ち込みたいものだが──と、考えた時。
「きゃっ!」
「──お嬢様!?」
「余所見はあきまへんでー」
僧服を来た数人の男がお嬢様を取り囲むようにして立っていた。
そちらに目移りした隙に斬り込まれたため、私も体勢が悪いまま月詠の剣を受けてしまった。うまく弾くことは出来たが、二撃目を捌けなければそのまま斬られる。
だが、それを無視してでもお嬢様の方へ行かなければ連れ去られてしまう。
無理矢理動こうとした私が視たのは、僧服の男たちを相手取る古菲さんと長瀬さんだった。
「クー! 楓!」
「任せるアル!」
「あいあい」
気がつけば超さんが横合いから月詠を蹴り飛ばしており、体勢を立て直すことが出来た。
しかし、あの僧服たちはおそらく神鳴流だ。気を扱える長瀬さんはともかく、古菲さんには荷が重いだろう。そちらの加勢に行きたいが、私は月詠の相手をするだけで手一杯だ。
「こっちは私に任せるネ。刹那サンは木乃香サンの傍にいたほうがいいヨ」
「しかし──」
「心配無用ヨ。自分でいうのもなんだガ、そこそこ強いと自負してるネ」
グズグズしているとまたぞろ厄介ごとがやってくるヨ、と超さんはいう。
反論したいが、京都は敵陣の真中。味方がいないわけではないにしても、圧倒的に不利なことに変わりはない。
政治的な理由など知らないが、お嬢様の身すら守れないのでは何のために剣を習ったのかわからなくなる。──その為に必要なら、誰であろうと犠牲にしよう。
「……彼女の相手は任せます」
「合点承知ヨ!」
「逃がすと思うてるんですかー?」
「追わせると思うなヨ」
超さんは素手にも拘らず月詠の刀を捌いて弾いて吹き飛ばす。先程までの洗練されていた月詠の動きが、奇妙なほどに精彩を欠いているのが気になる。
「さっきから無駄なことをやってるネ。──生憎、私にその"眼"は通用しないヨ」
お嬢様のもとへ向かう直前、月詠へ向かってそう告げる超さんの言葉が聞こえた。
エイプリルフールッ!
……ってやろうと思ったんですが、ネタがありませんでした。
アーチャーが目立たないのでいっそ魔人アーチャーにしておけばと思ったりもしたもんですが、性格と口調がよくわからないので没。ヘラクレスも似たようなもんですが。
別鯖ネタは中々難しいところです。