推奨BGMは「魔法使いの夜」より「決闘/one-on-one」
夜八時ジャスト。世界樹前の広場にて、俺はマクダウェルさんが来るのを待っていた。
電気という科学は消え去り、月明かりに照らされる静謐な世界は実に神秘的だ。
人の営みを感じることはなく、巨大な世界樹の魔力を肌で感じる。
一時間前から張り込み準備していたため、こちらの心構えも十全。かの『
「──逃げずに待っていたことは誉めてやろう」
漆黒のマントと魔女そのものというような帽子をかぶり、メイド姿の絡繰さんを連れてやってきたマクダウェルさん。
数分遅れでやってきた彼女の気迫は、今日学校で見たそれとはまったく違うモノだ。
肌がピリピリするが、悪くない。思わず笑みを浮かべながら、俺はナギからもらった杖を手に持つ。
「なるほど──確かに強烈。伊達に六百万ドルの賞金かけられたわけじゃないみたいですね、マクダウェルさん」
「ふん。ほざいていろ。それと、私のことはエヴァンジェリンでいい。貴様の気概は中々のものだと認めているからな」
そういって笑みを浮かべるマクダウェル──エヴァンジェリンさん。まぁ、別に呼び名くらいはどうでもいいというか、心の内で思ってることがそのまま口に出そうになるからファミリーネームで呼んでるだけなんだが。
ともあれ、舞台は整った。
俺の背後で霊体化していたアーチャーが姿を現す。
「では──」
「──戦争と行こうか」
刹那、同時に放たれた俺とエヴァンジェリンの魔法の射手がぶつかり合う。
●
「アーチャー!」
「ハッ!」
初撃をぶつけあった直後。一度の跳躍で大きく距離を取るアーチャーに対し、俺は身体強化用の『戦いの歌』を使って、接近する絡繰さんを待つ。
懐まで深く入り込もうとする彼女をわずかにいなして拳を引き、打ちこもうとしたところで距離を取る。先程までいた場所をエヴァンジェリンの魔法の射手が過ぎ去っていき、同時にこちらを向いていた彼女の心臓めがけ、音を超えてアーチャーの矢が飛来した。
「チィッ!」
寸前で気付いた彼女は体を半身にすることで矢を避けるが、曲線を描いて時間差で到達する矢に思わず舌打ちをする。
その隙に俺は絡繰さんと拳を打ち合い、無詠唱の魔法の射手でエヴァンジェリンへと牽制する。
「魔法の射手、連弾・雷の百一矢!」
「その年でそこまで使いこなすか!」
俺の放つ魔法の射手はその特性上色と魔力で見易い。この暗闇なら尚更だ。
だが、それに紛れて放たれるアーチャーの矢は殺気を感じ取って躱すしかない。このレベルの達人になると銃弾でも躱すのだろうが、アーチャーの矢は銃弾より余程速い。
威力も段違いである以上、エヴァンジェリンも避けるという選択肢を取るしかない。
「流石ですね、ネギ先生。魔法詠唱をしながらこちらとの近接戦闘もこなすとは」
「基本的に無詠唱ですしね!」
こちらが小柄だが武術ってのは往々にして体格差を覆す。懐に潜り込まれる限り杖術は厳しいため、背負い直して魔法を使うことだけを考える。一応指輪もしているが、発動体としてはこちらが優秀だからな。
絡繰さんの肘からブーストがかかって速度が変化するが、アーチャーの近接戦闘に比べればスローモーションにしか見えん。
一度アーチャーの本気を見たことがあるが、本当に目に留まらないからな、あの速度は。
即座にいなして懐に潜り込み、踏み込みと同時に腰を捻って拳を叩きこんだ。
「そちらに集中し過ぎると危険だぞ、ぼーや!」
「言われずとも!」
硬質な肌を殴ったせいでちょっとびりびりするが、そんなことは気にしていられない。
「『氷瀑』!」
「『風よ』!」
吹きすさぶ氷の破片を風でいなし、それでも突き破ってくるものは障壁で受け止める。その隙をアーチャーは見逃さないが、殺気を感じ取ることに慣れてきたのか、エヴァンジェリンは最小限の動きで矢を避けている。
それでも意識の隙間を縫っている以上、完全にこちらに意識を割けないというのは十分意味がある。
先程から鬱陶しそうにアーチャーのいる方向を見ているが、この距離でアーチャーに当てられる魔法そのものがまず存在しない。
当てられたとしても無傷だろうが、そんなことを教える意味もないしな。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精、大地に満ちよ! 白夜の国の凍土の氷河を──『こおる大地』!」
「うぉっ!?」
地面から発生した氷の棘が俺を刺し貫こうとするが、寸でのところでアーチャーの援護が入る。
砕かれた破片が散らばりながら月明かりを反射しているも、俺は見惚れることなく距離を置く。
『助かった!』
『いえ、それよりもこのままだと──』
わかっているさ。俺だって何もこのまま戦い続けようとは思っていない。
基礎的な経験値が違うんだ。積み重ねた時間も潜り抜けた修羅場も何もかもが、俺とは質と量の点で圧倒的に違う。
だから俺は奇策に走るしかない。順当な決闘では俺に勝ち目など端から存在しないんだ。例えアーチャーがいたとしても、それはアーチャーを倒すことが出来ないだけで俺を倒せないわけじゃない。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
どのみち近接でなければ隙も生み出せない。本来なら魔法戦士型じゃないんだが、上位クラスになるとそんなことはもはや関係がなくなってくる。
絡繰さんの足を蹴って体勢を崩し、その魔法を発生させる。
「『白き雷』──術式改変」
本来放出系であるはずの『白き雷』を右手に纏わせ、体制が崩れたままの絡繰さんへと繰り出す。まぁ、やろうと思ったのは某忍者漫画を真似したからだが。ぶっちゃけ『千鳥』である。
言うなればこれはコーティングだ。『戦いの歌』は身体強化を施す魔法であるのに対し、こちらは雷を手に纏わせることで物体への貫通力を跳ね上げる。
「数え貫手──四、三、二!」
異なる練り方の貫手を連続で放つ。彼女は崩れた態勢で受けようとするも受け流しきれず、その胴体ががら空きとなり、俺はそこを見逃さない。
相手は生徒だ──が、この場においては決闘相手の従者。躊躇などする必要はなく、そもそも出来る相手ではない。
「一ィ!」
動力部である心臓を貫こうとした刹那、視界の端に映ったエヴァンジェリンがこちらへ一瞬で近づいて俺を蹴り飛ばした。おも……っ!?
だが、その一瞬の隙をアーチャーは見逃していない。知覚するのが遅れたエヴァンジェリンは強烈な矢を腹部に受け、魔力の込められたそれは貫通した段階で爆発を起こす。
俺を巻き込みかねないと悟ったためか、威力はやや控えめだ。だがそれでも、貫かれた肉体の内部から受けるダメージは相当であるはず。
距離をとって『戦いの歌』をかけ直し、呼吸を整えて油断なく構える。単なる蹴りであるにもかかわらず、障壁を紙のように破って貫通するとか……!
煙を放って現れたのは絡繰さん。先程のダメージなど無かったかのように──というよりも、機械である以上は疲労など存在しないのだろう。痛覚もない以上は止めるのも一苦労だ。
「魔法の射手・戒めの風矢」
まぁ、魔法を頼れば十分動きを止められる。十分接近したうえでの魔法だったため、如何に疲労を感じずとも避けられるだけの時間とタイミングがない。
それを見越していたのか、背後からエヴァンジェリンが現れた。
内部から吹き飛んだはずだが、服がぼろぼろになっている以外はいたって健康体だ。吸血鬼である以上、強力な再生能力も当然備えてるってわけか。
「やるじゃないか、ぼーや! 茶々丸をこうも容易くとらえるとはな! それに先の連携も見事だった」
「光栄です。でも、まだ全力じゃないですよ」
繰り出した拳をいなされ、何をされたと考える間もなく投げ飛ばされた。そういえば合気道の達人だったか、こいつ!
クソッ! と口をついて出た悪態を吐き捨て、受け身をとって距離を取るが、その段階で右手がプラプラしていることに気付く。このアマ……!
外れた骨を嵌め直したが、痺れまでは完全にとれていない。
やっぱりあのレベルの相手に接近戦は自殺行為だな。
「そら、どうした。全力とやらを出してみろ!」
「──アーチャー!」
瞬間、先程まで散逸的だった矢が雨の如く降り注ぐ。
これにはさすがのエヴァンジェリンも驚いたのか、真剣な顔つきで回避に動く。その隙に詠唱を開始し、この場で最も邪魔な絡繰さんの排除にかかった。
エヴァンジェリンはこの矢の雨の中を突っ切る方法が無いため、大人しく距離を取るしかない。助けたければ矢の中を突き抜けて体中を貫かれるがいいさ。
「悪いが、ここで倒れて貰う」
「簡単にはやられません」
『戒めの風矢』から抜け出した彼女は高速で蹴り技を繰り出してくる。それを見切って躱し、睨みつけているエヴァンジェリンの魔力が高まっているのを感じて素早く魔法を行使した。
これ以上彼女を残しておくとまずい。エヴァンジェリン一人でも現状手に余っているのだから、数を減らすに越したことはない。
「風精召喚──『白き雷』」
「遅延魔法──!?」
残念ながらハズレだ。上級精霊は魔法を使える。そういう風にAIを組み込めば、という話ではあるものの、俺にとっては十分以上に役に立つ。
打撃とほぼ同時に放たれた『白き雷』を受け、ぐらついたところで足を狙って魔法の射手を連打して砕く。
移動さえ封じてしまえばこちらのものだ。
絡繰さんはここでフェードアウト。一段落ついたところで気が抜けてしまったのだろう、周りへの警戒が薄れていた。
『マスター!』
アーチャーからの警告が飛んだことで危機を感知し、すぐさまそこから飛び退く。
振り向いた視界の中では、ぎらついた視線をこちらに向けて魔法を放とうとしているエヴァンジェリンの姿があった。
「『闇の吹雪』──!!」
「まず──ッ!」
咄嗟に障壁を最大まで強化したものの、『闇の吹雪』は攻撃範囲が広い。直撃だけは避けることが出来たものの、その余波までは避けきれなかった。
いくら障壁で軽減してもあれはそもそもの威力が高い。加えてエヴァンジェリン自身の練度も高いため、無駄なく威力を跳ね上げている。
歯を食いしばって何とか耐えきり、すぐさまアーチャーに指示を出す。
「『白き雷』──術式改変」
同時に接近してきたエヴァンジェリンに対して雷を纏った貫手を放ち、その障壁を砕いた。
目を見開いて驚くエヴァンジェリン。まさかただの貫手で障壁を砕かれるとは思っていなかったのだろうが、生憎俺が術式を改変したのは『障壁破壊』を組み込むためでもある。
そして、障壁さえ破壊してしまえばこちらのものだ。
「『雷の暴風』──!!」
「く、『闇の吹雪』──!!」
上位精霊に詠唱させていた『雷の暴風』を放ったが、エヴァンジェリンが一瞬遅れて『闇の吹雪』を放つ。
なんて速度で詠唱しやがるこの女! いくら上位精霊の詠唱がそれほど速くないといっても、明らかにこちらが詠唱を始める方が早かったんだぞ!
遠方より放たれたアーチャーの矢も組み合わさってなんとか押し切ったものの、魔力もそれなりに削られた。
アーチャーを呼び戻しておこう。本領は遠距離から爆撃するかのような攻撃だが、そんなことを言っていられる状況じゃなくなった。
そも、近接戦闘でも怪物的に強い。エヴァンジェリンも今までは単なる人間として舐めているような態度だったが──雰囲気が一変している。
直に見ずとも気配だけでそれを感じ取れる。
ここまでが本気。
これからが本番。
怪物の怪物たる所以を、存分に知るがいいと撒き散らされる覇気と殺意。
なるほど、確かにこれは拙いと冷や汗を流す俺。それさえ冷気に満ちたこの場の空気に冷却され──最悪の術式が発動したことを悟った。
「解放・固定『千年氷華』──掌握」
元々莫大な魔力がさらに肥大化する。
当てられた魔力自体が冷気を持ち、吐き出した空気を白く染め上げる。
低下する気温に反して俺の鼓動は熱く撃ち続け、高揚していく気分に思わず口元が緩む。
素晴らしき苦難だ。これを乗り越えられれば俺は更に高みへと登れるだろう。そう思わなければ即座に
本来彼女は怪物だ。化け物だ。そう呼ばれるだけの実力を有しているため、原作のようなネギ少年の当て馬という役割そのものがそもそも役不足。
「術式装填『千年氷華』──術式兵装『氷の女王』」
君臨するは絶対者。
絶対零度の氷の女王は、先程負った傷など傷のうちに入らないとばかりに笑みを浮かべ、殺意を滾らせてこちらを見ている。
これに呑まれてはならない。
呑まれた瞬間に負けは確定する。
そんなことはしない。俺とヘラクレスならばやれると、絶対の信頼で繋がれているのだ。
「行くぞ、アーチャー。ここからが本番だ」
「了解しました」
仕込みのほとんどがまだお披露目出来ていないにも拘らずこの状況。だが魔力は大分削られた。状況はすこぶる悪くとも──俺の心を折ることなどこの程度では出来ん。
「悪いが、余り時間もないのでな。負ける気もないし、全力を出させてもらう」
特にアーチャーの力が全て回ることが大きいのか。先程まではエヴァンジェリンへの牽制の他に隙あらば絡繰さんの心臓を狙っていたため、そちらを弾く役目もエヴァンジェリンがおっていた。
絡繰さんが倒れた今、集中的にエヴァンジェリンを狙えるようになればどうなるのか──それは、彼女であっても厄介だと感じるほどの力だったのだろう。
だから全力を出す。
俺さえ倒してしまえば使い魔であるアーチャーは止まると踏んで。
「では──第二幕を始めよう」
言葉と同時に、大質量の巨大な氷柱が上空から飛来した。
なお、次話は明日予約投稿済みですが、日曜までPCを触れない可能性が高いので感想返しが一時的に停止します。